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ストーリーは基本的に円環していく。始まりから終わりへ。もとい、終わりから始まりへ。そんなふうに収束。きれいなお話ほどこういった感じ。だから、上手く続編が作れるんだと思う。
「で、その辺はどうなの? 畠山ちゃん」
件の彼女はあっちむいてほい。私の話を聞いてなかった。てか、結構こんな感じだ。油断してると人間観察。とくに二人っきりの時が多い。おかしいよね。三人とか四人の会話なら、まだ分かるんだけど。一対一の方が多いなんてさ。
「もー、畠山ちゃん。私の話を聞いてなかったでしょ」
まあ、たいしたことは言ってない。でも、とりあえずむくれておく。
「あー、ごめんねえ。私、聖徳太子じゃないから。人の話はいっぺんに聞けないよ」
「そこで聖徳太子が出てくる意味ないし。一人だし。桁違うし。話聞くの十人だし」
「だよねえ。まあ、翠ちゃんなら許してくれると思った」
「うん。許してやってもいいと思った。いつものことだから」
私は冷たいアッサムティーを口に含む。これは少し背伸びして頼んだ紅茶。ミルクを入れますか。なんて聞かれたのでたまげた。ぶんぶんと首を振って否定。ミルクっぽい味はすべて嫌い。口にしたらべーってしたくなる。
「そうそう。いつものこと。ただ、翠ちゃんの機嫌はいつもよりいいみたいだね。なんかいいことあったのかな?」
「それ、さっき話したじゃん。マクのことだよ。マクがなんか変わってきたの。私のことを大切にするって言ってくれた」
「あーあ。またのろけ始めたよ。困ったちゃんだ」
「ち、違うし。のろけてないから。べつにそこまで気にしてるわけじゃないもん」
声が大きかったかもしれない。店員さんが不思議そうな顔をしてる。そもそも、あの方には注文の時だって同じ表情をされた。これはアッサムでミルクティーにしないからだと。どうも、ここの喫茶店はミルクティーが売り。アッサムはミルクティーと相性抜群らしい。もっとも、私はここのオープンテラスが好きだった。
「てか、翠ちゃん。あそこに面白い人がいるよー」
人を指さしてはいけません。なのに、畠山ちゃんはそういうことを平気でやる。さっきだって、持参した梅干しを普通に食べてた。梅干し好きにも程がある。
「ほら、振り向いたら大爆笑間違いなし」
意地でも振り向かないぞ。よそ見の最中にいたずらされるのがオチだ。
「ところで、翠ちゃんって笑い上戸だっけ?」
「笑い上戸?」
「そうそ」
少し考えてみる。どうだろうか。
「うーん。分かんない。泣き上戸なのは確実だけど」
「いやいや。翠ちゃんのは泣き上戸じゃなくてね。泣き虫って感じ。二つのあいだの明確な違いは分からないけどね。おおっと。面白い人がこっちを見た。ブレイクダンスしながら」
「うーっ、もう無理。我慢できない。見るっ」
振り向く。すると、間違いなくへんな表情で踊ってる人。しかも、私たちの方を向いて。
「ねえ、畠山ちゃん。あれ、荒手の求愛ダンスかな? クジャクとかがやりそうな」
「さあ? てか、私は鬼気迫った表情にも見えるなあ」
「ええー? それはあり得ないって」
私は姿勢を元に戻す。たぶん、まだ後ろで踊ってると思う。なんだか、背中がむず痒い。エアーでくすぐられてるみたいだった。
「あ、面白い人がプラカードを掲げだした。なぜかアルファベットで。あはは。面白いねえ。ここ、日本なのに。アメリカじゃないのに。イタリアでもフランスでも南アフリカでもないのに。どうしてアルファベット? あはは」
ツボに入ったらしい。畠山ちゃんが笑い転げてる。おかげで、もう一度振り返ってしまった。
「うわっ、ほんとだし。畠山ちゃんの誇張でもなく」
しかし、何がしたいんだろう。明らかにこっちへメッセージ。だって、ここの周囲に人はいない。だったら、やっぱり私たちかな。いや、もしかしたらあの人には違う世界が見えてるかもしれない。たとえば、普通の人には窺いしれない世界。なんて考えないとやっていけないよ。
「翠ちゃん、今度はもっとでかいメッセージボードを取り出してきたけど」
「ほんとだ。でかっ。でも、私たちが反応しないからじゃない? さっきだって、トークって書いてあったよね」
