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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第四章 『そして、姫君が救出されていく』
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5

 寝る時間にしてはまだ早い。なので、必然的に二人で話す。私たちはすでに布団へ寝転んでる。もちろん、別々の布団。言うまでもない。お着替え? そんなのは知らない。お母さんの言うことなんて聞かなくていいのだ。


 話は適当に移り変わっていく。少し前の話題は覚えてない。というか、自分が何をしゃべてるかも分からない。隣にマクがいる。いつもそうだけど、一緒に寝るのはあれだ。落ち着かない。私がマクの部屋でお昼寝とは違う。へんな緊張感で満たされる。


 なのに、近くの幼馴染はそんな様子じゃないみたい。なんだか吹っ切れた表情。具体的にはあの日以来から。そう。いきなり家にまで来た日。本当にびっくりした。なんだか怖くてすぐに玄関へ。たぶん、言いようもない不安に襲われてたんだと思う。その根本的な不安は分からないけど。とにかく、突き動かされてる感覚があった。それが杞憂に終わって良かったな。


 しかし、マクと一緒に寝るのはいつ以来か。ここ最近はまったくない。まあ、当たり前だ。昔みたいにいかない。体をくっつけて寝たらべつの意味になってしまう。って、私は何を考えてるんだろう。一人妄想を逞しくして恥ずかしくなった。


 今、お互いに感じてる想い。幼馴染だけの関係とは違う。マクは絶対で最強の空気感はなくなったという。あのどこまでも無敵で計り知れないエネルギーはなくなった。蜃気楼のように揺らいでるだけ。しかも、私たちはその残像に悩まされてたんだ。もう、違う熱が加わえられたのに。それもいつのまにかそうなってしまったと。ただ、私の想いはそこを通り過ぎている。もっと純粋にマクの幸せを願う形。もちろん、マクの境遇を嘆いてるわけでない。最初はそうだったかもしれないがすでに変わってる。


「翠。少しへんなことを言っていい?」

「べつにいいけど」


 私はそっぽを向いて答えた。というか、先ほどからマクの顔を見れてない。近くに距離を感じてしまう。単に恥ずかしいだけかもしれない。この状態が。


「ふーん。いいんだ」


 マクにしては珍しい。からかうようなしぐさ。やっぱり、あの日以来余裕がある。なんか私を包み込むような感じ。ただ、そのせいで負けた気分になってしまう。なんとなくそう思った。


「本当にいいの? 翠」 


 マクがもう一度聞く。なぜ、ここまで念押しするのか。これはまさか。まさかね。変なことを聞いてへんな行動へ。あのマクがいきなりなんてありえないか。私だってそこまで覚悟はしてないし。などと思っても、隣に寝てる時点で説得力はなかった。


「翠?」

「な、なんでもない」


 こんな想像をしてたらあれだ。身が持たなくなってしまう。少し自重しないと。ただ、普段通りに接すればいいだけ。そうすれば朝。チュンチュンと雀が鳴いてるはず。


「それで?」

「あー、うん。でね、僕たちが今みたいに一緒に寝てた昔。翠はこんなことを言ってたよね。月に神様がいるって」

「こんなタイミングで昔の話とかしないでよ」

「こんなタイミングね。でも、この話は今っぽい気がしてさ。ほら、前にブルームーンの話をしてくれた。その続きということで。てか、翠のお姫様思考を炙りだしたいんだ。今後の対策としてさ」


 マクが不穏な言葉を放つ。一体全体、それはどういう意味なんだ。理解しかねる。


「今後の対策ってなにさ?」 

「言わない。だんまりで」

「ひどっ。さっきも私の味方してくれなかったし。マクは冷たいな」

「そんなことは言わせないから」


 と、急にマクは私の手を握った。ドキドキ。こんなことで。私の心臓はどうかしちゃってる。繋いだ手で脈の速さがばれそうだ。それだけはいただけない。


「びっくりした?」


 とりあえずぶん殴っておく。


「痛い。痛いって。どうせ見抜くからいいじゃん。翠の勘の良さはすごいから」

「そうだよね。見抜くよ。見抜いてやるともさ」


 最近のマクにやりこめられすぎだ。自分へ叱咤激励の意味を込めて叫ぶ。


「それでお話は?」

「ああ、そうだね。じゃれあいもこの辺にしておくよ」

「好きでやってるわけじゃないんだからね」


 一応、私は釘を刺しておいた。











 マクの話は長かった。びっくり。月に神様がいるという話題なのに、ここまで語れるとは。これは私が幼いときに提案した話。どうしてこうなったのか。そこまでは覚えてない。ただ、なんとなく月に神様が住んでる手筈となった。たぶん、当時見てたアニメにでも影響されたんだろう。小さい子どもの思考なんてそんなもの。深く考えてるはずがない。ましてや自分が言い出した。まず、その辺りで確定だろう。


 結局、マクの主張は月に神様なんていないということ。それを熱心に主張した。月は嫌いで太陽が好き。そうでなくてはいけない。なんて強く言い出す。しかし、そこまで拘らなくてもいいのに。だいたい、マクは月の方が好きそうだ。なのに、自分へ言い聞かせるかのごとく。そんな感じで語ってた。


 ちなみに、私自身はいつだって明るい女の子を目指してる。太陽みたいに明るい。なんて形容詞がつけたいくらいに。まあ、実際はどうだか分からないけどね。とはいえ、自然とそうなってるはず。マクが大変な目に遭っていなければたぶん。


