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文化祭当日。秋晴れに相応しくすがすがしい天気。校内放送の合図で全員が祝砲。高らかに声を上げて開幕。生徒数の多い我が校がみんなで叫ぶ。瞬間的には、ものすごいデシベルになったと思う。教室の窓ガラスも振動してそうだ。
校門の前で待ち受けてる人が少しほど。初日から外来者の迎え入れで大変だ。他校では初日が生徒だけのお祭り。なんて話はよく聞く。でも、うちの高校はそうじゃない。初日からアクセル全開で活動する。
私はクラスでのご奉仕が二日。初日と二日目。とはいえ、働きづめでもなく。多少の休み時間はある。さらに、三日目はすべて自由時間。この日でいろんなところを回るつもりだ。
「翠ちゃん。かわいいーっ」
「うんうん。かわいいよ」
今日はそればかり言われてる。いくら、女の子の社交辞令だからって言いすぎかな。すでに百回くらいは聞いてるような。とにかく、馬子にも衣装というやつである。
そして、他の女の子たちも言われ放題。実際にみんなかわいい。さすがはコスプレ喫茶だ。たくさんの趣向が衣装に施されてる。ただ、少し統一性に欠けるかもしれない。無秩序感がよく出てるから。逆に文化祭らしいともいえる。
「みどちゃん。今日は着せかえショーだね」
「うん。たしかに。私は由美ちゃんの五倍着替えるからなあ」
今の衣装はメイド服。私の最初はスタンダードだ。でも、そこから段々とマニアックになっていく。ラインアップはたくさんあって覚えてない。そもそも、覚えてても意味がなく。どうせ、必ず着るんだから。似合う似合わないに関わらず。しかも、体に馴染む前にお着替え。これで衣装に愛着が湧くんだろうか。せっかくの機会なのに。
しかし、私の悩みは杞憂へ。とにかく忙しい。考えてる暇などまったくない。似合ってるどうか。そんなことを憂慮してる余裕もなく。仕事は流れ作業のように進んでいく。店は繁盛していて、給仕が追いつかない。てんやわんやで猫の手も借りたかった。
「二番テーブルに注文、入りまーす」
「はい。こちらはカフェラテになりますね」
「ありがとうございました。またよろしくお願いしまーす」
お客様は男女半々。意外と女の子も来てる。当初の予想では、男子ばかりだと思ってた。なぜなら、女子向けのコスプレが少ないせい。レパートリーも人員も女子の半分しかない。完全に男の子仕様になってた。
「ねえ、君。写真撮りたいな。とってもかわいいから」
一人の男性が声を掛けてきた。制服を来てないから外来者だ。
「あ、ありがとうございます。私で良ければ」
「君がいいんだよ。忙しい中、悪いねえ」
「いえ。とっても嬉しいです」
本当にそうだ。嬉しくて楽しい。文化祭の雰囲気も良くて最高。去年は心から参加できなかったので堪能したい。文化祭のパワーをたくさん浴びたいと思う。
「翠ちゃん。あちらの給仕をお願いね」
「オッケー。こっちは任せて」
注文が入った飲み物を持っていく。お客様は二人組。一人は劇があるのかピエロ姿。顔を赤くて判別がつかない。でも、どこかで見たことあるしぐさ。特にその派手な身振り手振り。役になりきってるだけではなさそうだ。さらに、もう一人も仮面姿。素顔が見えない。ただ、あの楚々としたしぐさは生徒会長。挙措にここまで品がある人はなかなかいない。
「ご注文の品をお持ち致しました」
「ありがとね、翠さん。ほら、律くんも」
「って、生徒会長。せっかく変装してきたのに。ばれちゃうじゃないですか」
「そんなことしてもむだですよ。相手は翠さんですから」
「では、なんのために変装したんですか? これじゃあ意味がありませんよ」
あれ? その言いぐさだと、劇はまったく絡んでなさそう。ということは、加絵先輩が単純に面白がって律くんを変装させたのか。文化祭の雰囲気に乗じて。だとしたら、顔を赤く塗られた律くんはたまったもんじゃない。利点は面白さに磨きがかかってるだけ。
「意味はありますよ。私が律くんと一緒に楽しみたいというね」
「うわー。心にぐさっと突き刺さりましたよ。もう、体中を塗られてもいいくらいです」
「さすがにうん。それはちょっと」
「ですよね。では、生徒会長、先ほどのセリフを今一度言ってください」
「そうね。遠慮しておきます。律くん」
「……」
