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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
番外編1 『誰も知らない物語 ――アンストッパブルカラーの蹉跌――』
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 大きくジャンプするには、深く沈み込まなければならない。つまり、脚を折り曲げて高く飛ぶための予備動作。運動エネルギーをしっかり伝える準備。これが走りであれば、クラウチングスタートみたいな感じかな。勢いよく加速するために、絶対しなければいけないこと。なんかめんどくさくてもね。


 いつも思うけど、エネルギーって自動的には発生しない。何らかの作用がないと生み出せない。不思議だね。無い袖は振れぬというやつか。こういうのを物理法則と呼ぶのかなあ。私には分からん。お父さんにでも聞いとけばいいか。なんて心にもないことを胸中でつぶやく私。


 そうそう、私は小比類巻という女の子。名字はあるけど、名前はまだない。というのは嘘で、名前の必要性が薄いだけ。だって、大方名字で事足りてしまうから。名前なんていらない存在感。漢字で四文字。読みで六文字。むだに多い。小比類巻恐るべし。向かうところ敵なしじゃないか。などと思ってもみたくなる。


 とにかく、異常なほど口に出したくなる名字らしい。噂によれば、全国の小比類巻姓の方々も同じ苦労をなさってるとか。知らないけどね。なんなら、小比類巻姓の決起集会でもしましょう。そういうのって面白い。


 というわけで、私の名前なんてあってないようなもの。いや、謙遜でなくてね。本当に誰も呼ばないから。どうせなら、こっちの名前を推奨しておく。瑞貴。ついでに、名字が井原。これは私のペンネーム。女性作家によくある中性的な名前みたいだよね。かくいう私も作家の端くれで。そんな定番を参考にしました。でも、普通ってすばらしい。つくづくそう感じる。


「クリスティーナ。夕飯できたわよ」

「ちょっと。私を名前で呼ばないで、って言ってるじゃん。キラキラネームなんだから」

「あら、親からもらった名前なのよ。大事にしなさいって」

「その文句、聞き飽きた。それよりもおかげで苦労してるんだよ。大変なの。私はかなり高く見積もっても和風系美少女なのに。お母さんのばか」


 あ、禁句を言ってしまった。


「おっと。ばかはいけないんじゃないかなあ。お母さんそう思う。あなたの本当の名前を言うわよ」

「ごめんなさい。ちょっと口がすべって」

「ふーん。口がすべったと。せっかく、小説に合わせて小芝居をしてあげてるのに。台無しにしてもいいの?」

「勘弁してよ。頼むからさ」


 こんなオチでごめんなさい。だから、名前はまだありません。そんなプロローグ。我が輩しゃべりのネコさんみたいだなあと思う。てか、真似したんだけどね。以上。











 何かを成し遂げるためにすること。それは自分から働きかけないといけない。達成には相応のエネルギーを使う。なぜって? 基本的には何もないところから生まれない。なんて思うのは勝手だろうか。


 願った結果を得たい。そこに必要なのは意識の力。エネルギーの働きかけ。強く思えばいい。思考は現実化するから。私はずっとそんな姿勢だったと思う。でも、正しいかどうかは分からないな。いまだに不明。


 ともあれ、そういうのって数値化できるものじゃない。だから、感覚で判断していく。たとえば、エネルギーに満ちあふれてる人。そうでない人。ここを直感で見抜く。特別な雰囲気を持った人がいれば観察。こんな人はエネルギーを目標達成に変換させてしまうから。本当に魅力的な要素だよね。自分の色をしっかり持ってる人は。つまり、誰にも止められないカラー。


「前略草々、突然ですがあなたに申し伝えたいことがあります。いきなりで驚かれると思いますが、絶対に伝えなければなりません。実は私、あなたを窓際から見ていて人生が急変してしまったのです」


 自分の書いた文を読み上げて落胆。この人物にはカラーがない。要するに、キャラクターの力が足りない。弱すぎる。自分の力で何かを成し遂げるのは不可能だろう。


「窓際で見ていて、っていうのがなあ」


 窓際といえば、私の部屋の机がそこに当たる。なので、必然的に外は見てた。いつも机を使ってたから。とくに、浪人生の時はそうだったな。ただ、勉強だけをしてたわけではないけどね。その結果、大学入り損ねて小説家なわけで。まあ、その話は追々に。


 結局、しばらく悩んで最初からやり直し。上手くいかない時は、同じことを繰り返す感覚。へんな徒労感に襲われていく。ここでイメージするのは、上へ行けない螺旋階段。たしか、目の錯覚を利用したイラストがあったよね。あそこで立ち止まってる気持ちかな。とはいえ、実際にあの場へ居合わせたら大変だと思う。気が狂いそうで怖い。


