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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第四章 『そして、姫君が救出されていく』
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10

 ――世の中で一番大変なことを探す。その大変なことを乗り越えた先に何があるのか。自分自身でしっかり確認したいから。


 小説の主人公みたいなことを言って旅へ。もともと、上昇志向の強い兄。なんでもできて切れ者だった。成績はもちろん最優秀者。運動をさせれば、誰よりも上手にこなし。ユーモアもあって顔は悪くない。つねに翠さんの覚醒状態みたいなすごさ。これは私が兄に肩入れしてるわけでもなく。実際にそう。逆に言えば、なんでも簡単にできてしまう。なので、普段からつまらないかもしれない。大変なことだって探したくなる。


 とはいえ、その兄は私に甘かった。それこそ糖分が多すぎるくらいに。目に入れても痛くないといった様子。ふんだんにかわいがってもらった。


 結局、兄は何を見たかったんだろうか。兄が探してたこと。それは分からない。私の思考を超越してる。もっと、高い次元での考えだと思う。


 ともあれ、兄は高校卒業後に世界へ旅立つ。大学の方は最高学府へ合格。すぐに休学。すでに高校在学時で会社を興してて、資金は豊富。我が家は兄の恩恵を受けて最良だった。本当の幸いはどこにあるのか。そんなことを考える必要性もまったくなし。ただ、すべての物事に波があるとしたら、この後は流れは想像がつく。相場や株と同じだ。没落。


 そう。富は人を変える。人格が伴わないで恵まれすぎてしまうと。なので、父と母は自堕落になって人格が変わっていく。端から見れば、たいしたことないかもしれない。でも、崩壊の予兆は確実にあった。


 そんな折、兄が帰国。一年間、世界中を見て回ったらしい。兄はその情勢を冷徹に話してくれた。顔つきも精悍な感じに変わってたと思う。一年の違いで大いに印象は変化。男子三日会わざれば刮目して見よ。この格言がよく当てはまる。ましてや三日でない。その百倍以上の一年間だ。


「なんだ。帰ってたのか」


 父の第一声はまったく関心なし。その時はあまりにも意外だったので覚えてる。ただ、考えてみればあれだ。高校の時から折り合いが悪かった。父も母も兄を持て余してたはず。あまりにも切れ者すぎたから。たぶん、私のかわいがりはその反動なんだろう。家庭が崩壊したのでよく分かる。私は兄を誇りに思っていて。兄もまた、私を必要としていた。


「ちょうどいいな。オマエの興した会社、傾きそうなんだ。どうにかしてくれ」

「そうね。資金の方もショートしそうだから振り込んでおいて。あなたなら可能でしょ」


 羽振りがよくなってそれに慣れすぎた。いろいろとマヒもしてしまった。これは普通なら考えられない発言。でも、兄なら何の問題もなくて。


「ああ、分かったよ。しかし、ここまで瀟洒に暮らしてるとは。変わってないのは加絵だけだよ。かわいいな」


 私の頭を撫でる兄。照れくさかったけど、嬉しさの方が上回った。


 それから、兄は復学して学生へ。と同時に会社の再建。さらにべつの会社も勃興。父の教訓を生かしてだろう。自分がいなくても回る仕組みを完成。それもわずか一年弱で。稀代の起業家として評価を高めた。


 とはいえ、兄がそんな器で収まるはずもなく。視線はすでに先へ。また、私を置いてどこかへ行きそうな気配。一方で家の雰囲気は悪化。表面上でも明るみに出始めてた。父も母もべつの方向を見てる。違った意味で兄も。この頃には誰も家へ寄りつかなくなった。私だけが家族という傘に必死で収まろうとしていた。


