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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第四章 『そして、姫君が救出されていく』
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今年も厳しい。すべてはぎりぎりの戦いだ。順調に見えて順調でなく。苦労してるところはそのままの苦労で。でも、誰もが一つの目的に向かっていく。終わりよければすべて良し。状況を一変させる最高の締め言葉へ。


 ともすれば、文化祭は準備だけで燃え尽きる。キャンプファイヤーを灯す前に着火。そして、消火まで終わってしまう。なんてことになってはいけない。注意注意。そんな喚起が必要だった。


「わー。わー。三日後は文化祭だね。準備もだいぶ整ってきたね。たぶん!」


 由美ちゃんもむだに浮かれてる。いつもよりもオーバーアクション。てか、それもまたおかしな話だけど。


「いやいや。由美ちゃん。現実を見ないと。まだまだやることはたくさん。そんなところで、紙テープを投げて遊んではだめだって。うん」

「いやー。翠ちゃんの言う通り。でも、当日まで間に合うのかな。クラス全員が私だけだったら絶対にむりだね」

「たしかにむりかも」

「うん。かなり厳しいなあ」


 私と畠山ちゃんは頷き合う。


「ううー。みどちゃんもはたちゃんも。私は否定してほしかったのに」

「できたらしてるよ」

「そうだねえ。うん」


 またもや頷く。同じことの繰り返し。


 結局、うちのクラスもぎりぎりの攻防戦。人手は確実に足りない。猫の手も借りたいくらい。完成してるのは二つ。むだに凝ったメニュー表と机だけ。内装、外装はまだまだである。


 それにコスプレ衣装だって終わってない。一応、人数分は間に合ってるのに。ほぼ全員の男子が、衣装の追加を頼んだせい。噂によれば、そのための会議は阿鼻叫喚で噴飯ものだったらしい。誰もが自分の好みを希望。中には考えられないマニアックなタイプも。そんなに好きなら自分で着たらいい。ここぞとばかりに女子へ押しつけるのは良くない。


 ただ、この件は男女の緊急サミットで解決。お互いに納得できる折衷案。給仕の女の子全員でなく特定の人だけに。って、そこに私が入ってるんですが。その上、私以外誰もいない。どうも、みんなでぐるになったみたい。などと勘ぐりもしたくなる。翠ちゃんしか適任がいないよ。翠ちゃんがかわいくてスタイルいいから。なんて言われてもさ。どうして私ばかり? 私はクラスの着せかえ人形なのか。

 しかも幼馴染を放っておいて、他の男の子と仲良くしてる罰とか。これを一番言われた。ただ、そんなことを言われても困る。むしろ、私の方が放置されてるし。完璧に律くんと仲良くするふり作戦(通称シノット)が逆効果になってた。


「翠ちゃん。もう少しだから準備よろしくね」

「はーい」


 これから写真撮影。お客様を呼び込むための写真を取るらしい。髪型はサイドハーフアップを指定された。


「みどちゃん、がんばってね」

「うん。がんばれ。クラスの華なんだし」


 お気楽に応援してくれる二人。


「しかしなあ、由美ちゃんの作戦がいろんな面で裏目に出てるような」

「気のせいだよ。うん。気のせいじゃないかも知れないけど」

「そう。気のせいじゃないんだよ」


 私は由美ちゃんにぐりぐり。


「わー。ぼーりょくはんたい」


 由美ちゃんは嫌がりながらも楽しそうに。まあ、じゃれあってる感覚。私だって恨み辛みを込めて攻撃してるつもりはない。たぶん。


「とにかくいいじゃないか。おかげで、翠ちゃんは律くんと親しくなれた。まさに一期一会だねえ。うん」


 作業の手を止めずに畠山ちゃん。言うことはもっともだ。


「にしても、篠原くんはどうしたもんかなあ。なんか今年の夏休みを経て、誰よりも印象が変わったよね。ひと夏のアバンチュールを経験した女の子よりも。元々あった隠れ人気だって、今は表に出てきた。さらに、あの作戦も効果なし。今では篠原くんの方が優位性があると。正念場だよ」

