表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第四章 『そして、姫君が救出されていく』
57/77

3

「おねえちゃん。でんわー?」

「そうだよ。だから、また後で遊ぼうね」

「ん。わかったー」


 妹が私から離れてく。とっとこ。とっとこ。そんな擬音が聞こえそうだ。


「さて、加絵先輩に連絡と」

 思い返してみれば、最近は加絵先輩と連絡を取ってない。さらに、会う機会もなし。前に三人でからくり屋敷に忍び込んだけど、その時に誘っても断られた。それは夜中で都合がつかなかっただけでなく。一連の元気のなさが影響してたかもしれない。


 小倉くん曰く、加絵先輩は七月に入ってから元気が無くなってきたらしい。そして、今は八月下旬。夏休みも終わり。一ヶ月半もその調子なんだろうか。


「でも」


 七月に入ってからが引っかかる。その時点で、三波ちゃんの問題は明るみに出てない。彼女はまだ生きてた。そして、私がこの件を話すのは三波ちゃんが亡くなる当日。さらに後日、生徒会室で発見された証拠の押収。その辺りが原因と思ってたけど。どうやらそうでもないみたい。ただ、べつの問題が発生してたら困ってしまう。


 履歴から加絵先輩を探す。履歴はだいぶ下の方。やはり、しばらく連絡を取ってない。私たちはいろんな話をしてきたのに。でも、夏休みの期間はお休みしてた。


『あ、加絵先輩』


 電話はすぐに繋がった。なのに、声が聞こえない。


『加絵先輩。加絵先輩? 電波が悪いんですか?』


 電波が届かなければだめだ。いくら問いかけても意味がない。


『聞こえてませんか? うーん。困ったな』


 またかけ直そうか。そんなことを考えた矢先だった。


『――助けて。助けて。翠さん』 


 突如、聞こえてきたか細い声。間違いなく加絵先輩だ。せっぱ詰まった時の特徴的なハスキーボイス。私はこの声を聞く機会があった。


『加絵先輩。どうしたんですか? とにかく、状況を説明してください。私にはなにが起こってるか分からないんです。背景が全然見えてませんから』


 不思議なことに口が勝手に動く。まるで自分がもう一人の自分に操られてるような気分。へんだと思うが、そうとしか説明できない。他に適切な表現が見つけられない。


『それに私、勘がいいわけではありません。要領だって良くないんです。ただ、マクが関わってくる時だけは感覚が研ぎ澄まされてて。だから、なんとかなってます。本来の私はあまり上手くやっていけない女の子。マクの後ろをついて歩くだけ。過保護なお姫様の扱いを受けてたんです。つまり、マクが私を引き上げてくれたから』


 携帯から雑音。今まで聞いたことがない音。とはいえ、そこまで嫌な感じは受けない。でも、なんだかいいようもない不安に襲われていく。私はこういう不安を抱くタイプではないはず。なのに、たとえようもない焦燥を感じてしまう。


 バッバッバ。バババババ。また雑音。今度は携帯の上空にモニターが浮かぶ。まるで携帯の吹き出しみたい。しかし、そこには文字でなく。見たことがない女の子。彼女はどこかで見たような人。あるいはどこかすれ違った人。とにかくものすごい美人さん。大人っぽくてかわいらしい。なんか、不思議な魅力を備えてる。面識はないと思う。


 ただ、その瞬間に自分の直面してる状況が夢だと悟った。先ほどから続く非現実的な現象。不可思議な心理状態。しかも、金縛りにあったような感覚。自由が利かない。心も体も言葉も。私は何かに支配されている。


『えっとね、旅へ出ることにしたんです。私が求めてる本当の幸い。これを探しにどこまでも行きたくて。だって、追い求めなくてならないんです。なぜなら、女の子は幸せに敏感でなくてはいけませんからね。私は私のパーフェクトストーリーを探さなくては。誰にも覆すことのできないパーフェクトストーリーを』


