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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第四章 『そして、姫君が救出されていく』
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 ストーリーは基本的に円環していく。始まりから終わりへ。もとい、終わりから始まりへ。そんなふうに収束。きれいなお話ほどこういった感じ。だから、上手く続編が作れるんだと思う。


「で、その辺はどうなの? 畠山ちゃん」


 件の彼女はあっちむいてほい。私の話を聞いてなかった。てか、結構こんな感じだ。油断してると人間観察。とくに二人っきりの時が多い。おかしいよね。三人とか四人の会話なら、まだ分かるんだけど。一対一の方が多いなんてさ。


「もー、畠山ちゃん。私の話を聞いてなかったでしょ」


 まあ、たいしたことは言ってない。でも、とりあえずむくれておく。


「あー、ごめんねえ。私、聖徳太子じゃないから。人の話はいっぺんに聞けないよ」

「そこで聖徳太子が出てくる意味ないし。一人だし。桁違うし。話聞くの十人だし」

「だよねえ。まあ、翠ちゃんなら許してくれると思った」

「うん。許してやってもいいと思った。いつものことだから」


 私は冷たいアッサムティーを口に含む。これは少し背伸びして頼んだ紅茶。ミルクを入れますか。なんて聞かれたのでたまげた。ぶんぶんと首を振って否定。ミルクっぽい味はすべて嫌い。口にしたらべーってしたくなる。


「そうそう。いつものこと。ただ、翠ちゃんの機嫌はいつもよりいいみたいだね。なんかいいことあったのかな?」

「それ、さっき話したじゃん。マクのことだよ。マクがなんか変わってきたの。私のことを大切にするって言ってくれた」

「あーあ。またのろけ始めたよ。困ったちゃんだ」

「ち、違うし。のろけてないから。べつにそこまで気にしてるわけじゃないもん」


 声が大きかったかもしれない。店員さんが不思議そうな顔をしてる。そもそも、あの方には注文の時だって同じ表情をされた。これはアッサムでミルクティーにしないからだと。どうも、ここの喫茶店はミルクティーが売り。アッサムはミルクティーと相性抜群らしい。もっとも、私はここのオープンテラスが好きだった。 


「てか、翠ちゃん。あそこに面白い人がいるよー」


 人を指さしてはいけません。なのに、畠山ちゃんはそういうことを平気でやる。さっきだって、持参した梅干しを普通に食べてた。梅干し好きにも程がある。


「ほら、振り向いたら大爆笑間違いなし」


 意地でも振り向かないぞ。よそ見の最中にいたずらされるのがオチだ。


「ところで、翠ちゃんって笑い上戸だっけ?」

「笑い上戸?」

「そうそ」


 少し考えてみる。どうだろうか。


「うーん。分かんない。泣き上戸なのは確実だけど」

「いやいや。翠ちゃんのは泣き上戸じゃなくてね。泣き虫って感じ。二つのあいだの明確な違いは分からないけどね。おおっと。面白い人がこっちを見た。ブレイクダンスしながら」


「うーっ、もう無理。我慢できない。見るっ」


 振り向く。すると、間違いなくへんな表情で踊ってる人。しかも、私たちの方を向いて。

「ねえ、畠山ちゃん。あれ、荒手の求愛ダンスかな? クジャクとかがやりそうな」

「さあ? てか、私は鬼気迫った表情にも見えるなあ」

「ええー? それはあり得ないって」


 私は姿勢を元に戻す。たぶん、まだ後ろで踊ってると思う。なんだか、背中がむず痒い。エアーでくすぐられてるみたいだった。


「あ、面白い人がプラカードを掲げだした。なぜかアルファベットで。あはは。面白いねえ。ここ、日本なのに。アメリカじゃないのに。イタリアでもフランスでも南アフリカでもないのに。どうしてアルファベット? あはは」


 ツボに入ったらしい。畠山ちゃんが笑い転げてる。おかげで、もう一度振り返ってしまった。


「うわっ、ほんとだし。畠山ちゃんの誇張でもなく」


 しかし、何がしたいんだろう。明らかにこっちへメッセージ。だって、ここの周囲に人はいない。だったら、やっぱり私たちかな。いや、もしかしたらあの人には違う世界が見えてるかもしれない。たとえば、普通の人には窺いしれない世界。なんて考えないとやっていけないよ。