「べつに私は。マクのことは好きだけど。べつに。今までだってマクは他の女の子と付き合ってたもん。で、私は純粋に応援してた。今だってその気持ちは変わりないと思う」

「でも、その時の篠原くんとはかなり雰囲気が違うよね。昔の頼れる篠原くんみたい。なーんてみどちゃんが言ってたじゃない」


 たしかに言った記憶がある。


「それに篠原くんから大切にしたい、って言われたんだよ。幼馴染の翠ちゃんを。前までと状況が違うさ。理由があるんだよ」

「なのに、みどちゃんがその状況を聞きに行けない。否、行かない。みどちゃんはみどちゃんでなにか隠してるし」


 それは言えない。一緒に布団を並べて寝たこと。朝、寝ぼけてマクのあそこを握りしめた事実。こんなのは格好のタネだ。餌食にされてしまう。


 ふいに私の目がマクを追う。彼は今、クラスの人と一緒に作業中。わりとてきぱき働いてる。やはり、見た目はあまり変わってない。なのに、雰囲気が違う。私以外でも分かるんだから相当だ。ささいな変化ではないと思う。


「そうだ。みどちゃん。いいこと思いついたよー」


 あれ? 経験則から来る嫌な予感。由美ちゃんのいいことはちょっと怖い。びっくり玉手箱。なんて思ってたら、彼女はおもむろに立ち上がる。そして、マクの方へ。そのままホールドして引っ張りこんできた。奇襲にも程があるじゃないか。


「ねえ、篠原くん。ちょっとさ、私の作業を手伝ってほしいな。私、背が低いから上の方は届かないの。ほら、お願い」


 ぱっぱっぱと頼んでいく由美ちゃん。このトラブルメーカめ。何をする気なんだ。手際が良すぎるぞ。頼みごとも不自然ではなかったし。


 とはいえ、私は全身の毛を逆立てるつもりで警戒。何があっても迎撃できる体勢。いつこっちに振られるか。それが分からない。さらに、今の私はマクに対する強度が足りない。ほんの少しの力でやられてしまうかもしれなかった。


「ところで、篠原くん。やっぱり、文化祭はみどちゃんと回るんだよね」


 ほら来た。いきなりの無茶ぶり。さて、どうしようか。


 私はちらちらとマクを窺う。マクの表情にはあまり変化なし。そういえば、高校合格後に勢いで口約束はした。文化祭は一緒に回ろうと。ただ、去年はお互いの不都合で流れた。はたして、今年はどうなるんだろうか。


「翠の予定は? 最近は生徒会の男子と親しくしてるよね。京極くんと」


 にわかに色めき立つ私の友達二人。それもそうだ。マクが律くんに追及するのは初めて。ここに来て作戦が功を奏したのか。


「あれは? うん。べつに」

「みどちゃん。シノット。シノット」


 律儀にやってられない。私はそこまでアドリブに強くないし。


「でさ、彼と回るなら僕は遠慮するけど?」


 やっぱり逆効果。マイナスになってる。


「まあ、べつにマクと行かなくていいしね。うん」

「それなら仕方ないか」


 そんなことないのに。私の心の声が反対した。


「ちょっとまったー」


 そこで元気よく由美ちゃん。ズサー。派手な動作で、私とマクのあいだへ割り込み。


「ここはほらね、幼馴染同士で友好を深めないと。うん」

「でも、女の子同士の予定だってあるだろうし」

「「どうぞどうぞ」」


 息が合っている二人。困ったものだ。


「てか、最近の篠原くんはみどちゃんをほっぽりだしすぎだし」

「あー、うん。でも、大丈夫。翠だから。翠は分かってくれる。僕のしなければならないことを。そのけじめをするまではずっとこのままだ」

「やばっ。かっこいいかも。二人の背景は把握できないけど」


 ミイラ取りがミイラになった展開。由美ちゃんに期待する方がいけなかった。こういうことは自分で言わないといけない。無論、マクの待ってほしいという気持ちも分かる。ただ、あんなことがあって気持ちの整理もつけた。私を大切にしたいとも言ってくれた。それがマクの幸せなら一番最高の形。マクが幼馴染の枷にはめられてないならば。どうして私は見ないのか。もしかして二年半前の――。


 プツッ。プツッ。急な機械音。音の所在は校内スピーカー。マイクテストの後、臨時の放送が入る。内容は文化祭実行委員の緊急会合。もちろん、うちのクラスも例外でない。マクと畠山ちゃんが召集された。


