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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第四章 『そして、姫君が救出されていく』
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 文化祭当日。秋晴れに相応しくすがすがしい天気。校内放送の合図で全員が祝砲。高らかに声を上げて開幕。生徒数の多い我が校がみんなで叫ぶ。瞬間的には、ものすごいデシベルになったと思う。教室の窓ガラスも振動してそうだ。


 校門の前で待ち受けてる人が少しほど。初日から外来者の迎え入れで大変だ。他校では初日が生徒だけのお祭り。なんて話はよく聞く。でも、うちの高校はそうじゃない。初日からアクセル全開で活動する。


 私はクラスでのご奉仕が二日。初日と二日目。とはいえ、働きづめでもなく。多少の休み時間はある。さらに、三日目はすべて自由時間。この日でいろんなところを回るつもりだ。


「翠ちゃん。かわいいーっ」

「うんうん。かわいいよ」


 今日はそればかり言われてる。いくら、女の子の社交辞令だからって言いすぎかな。すでに百回くらいは聞いてるような。とにかく、馬子にも衣装というやつである。


 そして、他の女の子たちも言われ放題。実際にみんなかわいい。さすがはコスプレ喫茶だ。たくさんの趣向が衣装に施されてる。ただ、少し統一性に欠けるかもしれない。無秩序感がよく出てるから。逆に文化祭らしいともいえる。


「みどちゃん。今日は着せかえショーだね」

「うん。たしかに。私は由美ちゃんの五倍着替えるからなあ」 


 今の衣装はメイド服。私の最初はスタンダードだ。でも、そこから段々とマニアックになっていく。ラインアップはたくさんあって覚えてない。そもそも、覚えてても意味がなく。どうせ、必ず着るんだから。似合う似合わないに関わらず。しかも、体に馴染む前にお着替え。これで衣装に愛着が湧くんだろうか。せっかくの機会なのに。

 










 しかし、私の悩みは杞憂へ。とにかく忙しい。考えてる暇などまったくない。似合ってるどうか。そんなことを憂慮してる余裕もなく。仕事は流れ作業のように進んでいく。店は繁盛していて、給仕が追いつかない。てんやわんやで猫の手も借りたかった。


「二番テーブルに注文、入りまーす」

「はい。こちらはカフェラテになりますね」

「ありがとうございました。またよろしくお願いしまーす」


 お客様は男女半々。意外と女の子も来てる。当初の予想では、男子ばかりだと思ってた。なぜなら、女子向けのコスプレが少ないせい。レパートリーも人員も女子の半分しかない。完全に男の子仕様になってた。


「ねえ、君。写真撮りたいな。とってもかわいいから」


 一人の男性が声を掛けてきた。制服を来てないから外来者だ。


「あ、ありがとうございます。私で良ければ」

「君がいいんだよ。忙しい中、悪いねえ」

「いえ。とっても嬉しいです」


 本当にそうだ。嬉しくて楽しい。文化祭の雰囲気も良くて最高。去年は心から参加できなかったので堪能したい。文化祭のパワーをたくさん浴びたいと思う。


「翠ちゃん。あちらの給仕をお願いね」

「オッケー。こっちは任せて」 


 注文が入った飲み物を持っていく。お客様は二人組。一人は劇があるのかピエロ姿。顔を赤くて判別がつかない。でも、どこかで見たことあるしぐさ。特にその派手な身振り手振り。役になりきってるだけではなさそうだ。さらに、もう一人も仮面姿。素顔が見えない。ただ、あの楚々としたしぐさは生徒会長。挙措にここまで品がある人はなかなかいない。


「ご注文の品をお持ち致しました」

「ありがとね、翠さん。ほら、律くんも」

「って、生徒会長。せっかく変装してきたのに。ばれちゃうじゃないですか」

「そんなことしてもむだですよ。相手は翠さんですから」

「では、なんのために変装したんですか? これじゃあ意味がありませんよ」


 あれ? その言いぐさだと、劇はまったく絡んでなさそう。ということは、加絵先輩が単純に面白がって律くんを変装させたのか。文化祭の雰囲気に乗じて。だとしたら、顔を赤く塗られた律くんはたまったもんじゃない。利点は面白さに磨きがかかってるだけ。