「なあ、加絵」


 ある日のこと。兄が物事の真理を見つけたような顔をして言う。


「どうもさ、この世界には悪人の方が多い気がするんだ。善人のように見えて悪人。そして、悪人のように見えたら悪人。なぜだろうね。俺の感覚がおかしいのかな」


 やはり、兄は違う世界が見えているかもしれない。私が忠告できることはなかった。


「つまりね。それを駆逐して粛正。それが一番大変だ。誰もが多数の方に迎合する。だって、その方が楽だからな。うちの親父とお袋を見れば分かるぜ。今ではすっかり変わってしまったよ。楽な方に流れて」

「わ、私は?」

「加絵? 加絵は大丈夫。俺が英才教育という名目の猫かわいがりをしてたから。な」

「う、うん。ありがと。お兄さん大好き」

「オマエ、この歳になってもまだ言ってくれるか。兄冥利に尽きるぜ。へへ」


 そして三日後、兄は失踪した。


 しかも、今日に至るまで状況は変わってない。


 おかげで、渡り綱だった私の家族も崩壊。経営権とか株式とか家とか。その他全部失った。知識がないから詳しく分からない。でも、信頼してた人に裏切られたらしい。父は人格が変わるくらいに主張してた。ものすごく怖かった記憶がある。たぶん、人望がなかったんだと思う。それもそうだ。兄を隠れ蓑に好き放題やってたんだから。


 かくして、父と母は別居。私を置いて出て行く。しかも、違う方向へ。消息だってつかめない。おかげで、私は追い込まれてしまう。肉体的にも精神的にも。あの頃が一番幻想に縋りついてたはず。


 結局、いろいろ苦難があって優しい親戚に引き取られた私。そこの親戚――山内家では私を一人娘のようにかわいがってくれた。そのような応援があって私は今がある。生徒会長にだってなれた。学校生活も楽しい。感謝しても感謝し切れなかった。

 










 私は加絵先輩の心境を考える。お兄さんが失踪して家族が崩壊。そこでお兄さんとそっくりのマクが登場。おかげで、加絵先輩はマクに傾注していく。


「連絡はないの。でも、お兄さんの近況をほのめかした組織があって。それがホーリーブレイク」

「そこが何を?」

「最初は十七ヶ月前、私に一通の郵便が届いたの。やけに不自然で翻訳したような言葉。主語と述語が先に来て、残りをくっつけた感じ。内容は、兄が悪徳宗教に洗脳されたという報告。うさんくさくて信憑性など何一つなかった。宛先も不明でしたし。だから、どうすることもできなくて。しかも、私は私で篠原くんの方を向いててね」


 加絵先輩は自分のコップにも麦茶を注ぐ。











 ――郵便は手元に残ってる。本当は警察へ連絡すれば良かったけど。なぜだか、私の心の中だけで留めたかった。これは警察に相談してもむだだ。などという諦めがあったかもしれない。そして、いつのまにか気にしなくなった。いや、それは偽りだ。逆に気にしたくなかったんだと思う。あの兄が悪徳宗教に洗脳されたなんて。そんなことはありえない。考えられない。むしろ、考えたくもなかった。


 だから、当時の私は必死にオルタナティブを探してたんだろう。それが篠原くん。兄にとても似ていた。醸し出す雰囲気が。


 こうして、私は郵便のことから離れていく。でも、すべて消えることはない。頭の隅に残ってた。それとホーリーブレイク。聖なる突破? フリーメイソンみたいな紋章で怪しさ満点。たぶん、あれは強く印象づけるためにあったと思う。事実、覚えてたから。


 ともあれ、私は観察対象。一時的ないたずらとかでなく。それが発覚したのは二通目の郵便。また、同じように不自然な日本語で。内容も兄の消息だけでない。なんと、学校のことで私が生徒会長なのも知ってた。どうして? なぜ? 何が目的? こっちの住所だって変わってる。なんでだろう。本当に分からなかった。とはいえ、分かるはずもない。この手紙がどこから来るかさえ知らないのだ。


 だから、私はこの郵便が来た時に驚く。久しく見てなかったのもそう。さらに三通目、四通目。しかも、脅迫めいた文章が記されていた。○○を選択しないと君の知り合いに不都合が生じる。具体的には死に近い脅し。そうならないためには、ある人物を見捨てないといけない。


 誰を? 樋口三波という人間を。


 樋口三波? その方は誰なの?


