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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第四章 『そして、姫君が救出されていく』
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6

 私の朝はたぶん早い。チュンチュンと雀。ワンワンと吠える犬。ホーホーと名前も知らない鳥。この辺りの合唱で目が覚める。だいたい朝六時。犬の散歩へ行く習慣でこうなった。おかげで日中は眠い。お昼寝も致し方がないと思う。


 リビングへ降りると、同じく早起きのお母さん。家族のために朝ご飯を作る。メニューは和風。洋風との割合は半々だ。お母さんの裁量で適当に決定。


「おはよう。翠。今日はあなたが一番遅いわ」

「えっ? 茜ちゃんよりも?」

「茜はべつよ。それ以外でね」

「なんだ。いつも通りじゃん」


 お母さんは朝の会話。そのあいだに、私の朝ご飯の準備が整っていく。手際よく並ぶお皿。まるで手品を見てるみたいだ。なんていつも感心してる。


「へえ、いつも通りね。翠の調子はいつも通りになった?」

「もう、お母さん。その話はいいから」


 お母さんもしつこい。たしかにあれは私の不手際だけど。でも、二週間前のことを蒸し返しすぎである。どれだけ私の状況を楽しんでるんだろうか。


「あら、楽しんでるわけではないわよ。翠ががんばりを応援したいだけ」

「それを楽しんでるって言うんだよ」


 私は自分の席に座る。箸を手にとってご飯を口へ。朝炊いたご飯だけあっておいしい。しかも、炊飯器でなく圧力鍋なので出来が違う。完璧。


 つまり、お母さんの料理が上手だからいけないんだ。おかげで、私はいろいろと不都合な目に合ってる。熱心にスタイル改善体操をこなさなくてはいけなかったり。てか、何よりもマクに自信を持って手料理を振る舞えない。マクはお母さんの料理を食べてるから。比較されてしまう。


「ちなみに、私はもう大丈夫だからね。分かってると思うけど」

「そうね。でも、意外と長かったこと。学校が始まるまで間に合って良かったね。なんたって、毎日千之くんとは顔を合わせるんだから」

「違うよ。学校が始まって気がまぎれたの。たぶん」

「そっか。夏休みボケと色ボケが混ざっちゃたのね」


 私は無言。朝ご飯を黙々と食べていく。


 しかし、マクが急に泊まった日は大変だった。お母さんの策略で私の部屋は封鎖。私とマクは、来客用の部屋で布団を並べることに。一緒の就寝である。もちろん、それで平和に終わるはずもなく。マクはアルコールの入ったお菓子で酔わされた。おかげで、へんなことを言いだす始末。私も私で着替えを強要された。もっとも、マクが寝た隙にお着替えはしたけどね。


 結局、私はよく眠れなかった。隣の幼馴染が気になったせいで。マクは隣で気持ちよさそうに寝ていた。普段は不眠症気味のマク。アルコールが入ると、あそこまで簡単に寝てしまうのか。コロンって感じだ。しかも、なかなかの熟睡。私が膝枕をどかしても起きる気配なし。その感触で私の方が眠れない。いつもと逆転してる。なんて天井を見ながら思った。


 で、本当にそれだけで終われば良かった。その時のマクをからかって終了。私の絶対的有利で事を進められたのに。ただ、現実は厳しい。私のあずかり知らぬところで事態は変化していく。それも無意識の範疇で。自分の意識を手放した状態での行動だからどうしようもない。私にできることなど何もなかった。


 思い返して頬が赤くなる。それを悟られないように下を向く。伏し目がちな姿勢で朝ご飯を食べるのは大変。口へ食べ物を運びにくい。ともすれば、こぼしてしまいそうになる。


「翠。また、恥ずかしくなってきたの?」


 しかも、お母さんは簡単に見抜く。私のささいな努力がすべて水の泡。まったく意味を成さなかった。下手な小細工などしない方がいいかもしれない。


「それだと、最後まですることができないじゃない。翠だっていつかは裸を見せなくてはならないんだから。千之くんに」

「ぶーっ!」


 お味噌汁を飲んでる時になんてことを。最後とか裸とか。いろいろと勘弁してほしい。朝っぱらからこんな話題。さわやかな雰囲気が台無しだ。


「だってそうでしょ? 不可抗力で千之くんの布団に入っただけ。おまけに、不可抗力で千之くんへ抱きついたくらいねえ。無意識で千之くんを求めたとしても不可抗力なんだから」

