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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第三章 『センチメンタル・アマレットシンドローム』
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 あくる日、僕たち三人は後藤さんに絞られた。どうもすべてがお見通し。その上で、泳がされたらしい。一つ教訓。大人の世界はそんなに甘くない。なんて感想を抱く。


 そして、やっとのことで解放されて夕方。とはいえ、まだ日は高い。なので、夕方の感じはしない。むしろ、お昼の延長線上といったところ。一日中、日が沈まない国はどんな気分だろう。想像すらつかない。


「マク、佐々くん。私、昨日いろいろと考えたの。で、今日も。さらに、後藤さんが情報をもらしてくれた」


 翠はゆっくりと息を吐く。考えをまとめる時間を稼ぐように。


「結局、彼女と彼女のお父さんが亡くなった。彼女は他殺、お父さんは自殺。これ、精神的な意味では逆だと思うの。つまり、彼女は自殺幇助されて他殺に見せかけた。お父さんは死を推奨されて自殺に追い込まれた。どちらも自分の意志とは違う形」

「どうしてよ?」


 佐々木くんは純粋な疑問で聞く。


「うん。それはね。松本先生の失踪。やっぱりこれが関係してる。そして、先生はたぶん生きてるはず。普段からへんなふうに偽って準備してたけど。ただ、生徒会にペットボトルの差し入れをした意図は不明。でも、間違いないよ」


 翠が強く断言した。


「前に言ったけどさ、三波ちゃんが屋上へ向かったのは松本先生と知り合いだったから。きっと、制服を持ってたのもそう。先生の影響を深く受けたせい。それも自殺を考えるくらいに。後、先生はお父さんとも深い関係だったと思う。推測の域を出ないけど」

「つまり、愛憎劇?」

「分からない。でも、その可能性は高いかな。とはいえ、先生の一人芝居。先生は三波ちゃんとお父さんのいびつな関係を疎ましく思ってた。ただ、これは世間一般における疎ましさでなく。その希少な関係性を羨んでたのかな。だって、陰に陽に彼女を葬り去る形で決着をつけたから。さらに、お父さんまで自殺に追い込んだし」

「しかし、翠ちゃん。どうしてそう思うかが分からないぜ。しのぴーとの関係性だってどうなんだ?」

「マクは偶発的かな。その登場から親しくなる過程まで。だから、複雑に絡んでしまった。たとえば、私のストーカーの件もそう。私は三波ちゃんに追われた。そして、その三波ちゃんを過剰な愛情で観察するお父さん。なぜかって? 危険を感じたから。三波ちゃんをつけてる存在に」

「それが松本先生というわけかい」


 佐々木くんがあいづちを打つ。


「うん。おそらくはね。マクとお父さんとの会話から考えて。お父さんは、三波ちゃんの危険を排除するために後をつけてたみたいだし。なのに、一方では松本先生と自販機の件で協力してる。それも二人の良好関係を感じるくらいに」

「そっか。難しいな。翠ちゃん」

「で、三波ちゃんの自殺を間接的に阻んでたマクを利用。元々、死にたがってた彼女の自殺幇助。しかも、からくり屋敷で死亡推定時刻をずらした」

「どうやってさ?」


 僕も口を挟んだ。翠がこっちを向く。


「うん。昨日、からくり屋敷を観察して感じたの。ここは仕組み化されてるなって。たぶん、通路はドーナッツ。で、件の現場はドーナッツの穴。つまり、私たちは部屋の外側をぐるぐる回ってたはずなの。とはいえ、それをまったく感じさせないように工夫してた。たとえば、高さを調節することで歩きにくくしたり。他にもね、微妙にカーブしたりS字を加えたり。東西南北の感覚を狂わせた」