 近くの私立中学に通うハーフの少女。親は建築家。関係がいびつで虐待の噂あり。さらに、私たちの制服を来て屋上に出没。篠原くんに会ってる。彼女自身がそこの屋上で身を投げようとしてたらしい。それをなぜか取りやめた。


 そんな情報が詳らかになっていく。ホーりーブレイクの情報によって。


 これは翠さんから急な連絡が入る前の話。その以前から、私は樋口三波の危機を知らされた。それも命に関わるくらいの。なので、結果として私は見殺しに。


 でも、仕方ないのだ。私に関係ないから。私の知らない地球の反対側で見たニュースと一緒。むしろ、そっちよりもなじみがない。その代わりに篠原くん、翠さん、佐々木くんの三人に不都合が生じる。しかも、死に至る殺戮。これはなんとしても防がないと。


 結局、私はあまりにも心配になって、篠原くんと話す禁忌を犯した。いわゆる、今まで話さなかったのは自分への贖罪。あんなことをしてしまったので。なのに、それを破ってまでも話さなくてはいけなかった。ただ、具体的には述べられない。不都合が起こってしまうかもしれなくて。だから、たとえ話でごまかした。


 それが功利主義と自然の摂理。助けられる状況の樋口三波を見殺しへ。私と関係してる三人の方が大切だから。特に篠原くんと翠さんに不都合が生じること。それがあってはならない。なので、私はのらりくらりとしてた。物事へ間違いなく影響を与えないように。


 ところが、それもやりすぎだったらしい。なぜなら、私は身を持って忠告された。それが薬物を混入された飲み物の差し入れ。もしかしたら、忠告でなく警告かもしれない。公家と揶揄される松本先生からの。ちなみに、彼女も失踪してしまった。とはいえ、私の兄とはべつの理由だろう。









 


「どうかな? 私の作り話は」

「えっと、今のお話は私が聞いて大丈夫だったんですか? ホーリーブレイク的に」

「大丈夫ですよ。元文学少女の創作話だから。それに先日、郵便が来てね。君は君の最善を尽くした。私たちはしばらく静観の構えでいる。兄のことは詳細が入り次第連絡しよう。なんて内容が書いてありました。なので、私は気楽にお話しできてるよ。いろいろあったけど。うん。私の胸中はすべて話した。だから、懺悔なのかな。翠さんに聞いてもらいたくてね」

「そうですか」


 ともあれ、合わなかったパズルが次々とはまっていく感覚。私たちとはべつの軸で加絵先輩も苦悩を抱えていた。それが明らかになった瞬間である。


「大変だったんですね」

「うん。ずっと気がかりだったから。樋口三波の件も。一応、今も続いてるけどね。兄のこととか」

「あ、はい」


 外はすっかり暗くなってた。九月だと日が落ちるのが早い。夏の延長で考えてると大違い。いつのまにか太陽が沈んでる。


 加絵先輩は、二つのコップをシンクに持って行く。水を出して丁寧に洗う。指先の細やかな動きが上品だった。


「で、翠さん。眠くなってきた?」

「え? まあ」


 なんか言われてみれば。ただ、私は基本的によく眠くなる。

「実はその麦茶にね、即効性の睡眠薬を仕込んだの。味に違和感なかった?」

「違和感はなかったような。って、薬? どういうこと?」

「うふふ。私、ずっと機会を狙ってたの。あなたに復讐するタイミングを。って、きゃっ」


 私は加絵先輩に抱きつく。おかげで、とてもかわいらしいハスキーボイス。普段の抑えた声もいいけど、やっぱりレベルが違う。かわいさの極地。なので、とにかく喝采を上げていた。


