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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第四章 『そして、姫君が救出されていく』
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8

 悲しみの見つけ方を知らない。それを味わいたいのに。そもそも、悲しさに目を向けてないと思う。だから、悲しむことができない。分からない。荒野の果てまで探しにいかないと――。


 最近の映画の話題作。地上波で放映してたのを見る。でも、解釈が難しい。だって、悲しみなんて探さなくていい。なければないで良し。それに越したことはないはず。なのに、主人公の少女は必死に探してる。展開も単調。暗い音響と重なって眠くなる。単に心の闇だけを切り開くための舞台装置だろう。しかし、少女は何を求めてるんだろうか。悲しみ? 違う。その向こう側。しかも、少女は間違いなくその悲しさを肯定してる。まるで囚われてしまったかのように。これはどこかで見たような気がする。いや、そこまで遠くの視点ではない。わりと身近だ。たとえば、私の幼馴染とか。


 ともあれ、私には合わなかった。これは確信を持って断言できる。怖い話じゃないだけマシだったか。ホラーも加わったら、目も当てられない。私にとって、相性が悪い分野に成り下がる。


「ただ、この映画の最新作が大人気なんだよね。橙也はどう思う?」

「俺はあまり見てないから分からないし」

「なんだよー。使えないなあ。一緒に見てたんじゃないの?」

「他のことしてたよ」


 弟の手元には携帯。たしかにこっちへ集中してた。


「でも、とびとびで見て面白そうな感じはしてたかな」

「えー。ぶーぶー」


 私はブーイング。どこの要素で面白さを見いだしたのか。小一時間は問いつめたい。


「もしかして、主役の女の子が目当てとか」


 わずかな疑念を問いかけてみる。


「あー。まあ。かわいいかもしれない。うん」


 照れもせず答える弟。クラスの誰々がかわいいとかも平気で言う。ただ、弟には言いたいことがあった。


「へんな趣味。しかも、外人が好きだったとは」

「いっとけ」


 今回のはフランス映画。そこに出てたのはもちろん外人さん。特徴があって前衛的な格好。そういえば、内容はフランス映画っぽい。フランス映画はなんか鬱々としたイメージがある。


「さすがは、へんなゲームばっかり買う弟だ。この前買ったゲームもひどい出来だったし」

「いいの。俺は気に入ってるから。姉貴が気に入らなくてもさ」


 弟が生意気なことを言う。


「そんなことだと、女の子の選び方だって失敗するよ」

「大丈夫。姉貴みたいなタイプは選ばないから」

「それはどういう意味よ。橙也のばか」

「いてててて。手加減してくれ」


 とりあえず、私の闘魂パンチが弟のおなかに炸裂。二百のダメージ。残りヒットポイントは後わずか。


「てか、そういう姉貴だってあれじゃないか。この前はとんだ痴態だったなあ。千之兄さんに。いい加減愛想つかれても知らないぞ」

「うっ」


 あの感触が蘇る。マクのやつ。違和感しか抱けない。あのマクが。てか、瞬時にそんなことを思い出す私。問題ありだ。思考がエッチな方に傾いてしまった。


「姉貴。むっつりだな」


 私は躊躇せずに太ももへ叩く。


「いってえー」


 ペチン。ペチン。いい音が鳴った。クリティカルヒットだ。ヒットポイントもゼロへ。なのに、弟は消えない。こやつめ。実はゾンビだったか。意外な事実に驚く。


「なんかさ、姉貴の脳内でへんな扱いされてる気がするんだけど」

「ゾンビがしゃべた」

「俺、ゾンビ扱いかよ」


 弟が脱力。ソファにだらんとなった。


「まったく。最近の姉貴はネジが外れてるなあ。浮かれモードってやつか」


 知った口を聞いてくる。しかも、ネジが外れた発言とは。


「てか、私の機嫌を損ねるようなこと言っていいのかな。たくさん借りがあると思うんだけど」

「うっ」


 今度は弟が黙りこくる番。ただ、私の時と反応が似てる。血は争えない。


「えーっと。姉貴。申したいことがあればなんなりと」


 なんか、律くんの由美ちゃんに対すると態度と同じ。見事にオーバーラップしていた。


「とにかく分かればよろしい。うん」


 私は機嫌を直す。


「はぁー単純。扱いやすいというか」

「んん?」

「なんでもないです」


 なぜか敬礼。ああ、そういえばそうだ。ここ一週間くらいずっと家でやってた。敬礼が密かなマイブームだったのだ。つまり、それが弟にも刷り込まれてやってしまったのか。こんな推測して愉快になっていく。もしかしたら、弟の言うとおり単純かもしれない。でも、楽しいからそれでいいと思った。