「でもよー、それが死亡推定時刻とどう繋がるわけ?」

「そうだよね。佐々くんの疑問はもっとも。なので、ここも推測。もしかしたら、本当の事実は全然違うかもしれないけど。正直、事実は小説より奇なりっていうから。ただ、あんな通路にした理由。それとマクがあの日に聞いた音。なのに、昨日はまったく音がしなかった。つまり、これは誰かが音を出してた。じゃあ、その音の発生原因はなにか。おそらく部屋。たどり着く場所に当てはまる部屋がいくつもあったの。これが移動してた音。中華料理の円卓みたいにくるくると移動させる。部屋を。床だけ残して。そのために外周のような通路があった。中央をできるだけ大きな空洞にさせた。なんて考えられる」


 さすがにそこまでの発想は突飛しすぎだ。実際にそんなことができるんだろうか。からくり屋敷の限度を越えてる。


「しかし、そうでもしないと死亡推定時刻はずらせないの。亡くなった状態を維持するためになんらかの手段を講じた。それは確実。そして、あの日にへんな音が聞こえてたというマクの証言。うん。これを部屋の移動音と仮定すれば繋がっていく。つまり、彼女が死んだ後、床だけが滑って温度が極端に低い部屋へ運ばれた。死亡推定時刻をずらせるくらいの寒い部屋に。で、マクがたどり着く少し前に通常の部屋に移された。あたかも、その部屋にずっといたような感覚で」


 僕は思い出す。当時の状況を。不自然な点はあったか。彼女の体は冷えてたか。体ではなく床はどうだ。床。たしかにひんやりとしていた。でも、これは精神的余裕のなさにおける錯覚。なんて考えたけど。実際はどうだったか。深く思い出せない。感覚が見つからない。いつだってそういうことを覚えていないんだ。意識してないから。いつも何か足りない。そして、その何かもあやふやであいまい。確証みたいのは感じることができない。だから、僕の中に潜む罪障、無力、喪失といった感情が顔を出す。


「……」


 どうやら、いつのまにか自宅に着いてたようだ。目の前には見慣れた景色。それと変わらない家。僕だってそうありつづけたいのに。決心した想いが萎んでいく。三波と翠。加絵と山内先輩。相似であって相似でない。明らかに異なる。ベクトルは違った方向に進んでいく。


「ごめん。帰る。なんかやりすぎだよ。じゃあまた」

「おい。しのぴー。踏ん切りついたんじゃなかったのか? 以前の状態に戻ってるぞ。なあ」


 僕は佐々木くんの声も聞かずに、自宅へ直行。鍵を出して、ドアを開けた。


「マ、マク」


 家に入る直前、翠の声を聞く。そこには後悔の響き。もしかしたら泣くかもしれない。そんな姿は見たくないのに。などと自分勝手に思う。











 すべてを洗い流したい気分だった。体も心も凝り固まった感情も。それ以外にリセットさせたいことはたくさんある。とはいえ、この世界は連綿と繋がっていく。たとえ、意識を手放しても変わらない。自分の記憶を抹消しても、紡いできた事実が覆ることはなく。だとしたら、後ろを振り向くのはいけないことなのか。すべて気にせずに、前だけを向けばオッケー。その方がより問題なく過ごせるかもしれない。


 ともあれ、三波は死んでしまった。司法解剖も終わって葬儀も終了。骨になって土へ。灰になって空へ。三波はどこへ行ったのか。僕には分からない。それと三波が残してくれた言葉さえも。だから、僕の中にはふわふわと実体のない空気みたいな存在が支配してる。要するに、行き場のない想い。どこにベクトルを向けていいのか。袋小路に迷い込んで朽ち果ててしまう。

 

 水が規則的な音を立てて流れていく。風呂場の床のタイルは少し傾斜気味。おかげで、排水溝へ向かってスムーズに。高い方から低い方へ。吸い込まれるように動く。それをなんとなく見てて怖くなる。理由も分からずに気分が滅入った。

 

 シャワーを終えてソファーへ座る。近くに折り紙の残骸を発見。それを拾って広げる。ただ、すでにくしゃくしゃで原型が不明。はたして、何を作ろうとしてたのか。記憶を探ってみても思い出せない。


