18
コスプレ喫茶は午前中から忙しい。もちろん、昨日よりも人が多い。やっぱり、今日は土曜日。予想通りだ。でも、少しずつ効率は上がってる。それは慣れのおかげ。スムーズに接客や作業をこなしていく。とりわけ、問題も起こらなかった。
お昼時、午前で暇だった人が捜索の結果を報告。律くんはいない。誰もがそう言った。ともあれ、この文化祭の賑やかさを上手く利用。隠れ上手だ。もしかしたら、生半可な探し方では見つからないかもしれない。
午後は私も一時間半くらい休憩。昨日と同じく畠山ちゃんも。なので、私たちは一年の教室へ。ただ、行きたい場所もある。時間はそこまで使うつもりはない。
向かう先は昨日と同じ。ピエロがたくさん出てくる劇のクラスへ。今日はタイミング良く準備中。ここは律くんを探す絶好のチャンス。でも、昨日見たよりもピエロの数が少ない。何人か客引きをしてるんだろうか。それが律くんか。
「畠山ちゃん。ピエロ姿の人を一人一人確認していく? そのどれかに必ず当たるはずだから」
「いや、そうするとあれだねえ。私たちが近づく前に察知されるはずだよ。そして、さりげなく逃げられるんだ。軽快なステップを刻みながら」
「ああ、そっか。下策だなあ。なんか、律くんを見つけるためのアイデアが思いつかないや」
「ふーん。やっぱり、翠ちゃんはこうだよ。篠原くんが絡んでないと。やる気にならないというか。あはは」
また言われた。しかも、高笑いまで。とはいえ、自分でも自覚しつつある。
「そんなつもりはないんだけどね。でも、畠山ちゃんの指摘は正しいかもしれない。うん」
「そうかい。とうとう、自分で認めたんだねえ」
なんかしみじみとしてる。孫の成長を暖かく見守る視線だ。まったく。
「てか、ピエロは昨日より少ないなあ。それに見た感じでは、律くんっぽい人がいない。おそらくは」
「私もそんな気がする」
昨日と同じ感覚。だとしたら、律くんはどこへ行ったのか。盲点だってありそうだ。あっさりと見落としてしまった事実。これが原因だったら目も当てられない。
「翠ちゃん。携帯」
畠山ちゃんに言われるまでもない。速攻で気がついた。さらにこの着信音。律くんだ。つまり、彼から連絡を取ってきた。これはまさかの宣戦布告か。いや、そこまではないだろう。ただ、律くんだから分からない。安易に終わりではなさそうだ。ここから新展開へ。なんて可能性もありえた。
『もしもし。律くん?』
『はい。鮫島先輩。久しぶりですね。なんだか、ずっと会ってないような気がします』
『違うし。昨日の朝以来だから』
相変わらずな律くん。何を言ってくるか。それがまったく読めない。
『ああ、そうでした。というか、ずっと連絡が取れなくてすみません。ただ、生徒会長に捕まっては大変ですので。そのために携帯は使えない扱いをしてまして』
『そっか』
まあ、分からなくもない。身から出た錆だけど。
『ところで律くん。今、私と連絡を取ったのはどうして? ここで連絡を取ると不都合じゃないの?』
『いえいえ。そんなことはありませんよ。後、由美さんから念を押して忠告されましたし』
由美ちゃんは意外とがんばってたのか。それなら、本当に問題なさそうだ。
『えっと、念押しというのは私のことだよね』
『もちろんですよ。ただ、僕の伝え方が悪かったんですね。おかげで、生徒会長に間違って伝わりました。それが事の真相なんです』
『そっか』
『そうですよ。だって、僕は鮫島先輩に告白するんですから』
『はあっ?』
女の子とは思えない声。あまりにもびっくりしたせいだ。てか、こういうケースが多い。律くんと話していれば。
『だから、それだけですよ。ですが、鮫島先輩に告白させるという感じになりまして。すぐに訂正すれば良かったんですが』
それはもっともだ。どうしてこうなったのか。
『本当にそうだよ。もー。律くんのばか』
『ですよね。ただ、僕は面白さを優先させちゃったんです。すみません。だから、生徒会長には内密でお願いします』
『つまり、まだ楽しみたいってことなんだね。このかくれんぼも』
『かくれんぼ? ああ、そうでした。鮫島先輩が僕を見つけられるか。楽しみですよ。なんたって、これからの展開に影響してきますから』
『そっか。でも、事は大きくなってるかな。全員で探してる』
『みたいですね。ますます』
『君、小心者じゃないでしょ』
私は嫌みったらしく言う。でも、律くんは意に介さない。
『いえいえ。僕は自覚的な小心者なんですよ。連絡を恐れて、携帯も切ってたくらいですし。鮫島先輩が誤解をしないように、事前連絡までしました。前もって告白することも言いましたしね』
