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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第四章 『そして、姫君が救出されていく』
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ピンチヒッター終了。給仕がいない時間の繋ぎをなんとかこなした。ノリと笑顔とここ二日間で培ったアドリブ。あざとさと媚びも追加で。とにかく、時間稼ぎに従事した。材料がなければ、何もできない。本当にピンチだった。


 ちなみに、マクまでコスプレの餌食。しかも、女装である。完璧に色物だ。これは文化祭三日目の遊び心だろう。本人とっては不本意甚だしいが。でも、忘れることのできない思い出へ。得てして突拍子もないことの方が覚えてる。その時に、あまり良いとは思えなかったことでも。


「ありがとー。助かったよ。みどちゃん。篠原くん。後はなんとか回せそうだから。材料も補充したことだしね。また、思う存分楽しんで。応援してるから」

「ちょっと、由美ちゃん。応援ってなんなのよ」

「そこはまあ、うん。言葉にできないよね」

「もう。へんにほのめかさないでよ」

「はーい。あ、そうだっ」


 由美ちゃんの意味分かんない動き。すごいオーバーアクション。ここに健在だ。なんとなくほっとする。文化祭期間も絶好調で。


「で、どうしたの? 由美ちゃん」

「うん。そういえばね、佐々くんが外郎売りの暗唱をするじゃない。日本文化促進軍団だっけ。さっき、練り歩きで宣伝してたの。そこでふと思い出したんだけど」

「うん」


 なんか、とんでもない爆弾が落とされそうな予感。期待が満ちていく。


「律くんがね、結構前に言ってた。僕は文化祭で日本舞踊をするんだって。だから、もしかしたらそこにいるかもしれない」

「おおー。有力な情報が来たよ。マク」

「ほんとだ。行ってみる価値はあるかも」


 やっぱり律くんは踊り。結局、彼と出会った時からそうだった。喫茶店でくつろいでたら向かいでダンス。それが私と畠山ちゃんへの接触方法。あれには度肝を抜かれた。インパクトはかなりあったと思う。


「間違いない。うん」


 今度こそ確信へ。まず、間違いなくそこだ。その後はしっかり捕まえられるか。


「だね。仮にだめでも、佐々くんの姿を楽しめばいい」

「てか、佐々くんは気がつかなかったのかなあ」

「それはむりだと思うな。文化祭実行委員の僕だって主催者を知らないし。そもそも、あれは個人の即興劇に近いから。名前も交流もない見知らぬ人たちの饗宴。仮面を被ってね。普通の学校なら集まらないよ。でも、ここは生徒数がかなり多い。だから、奇矯な人がいてもおかしくないよ。事実、佐々くんがそうなんだし」


 マクが説得力のある発言。


「そうそ。マスカレード。律くんは好きそうだね。てか、こんな大事なこと忘れててごめん。みどちゃん」

「謝る必要なんてないよ。まだ、大丈夫。由美ちゃんのおかげでね。さあ、行こう。マク」

「ええと、翠?」 


 マクが苦虫を噛み潰したような表情。どうしたんだろう。


「なんで不思議な顔してるんだよ。先に着替えないと」

「いや、そんな時間ないよね。見つかる可能性を考慮したらさ。さすがに、せっぱ詰まってもいい感じだし。一刻も早く行かなきゃ」


 私はマクの手を引っ張る。どこかで鍛えた火事場の馬鹿力。ここでも発揮。マクはひとたまりもなく引きずられていく。


「待って待って。翠。翠だってそんな格好だよ」

「あ、そっか」


 私は一瞬で自分の格好を判断。赤のチャイナ服。んん? 意外と動きやすい。デメリットはスリットが恥ずかしいくらい。それに通常ならまだしも文化祭。祭りの恥はかき捨てでいいかな。


「気にしない。行く!」


 私に連れてかれるマク。問答無用だ。


「あああ。お願いだから。せめて、ジャージを着させてくれ」


 マクの叫びがこだました。途中、さすがに着替えくらいは良かったかも。なんて思う。時間のロスだって二、三分。ただ、心のどこかでこんな格好で歩くのも悪くない。そんなことを考えたせいかもしれない。











「律くんいるし。仮面被ってても断然分かるじゃん」


 彼が出てきて、すぐに分かった。仮面はエセ外国人。彼は純日本風の容姿なのに。だから、ああいったのを選ぶかな。真相は分からない。


 ともあれ、仮面と日本舞踊の質が合ってない。仮面は哀愁を誘うのに踊りが天才的。ギャグだとしたら、巧みなテイストだ。てか、ここの団体はほとんどの人がそんな感じ。もちろん、佐々木くんの時も変わらない。直で聞いた外郎売り暗唱。腑抜けた仮面とは違ってすごい迫力だった。