 結局、その折り紙はゴミ箱に捨てた。ついでに、部屋のいらないものも整理。意外とたくさん出てくる。用途不明なゴミもかなり多い。僕はこんな近くの状態でさえ把握できないのか。その事実に面食らう。


 時計を見ると夜七時。ご飯を作らなければいけない。メニューは昨日の残り。冷蔵庫に入れておいた白米とおかずを取り出す。インスタント味噌汁もセット。IHのポットでお湯を沸かす。しばし待つ。待ってる最中に携帯が鳴った。電話だ。


『マク。ごめんっ!』


 それに出ると、開口一番に謝罪の声。元気すぎるきらいがあった。


『なんだよ。翠が謝る必要なんてどこにもないじゃないか』 

『ううん。そんなことない。謝る必要ありあり。で、もう止めたから。もうしない。どうでもいいことにしておく。だって、目的を履き違えてた。私自身が抱く拘りなんて関係ないし。マクにとって幸せかどうか。私が重視するのはそこだけ。だから、私は決めてたんだ。でも、意識してないといつのまにか忘れてしまう。なんて話を前にしたよね。うん。とにかくそういうこと。マク自身が解決するまで気長に待たないとね。そこまで簡単な問題じゃないんだし。外野があれこれいうことでもなかったよ』


 何かの感情がはじけたような気がした。それは内側にある小さな癇癪玉。赤、青、黄、橙、緑、紫。その他にもたくさん。色とりどりの癇癪玉が弾けて拡散していく。こいつらはノスタルジーに近い感情。こみ上げてくる何かをもたらす。


 思えば、解はいつも内側にある。それこそが自意識的な内閉から抜け出すとっかかりへ。なんて考えたらあれだ。なんだか、急に目が覚めたような気がした。


『えっと、マク。まだ怒ってるの?』


 翠が不安そうに聞く。なんでそんなことを言うんだろうか。不思議だ。そうか。電話だと表情が見えないからだ。それなら、今すぐ翠へ会いに行こう。幼馴染だし家だって近い。距離は簡単に縮められる。


『翠。今から翠んち行くから。外で待っててよ』

『え? マク? どういうこと?』


 翠の声が聞こえてきたけど、気にしない。すでに通話口から耳を離してしまった。まだ何か言ってる。だが、どうでもいい。それよりも今すぐに伝えなくてはいけない。面と向かって嘘だとばれない方法で。ただ、そんなのは簡単。逆に唇を舐めなければいいのだから。そもそも、嘘を吐くつもりなんて一つもない。エイプリルフール生まれの人間にそんなことしてもむだだろう。


 服装を整えて玄関へ。靴を急いで履く。ただ、そのタイミングでポットが音を立てる。お湯が沸いたらしい。無視。ドアを開けて、外へ飛び出す。走る。もとい、疾走。翠の家まで超ダッシュ。途中で気がついたのだが、少し雨が降ってる。久しぶりの雨。頬をなでるような霧雨。


「ああ、そうだよ」


 この雨のように。この水滴の一粒一粒のように。ハロー。グッバイ。ハロー。グッバイ。こんな感覚で消費されていく。誰にも止めることのできない繰り返しの自然現象と変わらずに。こういうのはどこにだってたくさんある。そして、とめどもなく飽和。だから、考えずに切り離してしまえばいい。


「三波後輩。ごめん。こんな最悪な先輩で。でも、踏み台が必要なんだよ。上へ行くには。パーフェクトストーリー? 予定調和? どうとでも言ってくれ」


 今、僕は彼女を忘れることに決めた。いや、忘れるのは難しい、でも、努めてそうしようと思う。とはいえ、そんなふうに決心しても泣きたい気分。なのに、涙は出てこない。とめどもなくあふれ出てもおかしくないはずだ。