「あはは。トークだったねえ。うん」
畠山ちゃんはおおらかに笑う。
「結局、あの人のせいで映画の感想を言い合う機会を逃したよ。ね、翠ちゃん」
「それはないから。その前の時点でやる気ないでしょ」
「うーん。どうだろう。たしかにやる気がないと言われればそうかなあ。でも、やる気があると言われればそうとも感じる」
妙なテンションではぐらかされた。
「おっ、メッセージボードの文字がミーに変わった。あはは」
「つまり、私と話してってこと?」
「だろうね。おかしい」
「でも、踊りの意味は分からないって。しかも、今度は日本舞踊みたいなのを始めたし。その人の周りに、どんどんと人が集まってきた」
ここまでくれば大道芸。傍目から見ても楽しそうな気配を感じる。
「翠ちゃん、ちょっと行ってみようよ。絶対に面白そうだしさ。マイムマイムをやらせよっか。マイムマイム~。どう?」
「おおー。じゃあ、私はムーンウォーク。とっびきり上手なやつをリクエスト」
「いいねえ。ついでにパントマイムもやってもらおう」
「マイム繋がり。てか、パントマイムかあ。それよりも本職だよ。踊りをさせよう。サルサとベリーダンスなんかどう?」
「いいねえ」
踊ってくれる保証もないのに。なぜか、勝手に盛り上がってしまう。本当に自由気ままな会話だ。
「でもさ、肝心な踊りを忘れてる気がしない?」
「んん?」
私は首を傾げる。
「ほら、フラダンス」
「えー、フラダンス? てっきり、私は中南米系の踊りだと持ったのに。タンゴだっけ?」
「あー、くしに刺さってないほうね」
「畠山ちゃん。それはどうかと思う。花より団子じゃないんだから」
「あー、くしに五個くらい刺さった梅干しをまとめて食べたいな」
「種あるからむりだよ!」
せっかく入った喫茶店を早々と後に。本来はここで優雅なティータイムを過ごす予定だった。たとえば、先ほど見た映画の感想なんかを話し合いながらね。そう。今日、上映されたのはマンガの実写版。その割には評価が高いという。私と畠山ちゃんは評判を確認して視察。原作に忠実かどうかを確認しに来た。
その結果、判定は限りなく黒に近い灰色。まあ、要するにぎりぎりセーフという範囲。これだから原作スタートだとめんどくさい。安易に映画のストーリーを楽しめない。すでに、物語へ足を踏み入れてしまったから。とはいえ、出来自体は良かったと思う。次に繋がる伏線もあったし。始まりから終わりへ。終わりから始まりへ。ストーリーが円環しそうな雰囲気も見受けられた。
とにかく、喫茶店でもう少しくつろぎたかったと思う。畠山ちゃんの意見もあまり聞けてない。あのマンガはもともと畠山ちゃんが買ったやつ。しかも、今みたいにメジャーな扱いを受ける前から注目してた。だから、もっと主張があってもおかしくないよね。
「トークミー。トークミー。ビューティフル。トークミー。トークミー」
などと現実逃避してるのは、目の前の彼が原因。歳は同じくらい。この方が私の手を握って連呼、てか、なんで英語? どっからどう見ても純日本風な容姿なのに。
こんな状態になったのは、ここへ来てすぐ。彼は待ちかまえてたらしい。これも大道芸の一環か。なんて思ったが見当違い。すぐに人払いまで始めた。ああ、恥ずかしい。今だけはメッセージボードになりたい。
「畠山ちゃん。ねえ、どうすればいいの?」
「知らなーい。面白いからもう少し続けてよ」
「続けてといわれても」
困惑。この一言に尽きる。とはいえ、邪険な扱いは出来ない。ただ、このままだと埒が開かない気がする。
「あのさ、踊りの君。私になにか用なの? まさかナンパとかじゃないよね」
ドキドキ。ドキドキ。なんか、自分が勘違いちゃんみたいで苦笑。
「ナンパじゃないよ。コウハだって」
「違うじゃん」
硬派は人前で大道芸なんかしない。少なくとも一人語りくらいだ。
「あのー、それよりもいつまで私の手を握ってるんですか?」
「おっとっと。ごめんなさい。放しますね。それと念のため。私は日本人ですので」
「当たり前だよ」
どの角度から見ても外国人の風貌でない。その点については百パーセントだ。
「だから、外人的なロマンチック展開なんて求めないでくださいね。へそで茶を沸かすくらい無謀なことですから。あ、僕のおへそとか見たいですか? そっちも求めてます?」