「よし」


 かぶりを振って、気を取り直す。視線も窓の外へ。一旦休憩。この休みが長くならなければいいなあ。そんなことを思いながら、ぼーっとする。


「あ」


 そこでタイミング良く。一人の人物を見つけた。というか、目に飛び込んできた。アンストッパブルカラーの彼。本当に懐かしいな。最近は規則正しい生活で見かけなかった。昼夜逆転生活の頃は、彼がここを通ったら寝る時間にしてたっけ。なんか、いつのまにかそんな習慣ができたんだ。そして、それをいつ始めたのか。いつ止めたのか。全然記憶にない。でも、そういう現象って結構あったりする。一時期は重視してたのに、しばらく経って忘れる。いつのまにか。どうしてかなあ。考えてみても分からない。


 やがて、彼は去っていく。隣には仲の良さそうな女の子。こちらもなかなかのカラー持ち。二人は仲睦まじく歩く。本当にいい距離感。信頼関係が見てとれる。


「コマキさん。まーた、人間観察してるんですか?」

 コマキさんと呼ぶのはいとこの陽子。三つ年下の高校生。近所の学校へ登校。なので、よく遊びにくる。


「そうそ。人間観察は小説を書くための糧だからね。てか、ノックくらいしてよ。びっくりするじゃない」

「びっくりした様子は全くないですよね。さすがはコマキさん」


 もっともである。実はそんなにびっくりしてない。


「てか、コマキさんからエネルギーを奪いにきました。私をかわいがって甘やかしてください」

「小さい子みたいなこと言うなー。私は陽子ちゃんのおもちゃじゃないぞ」

「おもちゃじゃないんですか? いままでそのつもりでしたけど」

「違う。だったら、今日は相手しないからね。陽子ちゃん」

「またまた。そうやっていつも相手してくれますよね。コマキちゃんかわいいー。コマキちゃん大好きー。コマキちゃんつんでれー」


 もう、好き放題に言ってる。さらにはくっついてきた。暑苦しい。えい。ベッドへ放り投げておく。


「あーあ。捨てられた。しくしく。でも、コマキさんのベットがいい香り」

「やめてよ。なんか気持ち悪い。陽子ちゃんの髪型が乱れるくらいのレベルだ」

「うわっ、それは良くないなあ。でも、私の髪質ではないかも」

「本当にいいなあ。いつも思ってる」

「髪型変えれなくても?」

「うん。私は梅雨だと横にどんどん広がるから。ぶわって感じですごいよ。前に見たことあるでしょ?」

「はい。昔のアイドルみたいでしたね」

「こらこら。それはない」


 本当にとんでもないことを言う。びっくりだ。


「陽子ちゃんは私をからかいすぎ。後、昔のアイドルに失礼」

「そうかな。コマキさんは、とても魅力的だと思いますけど。いつもエネルギーにみちあふれてますし。とくに飾らない感じが素敵」

「まーた始まった。社交辞令もほどほどになさい。なにも出ないからね」

「いえ。そこのところはご心配なく。会うたびに吸い取ってますので」


 怖い発言。この子は吸血鬼か。


「というわけで、髪の毛をとかさせてください」

「話が繋がってないよ」


 油断も隙もない。すでにブラシまで用意してる。


「やっぱりつれないコマキさん。それだから人間観察なんかしたくなるんですよ」

「それ、陽子ちゃんが言っていいセリフじゃないよね。今となっては、陽子ちゃんの方が人間観察に凝ってるみたいだし」

「ああ、ばれましたか。でも、そこはコマキさんを参考にしたせいです。コマキさんの見てる世界に少しでも近づければいいな。なんて思ったりして」


 陽子はベットから起きあがる。


「コマキさん。そういえば、さっきはどんな人を見てたんですか?」

「あ、そうだよ」


 陽子に促されて、もう一度外を見る。誰もいない。時間が経ったから当然だ。アンストッパブルカラーの彼。その彼と距離感のいい彼女。とてもすばらしい空気感だった。


 もちろん、二人と面識はない。私がなんとなく見てただけ。単純にあれこれ想いを巡らせたのみ。しかも、今となっては遠い昔の話だ。でも、彼の輝きは凄まじかったな。おかげで、いろいろなカラーを見せてもらった。変幻自在で誰にも止められない色。必殺のキャラクター。見る人が見れば、彼はアンストッパブルカラーなのがよく分かる。それくらい印象に残ってたんだ。











「ああー、また大幅に時間使っちゃったよ。私、これから打ち合わせがあるのに」


 ほんと、陽子の巧みさに舌を巻く。いつのまにか彼女のペースへ乗せられて。気がつけば、ずっと相手をしてた。なんか、いつも自分の思い通りになるよね。彼女には人の判断を奪う力があるのかなあ。それとも説得力か。今年は文化祭実行委員なんかもやったらしい。人をまとめるのだって、お茶の子さいさいかもしれない。


