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もう、すっかり退屈してた畠山ちゃん。いつのまにか近くの茶店に入ってる。そこでくつろいでお団子を食べてた。ちゃっかり私の分までご購入。なのに、串へ刺さってるはずのお団子が一つずつ少ない。たしか、三つずつだったような。
「待ちくたびれちゃったよ。ずいぶんな長電話だったよねえ」
緑茶をすすりながら、くつろぎモード全開。たしかに長い時間待たせてしまった。
「ごめん。ここは私がおごるから。他にもなんか頼む?」
「お、いいね。私、ぜんざい食べたかったんだ。その後、梅干しを食べると最高だから」
「ごめん。その考えは賛同できない」
畠山ちゃんの梅干し好きには困ったものだ。マヨラーみたいに梅干しを携帯してるくらい。そういえば、タネの処理はどうしてるんだろう。タバコみたいに専用の入れ箱でも作ってたっけ。聞いたことなかった。
「ところで、電話はなんだった? 律くんだってことは分かったんだけどね。話の内容からして。でも、あんまりそばで聞いてるのもあれだから。私はこっちに移動したんだよ」
「そっか。ありがとう。で、相手は律くん。もちろんあの話。詳しくはこうなったの」
私は、律くんと会話をかいつまんで話す。
「ほうほう。それは結構な面白さだねえ。なんて面白い展開なんだ。翠ちゃん、合格だよ。エンターテイメントのコツを分かってるじゃないか」
「もう。それだとさ、畠山ちゃんはどっちでも良かったみたいだし」
「そんなことないって。たぶんね」
説得力なし。すでにぜんざいは食べ終わってる。注文して食べる時間よりも話が長いとは。さすがは楽しいゲームだ。弟の買ってくるゲームとは大違い。などという皮肉を言っても仕方がない。死活問題ではなくなったものの結構な展開。だから、律くんは絶対に見つけなくてはいけない。そして、律くんにちゃんとした告白をさせるんだ。そうすれば、私もマクに言いたいことが告げられると思う。なんとなく。マクだってしてくれそうな気がする。気のせいかもしれないけど。要するに、これは験担ぎ。私たちは剣が峰でぎりぎりの攻防をしてる。その結論が今回のゲームに影響してる錯覚。間違いなく関係ないのに。でも、そう感じるから不思議だった。
ともあれ、これからの作戦を相談。律くんも今まで以上に本気で隠れるという。ちなみに、先ほど確認してたピエロ劇は準備終了。すでに幕は下りてた。劇は昨日と同じくたくさんのピエロが出演。遠目では分からない。あの中に律くんはいるんだろうか。というか、いない可能性の方が高い。今、急に思った。もし、あそこにいたら大変だ。現行犯逮捕みたいな感じになってしまう。
「やっぱりさ、まずはだよ。由美ちゃんから情報を聞かないと。だって、翠ちゃんには律くんのパーソナル情報が少なすぎる。二人が出会って一ヶ月弱じゃないか」
「うん。そうだよね。私がマクを把握してるのとはべつかな。律くんだと知らないことが多すぎる。推理なんてさ、ささいなことから強引に繋げていくのに。そこが分からないなんて。どうにもできないよ。本気で隠れられたきついかも」
はたして、勝算はあるのか。電話してる最中は絶対に見つけだすつもりだった。でも、冷静になって考えると厳しい。まずい側面ばかりが浮かび上がってくる。
「そっか。それは仮のお付き合いをこなしても難しい?」
「うん。難しいかも。三週間だし。ただ、これが畠山ちゃんならべつだよ。人間観察とかしてるから」
「あはは。そうだねえ。でも、どうなんだか。人間観察と手がかりから見つけだす直感は違う。総合力では翠ちゃんの方が断然上。ただ、篠原くんが絡んでないからなあ」
「べ、べつにマクとか関係ないし。たまたまだよ」
いつもの癖で否定しまった。すでに効力すら持たない。
「翠ちゃん。この前、自分でも認めたのにね」
畠山ちゃんが諭すように言う。