「……」


 あの日の朝、私は大変だった。そもそも、マクより起きるのが遅かったからいけない。これも昨晩に寝そびれたせい。眠りにつくのが遅くなった。おかげで、朝六時に起きれなくて。マクの方が先に目を覚ましてしまった。しかも、私は包まれてるような気持ちよさで熟睡。がっちりとしがみついてた。どうも、マクは身動きが取れなかったらしい。困ったもんだ。私はコアラか。


「てか、お母さん。不可抗力を強調しすぎ」


 本当に不可抗力。だから、そこまで強調する必要はないのに。


「あれ? 不可抗力じゃないっていうの? だとしたら、翠もとんだ策士ね」


 なんか墓穴を掘ったみたい。安易に反応したのがいけなかった。というか、あの日の私は、本当に不可抗力なのか疑わしい。それくらいに偶然が重なった。第一、マクを抱き枕にして胸に顔をうずめるとか。ありえないよね。さらに、下半身もがっちりホールド。やりすぎである。自分でも弁解のしようがない。


 しかも、マクは動けないものだから大変。そのままの体勢でまんじりともせずに過ごしてたという。むりやり引き剥がせば良かったのに。ただ、それができたら苦労しない。なんて真面目な顔で言われた。


 こうして、一向に起きない私を見かねてお母さんが登場。そこで見事に発覚。案の定、大騒ぎになって最悪の形で起床。起きた瞬間にマク。少女マンガもびっくりの展開だ。もう完璧にくっつきすぎて胸を押しつける形。マクの胸板で私のおっぱいがくにゅっとなってた。


 そして、下半身の方に違和感。最初、私はその辺りに固形物が混入したかと思った。なので、その変なやつを取り除こうとつかむ。すると、マクが声にならない声を上げて。そこからの展開は周知の通り。私が悲鳴を上げてマクが弁解。え? エッチな雰囲気になったかって? そんな展開にはなりません。朝だし。にしても、男の人のあそこがこんなに膨張するとは。通常時と比べてどうなんだろう。完全に人体の機能を超越してる気が。もしかしてマクだけ? もっとも、朝は自然とそうなるなんて聞くけど。それに私のしがみつきが影響してた可能性も。だとしたら、私も捨てたもんじゃないような。


 ともあれ、その後は気恥ずかしくて堪えられなかった。マクと顔を合わせることもできない。全然余裕がなく。なのに、マクは至って普通。通常運転だ。もっと言えば、私をからかうような気配すら感じられた。ほんとにマクがずうずうしい。いくら私の失態だからってさ。少しくらいは動揺してほしいのに。そうすれば、イーブンだと思う。何がイーブンだか分からないけど。


 私は朝ご飯を急いでかき込む。少々行儀が悪いけど仕方がない。いつまでもここにいたら大変だ。絶対に身が持たない。何を言われるか分からないから。


「翠、おかわりは?」

「いい。朝からそんなに食べたら太る」

「太るって。今から犬の散歩に行くんでしょ。それでチャラになるじゃない」

「でもさ、やっぱり朝からそんなに食べるのは良くないよ。って、毎朝同じこと言ってるよね」


 これは私の感覚的な問題でなくて。実際にそうだと思う。おかあさんはもっと食べるように言う。私を太らして丸焼きにするのか。


「そうね。ただ、翠だっていけないわよ。あなたは食べる日と食べない日があるじゃない。だから、いつも聞いてるようにしてるの」


 言われてみればそうだった。


「とにかく、今日はいらないから」

「分かったわ。スタイルが気になるお年頃ですもんね」


 そうです。思春期真っ盛りだとも。


「まあ、お母さん。今日の朝ご飯もおいしかったからさ。べつに言う必要ないけどね。感謝はしておくよ。ありがと」


 なんか、変なことを言ってしまった。きっと妙な気分にさせられたせい。なので、私はそそくさ席を立つ。食器をシンクにおいて、自分の部屋へ。さっさと着替えよう。キキの散歩だ。