二人のコントを前にして、私は頭を悩ます。この場を辞去しても構わないのか。それとも、二人がここへ来た理由があるかもしれない。
「ご注文の品は、これですべてでしょうか」
「あ、そうだった。まだありましたよ。鮫島先輩」
ピエロ姿の律くんが不気味に笑う。とはいえ、ピエロなら不気味になってしまうが。
「はあ、そうなんですか。それでは何になさいますか?」
「そうだねえ、うん。どうします? 生徒会長」
「そこで私に振りますか? 律くん」
「あー、おっしゃるとおりで。すみません。僕が頼みますよ。男ですから」
「あ、はい」
前フリが長い。どうしたんだろう。私の中でへんな警報が鳴り響く。このままだとやっかいなことに巻き込まれそうな予感。だって、加絵先輩も律くんも座席に座ってない。しかも、テーブルの上には注文した飲み物の代金。手荷物だって、小脇に抱えてる。これはすぐにとんずらしそうな気配。たとえば、私なんかを捕まえて。
「追加の注文は鮫島先輩で」
私は抵抗する暇もなかった。そう。あれよあれよという間に連行。二人に両腕をがっちりと押さえられる。俗にいうホールド。抜け出せる気がしない。
さらに、クラスの人たちも止めようと試みる者がいなくて。みんな、笑顔で私を送り出す。これは裏で根回しされたか。あるいは、仮面を取った生徒会長の免罪符かな。他の客でさえも、寸劇が始まったと勘違い。それもそうだ。律くんがパントマイムしながら、大音声で語り出す。お姫様は我らが月光軍団の手中へ。はっはっはって。こっちが笑いたい気分じゃないか。だって、イレギュラーなことが多すぎる。まさか、文化祭が始まって三十分での拉致。
見れば、加絵先輩がみんなにぺこぺこしてる。指で数字を作りながら口パク。三十分だけ時間をちょうだい。なんて言ってるようだった。
そして、廊下へ出ても喧噪は止まらない。さっきの騒ぎで人が集まった。うちのクラスはすでに行列。ただでさえ人手不足。このまま上手く回せるだろうか。少し不安になる。
連行される最中、由美ちゃんと目が合う。由美ちゃんは敬礼と強い視線。後は任せろと言わんばかり。なんだか、私が戦地にかり出されていくみたい。そんな要素はどこにもないのに。
「ボス。お姫様はどのように護送しますか」
さっきまで生徒会長って呼んでたのにね。キャラがぶれすぎだし。まあ、私も人のことはいえないけど。アドリブは苦手な部類に入るから。
「そうね。お姫様抱っこにしましょうか」
「はい。分かりました」
「って、ほんとにしようとしないで。私っ、チアガールの衣装してるんだからね。スカートめくれちゃうじゃない、もう」
私もさらわれのお姫様らしく叫ぼうか。などと一瞬思ったけど、めんどくさくなりそうなので止めた。たぶん、正解だ。
「で、加絵先輩。私を連れてどこへ行くんですか?」
「翠さん。ボスって呼ぶの」
「ボス?」
「うん」
なんか、昔の加絵先輩みたい。妹キャラっぽい感じで要求。加絵先輩も文化祭の雰囲気に当てられたのか。私だって何事もなければこうなってたかも。お客様にお願いされたらやりそうだし。勢いに頼って。
「ボス、私たちはどこへ」
こうだと、私まで二人の仲間である。私は連れ出された。なのに、その首謀者をボスと呼ぶ。結構な違和感だ。
「そんなのは最初から決まってますよ」
「え?」
「ほら、人がいないところ。あそこしかないでしょう」
律くんも神妙に頷く。生徒会室か。どうやら、彼らのホームに連れてかれそうだ。
文化祭だというのに、生徒会室は変わらない。ただ、前に訪れた時よりも雑然とした印象。たぶん、最近の忙しさが原因だろう。優先すべきはそっちだから。日常の業務がおろそかになっても仕方がない。とはいえ、それも微々たる程度だけど。
「はい、座って。翠さん。そして、一緒に律くんをいじめましょうか」
「私?」
「そうですよ。だって、律くんは翠さんとお付き合いのふり。これはひどいですよね。私を侮辱してるかな」
「生徒会長。だから、そんなつもりはありませんって。しかも、今になって憤るとはどういうことですか? 鮫島先輩へのおもてなし計画はどうなりました?」
「あれはフェイク。こっちが本当の計画なの」
加絵先輩は美しい動作で言い切る。
「実はね、私と篠原くんで相談してたの。文化祭実行委員の後でね。ほら、二人に何かを企んでるからどうしようかって。そこで二人とも、律くんにお灸を据えないといけない。なんて結論になったわ」