 テレビはそのままバラエティーへ移行。私と弟は、他のことをしつつもながらで視聴。特に面白くはないが笑う。そういった緩やかな雰囲気だ。


「あ、なんかきた」


 携帯が鳴る。この音は一人しかいない。久方ぶりだ。


「姉貴。大音量すぎ。家くらいは着信拒否にすればいいのに」

「それは私に電話をするなと言いたいのか」

「間違えた。マナーモードのこと」

「全然違うじゃん。熊と小鳥くらいだし」


 リビングから離れて、自分の部屋へ。ずっと下にいたから空調が悪い。なので、私は電話へ出ると同時に窓を開けた。


『もしもし』

『もしもし。翠さん。久しぶりだよね。最近、連絡取ってなかったなと思って』


 抑揚を押さえた落ち着いた声。かといって、弱々しいわけでない。ただ、私は知ってる。気を抜いた瞬間に、ハスキーボイスへ変化することを。年上の方にこんな感情を抱くのは失礼だが、そのタイミングに出会えた時は嬉しくなる。とにかくかわいいから。これこそが萌え。究極のかわいさだった。


『だからね。ちょっと電話してみたの。うん』

『そうですか。てか、加絵先輩。私だって電話しようと思ったんですよ。前まではずっとたわいない話をしてきたじゃないですか。それが終わっちゃうのは嫌でしたので』

『あら、翠さん。それならば、電話なりメールなりしてくれても良かったのに。遠慮なんかせずにね』


 加絵先輩はからかうような口調。Sっぽい。話し込むと分かるが、いろんな顔を持っている。しかも、その種類が豊富。使い分けも巧みときた。真面目な話、女優が向いてると思う。


『でも、加絵さん。最近、元気がないと聞いてましたから』

『そこじゃないの。翠さん。そのタイミングで、意気揚々と連絡を取るべきですよ』


 たしかにそうだ。んん? なんか変。


『って、それはおかしいじゃないですか。加絵先輩。そういえば私、連絡しましたよ』

『ああ、そうみたいね。ただ、さっきは電話してない前提で話してたよね』

『そこはあれです。折り返しもしてくれないから忘れちゃったんです。私のせいではありません』

『そうね。翠さんの言う通りだわ。うん』


 なんとも変わらないやり取り。近況報告も含めた会話が五分ほど続く。


『しかし、律くんも素直な後輩ですよね。私にわざわざ言い訳してくれるんだから』

『あー、そうだったんですか。でも、それはそれで情けないような』


 私と律くんのお付き合い。フェイクだ。互いに目的は違う人物へ向く。私はマク。律くんは加絵先輩。二人に刺激を与える意味での疑似関係。もとい、由美ちゃんたちの玩具ともいえる。


『結局、なんて言ったんですか? 律くん』

『僕は鮫島先輩と付き合ってませんよ。付き合ってるふりですって。これは私を元気づけるために仕組んだことで。もとい、先輩方の玩具かもしれませんが。なんてね』


 私が考えてることと一緒だった。たしかに疑似関係で。でも、お互いに主導ではない。由美ちゃんの思いつきで始まった作戦。


『私もそんな感じです。ただ、自分で言っておいて覆す。なんだかなあと思います』

『翠さん。それなら気にしなくていいわよ。私も篠原くんも結果的には正解だった。あなたが引き離してくれてね。今では笑い話かな』

『そうですか。うん。とはいえ、加絵先輩の予想は当たりましたね。私のマクに対する想い』

『篠原くんへの想いね。うーん』


 私にすべて言わせるつもりか。やっぱり、加絵先輩は侮れない。的確に弱点を突いてくる。


『それはどういう意味かな?』


 で、加絵先輩の言動は予想通りだった。


『だから、私はマクが』

『篠原くんが?』

『うん』

『うん?』

『つまり、結局そういうことなんですって。加絵先輩も分かってるくせに』


 結果的に逆ギレしてしまった。大人げない私。


『あーかわいいな。翠さん。今日も堪能できた』


 嫌な先輩である。こういう時だけは強く思う。


『しかしねー、翠さんにはいつも男の人を奪われてるような。篠原くんも京極くんも。これは胸がいけないのか。あの大きなおっぱいが。さらにスタイルまでいいときた。しかも、健康的な魅力まで備わってる。惑わされるのも仕方ないわね』