「あまのじゃくだなあ」


 お母さんが階下でなんか言ってる。あまのじゃく? 知らない。それに私のつむじは曲がってないぞ。親譲りのきれいなつむじだから。昔、マクに誉められた記憶だってある。










 

 学校が始まって一週間。いまだにリズムが戻らない。ただ、長期休暇の後なんてそんなもの。残暑の影響も考えられる。というわけで、生あくびをしながら聞く授業。やはり、睡魔との戦いへ。こいつは厄介で対処のすべがない。なすがままに陥落してしまう。


「やばい。眠すぎる」


 小声でつぶやく。足の指をぱちぱちして対抗。それでも眠気が去っていかない。結果、私は眠ってしまった。しかも、授業終了のチャイムでちょうど起床。なぜかいつもそうなんだ。


 起立、礼、着席。号令の後、今の授業を担当した教師が私の席へ。怒られるかと思ったがそんなこともなく。実にかわいらしい笑顔で一言。軽い嫌みを投げかけられた。


「鮫島さん。あなたはまだ夏休み気分が抜けてないみたいね。二日続けて豪快に寝てるから」

「あー。先生。翠ちゃんはいつもこんな感じなんだよねえ」


 畠山ちゃんが余計なことを言う。ただ、実際にそうだから何ともいえない。もしかしたら、リズムが戻らないなんて言い訳か。いつもとやってることは変わらないような。


「そうなの? それは困ったわね。私は臨時教師だからそこまで強く言えないし。てか、言うつもりもなくて」


 素晴らしい教師だ。すべての教師がこうであればいいのに。なんて深く思う。にしても、現代文の講師は臨時で補充。失踪した松本先生の後釜は正式に決まってない。まあ、いずれ決まることだろう。


「先生はいつまで私たちを教えてくれるんですか? 私、先生をもっと観察したいのですが」

「畠山さんもおかしなこと言うわね」

「彼女は人間観察が趣味なんで。困ったものです」


 私は自分のことを棚に上げて言う。


「つまり、先生は選ばれたんですよ。私の観察対象に。それだけ魅力的な人物だということです」

「ふーん。ものは言いようだね。むしろ、授業の方に興味を持ってくれたらいいのに。って、女子高生が真面目に授業を受けてたら、女子高生ではないか」

「それはまた。先生がどう過ごしてたか透けて見える発言ですね」

「あはは。畠山ちゃんの言うことはもっともだ」

「だよねえ。先生も納得」


 三人で笑う。若い先生は話が分かるからいい。その上、気軽に会話ができる。


「てか、勉強なんてしてたらだめだよ。もっと他にするべきことがあるから」

「ちょっと。先生が言ったらだめでしょう。身も蓋もないですって」


 私は慌ててつっこんだ。


「うふふ。私の授業で爆睡してる人に言われた。すごい説得力」

「ほんとだねえ。翠ちゃんはこれだから困る。衝撃的な寝言で、クラスを震撼させたことだってあるし」

「え? ちょっと。うそだよね。私、誰からもそんな話聞いてないけど」

「このクラスのみんなは優しいね。おかしな寝言にも寛容なんだ」


 なんで、私が寝言をつぶやいた前提で話が進んでるんだか。苦言を呈したいが仕方ない。言ってもむだだろう。きっとそうだ。


 私たち三人が楽しく話してたせいか。この場所に人が集まってきた。ただ、それもそのはず。急に授業担当となった若い女性教師。みんな仲良く話したいに違いない。クール気取りの男子も視線を送ってる。やはり、気になると思う。


