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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第四章 『そして、姫君が救出されていく』
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 残り一週間。文化祭の準備は順調に進んでいく。ただ、何で順調と判断するか。そこまでは分からない。クラスの様子だとこうだ。最終日にものすごく時間を掛ければ間に合う。なんて感じのアバウト計算。はたして、それは順調なんだろうか。ものすごく物議を醸したい問題だ。


「翠ちゃん。またまた元気なくなってきたねえ。なんか、去年の文化祭前もそうだったし。この時期は翠ちゃんにとって鬼門なのかな」

「題して、オーガストブルーだよ。ねー、はたちゃん」

「だからひねろうよ。由美ちゃん」


 慌ててツッコミ。相変わらずの由美ちゃんである。


「ちっちっち。甘いな。翠ちゃん。由美ちゃんは巧妙にボケたんだって。ほら、今は九月じゃないか。なのにオーガスト。これは由緒正しきツッコミ待ちだよねえ」

「あ、普通に間違えた。九月はセプテンバーだったし」


 ムンクの叫びみたいなポーズ。オーバーアクションも通常通りだった。


「てか、畠山ちゃんのフォローが台無しのような」

「まあ、由美ちゃんのことだから天然だと思ったけどねえ」

「ばれたか。んじゃ、最近のみどちゃんの件。これ、オーガズムブルーでいいよね。それともオーガニックブルーにする?」


 続けざまの適当発言に畠山ちゃんが爆笑。


「由美ちゃん。それじゃあ、私がエッチな女の子みたいじゃない」

「違ったの? 翠ちゃんのむっつり具合には私も辟易としてるんだけどなあ」


 畠山ちゃんが指摘。てか、止めてほしい。この前、弟にだって言われたし。


 このままだと、私に新しい属性がついてしまう。しかも、むっつりスケベ。死んでも死にきれない属性だ。私の恥じらいは清純と違うのか。とはいえ、自分で言ってたら世話がない。


「たとえば、映画やマンガなんかのラブシーンで目を逸らすのは止めてほしいな」

「そうそ。こっちまで当てられちゃう。みどちゃんは過剰反応しすぎだよ」


 一気呵成。まさかのだめ出しだった。しかし、二人に責められるとは。私はお手上げのポーズをして降参。事実でありどんな言い逃れもできなかった。


「はいはい。分かりました。改善できるように努力しますよーだ。幸い、律くんでいい練習になりそうだし。進化した私を目前にしても知らないからね」

「すごい決意だね。みどちゃん。いいねっ。いいねっ。FBにたくさん申請しちゃいたいくらい」 


 由美ちゃんの動きが見てて面白い。どうしてこのひねりを題名で表せないのか。本当に不思議で仕方がない。


「ところでさ、どうしてはたちゃんがいるの?」

「おおっと、なぜ、おもむろに私の存在否定? 時々、由美ちゃんは恐ろしいことに口にするなあ」


 あなたもですけどね。私は胸中でつけ加える。


「違うよー。ほら、文化祭実委員のことだって。今、篠原くんがそっちに行ってるじゃない。そういう時は、基本的にはたちゃんもいないでしょ?」

「うーん。言われてみればそうかも」


 畠山ちゃんが不承不承頷く。まるで頷きたくないみたい。こっちも見てて面白い。なぜ、そこまで拒もうとするのか。


「でも、由美ちゃんはよく気づいたね」

「簡単だって。はたちゃんが目立つから。特にその完璧な髪型とかね。いつも同じところで分け目があるし。額だけ見てもはたちゃんと分かるなー」

「あ、そっか。たしかにね。あはは」


 髪型のきっちりさには定評がある。おそらく、学校生活で髪型が変わらない人のナンバーワンだろう。間違いない。


「あー、みどちゃんが笑った」

「笑うよ」


 もともと、箸が転がっただけでもおかしいお年頃。


「元気がなくても?」

「もちろん。それに元気がないわけじゃないし。考えることが多すぎるんだよ」


「ふーん」と由美ちゃん。

「そういうわけか」と畠山ちゃん。


「てか、二人ともよく見てるよね。べつに私のことなんか気にしなくていいのに」

「ほーっておけないの。うちのクラスのエースなんだから。いるといないで売り上げが全然違う」

「そういう理由ですかい。もっと、友情みたいのを期待してたんだけどな」


 私は由美ちゃんの文化祭モードに苦言を呈す。ただ、私だって結構前から文化祭モード。人のことはいえなかった。


「ほうほう。翠ちゃん。思わずぽろっとこぼしてしまったねえ。本音を。だったら、その役割は私が請け負ってもいいかい。労働法なんかを無視してもいいくらい安請け合いするから。私の友情愛で埋もれさせてあげよう」