「あー、行かないとなあ。篠原くん。しかし、なにがあったんだろう」

「うん。なにかな。校内放送だから緊急を要するかも。あ、そうだ。ごめん、唐橋さん。頼まれた作業が途中になって。行かないといけないから」

「あ、いいよ。気にしないで」


 由美ちゃんが虚をつかれたように頷く。


「マク」

「ん?」

「やっぱ、なんでもない」

「そっか。じゃあ行くよ」

「うん」


 マクと畠山さんが教室を出る。残された私と由美ちゃんは見つめ合って苦笑い。多少、消化不良の感が残ってた。











「しかし、なんてタイミングが悪いんだか。もう少しで確約がとれたのに」


 由美ちゃんが肩を落とす。でも、すぐに復活。オーバーアクションで足を踏みならしてた。


「てか、そんな状況だった?」

「そうだよ。このまま行けば、すごい瞬間が訪れたと思うの。みどちゃんにとって最高の展開へ」

「うーん」


 なんか違う場面を見てるのかな。全然、抱く印象が異なってた。


「とにかくだよ。私も少しは責任を感じたんだから。なので、この場をかき回そうと思ったのに」

「その発言、まったく責任を感じてないよね」

「うはは。そんなことないよー。たぶん」


 由美ちゃんは紙テープで自分をぐるぐる巻きにする。てか、その紙テープでまだ遊んでたのね。もう、とっくにその作業を終わったはず。


「にしても、あの作戦は大失敗だったよね。律くんも律くんだしさ。一応、生徒会長へのアピールも兼ねてたのに。一石二鳥でね。でも、自分で山内先輩に報告しちゃうとは。彼女を嫉妬させることを諦めてたもん。つまり、最初から破綻してたのか」

「まあ、思いつきだからそんなもんだよ。切り替えだね」

「そうかな?」


 由美ちゃんが首を傾げる。


「じっくり考えても結果は変わらないと思わない? 考えるのは私自身なんだから。ということは、さっと思いつきで行動した方がいいかも」

「あー、なるほど。うん。そうかもしれない。そんな見方もあるね」


 私は由美ちゃんの意見に賛同。たしかに一理ある。


「結局、物事は上手くいかないことの方が多いよね。スタイルは良くならないし。彼氏だってできないし。数学のテストでいい点を取れたらなあ。でも、難しいもん」

「ただ、だからといって悲観的になることもなく」

「うん。当たり前じゃん。そういうのが面白いんだよ。生きてるって感じでさ。みどちゃんが直面してる問題。これだってなんか楽しい。他人事とかではなくてね」


 仲良く話してると、男子に作業を振られた。することは細かな飾り付け作り。たしかに女子の方が適任。後は折り紙が好きなマクくらいか。マクならなんでも作れそうだ。


「あー。私、こういうのむりかも。みんなー、私のガーリーな印象に騙されちゃだめだよ。こういう細かい作業は苦手だから」


 すでに、クラス全員が把握。そこは誰も期待してない。それよりも、クラスのムードの盛り上げ。こっちをしてくれる。


「困ったなあ。私、やっぱり役立たずだ。どうすればいいの? みどちゃん」

「そうだねえ。じゃあ、私の助手で。なんでも私の言うことを聞く」

「ラジャー。ブラジャー。炊飯ジャー」

「意味分かんないし」


 こうして、私は二倍速で作業を進めていく。速度は主観だ。実際はたいしたことないかもしれない。でも、由美ちゃんの分もこなすくらいでないと。だから、二倍速でオッケーだ。


「あれ? みどちゃん。携帯が光ってるよ。しかも、震えてる。私、今気づいた。ほら」

「ほんとだ」


 携帯は由美ちゃんに預けてた。作業へ集中するために。


「はい。てか、はたちゃんだね」

「うん。なんだろう。集まりが終わったのかな」


 来てたのはメール。とりあえず見てみる。


「え? マクが? そんな」


 私は驚きで固まる。


「んん? どうしたの? 篠原くんになにかあったとか?」

「う、うん。マクが今までして来なかったことをやろうしてるから。私はマクが心配で」

「それってなに? 私も知ってること?」

「そうだよ」


 記されてた内容。それは突如発生したイレギュラーな事態。ある一人の生徒が手の怪我をしてしまった。約一週間は利き腕で細かな作業が出来ないらしい。しかも、その生徒が校門前の看板作成における中心人物。すべての枠組みを決めて、ダイナミックな絵を描く。それを補助するのが美術部員とその有志。たしか、今年もそんな手筈だった。その上、去年は時間が足りなかったはず。人手不足で専門的な分野だから。


 言われてみれば、看板の絵は表面積が結構あるしよく目立つ。絵が上手いだけでは立ち行かない。迂闊に手助けできない状況だ。


 そして、今から業者に頼むのは手遅れ。組み込まれてる予算以上の料金が発生してしまう。ただ、最終手段として頼むことは可能だという。でも、できるだけ避けたい事態。そこでこの案件をクラスに持ち帰って、緊急で募ろうとしていた。可能性の低い期待だったけど。