そうだ。一番大事な話をしてなかった。これは私とのゲームなんて吹き飛ぶ内容。絶対に核心をつかなければならない。律くんが後夜祭で私に告白。ありえないことだ。だって、彼は加絵先輩が好き。そういう前提で私たちはフェイクのお付き合いをした。なのに、その定義を覆す。彼にどんな意図があるのか。まったく分からない。
『だから、律くん。それはどういう意味なの? 私に告白するって。それはおかしくない?』
『いえいえ。おかしくないですよ。だって、僕は鮫島先輩も好きなんですから』
『うえっ!』
突然の告白に驚く。ストレートすぎて言葉も出ない。しかし、加絵先輩のことは。全然納得がいかない。何を考えてるのか。
『きっかけは強引で偶然でしたけどね。ただ、鮫島先輩とたくさん話す機会をいただきました。この三週間くらいで。そのせいか、僕は鮫島先輩の魅力にどっぷりとはまりましたね』
『でも、律くんは加絵先輩が好きじゃなかったの? 分かりやすく説明してよ』
それとも、私の中にある記憶は誤りなのか。知らないところで情報の改竄が行われたとか。そんなSFじみた展開はおかしい。現実味がなさすぎる。
『分かりやすくですね』
律くんが声を出す。なんだか声の質が違う。なんとなくだけど。
『理由は簡単ですよ』
『か、簡単?』
私は首を傾げる。電話相手なのに。でも、こういう動作はよくやってしまう。
『驚くことはないですって。鮫島先輩は僕の告白を絶対に断ってくれますから。なので、安心して告白できるんです。もちろん、鮫島先輩を好きな気持ちはちゃんとありますよ。天へ誓ってもいいくらいに。後、こんな言い方は失礼なんですが、加絵先輩は憧れすぎます。とはいえ、鮫島先輩だって高嶺の花ですけどね』
私には判断できない。彼が何を考えてるのか。好きという気持ちは何物にも代えられないはず。簡単に誰かと対比できてしまうなんて。
『そんなのって。やっぱりナンパだよ』
『ナンパじゃないですよ。コウハです』
嘘つき。唇を舐めてなくても分かる。ふと、あの言葉が思いつく。それは今朝の話。佐々木くんが言ってた。次期生徒会長に立候補するためのパフォーマンスと。これだって、私をだしにしてることには変わりない。などと思ったけど、ここ三週間はお互いにそういった関係。間違いなく楽しかったはずなのに。なんだか悲しくなる。どうしてだろうか。心の奥が切ない。
これまでの私は、幼馴染の幸せを考えてるだけでよかった。そして、しょうがないから彼の側にいてあげてもいい。彼が私を必要とするならば。必要としなかったら何もしない。彼を陰ながら見守るのみ。それだって全然悲しくない。彼が楽しそうにしていればオッケー。私の幸せは彼の幸せと直結していた。
なのに、彼が私のことを大切にしたいと言及した瞬間。そこで何かが変わったと思う。おそらく、自分でも気がつかないうちに。少しずつその言葉が心の内側へ浸食。重い碇を降ろして確実に固定させた。おかげで、私は切り替えさえもできない。いつまでも影響し続けてる。
『律くん。そんな気持ちじゃだめだって』
結局、私はこの言葉を選んだ。これは自身にも向けられてる。つまり、私は自分の想いを形にしなくてはいけない。たとえ、それがすごく不格好だとしても。伝えないと消えてしまう。律くんを見てるとそんな気がしてきた。
律くんは一瞬黙りこくった後、絞りだすように声を放つ。
『すみません。こういった小狡いことは考えつくんですよ。小心者ですから。その中に楽しさを見いだそうとはしましたけど』
『そっか。私が言えることではないかな。でも、確信犯だよね。加絵先輩にそんな勘違いをさせたかった。私とフェイクのお付き合いをしてる時は、わざわざ申告までして加絵先輩へ逐一伝えてたのに。今回は何も伝えてない。さらに、明日まで伝える予定だってなし』
本当にしたいことは何なのか。少しずつ真相が見えてくる。
『鮫島先輩。実は生徒会長になるためのアピールも入ってるんです。純粋な想いだけではなくて申し訳ありません』
生徒会長選挙のアピール? そんなはずはない。彼が持ってるパフォーマンスはそれ以上の力。たとえば、初対面の時に見せた踊り。あれは人を魅了するレベルだ。
『気を使わなくてもいいって。律くん』
『すみません。すべてお見通しなんですね。さすがは鮫島先輩だ。噂に違わぬ人で』
どこでどんな噂が広がってるんだか。どう考えても加絵先輩のせいだろう。