「おっとっと。携帯どこだ?」


 急に携帯が鳴りだす。携帯は部屋の隅。いつもと違う場所にあった。きっと、陽子がいたずらしたせいだろう。彼女はこういうことが好きだ。


 携帯を取って、ディスプレイを見る、宛名は陽子。流れからして予想通り。メールを開けると、今日のお礼が細やかに記してあった。また遊んでくださいとも。本当に如才ないなあ。細やかな配慮ができすぎ。


「さて、なんて返信しよっかな」


 あまり考えずに文章を打つ。文章なのに考えない。不思議な気分になっていく。


 陽子にメールを返して、打ち合わせの準備。冒頭だって決まってない。これから急ピッチでしなくては。もしかしたら、短い時間の方がいいかもしれない。集中力だって増す。そう。火事場の馬鹿力。これで何かが生まれる可能性も。なんて希望的観測は忘れないでおく。


 そして、そこから正味三十分。すごく集中できた。切羽詰まってたせいなのか。難しいと思ってもできてしまう。本当に集中力というのは重要なファクター。とても大きい。


「後、運も味方したよね」


 それは先ほど見かけたアンストパッブルカラーの彼。つい最近まではすっかり忘れてたのに。だから、すごくタイミングが良かった。おかげで、いい感じに進められたと思う。


 出かける直前、また携帯が鳴った。陽子と思ったが違う。担当からの電話。とりあえず出てみる。


『もしもー』

『もしもー。どうしましたか?』

『いやー、それが井原先生。小林先生が相変わらずお元気でして。本当にひどいんですよ。対処の仕方を教えてくださいな。どうしたらいいと思います?』


 なんで私が編集者の愚痴を聞かねばならぬ。まあ、面白いからいいけど。


『とりあえず、女の人がいけば万事解決じゃないですか? 小林先生は女性が大好きですから』

『そうですよね。あ、それなら井原先生が適任じゃないですか』


 やっぱりこういうパターンか。担当からの電話で予想できてしまう。


『ちなみに私以外で、とつけ加えるのを忘れてました』

『そんなこと言わないでくださいよ。井原先生以外頼れないんです』


 頼み上手な担当。聞くと困ってしまう。 


『しかも、若くて美人だし。気も利く』


 口車には乗らないぞ。何度これでやられたか。釘は刺しておこう。


『まーた始まりましたね。清水さんのおだて文句』

『いえいえ。本心ですって。ね。だから、喫茶店を止めて小林宅で打ち合わせにしましょう。すると、彼の機嫌も良くなる。井原先生も大御所と交流の機会が持てる。一石二鳥じゃないですか』


 編集長が楽なだけだよね。移動しなくていいから。むしろ、向こうで口裏合わせて結託してるかも。飲み始めてる可能性すらある。そんなところに私が行って、駆けつけ一杯。また、このパターンだ。完璧にルート入ってる。


『井原先生が来ると嬉しいんですよ。小林先生も僕も。気立ても良くてかわいいですし』

『うう、しょうがないなあ』


 あれ? おかしいな。この口が本心と違うことを言う。一回目は防いだ。でも、二回目で陥落。軽っ。私軽すぎ。ちょろいかも。ナンパされたらホイホイついて行きそう。とはいえ、いつも話を聞く前に逃げてしまうんだけどね。


『もう飲んでいるかもしれませんが言いますよ。お酒はほどほどで自重してくださいね。酔われた方の介抱はしたくありませんから』

『そこはまかせてくださいよ、井原先生。今日はミイラ取りをミイラにしてみせますから』

『ないない。説得力がまるでないよね』

『すいませーん。そこは自覚してます』


 さわやかイケメンなのに。ぐてんぐてんに酔っぱらうと目も当てられないんだ。


『では井原先生、小林先生宅にきてくださいね。最寄り駅に到着したら、迎えに行きますので。適当につまみとか買わなくていいですよ。あ、一応経費から落としますけども』


 それは買えってことじゃないか。暗にそう言ってるよね。まったく。人使いが荒い担当だ。こんなのありかな。まあ、私は今の編集者で満足してるからいいけど。書きたいことと売れる話。この二つの折衷点を必死に探し出してくれるし。ただ、他の担当はどんな感じだろう。


『おつまみ。私が適当に選んでいいんですね』

『買ってきてくれるんですか。さすがは井原先生。グレイトです』

『グレイトか』


 グミ。冷凍ピザ。インディアン風タコス。トマトジュース。こんなラインナップでいいかな。嘘だけど。


『それではお願いしますね。今日は楽しみましょう』

『今日もですよね』

『おっしゃるとおりで。井原先生が勧めてくれた喫茶店は、次の機会に致しましょうか』

『はいはーい』


 あーあ。おしゃれな喫茶店で仕事の打ち合わせ。見事に丸つぶれだ。でも、飲みながらの打ち合わせも楽しくていいかな。これだってべつの良さがある。ただし、ちょっと頻度が多いよね。

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