「えっと、加絵先輩。私が言うのはどうかと思いますが」
「はい、いいですよ」
加絵先輩の完璧な笑顔がちょっと怖い。
「私にお灸は据えなくていいのでしょうか」
「翠さんはいいの。そういう話し合いが持たれたから」
なんだろう。その緊急会談みたいな話し合い。他人事だったらとても面白そう。興味本位で覗いてみたくなる。
「とにかく、律くんには罰を受けてもらわないとね。君がこんなにかわいい先輩の女の子と、お付き合いのフリをするなんて。本当に許されないことかな」
「とはいえ、彼も被害者ですし。彼のいとこの女の子がクラスの同級生で。その彼女が私と律くんの仲を取り持ったんです。さらに、事情も承知してるのでこんな関係へ。あれよあれよと言う間に決まってしまって」
元はと言えば、由美ちゃんの思いつきがすべて。そこで私と律くんが選ばれただけ。マクと加絵先輩の関係を絡められたのは偶然。そういう意味で世界は狭いというか。結局、律くんが不運といってもいい。
「律くんをかばうのも分かるわ。だけどね、翠さん。聞いて」
加絵先輩は相変わらず不満を述べる。よく考えると嫉妬っぽい。ならば、初めて由美ちゃんの作戦が効果を現したのか。まさに今頃だ。お付き合いもどきも解消間近なのに。
ただ、律くんのひどいプランが耳に入って状況は一変。私は加絵先輩に感謝してもしきれなくなる。ともあれ、事が起こる前に発覚して良かった。本当に大助かり。危うく全校生徒の前でさらし者に。一寸先は闇になりそうだった。
「ね? だからなの。一度、律くんにお灸を据えないといけないでしょ? 健全な人間性は健全なしつけによって宿すとも言うし」
「そうだね。うん。というか、律くんの場合はしつけ云々ではないと思うけど」
しかし、由美ちゃんも律くんも。思いつきで行動をしようとしすぎだ。まだ、カフェの近くでブレイクダンスを踊ってる方が全然マシ。だって、全校生徒の前で告白しようなんてさ。後夜祭の高揚を使うにもほどがある。
しかも、自分だけでなく他人まで巻き添えへ。なんて作戦だろう。仮に片方が玉砕したらとか思わないのか。とてもじゃないけど、小心者ではない。自由人であり無謀人間。
あ、もしかして美術部の後輩は、これを危惧してたかもしれない。だとしたら、先見の明あり。表彰されてもいい。なんて考えてしまうくらいだ。
「ほんと、律くんはばかなんだから。私が全校生徒の前で告白とか。ムードもへったくれもないじゃない。ぜったいにむりだし」
「誰だってむりだよ。うん。ありえないよね。私、こんな人に生徒会長を任せていいのかな。急に不安が募ってきた。生徒総会で説教しそう」
この三週間近く、私は律くんと頻繁に話をした。演技であっても親しくしてたと思う。さらに、律くんもなかなかに面白い人物。つまらないことはまずなかった。律くんの人となりもだいぶ理解できた。なのに、ここまでのびっくり玉手箱が飛び出す。もう、浦島太郎の物語みたいなレベル。大変大変。私はまだ女子高生でいたい。
「で、加絵先輩。具体的には律くんをどうやって罰するのですか? 私、具体案を聞いてませんが」
「そうね。私も決めてないの。とりあえず、てっとり早く痛めつける方法。これを見つけないと。どんな調教がいいと思う? 心当たりない?」
「うーん。ないなあ。でも、彼が心から反省する罰がいいですよね。もう、二度とへんなことを考えないように。どうすればいいでしょうか」
こうして、私たち二人は綿密な相談へ。内容はきな臭い話に変わっていく。んん? ところで二人? たしか、律くんも一緒に来たと思う。てか、確実に一緒だった。って、律くんの話で彼の存在をほっぽっておくとは。律くんの声はしばらく聞いてない。どころか気配すら感じられない。
「えっと、加絵先輩。律くんがいませんけど」
私は告げたくもない事実を口に。すると、加絵先輩がものすごく目を見開く。辺りもしつこいくらいに見回す。やっぱり律くんはいない。大きなため息。話が盛り上がりすぎた。
「私たち、話に熱中しすぎたみたいね。翠さん」
「はい、そのようです」
「つまり、彼に逃げられた。さて、どうしましょうか」
加絵先輩は長い髪を撫でつけながら言う。詮ないことだが、ハスキーボイスへ変化。それも最上級。萌えの極地なんて言ってられない。そんな余裕はどこにもなかった。