「そうだけど。うん。てか、マクの話は禁止。今は関係ないからね。こっちに集中できなくなるから止めて。だめだめ」
「ふーん。そこまで気になるんだ。翠ちゃんも成長したね。しみじみとそう思うよ」
「ううー」
あまり良くない展開。どうしたら、この状況を打破できるか。なんて考えても仕方がない。どうせいつものことだ。気にしなければいい。
「とにかく、今日は情報収集だけにするよ。中途半端に手広くやっても、効率が悪いからね。まずは情報。その次に行動。それが基本原理かな。だから、明日が本番だね。私は文化祭を楽しみながら、必死に律くんを探す。夕方までに見つけて捕まえる。面白いゲームするみたいに楽しまないと」
「ふーん。そういった心構えなんだね。まあ、そんな気がしてたよ。表情を見てるとね。てか、それでいいんじゃない。私も手伝える範囲なら手伝うし」
「ありがと。畠山ちゃん」
「お礼なんか必要ないって。そもそも、見てるだけ面白いんだから。どっちに転んでも最高ー。どうなっても最高ー。ヘビメタ最高ー。梅干し最高ー。生きてるって最高ー」
ぱくっとまた梅干しを食べる。口の中がデンジャラスじゃないかな。特徴ある味がいろいろと混ざって。まあ、それが畠山ちゃん。私が知ってるいつもの彼女だ。
文化祭二日目。無事終了。大きな事件もなく。私の懊悩も消えてくれた。後は律くんのゲームを楽しむだけ。あの制限時間つきのかくれんぼ。いや、鬼ごっこかも。主役は次期生徒会長。彼の決断を代えさせる必要がある。私が彼を見つけて、お願いをすることによって。
とりあえず、今日の情報をおさらい。ほとんど由美ちゃんから聞いた。それが一番てっとり早くて正確。親しいいとこなんて幼馴染みたいなもんだ。私とマクの関係性とほとんど変わらない。そんな雰囲気を醸し出してる。
ともあれ、とても有益な情報が手に入った。そこで私の問題が浮かび上がる。まずはピエロ姿。私はあの時の印象に騙された。彼の変装はフェイク。そもそも、律くんのクラスはピエロ劇のところじゃない。違うクラスだ。どうりであそこを覗いてもいないはず。というか、私は律くんのクラスくらい把握しておくべきだろう。いくら三週間のお付き合いだとしても。
しかし、律くんはそこまで計算済みだったのか。だとしたら、文化祭期間で逃げきれると考えてもおかしくない。それは私を甘く見てるわけでもなく。普通に冷静な判断。おかげで、二日間は稼げた。でも、ここからが本番だ。明日は最終日。私はほとんど空いてある。マクも予定がないみたいだ。さりげなく一緒に回る提案してみよう。
帰り際、美術部の彼と会った。なんだか声を掛けたくなる。あんなことを言われたせいだ。
「神津くん。なんか久しぶり」
「ああ、鮫島先輩ですか。べつに久しぶりでもないですよ。適当なことは言わないでください」
相変わらずすげない。しかも、すごい威圧感。思いっきり見上げてるせいか。やっぱり体格がいい。彼の特徴だ。
「てか、幼馴染の彼とは上手くいってんですか? 隣にいませんけど」
「あ、今は文化祭実行委員の集まりなの。だから、私は待っててね。そこで君が通りかかったわけ」
「つまり、俺は暇つぶしの相手に選んだんですね。いいですよ。少しだったらお相手しますし」
「ありがとう。神津くんは意外と優しいよね」
「べつに。そんなつもりはありませんよ。勘違いしないでください」
彼は無表情で言う。
「うん。分かってる。ただ、一つ聞きたいことがあって。神津くんも周囲をよく観察してる方だよね。この前も律くんの忠告をしてくれたし」
「えっと、痴話喧嘩?」
「違うから。でも、私は文化祭期間中に律くんを見つけなくてはいけないの。そして、しっかりと捕まえなければ」
「へえ、そうなんですか。大変ですねえ。では、厄介事に巻き込まれたくないので。どこかで見かけたら声を掛けないでくださ、っと」
私は、この前と同じように彼をひっぱってた。ものすごい馬鹿力で。またもや、自分でもびっくり。彼を相手にすると、異常な力が出る。不思議でしょうがない。