「い、いらないし。だいたい、そこまで深刻に思ってるわけじゃないもん。ただ、ほんの少し期待してただけ。べつに困ってないし必要ないんだからね」

「「か、かわいいーっ」」


 なぜか目を輝かせる二人。私はそこまでラブリーな発言したんだろうか。いや、してないな。おかげで、完璧な反語が完成。反語マスターになれそうだ。


「由美ちゃん。これが彼女だよ。まさに真骨頂の発言だ」

「うん。うん。いいねっ。いいねっ」


 まだ、二人で盛り上がってる。なんとなく居心地が悪い。


「そういえば、去年はもっと深刻な状態だったよねえ。結局、篠原くんが大立ち回りしてなんとかなったんだけどさ。うん」

「そう。畠山ちゃんの言うことはほんと。去年は少し悲惨だった。困った人に目をつけられたから。でも、もう解決したよ。うん」

「へえぇ、そうなんだ。かわいくてスタイルがいいと大変だね。へんな人まで引き寄せちゃうから。だとしたら、私みたいに普通がちょうどいいのかな。うん」


 由美ちゃんは普通じゃないと思う。畠山ちゃんもびっくりした目で見てる。


「それにしてもあれだよ。みどちゃんはどうしてそんなにスタイルがいいんだか。昔からそうだったの? 体質なら私も諦めるけどねー。ただ、この子どもっぽい体格はどうにかならんもんか。くびれとか考えられないわー。私にとって都市伝説だよ」

「ところがどっこい。一年前は少々事情が違いましてねえ。てやんでい」


 なぜに江戸っ子口調。しかも、エセ関西弁くらい適当な感じだ。


「んと、どういうことなの?」


 由美ちゃんの瞳がきらきらと輝く。畠山ちゃんを見る。そして、次に私の方。貪欲に答えを欲してた。


「由美ちゃん。私のスタイルが改善されたのは一年くらい前だよ。決め手となったのはオリジナル体操のおかげ。題して、ネコネコ体操」

「私も試して成功したなあ。今はやってないから元に戻ったね」

「私は私は?」

「どなたでも確実に効果がありますね。こちらの翠先生に教わりさえすれば。だから、大丈夫です。信じてください。ほんの少しのお布施ですべて解決致しますよ」

「いや、そこまでは持ち上げられても」


 まるで宗教の勧誘みたいだ。あるいは、うさんくさい雑誌の過大広告とか。むしろ、その前に畠山ちゃんのキャラがぶれすぎ。そっちの方が気になった。 


「でもでも、実際に効果はあったんでしょ?」


 由美ちゃんが身を乗り出して聞く。


「うん。それは保証できるかも」

「やったー。つまり、私にもくびれができるのね。念願の素敵なスタイルを手に入れたぞ」


 なんか、肝心なことを忘れてるような。あまりにも当たり前すぎて見逃してそうだ。


「あれ? でも、由美ちゃんって普段から体を動かしてるような」

「んん?」


 これだった。由美ちゃんは日頃のオーバーアクションで体を動かしてる。それもネコネコ体操よりも激しく。


「つまり、これ以上は絞れる余地がないと。翠ちゃんがそんな表情をしてるねえ」

「がーん。そんなぁー」


 由美ちゃんの悲痛な叫びがこだまする。


「みどちゃん。私、どうにかならないの?」


 私は黙って首を振った。しょうがないよね。











 楽しい雑談は文化祭の準備をしながら続く。時折、おしゃべりに花を咲かせすぎて手が疎かに。あるいは、作業に集中して話が中断することも。状況に合わせて、自由自在に変化。これこそが学生の放課後だ。