「求めてないからっ」
あれ? 今日はツッコミ日和だ。おかしいなと思う。しかも、隣の畠山ちゃんは私たちの会話で笑ってる。本当に平和だなあ。このまま人生つつがなく過ごしていきたい。
「まあ、私たちが求めてるのはねえ。君のへんな踊り。センスがなさそうでありそうなやつだよ。てか、普通にすごい。しかも、滑稽っていえばいいのかな。とにかく面白かった。うん」
「あー、あれは他に手段がなかったんです。さすがに、おしゃれな喫茶店へ入るのは気が引けて」
「なのに、公衆の面前で踊るのは抵抗なしと。派手なメッセージボードだって掲げたし。うん。君、ずれてるね」
私はにこやかに告げる。
「そうですかねえ。この前やってたフリーハグの特集を参考にしたんですが。あ、今から僕たちもしますか? フリーハグ。あなたはスタイルがいいので最高です」
「しないよ。このやろー」
最後にボケをつけ加えるのは止めて欲しい。そのパターンはツッコミしやすいけど。
「そうですか。残念ですね。では、代わりに僕と踊りません?」
「えっと、ここで?」
「はい。ここで。こんなにすばらしい路地裏があるじゃないですか」
佐々木くんとは違った意味でポジティブである。
「それどころか、あなたと一緒ならどこでも舞踏会に早変わり」
「嫌」
私は一刀両断。てか、彼には羞恥心が存在しないような。
「そんなこと言わないでください。鮫島先輩。そう思いますよね? 畠山先輩」
彼が畠山さんに振る。ていうか、私たちの名前を知ってた。まさか、服に名札とかついてないよね。いらぬ心配をしそうになる。
「あのさ、もしかして畠山ちゃんと知り合い?」
「いえいえ。僕がお二人を見知ってるだけです。とはいっても、情熱的にあなたたちを追いかけてるわけではありませんよ。さすがの僕も不可能です。二人の先輩方を相手にすることは。そうではなくてですね――」
畠山ちゃんが話しに割り込む。
「てか、私も見知ってる。君、うちの学校の次期生徒会長でしょ。現生徒会長一筋で有名なんだから。一年なのに生徒会のお手伝いしてるって。名字は京極だっけ? 名前は律だったよね」
「あらら。知られてましたか。ばれないように細心の注意を払って変装してたんですけどね。後、普段とは違った自分を演出してたのですが」
「へえー。そうだったんだ」
私は知らなかった。しかし、次期生徒会長か。なんて反応すればいいか分からない。
「とはいえ、私は素のあなたを知らないからなあ」
とにかく、すごいのは畠山ちゃん。遠目で彼を見抜いてた。とんでもない観察眼である。これも普段における人間観察の賜物。ここまでくると特殊能力の範疇だ。
「どう? 翠ちゃん。面白かった? 私は十分に楽しんだけど」
「うう。分かんない。でも、へんな感覚」
しかし、どうりで畠山ちゃんはのほほんとしてたのか。赤の他人だったら、こんな展開にならない。少なくとも、私を放置したりしないと思う。
「というわけで、鮫島先輩。僕だってチャンスを逃したくないんです。だから、とにかく目立って気づいてもらいたくて。自分勝手だと思いますが、堪忍してくださいね」
笑顔がきらりと鋭い。さらに、学校が一緒なので心理的障壁を和らげてくれる。これは地元の人同士が仲良くなる感覚かな。
「ストップ。ストップ。律くん。私たちに説明が足りてないよ。今のままでは君の目的が分からないって。唯一分かるのは緊急だということ。それくらいじゃないか」
畠山ちゃんが彼を諫める。うーん。たしかに間を置きたいよね。彼の勢いがすごいから。
「あー、すみません。僕がお二人に声を掛けたのはあれです。生徒会長とお知り合いだから。詳しくはそこの喫茶店でお話ししますよ」
彼が指さしたのは先ほどの喫茶店。おかしいな。あそこへ入るのは気が引けると言ってたのに。
「鮫島先輩。分かってないですね。僕一人で扉をくぐるのがいけないんですよ。こんなに美しい先輩方と一緒に入れるなら、何の問題もありませんって」
「それはこだわりなのかな? 面白いねえ」
「まあ、そうですね。畠山先輩。では、行きましょうか。先輩方」
私は複雑な顔をして頷く。胸中の懸念が一つ。また、あの店員さんにへんな表情をさせてしまうことだった。