「てか、鮫島先輩。ほんとにすごいっすね。俺を力で引っ張り込むなんて。絶対にか弱くないでしょ。図太そうだし」
「さすがにさ、失礼だと思うんだけど」
「ああ、すみません。俺、こんな奴なんで。だから、あまり話しかけない方がいいですよ」
その割にはスムーズに話せてる。前に話した時よりも。
というわけで、彼にも律くんの件をぼかして話す。少しでも情報を得られれば。そんな思いで聞いてみた。そして、彼はやぼったそうにいろいろと教えてくれた。中には由美ちゃんとは違う情報。とても参考になった。
「もういいでしょう。鮫島先輩。そろそろ、俺を解放してください。これ以上は有益な情報なんてありませんし。ほら、篠原先輩も来ましたよ。では、そういうことで」
「あ、待って」
「まだ、なにか」
「う、うん。えっと、神津くん。文化祭はなにするの?」
「壁です」
即答。私は首を傾げる。
「それって、劇とか?」
「そんなところです。じゃあ」
神津くんは足早に去っていく。私はその後ろ姿に声を掛ける。
「ありがとう。神津くん」
やっぱり彼は振り向かない。でも、そこは彼らしいと思った。
文化祭三日目。今日もいい天気。結果としてすべて晴れ。天気はしっかりお膳立てしてくれた。
「マク、おはよ」
「おはよう、翠。今日は一緒にたくさん回ろう」
「え? マク?」
風の吹き回しか。はずみでこんなことに。想定外すぎて対応ができない。私は口をあんぐり開けていた。
「あれ? 翠はそのつもりじゃないわけ? 一年の彼を探さなくてはいけないよね。ついでにちょうどいいと思って」
「うん。そうだけど。でも、マクがここまでやる気になるとは」
実際、どう切り出すべきか。ずっと考えてた。ここは強引にでも連れだそうと。そんな作戦まで立てていた。なのに、あまりにもあっけなすぎる。張り合いがないなんて言わないけど。昨日の帰り、マクは何も追求しなかったのはこういうことか。やっと合点がいく。
「そりゃやる気にもなるよ。僕の大切な幼馴染が全校生徒の晒し者。こんな事態は防がないといけないね」
言葉とは裏腹に顔が笑ってる。マクもさりげなく楽しんでた。
「まあ、一緒に探してくれるなら助かるし」
「うん。助けるよ。翠が生徒会長候補アピールのパフォーマンスとして告白される。これはだめだ。だったら、翠が僕に告白してくれる方がいいじゃないか」
「ちょっと、マク。止めてってば」
「おっと、そうだった。さあ、行こっか」
なんかテンションが高い。基本、ダウナー系のマクなのに。ただ、私としては新鮮。てか、懐かしいかもしれない。昔のマクはこんな感じだった。こうやって、私を連れ回す。だから、私はマクの後ろを歩くだけでいい。マクが道しるべを作ってくれたから。
ともあれ、今日の私たちは何もない。クラスや文化祭実行委員尾の活動にかり出されることもなく。イレギュラーな事態も起こっていない。なので、好き放題満喫できるはず。まずは一度外に出て、マクが書いた校門前の看板を見ておく。その時、マクは描いた絵を一生懸命に説明。とはいえ、そこで私が分かることはあまりない。色使いとかさっぱり。だから、マクが真剣に話すのを聞くだけ。でも、すごく心地良かった。これはマクが前に言ってた感覚。絶対で最強の空気感に近い。お互いに意識して失ったりもしたけど、また復活してきたと思う。だって、私もマクも違和感を抱かない。つまり、自然体。その調子でいられたら最高。やっぱり最強。幼馴染無敵。たとえ、大きな困難がやってきたとしてもなんとかなる。こんな雰囲気でいられた。
そして、空気も景色も周囲の人も。すべてが違って見えてくる。なんでこんなことでと思うのに。でも、なんとなく納得してしまう。不思議。私は自分の感覚がどうなってるのか。さっぱり分からない。ただ、心の懊悩の抱えてないマクが近くにいてくれる。その上、幸せそうに笑う。このことで、私は私自身が強化されていく。そんな気がしてならなかった。