『それをマクに当てはまるのはどうかと』


 私は少しむすっとして答える。


『そうね。たしかにあれは私のやりすぎで始まったから。うふふ』


 加絵先輩が楽しそうに笑う。やはり、話してる分には何も感じない。元気がないという噂。生徒会で見てる律くんだけが分かること。それが解決したんだろうか。ここ一週間で。この期間は、私と律くんが偽のお付き合いを始めたタイミング。などと思って、全く関係ないなと感じた。


『ただ、そのことで私が元気になるというのはね。本当にいただけないわ。うん。女心が分かってないような』

『ですよね。私にもその理屈が分かりません。ちょっと聞いてみたいです』


 後、加絵先輩と律くんの関係も。野次馬気分で見ると興味深い。なんせ、誰もが羨望してる生徒会長。関係が明るみが出ればどうなるのか。


『そしたら、私も聞いてみたいですね。翠さん』

『えっ?』


 いきなりの返しに驚く。


『そのお付き合いを始めてからの反応。篠原くんはどんな感じだった?』

『うーん』

『うーん?』

『まったく変わってない』


 自分で言ってへこむ。だって、マクは私のことなど眼中にないみたいだから。なのに、あの日の夜に電話先で宣言して。私を大切にしたいって言ってくれた。一緒に布団を並べた時も同じセリフ。でも、それにしてはあまりにも普通。たぶん、効果がないと思う。


『そこが翠さんの不満な点か』 

『べつに不満なんて』

『それとも不安?』

『不安とも違うかな』


 と言いつつ、私はマクのことを話していく。加絵先輩は聞き上手。たっぷり二十分くらいは話してたかもしれない。

 



 ――だから、きっかけはなんだったか。さっぱり見当つかず。後から考え直しても分からない。普通に話の流れではなかった。急にいきなりだ。もしかしたら、単純に加絵先輩のタイミングかもしれない。なので、私が考える必要もなく。あらかじめ決まっていた事項。にしては、あまりにも軽すぎる。深く考えてなかった。




『ねえ、翠さん。ホーリーブレイクって聞いたことある?』

『え? ホーリーブレイク?』


 私はあまりにも異質な言葉に固まる。しかし、その単語はどこかで聞いたような。ただ、どうしても分からない。冷静になって考えれば思い出せそうだが。


『そう。ホーリーブレイク。やっぱり分からないよね』

『はい。で、なんですか?』

『うん。闇の組織。なんて話は信じる?』


 真剣か作り話か。加絵先輩の声では分からない。たぶん、誰であっても判断できないと思う。加絵先輩が上手に隠すから。なので、探りはむだに終わる。


『つまり、私はその組織にある命題を突きつけられたの。この前の事件のことで』

『三波ちゃんのことですか?』

『そうよ』

『ということは、やっぱりそこが関係してますか? 律くんが証言した元気のなさと』


 私は真剣に聞く。


『たぶん、そう。でも、律くんに勘づかれるとは思わなかったな』

『律くんは加絵先輩をよく見てるんですよ』

『私が篠原くんをよく見てたように?』

『そうですね。私が加絵先輩をよく見てたように』 


 いつか見た夢の光景がよぎる。助けて。助けて。助けて。何度も叫んでた加絵先輩。あれは正夢なんだろうか。あの後、私は翌日に連絡を取った。でも、加絵先輩は出ない。夏休み中は気にかかってた。だから、始業式の日に壇上であいさつをする加絵先輩を見てほっとした。それは覚えてる。


『ところで、加絵先輩。そのお話には続きがありますよね』

『あるわ。とんでもないところで繋がってる話が。つまり、ホーリーブレイクがなにを求めてるか。どう? 聞きたい? 世の中の見方が変わってしまうかもしれないけど。それでも良ければ、私は翠さんに聞いてもらいたいな。あの時のように凄まじい推理力を発揮してくれたらね』

『加絵先輩。あまり期待なさらないでください。どうも、私の集中力と勘はマク限定で発揮するみたいで。クラスの友達に断言されました。マクが関わった時だけ猪突猛進になるって』

『そうなのね。だったら、大丈夫かな。曲がりなりにも篠原くんが関わってくるから。というわけで、元文学少女の作り話でも聞きませんか?』


 これはぜひとも聞かなくてはいけない。などと第六感が訴えていた。

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