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席も同じところへ。ただ、イスは一つ増えた。テーブルが丸いので、誰とも向かい合わない。均等に百二十度ずつ離れてる。
私の注文はアイスコーヒー。さすがに、もう一度アッサムを頼む勇気はない。これ以上、店員さんに奇妙な顔をさせては申し訳ないと思う。とはいえ、私が気を使うのはおかしいような。せっかく落ち着ける空間を提供してもらったのに。
「えっと、それでですね。鮫島先輩。畠山先輩」
「大丈夫。大丈夫。そんな気張らなくてもお話くらいしてあげるから。ね、翠ちゃん」
「私? そこで私に振るの?」
「うん。だって、翠ちゃんの方が仲いいよね」
「え?」
私は首を傾げてしまう。
「ほら、律くんは生徒会長にほれてるんだから」
「ああ、そっか」
「そっかって。なんだかなあ。やっぱり、翠ちゃんはあれだよね。いつもの勘の良さは篠原くんが相手の時だけ」
「違うって。たまたまだよ」
私と畠山ちゃんがいつものやり取り。ただ、彼にとっては物珍しいらしい。興味深そうな顔して見てる。なんだか照れくさい。
「てか、畠山ちゃん。今は彼の話を聞くんじゃなかったの? 緊急性を要するとか言ってたよね」
「そうだった。こんなやり取りしてる場合じゃなかったよ。でも、チーズケーキだけは頼んでおこうかな。ありがとね。律くん」
もうすっかり慣れ慣れしい。弟みたいな扱いだ。
「仕方ないですね。僕が付き合わせてますし。鮫島先輩はどうしますか?」
「私? いいの?」
「はい。どうぞ」
メニュー表を渡された。なので、素早く確認。気が変わらないうちに選んでおこう。そういえば、さっきためらったやつがある。見た目からキュンキュンしてた。
「これですね?」
「う、うん。いい?」
お伺いを立てるように上目遣い。あざといかもしれない。
「ぐはっ」
すると、なぜか吐血のフリをする彼。何の意味か分からない。
「もう、鮫島先輩。破壊力ありすぎですよ。これからは使用禁止にしてください。僕みたいな犠牲者が増えないように」
「そうそ。翠ちゃんはもう少し自覚してほしいよね」
「自覚? ほんとに?」
つまり、効果があったってことか。それは嬉しい。女子としての魅力が上がった気がする。
「ほんとだよ。てか、また話が逸れてる」
「そうですよ。まあ、緊急性はないんですが。むしろ、生徒会長の知り合いという希少性の方でしょうか」
「そうなのかい。あ、追加の注文をお願いします。チーズケーキにサマーパフェ。それと抹茶アイスも」
畠山ちゃんはオマケまで頼んでる。遠慮のかけらもない。
「よし。これで頼みたいものは頼んだ。心残りなしと」
次期生徒会長のおごりだよね。しかも、一学年下の後輩。
「そうでしょうね。ともあれ、注文を待ってるあいだに聞いてくださいな」
私たちは聞く体制へ。彼からされる相談。それは間違いなく加絵先輩のこと。たぶん、三波ちゃんの件。なんて思ってたら、案の上そうだった。だいたい、あの日を境目に加絵先輩の元気が無くなったという。加絵先輩への影響。はたして、何があったのか。私の知ってる情報だと足りない気がする。核心には迫れてないと思う。
「――というわけなんです。だから、僕は生徒会長のことが気になって。なによりも元気がないのはいけません。元気があれば、なんでもできますから」
「うん。そう。ある著名人の言葉じゃないけどね。律くん」
「とにかく、何か知ってることがあれば。いえ、解決できる手がかりが見つかればいいのですが」
「そうだねえ。たしかに、文化祭実行委員の集まりでも元気なかったなあ。見てて感じた」
「鮫島先輩は?」
「私は最近見てないよ。でも、元気じゃない原因には心当たりある。これが理由かは分からないけど」
「その原因とは?」
「うん」
私は事細かに説明。とはいえ、プライバシーまでは踏み込まない。当たり前だ。三波ちゃんの件はおおっぴらにしていい話題でない。なので、慎重に言葉を選んでいく。
「先輩方、ありがとうございます。参考になりました。あの時、とっさに目立つことをして良かったですよ。それではまた」
喫茶店を出て、彼が去っていく。すでに初見の印象はなくなった。あのふざけた感じはカモフラージュ。彼は真剣に加絵先輩のことを考えてたと思う。だから、私たちは迂闊にアドバイスできない。現状だけを確認して、情報を増やさせた。それくらいしかしてない。
「そっかあ。そんな大変なことになってたんだねえ。そりゃあ、生徒会長も浮かない顔になるよ。しかし、あの公家さんがこう絡んでくるとは。驚きだ」
「だよね。ただ、そっちの真相は分からないまま」