 マクの話はまだ続く。しかも、やけにハイテンション。基本、ローテンションのマクにしては珍しい。いや、むしろ熱っぽいかも。顔だって赤い。おかしいな。夏風邪でも引いてたりして。やや不安になる。


「翠。だから、僕は雨が好きなんだ。でも、もっと大切な好きの方が大事だって分かってる。そういうことだね、うん」

「んん?」

「あれ? そういえば、翠。パジャマに着替えないの?」

「えっ? そこでそのフリ?」


 何気なさを装ってるのか。それだとかなりの手練れだ。というか、思いつくままに発言してる可能性が高い。むしろ、そうであってほしかった。


「フリもなにもね。僕はてっきりパジャマに着替えたと思ってたんだ。後は寝るばかりにしてね。だって、翠はいつもそうじゃないか。僕と電話してる時はだいたいそうしてるし」

「まあ、そうだけど」


 電話とは状況が違う。なんてツッコミをしたい。


「てか、その前にいつ着替える暇があったのさ。まさかマクが話してるあいだ、私は布団の中で器用に着替えてたとでも思ったの?」

「水泳の着替えをバスタオルで隠すみたいに?」

「うん。そんな感じ」


 たとえはどうかと思うけど。


「そっか。たしかにむりだね。言ってることが無謀だった。これは先入観が強く残ってたんだな。夜、翠が僕と話す際には就寝の準備を終えてるって」

「そんなこと言ったってさ。マクは私とお母さんの話を聞いてなかったの? お母さんが私にここで着替えさせようとしてたじゃない。マクがいるのに」

「あー、そうだった。言ってたかもしれないな。うん。まあ、いいや。着替えてよ」

「えぇっ!」


 今度こそ驚愕だった。


「電気も消しとくし。後ろも向く。よし、オッケーだ」

「オッケーじゃないから。なに言ってんの」

「あ、しかもこれ、チアガールパジャマ姿になれそうなやつだし。前に翠の思いつきで誕生した格好。このパジャマなら、それを形容してもいいよね。しかし、わざわざこんなパジャマを着てくれるとは。さすがは翠。期待に応えてくれるなあ」

「そんなわけないし。たまたまじゃないの? べつにマクが好むんで、このタイプを選んだわけじゃないからね。だいたい、チアガールパジャマ姿? 私、そんなこと言った覚えがないもん」

「じゃあ、無意識で心に留まってたってこと?」

「違うよ」

「そっか。分かった。じゃあ、電気を消して後ろを向くか。翠は自分のタイミングで着替えていいからね。うん」

「マ、マク?」


 心から泣きそう。涙目になっていく。私の幼馴染が女の子に着替えを強要するなんて。昔はこんな男の子じゃなかったのに。この展開は修正不可能か。私がここで着替えるのは確定事項? それはまずい。なんとかしないと。


「あれ? 着替えないの?」

「当たり前だぁー。ばかっ。マクのひとでなし」


 ボカッ。ボカッ。とりあえず骨。殴って痛いところを狙う。


「だから痛いって。ははは」


 マクが笑ってる。やっぱりおかしい。正常じゃない感じだ。


「よし。僕が着替えさせてあげるか。みーちゃん」

「えーっ!」


 本当に何を言い出すんだろう。もしかして夢を見てるのか。マクがこんなことを言い出すはずがない。なのに、マクは私に近づいてくる。私が着る予定のパジャマを持って。まさか。私はマクに脱がされちゃうのかな。それもどこまで? どうしていいか分からなくなる。思考が混濁していく。拒否と受け入れ。不安と期待。ない交ぜになってる。


 と、マクが私に触れられる距離まで近づく。しかし、その瞬間でゆっくりと前倒れ。私の膝に軟着陸。しょうがないから膝枕した。揺すっても反応しない。心臓に手を当ててみたが大丈夫。当たり前だ。私は何をしてるんだろう。触れたせいで愛しさがこみあげてくる。


「えっと、寝落ちかな」


 にしても、なんてタイミング。まるでマンガみたい。それに人をどぎまきさせて寝落ち。私には到底できない芸当だ。この罪作りな幼馴染め。悔しいから頬をつねっておく。安眠できなかったとしても知らない。私を惑わせたんだから。


 などと妙な気分に浸ってると、ふいに扉が開く。なんと、両親揃ってなだれ込んできた。うちの両親はまったく。たぶん、ずっと見てたと思う。てか、お父さんはいつ帰ってきたんだか。


「もう。お父さんが押すから。翠ががんばってたのに」

「俺のせい? お母さんが身を乗り出しすぎたからじゃないか」

「そうよ。ただねえ、千之くんにはもう少しがんばってほしかったな。元気と勇気をつけさせようと思って、チョコレートボンボンを食べさせたのに」

「だな。あの程度で酔ってしまうとは。婿殿とさしで飲むことができないじゃないか」


 お母さんめ。裏でそんなことをしてたのか。ともあれ、マクがおかしくなった原因は判明。良かった。


「てか、お父さんも気が早すぎだから」

「おお。その言い方だと見込みがあるようだね」

「ちょっと揚げ足を取らないでよ。もう」


 お父さんも大概である。普通の父親なら断固反対の姿勢を貫きそうなのに。

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