 バッバッバ。バババババ。携帯の上空にあった吹き出しが消える。本体も音信不通。すでに夢だと確信。だとしたら、深層心理は何を訴えているんだろうか。よく分からない。

 










「――。――」


 声が聞こえる。私の妹の茜。ついでに、弟の名前は橙也。オレンジのだいだいでトウと読む。合わせてトウヤ。うちの家族はすべて色に関する名前だ。


「おねえちゃん。ごはんだよー」


 妹の言葉まで明確に聞こえてきた。どうやら、私を起こしに来たらしい。小さい体で一生懸命に揺すってる。おかげで、少しずつ意識を取り戻す。やはり、あれは夢だった。それも荒唐無稽なやつ。でも、どこかで繋がってると思う。


「おはよ。茜ちゃん」

「うん。おはよ。おねえちゃん。ごはん」

「知ってる。寝てた時に茜ちゃんの声が聞こえたから」

「えー、そうなの? だったら、わたしおねえちゃんの夢の中にいたんだ。びっくりー」


 なんか発想がかわいい。


「茜ちゃん。とにかくどかないと。茜ちゃんが私に抱きつくから動けないよ」

「あ、うん。そっか」


 妹がいそいそと動く。やっと身動きが取れるようになった。


「おねえちゃん。おへそしまわないと。わたし、おかあさんによく言われるんだよ。おやすみするときはしまいなさいって」

「あ、うん。ありがと」


 たしかにその通り。寝てる時に暑くて剥いでしまった。部屋着用の服はゆったりだから、こんなこともある。


「さあ、夕飯だね。茜ちゃん、今日のメニューは?」

「そうなの。おねえちゃん。今日はおすしだよ。おかあさんがお店におねがいしてた」

「ということは出前なんだ。お母さんどうしたのかな。でも、お寿司なんて。久し振りだよ」


 私は大いに喜ぶ。とにかくお寿司。好きなネタはたくさんある。食べる順番だって悩んでしまう。


「茜ちゃん。下へ行くよ」

「うん。まって。おねえちゃん」


 階段を降りてリビングへ。すでに準備が整ってる。かなり豪勢だ。ウニとかもある。てか、頼みすぎってくらいの量。お父さんの昇進祝いなんだろうか。にしては、その主役がいない。どこへ行った? お酒でも買いに行ったのかな。


「翠。なにをキョロキョロしてるの?」


 お母さんが私を見て言う。弟も怪訝な表情。お母さんはともかく弟までとは。私がおかしなことをしてるんだろうか。


「だってさ、お父さんがいないから」

「あのさ、父さんなんかいないぜ。姉貴はなにを言ってんだよ。仕事で出張だったじゃん。昼寝のしすぎだな」


 弟がしたり顔で忠告。まったく。嫌になっちゃうなあ。


「とにかく、なんでこんなに豪華なの? 今日は何の日?」

「あーあ。翠ったらとぼけちゃって。ねー」

「ねー」


 妹があいづちを打つ。やっぱりかわいい。そして、弟は私を同情の目で見ていた。


「おーい。橙也。どういうことなの?」

「それは自分の胸に聞いてよ。なんて言いたいけどなあ。さすがにかわいそうだから教える」

「うん。で、なに?」


 少し癪にさわるが仕方ない。お母さんと妹は楽しそうにはしゃいでるし。詳しい話が聞ける雰囲気でない。弟から聞くしかなさそうだ。


「これ、姉貴と千之兄さんの前祝いなんだって」

「はっ? 意味が分かんないよー」

「なんか、姉貴の機嫌が良すぎるからさ」

「う、うん」


 たしかに最近は機嫌が良かったけど。マクの言葉で。ただ、それとどう関係してるのか。さっぱり分からない。


「要するに、お母さんが千之兄さんに軽く聞いてみたらしいよ。姉貴はどうしたのかって。そこで色よい返事をもらえて早合点したってこと。それがこの結果」


 私は頭を抱えた。いかにもお母さんのやりそうなことだ。でも、お寿司が食べられると思えばいいのかな。まさに色気より食い気だった。


「で、実際はどうなんだ? 姉貴」

「へ?」


 私はきょとんとしてしまう。


「だから、千之兄さんと」

「ととと、とんでもない。私とマクはそんな関係じゃないよ。恋愛的なんて。ただ、昔みたいな雰囲気は戻ってきたかもしれない。いや、昔とは少し違うかな。もう少し自覚的な良好関係」