『おそらく、鮫島先輩の想像通りですよ。これは時間を掛けた作戦。生徒会長を揺さぶれるかもしれない方法。それに文化祭。暗黙理の了解だってあります。次期生徒会長は面白くて目立つ。しかも、僕の大好きなもう一人の先輩へ好意を伝えられる。で、鮫島先輩も断ってくれますから。みんなして僕をいじれる。一石三長ですね』
大方、予想通り。佐々木くんの指摘は正しかった。律くんの立場では完璧なプランだと思う。
『だから、ゲームなんだね。要するにどっちでもいい。私に見つけられてもいいし、見つけられなくてもいい』
『はい。そうなんです。そっちの方が絶対に楽しいですから。自分で自分の心を揺さぶれるじゃないですか。たった一つ条件をつけることで。たぶん、鮫島先輩は納得しないでしょう。でも、これはコインの表裏で物事を決めるのと一緒。あれみたいにすぱっと決まるものではないですが』
『そっか。まあ、分からなくないよ。私がその方法選ぶかはべつにして』
しかし、律くんもなかなかだ。ようやく彼の内側が覗けた。
『あ、そういえば』
私は思い出す。律くんを見つけた時の顛末を。
『えっと、どうしました? 鮫島先輩。なにか聞きたいことでも思いつきましたか?』
『ううん。違うの。そうじゃなくて』
『それでは?』
律くんが聞く。なので、私は答える。
『ほら、由美ちゃんから聞いたんだけどね』
『はい』
『私は一つリスクを背負ったまま。全校生徒の前で次期生徒会長のネタになるリスク。で、その行為を止めようと試みる。だけど、これはゲームなんだよね。律くんは逃げる。私は追う。そこで律くんは言った。自分を捕まえたら私の言うことを聞く。それが私の報酬というふうに解釈していいんだよね?』
『概ね、間違いじゃないです。正確な意図は伝わってませんが』
『そうなの?』
私はその意図が分からない。
『そうですよ。鮫島先輩もだめですね。まったく。これだから、鮫島先輩は恐ろしいです』
急に立場が逆転。いきなりダメだしをされた。
『偽のお付き合いだけど、彼女のわがままを聞きたかったのですが。でも、鮫島先輩は聞き分けがよすぎて。だから、最後くらいはそんな気分を味わいたかったんですよ』
『え? 律くん?』
声がくぐもってて聞こえない。急に人混みへ紛れたのか。それとも、電波のせいだってありえる。
『すみません。なんでもないです。で、鮫島先輩が欲しい報酬はなんですか?』
『あ、うん』
知らないうちに話が戻った。びっくり。いろいろと話を聞き逃したかもしれない。
『でも、報酬というかお願いかも』
『はい。分かりました。続きをどうぞ』
『うん。もしね、というか絶対捕まえるつもり。だから、私が聞いてほしいお願いはこれ。最終日の後夜祭で告白。律くんの憧れの人である加絵先輩へ。どう?』
『あー。そういうことですか。つまり、僕が逃げ切れたら鮫島先輩。僕が逃げきれなかった生徒会長。どちらかに告白。とんだ二者択一ですね。てか、生徒会長へは告白したくないのにな。今の関係が壊れてしまいそうで』
その考えは私と重なる。私とマクの幼馴染関係が崩壊してしまう。そんなことを考えたりもした。でも、マクに大切な言葉をもらって。私の中の想いは変化した。
『しかし、いいゲームになりそうですね。本当に。そしたら、僕はますます必死に逃げますよ。なぜなら、今は適宜なタイミングではないから。そういうことなんです』
『そうなんだ。だったら、私も一生懸命探すよ。君のことを考えながらね。もしかしたら、まだ関心が足りなかったかもしれないし』
『そういってもらえて光栄です。では、そろそろ電話を切りますね。やっぱり、鮫島先輩にすべてを伝えといてよかった。おっと、最後に一つだけしたかったことを言っていいですか?』
『んん? なんなの?』
『たいしたことではないですよ。さくっといきますから』
ともあれ、律くんのテンションが高い。俄然、私のテンションも上がってくる。
『じゃあ、さくっといっちゃおうか』
『はい、分かりました。では、また今度。おっと、間違えました。では、できれば最終日までお会いしたくないですね。翠先輩。さよなら』
私が返答をするまでもなく。電話はあっさりと切れた。ツー。ツー。耳元で響く規則的な音。やけに大きく聞こえる。不自然なほどに。
しかし、翠先輩とは。律くんが私を初めて名前で呼んでくれた。てか、律くんはそれがしたかったのか。その想いを汲み取ってあげれば良かった。でも、私と律くんの関係は文化祭まで。お互いに名字の呼び名で変わるかもしれない。距離を置く可能性だってある。いや、そこまでは変わらないかな。もちろん、先の事なんて分からないけど。とはいえ、現時点で私が律くんと正式なお付き合いをすることはないと思う。