「加絵先輩。止めてくださいよ。怖い展開に持って行こうとするのは。もー」

「あーあ。翠さんはすぐに気づくんだから」

「だって、同じピッチャーで麦茶を注いでましたよね」

「あ、そっか。でも、コップに睡眠薬を仕込んだ可能性も」

「そこは加絵先輩。麦茶を注ぐ前にコップを洗ってくれたじゃないですか。しかも、自分で麦茶に仕込んだって言いましたけど」

「おおー。すごいですね。うん。素晴らしい」


 棒読みで誉めちぎってくる。私はどうすればいいのだ。


「たぶんね」


 加絵先輩は窓際の方を向く。そこからの景色は遠くまで見渡せる。たぶん、彼女の意識は遠く。何を見てるか分からなかった。


「彼らもこんな感じだと思うの」

「彼らとは?」


 私は隣へ行く。加絵先輩とは違い学校のグラウンドを見る。夏の夕暮れですべて隠れた文化祭の高揚。祭りに備えて潜伏してる。すごく不思議な感じだ。


「ホーリーブレイク」

「まだ、加絵先輩のお話は続いてたんですね」

「そうよ。翠さんには残酷な童話でも聞かせてあげられれば良かったけど。でも、怖い話が嫌いみたいだから。それに私がするべきお話はこっちよね」

「あー、怖い話はしなくていいですよ。男子に話してあげてください」

「それは逆だよね。普通、怖い話は女の子に聞かせないと。怖がらせて悲鳴を上げさせるのが目的なんだよ」

「えっ?」


 夏なのに背筋が寒くなる。


「つまり、翠ちゃんは恐がりだから完璧ね。男の子はさ、こぞって翠ちゃんに怖い話をしたがると思うな」

「止めてください。縁起でもないことを」


 本当に怖い話が襲来しそうで恐ろしい。実際にはあり得ないけど、気が気でなくなる。

「てか、さっきの話。ごめんね。私、よく話を脱線させるから。堅苦しい朝礼のあいさつとかだったら大丈夫なんだけどね。こうやって話してると結構こうなっちゃうの。うん」

「べつに構いませんよ。女の子なんてそんなものです」


 私の周りにいる面々が脳裏をよぎっていく。みんな好き勝手に話す人ばかりだった。


「ありがと。それでホーリーブレイクね。きっと、彼らもさっきのような感じなの。私を観察して楽しんでる。遊んでる。要するに愉快犯ね。私の見立てだけど」


 ホーリーブレイク。たしか、後藤さんも言ってた。彼らは目的も持たず、好き勝手に活動してる犯罪組織。いや、そこまでは言ってない。でも、そんな雰囲気だ。にしても、宗教組織の可能性も考えられる。加絵先輩のお兄さんが関係してることからして。彼は悪徳宗教へ身を焦がしたという。だとしたら、そこがホーリーブレイクの敵対組織? 詳しくは分からない。分かるのは不明な点が多いこと。人を殺めるのも厭わない恐ろしさ。


「ねえ、お兄さんはどこでなにをしてるのかな」


 加絵先輩がぽつりと漏らす。たぶん、私への問いかけでなく。


「私、お兄さんに会いたいな。今はとても恵まれてるけど。でも、お兄さんがいないから。うん。やっぱり悲しいよね」


 あー。もう。感情の抑制が利かない。私の悪い癖だ。どうしていつもこうなんだろう。


「うふふ。なんで翠さんが泣くんだか。まったく。本当に困った後輩だなあ。泣き虫め。これじゃあ泣くに泣けないじゃないか。私が」


 その指摘は正しい。自覚だってある。なぜならマクは泣かない。そして、私が泣くのを極端に嫌う。以上のことからして、私が泣きすぎてマクが泣けなくなったんだと思う。

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