 そして、律くんのターンが終了。万雷の拍手に包まれる。私だって、手が痛いくらいに叩く。痛い痛い。マクにここまでの力で叩いたことはない。


「翠。目的を履き違えてる」

「あ、そうだった」


 舞台裏から退場しようとする律くん。私たちは裏から回って侵入。目測で律くんのいそうなところへ向かう。いた。すぐに見つかった。少しずつ距離を縮めていく。


「マク。挟み撃ちにしよう」

「うん。それしかない」


 と、その瞬間だった。律くんがなにげなく振り向く。顔は驚き。って、それはエセ外国人の仮面。ずっとそんな表情だ。とにかく、律くんに勘付かれた。彼はスピードを上げて逃げていく。私たちよりも機敏な動作。ここで見つかった時のシミュレーションをしてたかもしれない。 


「速いよ」

「ああ、確実に想定してたな」


 そうはいっても仕方がない。単純に追いかけるのみ。せめて、袋小路に追い込みたい。そこまで上手くはまるとは思えないが。


「翠。そういえば、大事なことを聞いてなかった」

「ここで? こんなタイミングで?」


 私はマクに問いただす。


「いやいや。違うって。その大事なことじゃない。今、この場における大事なこと」

「なに?」

「彼が翠の苦手分野を知ってるか。そのことだよ。これを知らなければ意味がないよね」


 そうだ。間違いなくマクの言うとおり。ただ、私は自分の弱みを隠したいタイプ。律くんは知ってるのかな。ふいにぽろりと行ってしまった可能性はあるけど。


「あ、思い出した。言ってる」


 私はたしかに言った。怖いことが苦手だと。


「オッケー。だったらあそこだ。今度こそお化け屋敷さ。近くにあるし」


 本当に目と鼻の先へ。日本文化推進団体が活動してた場所を抜けてすぐ。そこに一度入ったお化け屋敷が鎮座してる。怖い記憶も残ってた。


「それに二回目ならば、怖がる必要もないし。行こうぜ」


 女装姿の人に促されても。なんのシンパシーだって感じない。無論、私のせいなんだけど。とりあえず、笑いは噛みこらえてた。


「早く。翠。急がないと。心の準備はしなくても大丈夫なんだから」

「いや、それはだめだって。ちょっとは怖いからね。マクは私の恐がりを甘くみすぎだし」


 そこは主張しておく。しなくても差し支えなかったけど。











 まさか同じお化け屋敷に二回も入るとは。自分でもびっくり。もう二度とこんな機会はないだろう。一生に一度しかない出来事。印象に残らないことはなさそうだ。


 しかし、入ってすぐに脅かすお化けたち。ただ、一回目の記憶がうっすらと残ってる。おかげで、出てくるタイミングを把握。叫び声は抑えめで済ませられた。


「翠、叫びすぎだよ。ここでこうなる。ここはこうくる。そういうのは分かってるよね。なのに、ここまで驚くとは。お化けも脅かしがいがあるな」

「って、そんなことはいいの。私の反応を楽しむんじゃなくて。ほら、律くんを探さないと。消息が途切れたんだし。どこかに雲隠れしてるよね。う、うわっ!」


 油断も隙もない。マクに話しかけてる最中でご登場。私は見事に驚かされた。それにしても、ほとんどのお化けが熟練。脅かすことに長けてる。


「うん。翠。僕は探してるぜ。翠の姿を見て楽しむだけじゃなくてね。もちろん、確率的にはここが一番高い。そして、佐々くんにも劇を見ながら連絡したさ。あの日本舞踊の彼が律くんだってね」

「すると?」

「驚く驚く。とはいえ、早急に手は打ってくれた。だから、他の場所に繋がる階段は大丈夫。彼が封鎖してある。彼の顔の広さによる人海作戦でね。きっと、関所の役割を果たしてくれる」

「おおー、すごい。これならいける気がするよ。マク」

「後はどこに雲隠れしてるか。それと強引な突破だけは気をつけないと」

「うん。そうだね」 


 とにかく、形成は一気に逆転。鮮やかすぎる。だって、袋小路にしてしまえば問題なし。彼はキャンプファイヤーに行けない。それはパフォーマンスができないのと同じだ。ならば、何の心配もなくなる。