「翠ちゃん、今度はもっとでかいメッセージボードを取り出してきたけど」

「ほんとだ。でかっ。でも、私たちが反応しないからじゃない? さっきだって、トークって書いてあったよね」

「あはは。トークだったねえ。うん」


 畠山ちゃんはおおらかに笑う。


「結局、あの人のせいで映画の感想を言い合う機会を逃したよ。ね、翠ちゃん」

「それはないから。その前の時点でやる気ないでしょ」

「うーん。どうだろう。たしかにやる気がないと言われればそうかなあ。でも、やる気があると言われればそうとも感じる」


 妙なテンションではぐらかされた。


「おっ、メッセージボードの文字がミーに変わった。あはは」

「つまり、私と話してってこと?」

「だろうね。おかしい」

「でも、踊りの意味は分からないって。しかも、今度は日本舞踊みたいなのを始めたし。その人の周りに、どんどんと人が集まってきた」


 ここまでくれば大道芸。傍目から見ても楽しそうな気配を感じる。


「翠ちゃん、ちょっと行ってみようよ。絶対に面白そうだしさ。マイムマイムをやらせよっか。マイムマイム~。どう?」

「おおー。じゃあ、私はムーンウォーク。とっびきり上手なやつをリクエスト」

「いいねえ。ついでにパントマイムもやってもらおう」

「マイム繋がり。てか、パントマイムかあ。それよりも本職だよ。踊りをさせよう。サルサとベリーダンスなんかどう?」

「いいねえ」


 踊ってくれる保証もないのに。なぜか、勝手に盛り上がってしまう。本当に自由気ままな会話だ。


「でもさ、肝心な踊りを忘れてる気がしない?」

「んん?」


 私は首を傾げる。


「ほら、フラダンス」

「えー、フラダンス? てっきり、私は中南米系の踊りだと持ったのに。タンゴだっけ?」

「あー、くしに刺さってないほうね」

「畠山ちゃん。それはどうかと思う。花より団子じゃないんだから」

「あー、くしに五個くらい刺さった梅干しをまとめて食べたいな」

「種あるからむりだよ!」

 










 せっかく入った喫茶店を早々と後に。本来はここで優雅なティータイムを過ごす予定だった。たとえば、先ほど見た映画の感想なんかを話し合いながらね。そう。今日、上映されたのはマンガの実写版。その割には評価が高いという。私と畠山ちゃんは評判を確認して視察。原作に忠実かどうかを確認しに来た。


 その結果、判定は限りなく黒に近い灰色。まあ、要するにぎりぎりセーフという範囲。これだから原作スタートだとめんどくさい。安易に映画のストーリーを楽しめない。すでに、物語へ足を踏み入れてしまったから。とはいえ、出来自体は良かったと思う。次に繋がる伏線もあったし。始まりから終わりへ。終わりから始まりへ。ストーリーが円環しそうな雰囲気も見受けられた。


 とにかく、喫茶店でもう少しくつろぎたかったと思う。畠山ちゃんの意見もあまり聞けてない。あのマンガはもともと畠山ちゃんが買ったやつ。しかも、今みたいにメジャーな扱いを受ける前から注目してた。だから、もっと主張があってもおかしくないよね。


「トークミー。トークミー。ビューティフル。トークミー。トークミー」


 などと現実逃避してるのは、目の前の彼が原因。歳は同じくらい。この方が私の手を握って連呼、てか、なんで英語? どっからどう見ても純日本風な容姿なのに。


 こんな状態になったのは、ここへ来てすぐ。彼は待ちかまえてたらしい。これも大道芸の一環か。なんて思ったが見当違い。すぐに人払いまで始めた。ああ、恥ずかしい。今だけはメッセージボードになりたい。


「畠山ちゃん。ねえ、どうすればいいの?」

「知らなーい。面白いからもう少し続けてよ」

「続けてといわれても」


 困惑。この一言に尽きる。とはいえ、邪険な扱いは出来ない。ただ、このままだと埒が開かない気がする。


「あのさ、踊りの君。私になにか用なの? まさかナンパとかじゃないよね」


 ドキドキ。ドキドキ。なんか、自分が勘違いちゃんみたいで苦笑。


「ナンパじゃないよ。コウハだって」

「違うじゃん」


 硬派は人前で大道芸なんかしない。少なくとも一人語りくらいだ。


「あのー、それよりもいつまで私の手を握ってるんですか?」

「おっとっと。ごめんなさい。放しますね。それと念のため。私は日本人ですので」

「当たり前だよ」


 どの角度から見ても外国人の風貌でない。その点については百パーセントだ。


「だから、外人的なロマンチック展開なんて求めないでくださいね。へそで茶を沸かすくらい無謀なことですから。あ、僕のおへそとか見たいですか? そっちも求めてます?」

「求めてないからっ」


 あれ? 今日はツッコミ日和だ。おかしいなと思う。しかも、隣の畠山ちゃんは私たちの会話で笑ってる。本当に平和だなあ。このまま人生つつがなく過ごしていきたい。


「まあ、私たちが求めてるのはねえ。君のへんな踊り。センスがなさそうでありそうなやつだよ。てか、普通にすごい。しかも、滑稽っていえばいいのかな。とにかく面白かった。うん」