「鮫島さん。ちょっと」


 そして、そんな時である。クラスの男子が私を呼ぶ。廊下で生徒会長が待ってるという報告。私を迎えに来てくれたらしい。わざわざ階段を上らせてしまった。この学校はとても立体的で階数が多い。なので、一学年違うだけで結構な段数に。一年と三年ならば大変だ。なんと、一階から七階まで行かなくてはいけない。はたして、これは法律的にいいんだろうか。エレベーターの設置義務はいずこへ。


「じゃあ、ちょっと行ってくるね」


 二人に一言告げて抜け出す。教室を出ると加絵先輩。楚々としたしぐさで待ってる。やはり、素敵な美しさを醸し出してた。


「加絵先輩。私が迎えに行くつもりだったのに。ほら、ここでは目立つでしょう。ただでさえ、その美しさで悪目立ちするんですから」

「翠さんがそれを言うんですか」


 加絵先輩はややあきれ顔。なんとも自覚が足りない。


「そうですよ。私が言うんです。ましてや生徒会長。注目を浴びないわけがありません。どこで誰が目を光らせてるか。それがまったく分からないんですよ。だから、こんな魔境に訪れてはいけません」

「文化祭準備の視察ついでにちょうどいいかと」

「それはお見逸れしました。さすがは加絵先輩で」

「……」

「どうしましたか? 加絵先輩」

「今日の翠さん、私を過保護扱いしてない?」

「そんなことないです。たぶん」


 あんな前振りを聞かされた後だ。余計な心配が募る。しかも問いかけの後、一週間は音沙汰なし。会ってお話ししても、そのことには触れなかった。もしかして、あれは夢だったんだろうか。そんな感覚すら抱くほどに。


 そして、ようやくだ。今朝、一通のメールが届いた。今までで一番簡素な内容。今日の放課後話します。とだけ記されてあった。これは間違いなくあのこと。なので、教室へ迎えに行きますと返信した。


「じゃあ、なんでそっぽを向くのかしらね。かわいいから許すけど」

「べつになんとなくですから。それにそっぽを向いてるつもりはありません。てか、加絵先輩。私たちのクラスはもう少し掛かりそうで。だから、待たせちゃいそうです。ごめんなさい」

「いいのよ。私、文化祭の主役である二年生の視察も兼ねてるんだから。翠さんのクラスは喫茶店だよね」

「はい。そうです。どこの文化祭にも必ずありそうなコスプレ喫茶。ただ、あれは女子の負担が大きいですよ」

「そうね。まあ、翠さんがいるから大丈夫か。うん」


 全身をくまなく眺められて言われた。加絵先輩のお墨付きは嬉しいけど。


「とにかく翠さん。この前の話は生徒会室でしましょう。だから、結局ちょうどいいんですよ。ね」


 たしかにその通りだ。生徒会室は一番高いところにある。眺める景色がなかなかすごかった。


「場所、変更したんですか。最初は適当な喫茶店に行く予定でしたよね」

「そうよ。でも、意外と簡潔にまとめられそうだから。つまり、私は演技者であっても話者ではないのね。話をこねくり回して容量を増やすことはできないから」


 べつにそんなことしなくていいと思う。そもそも生徒会長だし。話が長くなると大変。大事な話が隠れてしまうから。


「加絵先輩は演技者の自覚があったんですね」

「そうよ。私、謎の演技力があるみたい。しかも、生徒会長になってからは見せ方を我流で学んだの」

「つまり、いつも実践してるんですね。全世界は劇場だ。すべての男女は演技者である。出番と退場の時を持っている。一人の人間は一生のうちに多くの役割を演じていくのだと」


 私は昔の話を思い出す。加絵先輩のこの言葉は印象に残ってた。


「覚えてたんだね。でも、ここまで後生に伝わるとは思わなかっただろうね。発言した本人も」

「えっと、それは誰なんですか?」

「たぶん、英国紳士辺りが思いつきで言い放った言葉じゃない? シェイクスピアとか」

「そうですか」


 それでは身も蓋もない。名前も出してるし。


「ともあれ、私はこの辺をうろついてまた来るね。二十分くらいでいい?」

「分かりました。それでは」

「では、また」


 加絵先輩が去っていく。私も教室に戻った。











 生徒会室に入るのはあの日以来だ。そう。三波ちゃんの出来事。マクにとってのターニングポイント。そして、今も加絵先輩を悩ませる謎の関連性。これらが重なっていた夏休み前の休日。マクから連絡をもらった私は必死だった。まず、マクの実を案じて三波ちゃんの状況確認。やはり、とても判断が難しかった。結果として、ハッピーにならなかったのだから。でも、心のどこかで悪魔みたいな感情が覗かせる。マクが助かって良かったと。三波ちゃんのこともあるのに。私はそういう面で薄情だった。