「意味はありますよ。私が律くんと一緒に楽しみたいというね」

「うわー。心にぐさっと突き刺さりましたよ。もう、体中を塗られてもいいくらいです」

「さすがにうん。それはちょっと」

「ですよね。では、生徒会長、先ほどのセリフを今一度言ってください」

「そうね。遠慮しておきます。律くん」

「……」


 二人のコントを前にして、私は頭を悩ます。この場を辞去しても構わないのか。それとも、二人がここへ来た理由があるかもしれない。 


「ご注文の品は、これですべてでしょうか」

「あ、そうだった。まだありましたよ。鮫島先輩」


 ピエロ姿の律くんが不気味に笑う。とはいえ、ピエロなら不気味になってしまうが。


「はあ、そうなんですか。それでは何になさいますか?」

「そうだねえ、うん。どうします? 生徒会長」

「そこで私に振りますか? 律くん」

「あー、おっしゃるとおりで。すみません。僕が頼みますよ。男ですから」

「あ、はい」


 前フリが長い。どうしたんだろう。私の中でへんな警報が鳴り響く。このままだとやっかいなことに巻き込まれそうな予感。だって、加絵先輩も律くんも座席に座ってない。しかも、テーブルの上には注文した飲み物の代金。手荷物だって、小脇に抱えてる。これはすぐにとんずらしそうな気配。たとえば、私なんかを捕まえて。


「追加の注文は鮫島先輩で」











 私は抵抗する暇もなかった。そう。あれよあれよという間に連行。二人に両腕をがっちりと押さえられる。俗にいうホールド。抜け出せる気がしない。


 さらに、クラスの人たちも止めようと試みる者がいなくて。みんな、笑顔で私を送り出す。これは裏で根回しされたか。あるいは、仮面を取った生徒会長の免罪符かな。他の客でさえも、寸劇が始まったと勘違い。それもそうだ。律くんがパントマイムしながら、大音声で語り出す。お姫様は我らが月光軍団の手中へ。はっはっはって。こっちが笑いたい気分じゃないか。だって、イレギュラーなことが多すぎる。まさか、文化祭が始まって三十分での拉致。


 見れば、加絵先輩がみんなにぺこぺこしてる。指で数字を作りながら口パク。三十分だけ時間をちょうだい。なんて言ってるようだった。


 そして、廊下へ出ても喧噪は止まらない。さっきの騒ぎで人が集まった。うちのクラスはすでに行列。ただでさえ人手不足。このまま上手く回せるだろうか。少し不安になる。


 連行される最中、由美ちゃんと目が合う。由美ちゃんは敬礼と強い視線。後は任せろと言わんばかり。なんだか、私が戦地にかり出されていくみたい。そんな要素はどこにもないのに。


「ボス。お姫様はどのように護送しますか」


 さっきまで生徒会長って呼んでたのにね。キャラがぶれすぎだし。まあ、私も人のことはいえないけど。アドリブは苦手な部類に入るから。


「そうね。お姫様抱っこにしましょうか」

「はい。分かりました」

「って、ほんとにしようとしないで。私っ、チアガールの衣装してるんだからね。スカートめくれちゃうじゃない、もう」


 私もさらわれのお姫様らしく叫ぼうか。などと一瞬思ったけど、めんどくさくなりそうなので止めた。たぶん、正解だ。


「で、加絵先輩。私を連れてどこへ行くんですか?」

「翠さん。ボスって呼ぶの」

「ボス?」

「うん」


 なんか、昔の加絵先輩みたい。妹キャラっぽい感じで要求。加絵先輩も文化祭の雰囲気に当てられたのか。私だって何事もなければこうなってたかも。お客様にお願いされたらやりそうだし。勢いに頼って。


「ボス、私たちはどこへ」


 こうだと、私まで二人の仲間である。私は連れ出された。なのに、その首謀者をボスと呼ぶ。結構な違和感だ。


「そんなのは最初から決まってますよ」

「え?」

「ほら、人がいないところ。あそこしかないでしょう」


 律くんも神妙に頷く。生徒会室か。どうやら、彼らのホームに連れてかれそうだ。










 

 文化祭だというのに、生徒会室は変わらない。ただ、前に訪れた時よりも雑然とした印象。たぶん、最近の忙しさが原因だろう。優先すべきはそっちだから。日常の業務がおろそかになっても仕方がない。とはいえ、それも微々たる程度だけど。


「はい、座って。翠さん。そして、一緒に律くんをいじめましょうか」

「私?」

「そうですよ。だって、律くんは翠さんとお付き合いのふり。これはひどいですよね。私を侮辱してるかな」

「生徒会長。だから、そんなつもりはありませんって。しかも、今になって憤るとはどういうことですか? 鮫島先輩へのおもてなし計画はどうなりました?」

「あれはフェイク。こっちが本当の計画なの」


 加絵先輩は美しい動作で言い切る。


「実はね、私と篠原くんで相談してたの。文化祭実行委員の後でね。ほら、二人に何かを企んでるからどうしようかって。そこで二人とも、律くんにお灸を据えないといけない。なんて結論になったわ」