「あー、あれは他に手段がなかったんです。さすがに、おしゃれな喫茶店へ入るのは気が引けて」

「なのに、公衆の面前で踊るのは抵抗なしと。派手なメッセージボードだって掲げたし。うん。君、ずれてるね」


 私はにこやかに告げる。


「そうですかねえ。この前やってたフリーハグの特集を参考にしたんですが。あ、今から僕たちもしますか? フリーハグ。あなたはスタイルがいいので最高です」

「しないよ。このやろー」


 最後にボケをつけ加えるのは止めて欲しい。そのパターンはツッコミしやすいけど。


「そうですか。残念ですね。では、代わりに僕と踊りません?」

「えっと、ここで?」

「はい。ここで。こんなにすばらしい路地裏があるじゃないですか」


 佐々木くんとは違った意味でポジティブである。


「それどころか、あなたと一緒ならどこでも舞踏会に早変わり」

「嫌」


 私は一刀両断。てか、彼には羞恥心が存在しないような。


「そんなこと言わないでください。鮫島先輩。そう思いますよね? 畠山先輩」


 彼が畠山さんに振る。ていうか、私たちの名前を知ってた。まさか、服に名札とかついてないよね。いらぬ心配をしそうになる。


「あのさ、もしかして畠山ちゃんと知り合い?」

「いえいえ。僕がお二人を見知ってるだけです。とはいっても、情熱的にあなたたちを追いかけてるわけではありませんよ。さすがの僕も不可能です。二人の先輩方を相手にすることは。そうではなくてですね――」


 畠山ちゃんが話しに割り込む。


「てか、私も見知ってる。君、うちの学校の次期生徒会長でしょ。現生徒会長一筋で有名なんだから。一年なのに生徒会のお手伝いしてるって。名字は京極だっけ? 名前は律だったよね」


「あらら。知られてましたか。ばれないように細心の注意を払って変装してたんですけどね。後、普段とは違った自分を演出してたのですが」

「へえー。そうだったんだ」


 私は知らなかった。しかし、次期生徒会長か。なんて反応すればいいか分からない。


「とはいえ、私は素のあなたを知らないからなあ」


 とにかく、すごいのは畠山ちゃん。遠目で彼を見抜いてた。とんでもない観察眼である。これも普段における人間観察の賜物。ここまでくると特殊能力の範疇だ。


「どう? 翠ちゃん。面白かった? 私は十分に楽しんだけど」

「うう。分かんない。でも、へんな感覚」


 しかし、どうりで畠山ちゃんはのほほんとしてたのか。赤の他人だったら、こんな展開にならない。少なくとも、私を放置したりしないと思う。


「というわけで、鮫島先輩。僕だってチャンスを逃したくないんです。だから、とにかく目立って気づいてもらいたくて。自分勝手だと思いますが、堪忍してくださいね」


 笑顔がきらりと鋭い。さらに、学校が一緒なので心理的障壁を和らげてくれる。これは地元の人同士が仲良くなる感覚かな。


「ストップ。ストップ。律くん。私たちに説明が足りてないよ。今のままでは君の目的が分からないって。唯一分かるのは緊急だということ。それくらいじゃないか」


 畠山ちゃんが彼を諫める。うーん。たしかに間を置きたいよね。彼の勢いがすごいから。


「あー、すみません。僕がお二人に声を掛けたのはあれです。生徒会長とお知り合いだから。詳しくはそこの喫茶店でお話ししますよ」


 彼が指さしたのは先ほどの喫茶店。おかしいな。あそこへ入るのは気が引けると言ってたのに。


「鮫島先輩。分かってないですね。僕一人で扉をくぐるのがいけないんですよ。こんなに美しい先輩方と一緒に入れるなら、何の問題もありませんって」

「それはこだわりなのかな? 面白いねえ」

「まあ、そうですね。畠山先輩。では、行きましょうか。先輩方」


 私は複雑な顔をして頷く。胸中の懸念が一つ。また、あの店員さんにへんな表情をさせてしまうことだった。

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