「へええ、自覚がないってすごいもんだな」

「え?」

「なんでもない。まあ、おかげでお寿司が食べられるよ。サンキュー姉貴」

「あ、うん。どういたしまして?」


 私がお礼を言われてるか不明。一応、なんとなく承諾しておく。











 時刻は夜七時。帰ってからシャワーを浴びた。その後は部屋の掃除。だから、お昼寝は一時間くらい。夢で加絵先輩に電話したけど、実際はまだ。しようと思ってるうちに寝てしまった。たぶん、寝る直前に考えたから夢に登場したのかな。そういう話はよく聞く。

 すでにお寿司は取り分けた。桶から各自の皿へ。それでも桶に残ってる。しかも、皿は五人分。来客が一人ということか。だとしたら、どう考えてもマクだよね。


「翠。なんでそんなにそわそわしてるの?」

「そわそわしてないからっ」

「またぁー。ねー」

「ねー」


 同じように妹があいづち。これは茜ちゃんのマイブームかな。とりあえず、妹はかわいいから許す。お母さんは許さない。


 私は静かに怒りを燃やす。この憤怒をお寿司にぶつけてしまえ。そんな心意気で食べ放題だ。マクがこようが関係ない。私は私が思うままに食べるんだ。


「さて、七時だしそろそろかな」


 お母さんが壁時計を見て一言。そのタイミングでチャイムが鳴る。ピンポーン。ピンポーン。キキが吠えないので知り合い。見知らぬ人ならワンワン騒ぐ。


「ほら、翠。主賓を迎え入れなさい。もっとも、あなたとダブル主賓だけどね」

「はいはーい。てか、もっと前に教えてくれても良かったのに」

「あら、私だってそうしたかったのよ。でも、翠はすぐにお出かけ。帰ってからはシャワーを浴びてお昼寝。話す機会がなかったじゃない。仕方がないわよね」


 確信犯だ。お母さんの表情が物語ってる。


 ともあれ、私はしぶしぶ玄関へ。まあ、マクに罪はない。そして、お寿司にも。切り替えてマクを向かい入れよう。せっかくのご馳走だ。


「姉貴。その部屋着でいいのか?」

「あーっ。うわ」


 自分の格好を見て唖然。幼馴染だし気にしなくてもいいけど。でも、やっぱり着替えておこう。


「着替えてくる!」


 私はどたどたと階段を上っていく。


「橙也。私の代わりに出といて」

「はいよっと」

「もう、橙也ったら。そこは黙っておかないと。翠の反応を楽しみにしてたのに」


 なにげにお母さんがひどい。危うく口車に乗せられるところだった。などと嘆いてる時間もない。私は超速でお着替え。べつに余所行きでなくてもいいけどこれにする。気分的にそんな感じだ。たぶん。


「翠。まだー? 早く降りてきて食べましょう」


 階下からお母さんの声。事情を知ってるくせに。そこまで素早く着替えられない。早着替えの手品師でも無理だ。


「もう少し待ってて」


 そして二、三分後。鏡で一周回って最終チェック。目視では特に問題なし。まあ、大丈夫だろう。ただ、居間へ行く前に洗面所へ。顔は洗っておく。その後でようやくである。


「ごめん、マク。お昼寝してて。今、速攻で着替えてた」

「あ、うん。気にしなくていいよ。それよりもありがとう。今日はなんかの前祝いなんでしょ? それでおばさんが招待してくれたんだ」

「私もさっきまで知らなかったけどね」

「ねー」


 妹のあいづちに癒される。ただ、マクは不思議そうな顔していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