「マクっ」


 僕が翠の家へ着くと、すでに軒先で待っていた。起き抜けみたいな部屋着姿。さらに、適当なサンダル。それでさえもなんとなく着こなしてる。これはスタイルがいいからか。よく分からない。でも、一つだけ分かった事実がある。それは遅すぎたこと。すでに遅かった。過ぎ去っていた。僕がそこから目を逸らしてただけ。とっくの昔に、そんな関係は終わってたかもしれない。いわゆる、絶対的で最強の空気感。これは確実に無くなってる。僕と翠のあいだには、その残り香でさえ漂っていない。二度と元には戻らない可能性だってある。あの関係も感覚も。だからこそ、新しい何かに向かっていくしかない。そのステージにあった関係を構築していく。それが次の絶対的で最強の空気感になりえるか。


「急にどうしたの? なんか、ただごとじゃないみたいだけど」


 とにかく、今はこんなことを考えてる場合でない。僕が翠に伝えなくていけないこと。それを凝縮させた言葉を使いたい。考えれば考えるほど煮詰まっていく。


「翠。へんなこと言うと思う。けど、聞いて」

「え? なに? マク?」


 霧雨が降り注ぐ。僕は深呼吸して口を開く。


「あのさ、翠が落ちないように支えたいから。底なし砂の中へ吸い込まれないように。できるだけ手をつかんでいたい。たとえ、他の誰かが引っ張ってきたとしても」


 反応がない。固まってしまった。そのまましばらく逡巡して聞き返す。


「そ、それはどういう意味なのよっ」


 なぜか、ものすごく動揺していた。逆にこっちが落ち着いてしまうくらいに。


「だからさ、翠。僕は翠のことをもっと大切にしたいんだ」

「それじゃあ、よく分からないよっ」


 たしかに。自分でも意味不明である。


「んと。じゃあ、もう少しマクの家に行ってもいいの?」

「うん。構わないから」

「それで味噌汁作る」

「え?」

「マクはインスタントばかり飲んでたから」


 よく見ているなと思った。それに言葉のチョイスが古風だとも。


「あ、味はあんまりだけど」

「神のみぞ知るとか?」


 ダジャレを挟んでしまった。


「ううん? でもでもっ」

「翠、テンパってるよね」


 僕の問いに、翠は目を白黒させていた。鮫の髪留めをいじくってる。


「そんなことないもんっ。マクっ、マクの方がおかしい。こんなことって……」

「え? どうして?」


 翠が堰を切ったように泣きだす。それも全く泣き止まない。泣き虫な翠。昔からの幼馴染。勘が良くて、要領のいい女の子。彼女との絶対的で最強の空気感はなくなった。完全に消失。でも、僕は決めたんだ。翠を選んで絶対に離さない。幼馴染の彼女にしておくと。


「泣くなって。翠」


 翠の涙を拭ってみる。やはり温かい。そして、一定のリズムがない。とめどもなく勝手に流れていく。ボロボロと。だから、涙は嫌いなんだ。精神が落ち着かなくなるから。


「……翠」


 僕は何度も言うしかない。泣かないでほしいと。何度も何度も。壊れた再生テープのように。でも、翠はまだ泣き続ける。泣き止む気配だってまるでなし。この涙の粋を集めて五月の雨になればいいのに。そんなことを思いつつも呟く。


「泣かないでくれ。翠」


 こっちまでもらい泣きしそうだ。


「マクのばか。おおばか。ついでに、ちーくんのばかっ。急にへんなこと言うからっ」


 ちーくんなんて久しぶりに聞いた。なので、都合が悪くなり視線を上へ。空には鳥が二羽。優雅に飛んでる。途中、インメルマンターンみたいな回転をしてくれた。とはいえ、やがてその鳥たちも見えなくなっていく。二羽は緑の山へ。いとも簡単に吸い込まれていった。

第三章終了。篠原千之編、完結。

あーあ、三波後輩……。三波後輩っ! てか、『さよなら○○○ちゃん』というタイトルが脳裏に。あ、翠は第四章から語り部へ。キャラが弱いから抜擢。ではないのであしからず。

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