「えっと、加絵先輩。私が言うのはどうかと思いますが」

「はい、いいですよ」


 加絵先輩の完璧な笑顔がちょっと怖い。


「私にお灸は据えなくていいのでしょうか」

「翠さんはいいの。そういう話し合いが持たれたから」


 なんだろう。その緊急会談みたいな話し合い。他人事だったらとても面白そう。興味本位で覗いてみたくなる。


「とにかく、律くんには罰を受けてもらわないとね。君がこんなにかわいい先輩の女の子と、お付き合いのフリをするなんて。本当に許されないことかな」

「とはいえ、彼も被害者ですし。彼のいとこの女の子がクラスの同級生で。その彼女が私と律くんの仲を取り持ったんです。さらに、事情も承知してるのでこんな関係へ。あれよあれよと言う間に決まってしまって」


 元はと言えば、由美ちゃんの思いつきがすべて。そこで私と律くんが選ばれただけ。マクと加絵先輩の関係を絡められたのは偶然。そういう意味で世界は狭いというか。結局、律くんが不運といってもいい。


「律くんをかばうのも分かるわ。だけどね、翠さん。聞いて」


 加絵先輩は相変わらず不満を述べる。よく考えると嫉妬っぽい。ならば、初めて由美ちゃんの作戦が効果を現したのか。まさに今頃だ。お付き合いもどきも解消間近なのに。


 ただ、律くんのひどいプランが耳に入って状況は一変。私は加絵先輩に感謝してもしきれなくなる。ともあれ、事が起こる前に発覚して良かった。本当に大助かり。危うく全校生徒の前でさらし者に。一寸先は闇になりそうだった。


「ね? だからなの。一度、律くんにお灸を据えないといけないでしょ? 健全な人間性は健全なしつけによって宿すとも言うし」

「そうだね。うん。というか、律くんの場合はしつけ云々ではないと思うけど」


 しかし、由美ちゃんも律くんも。思いつきで行動をしようとしすぎだ。まだ、カフェの近くでブレイクダンスを踊ってる方が全然マシ。だって、全校生徒の前で告白しようなんてさ。後夜祭の高揚を使うにもほどがある。


 しかも、自分だけでなく他人まで巻き添えへ。なんて作戦だろう。仮に片方が玉砕したらとか思わないのか。とてもじゃないけど、小心者ではない。自由人であり無謀人間。


 あ、もしかして美術部の後輩は、これを危惧してたかもしれない。だとしたら、先見の明あり。表彰されてもいい。なんて考えてしまうくらいだ。


「ほんと、律くんはばかなんだから。私が全校生徒の前で告白とか。ムードもへったくれもないじゃない。ぜったいにむりだし」

「誰だってむりだよ。うん。ありえないよね。私、こんな人に生徒会長を任せていいのかな。急に不安が募ってきた。生徒総会で説教しそう」 


 この三週間近く、私は律くんと頻繁に話をした。演技であっても親しくしてたと思う。さらに、律くんもなかなかに面白い人物。つまらないことはまずなかった。律くんの人となりもだいぶ理解できた。なのに、ここまでのびっくり玉手箱が飛び出す。もう、浦島太郎の物語みたいなレベル。大変大変。私はまだ女子高生でいたい。


「で、加絵先輩。具体的には律くんをどうやって罰するのですか? 私、具体案を聞いてませんが」

「そうね。私も決めてないの。とりあえず、てっとり早く痛めつける方法。これを見つけないと。どんな調教がいいと思う? 心当たりない?」

「うーん。ないなあ。でも、彼が心から反省する罰がいいですよね。もう、二度とへんなことを考えないように。どうすればいいでしょうか」


 こうして、私たち二人は綿密な相談へ。内容はきな臭い話に変わっていく。んん? ところで二人? たしか、律くんも一緒に来たと思う。てか、確実に一緒だった。って、律くんの話で彼の存在をほっぽっておくとは。律くんの声はしばらく聞いてない。どころか気配すら感じられない。


「えっと、加絵先輩。律くんがいませんけど」


 私は告げたくもない事実を口に。すると、加絵先輩がものすごく目を見開く。辺りもしつこいくらいに見回す。やっぱり律くんはいない。大きなため息。話が盛り上がりすぎた。


「私たち、話に熱中しすぎたみたいね。翠さん」

「はい、そのようです」

「つまり、彼に逃げられた。さて、どうしましょうか」


 加絵先輩は長い髪を撫でつけながら言う。詮ないことだが、ハスキーボイスへ変化。それも最上級。萌えの極地なんて言ってられない。そんな余裕はどこにもなかった。

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