「でも、律くんは見つけないと。そうじゃないと正式な勝利じゃないし。ゲームに勝ったと宣言できないもん。つまり、私の言うことを聞かせられない。今夜、彼が加絵先輩に告白するというミッションが」

「ああ、そうだったね。その絡みもあったんだ。全力は尽くさないと」


 私たちは、丹念にお化け屋敷を観察。何か違和感はないか。変わったお化けはいないか。隠し部屋だってあるかもしれない。などと思って、マクはスタッフオンリーの部屋へ。すると、そこは女子の従業員が着替えてた。急に広がる桃色光景。怖さなんて吹き飛んでいく。てか、なんでまた。とんだハプニング。むだに引きが強いというか。とりあえず、マクの背中を叩く。まあ、マクに罪はないけど。単なる憂さ晴らし。


 ともあれ、決定打が見つからない。本当にお化け屋敷へ訪れたのか。一応、私の苦手分野は知ってる。それに隠れ場所として最適。お化けに変装してしまえば、尚良い。楽に相手の目をくらますことが可能だ。


「うーん。どうしよう。もう少しでここも抜けてしまう」

「でも、佐々くんは連絡がないんでしょ?」

「そう。だから、ここの階にいることは確実。もっと言えば、ここ意外に隠れる利点が多い場所を思いつかないよ」

「そんだけベストなところなんだね」

「少なくとも、ベターだよなあ。うーん」


 と、マクが嘆いた瞬間。右隅に隠れてたお化けたちが襲いかかってくる。それもたくさん。束になって動く。幽霊系。妖怪系。鬼タイプにフランケンシュタイン。ミイラ男。魔女。動物が化けたようなお化け。魑魅魍魎など。私が叫ぶ暇もなく過ぎ去っていく。


「待って。一つだけ仲間外れがなかった?」

「え? どういうこと? 統一性なんて最初からなかったような」


 マクに聞くまでもない。わずかな時間でさえ大切。なので、私は自分の中で結論を出す。一つだけ。本当にある一点がおかしい。だから、私は彼たちが去った方へ戻る。これは完璧な逆走。しかし、そんなことは言ってられない。


「どこ行くんだよ。翠」

「律くんがいたんだって」

「ええ? 今のに?」


 なんで分かるのか。そんな表情だ。でも、説明は後。距離を置かれないうちに縮めなくては。


「げげっ!」


 なのに、律くんは気がつく。声まで発してしまった。そうなれば、私たちとの鬼ごっこが再開。このお化け屋敷の中で。なんて展開だ。幸いにも、客が少なくて良かったと思う。


「マク。あの吸血鬼だからね」

「あれか? コテコテな外人風の被り物だな」

「う、うん」

 奇妙にも笑いがこみ上げてくる。こんなタイミングなのに。なぜ、律くんは典型的な外人系チョイスをするのか。どこから見ても、純日本風の容姿なのに。背中から見ても分かる。

「こらあ、待て」


 待てと言われて待つ人はいない。でも、叫んでしまう不思議。彼が向かう先は入り口。


「マク、応援を要請して」

「いいけど。そうすると穴が空くかも」

「一か八かだよ」


 マクが携帯を取り出す。すぐに佐々木くんと連絡。細かい指示を出す。方針も仰ぐ。


「翠。やってみるって。ただ、彼の動きが素早くて。間に合うかどうかは」

「たしかに早いし」


 これは踊れる人の実力か。運動能力がかなり高い。踊り万能説が、にわかに浮かび上がるほどだ。


私は弱気の心がもたげてくる。本当に律くんとのゲームで勝てるのか。この調子だと上手く交わされるかもしれない。つまり、敗戦。それは困る。というのは、後の展開が嫌なわけでなく。なんか、どうしても負けたくなかった。


「なぜかな」


 律くんを発見するまでは、全く思ってなかったのに。なんとも現金なものだ。


「翠。なんか、差が広がっていくような」


 錯覚かもしれないけど。でも、追いつける気がしない。まるで変わらない私たちと律くんの距離。平行に引かれた二本の線みたい。しかも、彼は与力だって残してそうだ。


「あれ、なんだ? お化けに似つかわしくない女の子二人。メイド服とチャイナ服だぞ」

「ああ、なんだろうな。まあ、かわいいからいっか」


 通りすがった客に不思議がられる。でも、仕方がない。今は律くんを追いかけなくては。

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