マクの描いた看板を抜けて中へ。最初にたくさんのイラストが目に飛び込んできた。中にいた時は違う。外から来ると結構なインパクト。あれは美術部の女子が描いたらしい。後は有志の人だという。たとえば、クラスに一人は絶対にいる。やけに絵の上手い人が。
「どこ行く?」
「上へ行こうか」
返事は即答。マクは高い場所へ行きたがる。これは三波ちゃんの影響か。元々そうだったけど、その傾向がさらに強くなった。
「じゃあ、屋上以外かな」
「そしたら、屋上手前で」
「そこは何もないよね」
「うん。二人きりになれるだけ」
ぶん殴っておいた。さらりと恥ずかしいことを口にするな。ドキン。ドキン。私の心臓がおかしくなる、てか、最近はこの手の攻撃が多い。これもマクが、へんな覚悟を決めたせい。いや、へんな覚悟ではないんだけど。
「実際、どうすんの?」
「サイコロ振ってみる?」
「なにが出るかな?」
「そっちじゃないし」
「止まったマス目で人生の縮図が書いてあったりして」
「そっちでもないな。んん?」
「あ、マク。あっちへ行こう」
私は慌てて駆けだす。それもマクの手を引っ張って。なぜなら、マクの視線がお化け屋敷を向いたせい。あそこに連れて行かれたらひとたまりもない。腰砕けになってしまう。なので、私はマクの手首を握って連れ回す。あっちこっちそっちどっち。果てもなく続く道。人いきれ。目的はどこなのか。単に迷ってるだけとも言えよう。
「えっと、向かう先は女子トイレ?」
「そことは違う方角」
「女子更衣室?」
「そことも違う方角」
「だったら、男子トイレ?」
「私に入れって言うのか」
なんたって白々しい。私はそっちの方を向いてないのに。文化祭的活動はいつになるのか。マクの気が知れない。
「翠が振り回すからだよ」
そんな文句を言うと、マクが反論。たしかにそうかも。
「だってさ、マクが怖いところに連れて行こうとするから」
だいたいあれだ。お化け屋敷系のアトラクションが多すぎる。まあ、喫茶店と並んで定番なのは分かるけど。先々で見かけるのはどうかと思う。
「とはいってもね」
「なんか、嫌な予感がするんだけど」
「もう覚悟を決めないと。お化け屋敷。そろそろ入りたい気分だし」
「えー。そんな」
「天の啓示だよ」
そんな神様なら信じたくない。私に不都合な事態をもたらす神様なんて。
「しかし、マクも底意地が悪いよね」
「うーん。そうかな。絶対にやっておいた方がいいと思うよ。吊り橋効果って知ってる?」
「もうさ、ずっとドキドキしてるから」
「え? なに?」
「べつになんでもないし」
聞こえなくて助かった。私の感情を晒してしまうと、それがすべて弱みへ。おお、危ない。
「てか、マク。テンション高いよね」
「ああ、寝てないから」
マクが気になることを言う。寝てない。それは彼にとって深刻な問題だ。これまでずっと睡眠が上手く取れてなかったから。たぶん、いろんな思いがフラッシュバックするんだろう。推測だから正確なところは分からないけど。
「ただ、そうは言っても意味合いが違うぜ。僕は楽しくて眠れないんだ。ある種の自覚的な眠れなさ。神経が興奮してると言えばいいのかな。だから、おそらくは文化祭が終わったらバタンキューだね」
「ふーん。それなら問題ないか」
「うん。そういうこと。だって、僕が翠に過ごせるのはとても楽しいことだし」
「今、すごく大切なことを言い放った気がするんだけど」
「気のせいじゃない?」
「気のせいじゃないし」
「じゃあ、そういうことにしておく。さあ、入るか。ここが最後のポイントだ」
「え?」
「ん? どうしたの? 翠」
気がつけば、すでに受付を済ませた後。お化け屋敷だ。しかも、結構大きな規模。今まで見た外観よりずっと大きい。残り物に福なんてなかった。
「って、えええー。いつのまにか誘導されてる私っ。どういうことなの?」
マクはリード上手だったのか。皮肉の一つも言いたくなってしまう。