真相。たぶん、樋口家の真相は解決したと思う。マクが警察から説明を受けたらしい。からくり屋敷の解体。それですべて明るみに出たという。やはり、あの部屋は移動してた。壁を開け放って、中華テーブルの円卓みたいに回転。そこで一つの部屋に証拠のナイフ。柄の指紋は松本先生。というか、彼女がからくり屋敷へ頻繁に訪れたことも判明。また、違うところでは冷蔵庫の役割も果たす部屋も発見。他にもいろいろとあった。
結局、三波ちゃんの状況と心情を判断して自殺幇助。おそらくは松本先生の介錯だ。とはいえ、そういうふうに仕向けたのは松本先生。なので、幇助と呼べるか分からない。後、死亡推定時刻は急激に冷えた部屋によって改竄。そして、マクが訪れる直前で三波ちゃんを普通の部屋へ。この辺はほぼ予想通りだった。
「ホント、あの人がねえ。人は見かけによらないというか。私の人間観察もまだまだだよ。全然気がつかなかったし。にしても、佐々くんは勝ち目ないよね。見た目はチワワだから。律くんは生徒会で接点も多い」
本当に厳しい。というか、加絵先輩は人気者だ。楚々とした美しい所作。一年ほど前から不断の努力で続けて完成させた。その上、生徒会長にもなった。
「ところでさ、翠ちゃん。篠原くんが変わりつつあるのはそれがきっかけなんだよね」
「うん。そうとしか考えられないかな」
「ただ、篠原くんの状況を考えると大変かもねえ。心の整理をつけるのは困難かもしれない」
「うん。まだ難しいと思う。でも、マクは変わろうとしてる。それも自ら望んで」
私は三波ちゃんが亡くなってからを思い返す。一学期の終わり。そして、夏休み。日を経るにつれて、少しずつ変わった。それもポジティブな方向へ。
とはいえ、何がきっかけになったか分からない。私の視点からはいきなりだった。急に私への態度が変化。マクがいう絶対的で最強の空気感とは違う。幼馴染関係の空気とも異なる感覚。もう少し関係性を発展させたかのようだった。
「だから、翠ちゃんを大切にするなんて言ったんだねえ。篠原くんはようやく気づいたみたいかな。翠ちゃんの格別な好意に」
「って、畠山ちゃん。格別な好意は言い過ぎ。私は単純にマクが幸せになって欲しいだけ。それは好意というかうーん」
「そうそれ。確実に格別な好意。それ以外の言葉なんて見つからないよ。だって、幼馴染の範疇を越えてるし」
そこまで言われるのは納得がいかない。でも、悪い気分でなく。
「こんな言い方は身も蓋もないけどさ。篠原くんは感じたんだよ。翠ちゃんの存在を。誰かを失ってなおさら。結果的にその女の子が踏み台になった」
「踏み台? つまり、結果的に引き上げられたの? 私?」
「そうだねえ。だから、いきなり好きなんて言われる。しかも、大事な人を見ていくために優先順位をつけた。篠原くんは翠ちゃんを最上位において」
マクの心境を推測する畠山ちゃん。ただ、引っかかることが一つ。さすがに好きまでは言われてない。大切にしたいとは聞かされたけど。
「畠山ちゃん。盛り上がりのところ申し訳ないのですが」
「んん? どうしたの?」
「私、好きなんて言われてないよ」
「えっ? もしかして恋愛的な要素はなし? なのに、翠ちゃんは大喜びしてたとか? てっきり、私は関係性が発展したと思ったのに」
「れ、恋愛的?」
どうやら、私と畠山ちゃんのあいだには隔たりがあるようだ。もっとも、私の伝え方がいけなかったかもしれないけど。というか、そもそもよく覚えてない。特に自分の発言。いきなりすぎてあたふたしてしまった。
「あーあ。その様子だと違うねえ。うん。しかし、篠原くんも煮え切らないなあ。そうだ。翠ちゃん。さっきの彼を使って画策してみたら? 篠原くんをやきもきさせるように。彼に貸しも作ったことだし」
畠山ちゃんもなかなか抜け目ない。ただ、マクはやきもきなんかしないと思う。
「画策かー。おごってもらったからチャラじゃないの?」
「そこはうん。なんとかなるでしょ。先輩の威厳で。てか、生徒会長がやきもきするかもしれないよ。翠ちゃんと律くんが仲睦まじくするから」
「いや、それは。うーん」
言葉を濁すしかない。
すでに、私たちは駅の改札口へ。喫茶店は駅前だからすぐ着いた。私が最寄り駅なのでここでお別れ。今日は畠山ちゃんに来てもらった。電車通学の彼女は定期を利用。逆に使わないともったいないらしい。
「まあ、翠ちゃん。そんなに悩まなくてもいいって。適当に思いついたことを言っただけだし」
たしかにそんな感じはしてたけど。
「だよね。だいたい、さっきの彼と仲良くなるなんて。想像もつかないよ」
「本当に篠原くん一筋だねえ」
「そこは違うから。畠山ちゃん」
「違わない。違わない。そんじゃ。またねー」
「あ、うん。またねー」
畠山ちゃんが去っていく。なので、私は引き返す。家へ帰ったら何をしようか。ふと考える。でも、犬の散歩かな。なんて思いながら歩を進めていく。