「翠さん。なに飲みたい?」


 加絵先輩はおもむろに冷蔵庫を開ける。中はあまり入ってない。とはいえ、学校の冷蔵庫なんてそんなもの。基本的に食料は入れない。


「そうですね。公家さんが差し入れてくれた飲み物以外で」

「うふふ。公家さんね。松本先生のあだ名としてぴったしだったかな。あの方は女の人なのに。てか、翠さん。そのジョーク面白いかも」


 加絵先輩はコップに麦茶を注いでくれる。なみなみと注ぐので表面張力ができていた。


「ほら、早く飲まないとこぼれちゃうよ」

「加絵先輩。いつもこれやりますよね。前にファミレス行った時もドリンクバーでやってましたし。どうしてですか?」

「んー? なんとなくかな?」


 意外と子どもっぽいところがある。というか、一年前の加絵先輩はこんな感じだ。どっちも加絵先輩に変わりない。


「でも、これってバランスを超越してるような気がしてね。だから、いいなって思うの。言ってしまえば、私もこんな感じ。たぶん」


 私は体勢を低くして麦茶を飲む。そのせいで、上目使いのような視線になってしまった。加絵先輩の表情を正面から見てない。しかも、わざわざそのタイミングで話し始めたような。


「そうそう。そういえばどうなの? 私の大好きな律くんは。たしか、この前はお付き合いして一週間とか言ってたよね。それならちょうど二週間かな」

「そうです。二週間。でか、律くんは変わり者ですね。はい」

「でも、ある意味誰もが変わり者じゃない? 普通の人なんていないから。そもそも、なにを基準にして普通としてるか。そこが分からないから」

「あー、なるほど」

「それで篠原くんは?」

「変わらないです」


 結局、マクには効果なし。加絵先輩にも報告済み。私たちの作戦、もとい由美ちゃんの思いつきは失敗に終わりそうだ。単に私と律くんの友好が深まっただけ。でも、これだって合縁奇縁。私と律くんの友好。これは今後の人生に大きく関わってくるかもしれない。


「ただ、私と律くんが仲良くなってるという噂。これがしめやかに広がってきたような」

「そうね。あなたたちの様子だと考えられるかな」

「さりげなく見てたんですか」

「いえ、律くんから聞いたんですよ」


 すべて筒抜けかな。なんとなく想像できてしまう。などと胸中でぼやく。


 そのあいだ、加絵先輩は立ち上がっていた。何をするかと思えば、ホワイトボードの方へ。水性ペンを手に取って文字を書く。ホーリーブレイク。その単語はあれから考えて思い出した。マクが警察と話してる時に出たやつ。私たちはこれ以上の深入りに釘を刺された。つまり、それだけ怪しい組織らしい。どんなふうに加絵先輩と関係してるのか。


「私は本を読むのが好きですから。さらに、本の内容をお勧めするのも好き。だから、翠さんに一つ話してあげたいなと思ってね」


 あくまで架空の話として通すらしい。とにかく、どんな内容か。それを聞いておきたかった。


「そうですか。私は本を読みませんからちょうどいいです。できれば、童話みたいな話がいいですね」

「翠さん。実は童話って残酷なんですよ」

「え?」


 意外な事実が発覚。私の中での童話はもっときらきらした感じ。残酷なイメージはほとんどない。あ、でも。などと思い返す。前に見た赤ずきんのリメイク映画版。あれがやけにホラーじみてた。つまり、加絵先輩のイメージは基本的にあんな感じかもしれない。


「さあ、それではお話しますね。準備はいいですか」


 ぱちっ。ぱちっ。手元のライトを点灯。にわかに雰囲気が出てくる。ないはずの緞帳が上がったような感覚。これは劇の始まりなんだろうか。観客は私一人で特等席だ。

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