「で、それにマクが立候補したの。あのマクが」

「でも、篠原くんって」

「うん。由美ちゃんの思ってる通り」

「私、詳しくは知らないよ。でも、彼が絵を書かない経緯は聞いたことある。その話はみんな知ってるよね。暗黙の了解として」

「まあ、そうだよね。美術の授業でもあんなに絵を書くことを避けてたし」

「うん。だね」


 携帯がまた鳴った。今度は電話。私はすぐに繋げる。


『もしもし。もしもし?』


 反応はなし。その代わりに雑音。というか、人の話だった。


「みどちゃん。はたちゃんが繋げたんだよ。あっちの状況が逐一分かるように」

「あ、そっか」

「ほら、聞かないと。せっかくお膳立てしてくれたんだから。私も聞こうっと」


 私に体を預けてくる由美ちゃん。元々、軽量級だから重くない。むしろ、くすぐったかった。


『――だから、僕が描かなくてはいけないんだ。だって、誰も描く人がいないよね? だったら、僕に任せればいい。言い方は悪いけど、ちょうどいい機会だったんだ。うん』

『おいおい。やるなあしのぴー。ただ、今回は手助けできないぜ。俺は応援するだけだ。な』


 この声は佐々木くん。


『オッケー。それで十分。今度こそ自分との戦いだから』

『おう、そうかい。だったら、こいつにやらせればいい。なんてったって、他に適任者がいないんだから』

『でも、気持ちは分かるけど。ね、篠原くん。生徒会長として私は聞く。大丈夫なの? がんばって予算を割けば、緊急で絵師を依頼できるかもしれないし』

『生徒会長。まわりくどいことは止めましょう。先輩だって知ってますよね。彼が絵の才能に長けてることを』

『ええ。そうですね。間違えました。山内加絵として聞きましょう。私は個人的に彼を心配してますし』

「きゃぁぁぁぁぁー」


 頼むから私の近くで足をばたばたさせないでほしいな。楽しいのは分かるけど。


「畠山ちゃんの電話が由美ちゃんの声を拾っちゃうから。ほら、静かにしないと」

「だってだって。生徒会長さんが篠原くんとの関係をほのめかしてて」

「べつに私は構わないもん。健全なら気にしないし」


 ただ、私を大切にしたい発言。あれは幼馴染としてのことなのか。つまり、私が期待しすぎただけ?


「ほんとに? また、三角関係が復活じゃない。楚々とした生徒会長の元カノ。スタイル抜群でツンデレの幼馴染。すごいすごい。マンガみたい」

「もー。人を二次元扱いするなっ」


 と、由美ちゃんを諫めたところで気づく。


「加絵先輩がマクの元カノだって知ってたの?」

「知ってたよ。うわさなんてどこからともなく流れてくるもん」

「まあ、そうだよね」

「てか、続きを聞かないと。こっからが本番なんだよ」


 由美ちゃんが話を逸らしたのに。とにかく、気持ちを切り替えて静聴の姿勢に入る。やはり、話は進んでる。今は佐々木くんが話してた。


『だいたい、彼は有名だったぜ。この辺りでは。違う中学の俺でさえ知ってるんだ。すごさもその後の顛末も。これは俺が情報通ってわけじゃねえ。ここら辺の出身ならば、誰も知らない人はいないんだ。そんなしのぴーが絵を描くんだってよ。その絵で家族を失ったというのにな』


 ざわめき。マクはどんな感情でいるんだろうか。やっぱり、マクの中では絵を描くことがけじめだったらしい。


『佐々くんが言ってたことは正しいよ。ほんと、手前勝手な話だけどね。でも、つい最近に描く決心ができたんだ。だから、手向けくらいはしてあげないと。僕は絵を書いてあげられなかったし』 


 マクが言ってる話。これは家族のことでない。間違いなく三波ちゃん。やはり、マクにもいろんな理由や想いがあった。マクのわだかまりと突っかかり。

 

 結局、最後は満場一致で決定。マクの熱意と佐々木くんたちの後押し。これが決定打へ。他の選択肢もなかった。なので、マクは今日から文化祭まで校門前の看板作成に労を費やす。マクの指示で他の人たちも作業を遂行。これまで担当してた生徒から、大まかな段取りも聞き終えた、作業へ移る準備は整っていく。

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