 こうして、いきなり彼女の質問会へ変化。しかも、ここぞとばかりに仕切りだすお調子者の男子。よく見たら佐々木くんだ。なんで? 彼は隣のクラスなのに。開いた口が塞がらない。きっと、噂を聞きつけて馳せ参じたんだな。この好き者め。てか、佐々木くんは加絵先輩一筋だったような。なのに、今は熱狂の坩堝で踊ってる。率先してスリーサイズなんか聞く。


「…………」


 私の中で佐々木くんの評価が著しく低下した。べつに佐々木くんの評価が、そこまで高かったわけではないけど。でも、なんとなくがっかりだ。


「翠ちゃん。なんかさ、いつのまにかすごいことになったねえ」

「うん。状況ってのはいきなり変わるんだね。びっくりだよ」


 私たちはしみじみとつぶやく。すでに押し出されて場外へ。これは明らかに個数が足りないパン売場の混雑よりもひどい。というか、百貨店のタイムセールスに匹敵するくらいだ。


「だけど、逆に考えよっか。うん」

「え? 逆?」


 畠山ちゃんの言うことが分からない。


「そう。逆。ある場所に人が集まるという事実。つまり、他の場所には人が集まってないはずだよね。だって、学校に来る人の絶対数は決まってるから」


 そして、くるりと振り向く。女性教師を中心とした喧噪から少し離れた場所。教室のベランダで佇むマクがいた。まるでそこだけ切り離された場所みたい。とはいえ、マクは穏やかな雰囲気。純粋にひなたぼっこをしてる感じだ。


「ここでチャンス到来。さて、翠ちゃんはどうするのかな?」

「なんでナレーション風なのさ」


 私はすかさず文句を言う。


「だって、最近の翠ちゃんは篠原くんを避けてるじゃない。だからかな」

「それとこれとは関係ないし。てか、気づいてたの?」

「当たり前だって。私をなんだと思ってるのさ。人間観察の極意を知ってる人間だよ。翠ちゃんの変化なんてすぐに分かるから」

「そっか」


 私たちはマクの後ろ姿を見ながら話す。マクは微動だにしない。わりとマクは動きが少ないかもしれない。何かそういう技術を会得してるんだろうか。詳しくは分からない。


「てか、分かりやすいからね。篠原くんに関することは」

「えっと、そうなの?」


 とりあえず聞き返す。すると、畠山ちゃんにやっぱりという顔をされた。


「予想通り自覚なかったか。私だけじゃないよ。みんな言ってる。篠原くんがにぶいだけで」

「それって男子にも?」

「男子? そこまではどうだろうね。男子は見たくないものを見ないからなあ」

「うーん。一理あるような」


 考え込んでると、急に後ろから押された。畠山ちゃんのしわざ。おかげで、私はベランダに躍り出る。マクが何の騒ぎかとこっちを見た。で、私を見て相好を崩す。


「なにが面白いのさ。マクのばか」

「いや、べつに。なんでもないんだ。ただ、なんとなく。畠山さんにむりやり促された感じがしたからね。うん」


 完璧にばれてる。でも、畠山ちゃんの一仕事し終えた表情がいけない。あれを見れば、容易に勘づくことができるだろう。


「にしても久しぶりだ。なんか、最近避けられてるような気がしたからさ」

「べつに。そんなつもりないし」


 明らかに分かる嘘。エイプリルフール生まれとしては失格だ。おちおち強がりもできない。てか、マクがへんな覚悟を決めてからずっとこの調子。マクが頼もしくなったせいで私が弱くなる。おかげで、騎士になる必然性もなく。昔の弱い私が顔を除かせる。マク曰くお姫様な私。マクに守られてた私が回帰しだす。


「でも、話すことだってないかな」


 私が私でない感じ。たいしてこだわりがないのにこうだ。まったく切り替えられない。マクがいい方向へ変わっただけなのに。私まで変わってしまうのか。本当の私はどっちなんだろう。自分でも分かんなくなっていく。


「そっか。まあ、それなら仕方ないよな」

「うん。そういうこと。じゃあね」


 私はそそくさとその場を後へ。たぶん、あの日の朝の出来事が尾を引いてる。絶対に言えないけど。あれは墓場まで持って行きたい。

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