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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第三章 『センチメンタル・アマレットシンドローム』
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 三時間目。何の前触れもなく自習。もちろん、三波の出来事が関連してるわけではない。三波はここの生徒じゃないから。彼女が命を絶っても、学校での日常に変化なし。変わらずに続いていく。みんなにとっては、どこか知らないところで起きた事件。ほんの一瞬でも接することはなく。テレビで見かける凶悪な事件の方がなじみ深い不思議。


 僕はぼんやりと窓の外を見る。相変わらずの快晴。心情的に雨が降って欲しかった。なんて考えるのはいつものこと。変わらない思考回路にやや呆れる。でも、仕方ないと思う。


 あの後、佐々木くんが全てを手配した。お手伝いらしき女性を介抱して、警察に連絡。僕と翠を励ましてくれた。そして、警察が来てからはてんやわんや。大騒動になってなすがまま。事情聴取もまた受けた。根掘り葉掘りいろいろと聞かれた。しかも、やり取りが付箋として残ってる。それも参考として扱われた。なんだか、三波との思い出を汚された気分。とはいえ、そんなことを考えてる状況ではなかった。


 クラスは自習だからか騒がしい。自習の要因は教師の突発休み。課題は出てない。言ってしまえば、何をしていいか分からない状況。暇を持て余してる状態だ。


「公家さん。どうしたのかな?」

「そうだよね。最近、様子がおかしかったし。授業内容の重複が多すぎだよ。私は一年から授業を受けてるけど、前はそうでもなかったのに」


 近くの女子の話を小耳に挟む。内容は現代文の教師について。たしかに、最近はへんだ。前よりも授業の支障だって感じてしまう。すでに、スタイルどうこうの問題でない。明らかに受けにくい授業だった。


「うん。私さ、あの先生がお父さんだったらと思ってたんだけど。でも、なんか印象が変わっちゃったよ」

「お父さん? 信じられない。いくらなんでもそれはおかしいでしょ。とはいえ、ほんとあんたの言うとおりだよね。もう、別人みたいだし」


 お父さん。この単語だけが印象に残る。


「…………」


 結局、事件の顛末はいまだに調査中。三波の自殺で決着してない。それもそうだ。不可解な要素が多すぎる。三波の心理状態、虐待の跡。それに三波のお父さんはあの危ない男。やはり、火のないところに煙は立たない。警察がなんらかの理由でマークしていた。おかげで、彼もあっさり参考人扱いへ。どうも、その時の状態が不安定だったらしい。警察は激しい抵抗にあったと聞く。


 ともあれ、僕は何をすれば正しかったのか。もう、ずっと考えてる。もちろん、過ぎてしまった時間を悔やんでも仕方がない。過去は戻らないから。この法則は絶対でどうしても変更できない。なので、思考自体が無意味だと思う。でも、考えずにはいられない。そうすることで、自分の精神を安定させていた。


 本当にあの瞬間、あそこで三波は何を求めてたんだろうか。僕と三波のあいだに一瞬で築き上げられた見えない壁。それこそ登ってる山よりも高かった。到底越えることのできない隔たり。だから、僕は行動を起こさなかった。いや、起こせなかったといっていい。ただ、まんじりとせずに身を任せた。その後の時間経過がとても速く感じるくらいに。


 やはり、僕は三波を追いかけるべきだったかもしれない。本人が否定しても関係なく。自分の意志だけを優先。三波を上へ引き上げたい想いがあったから。実際にそのチャンスがないわけではなかった。ただ、心理的圧迫に負けてしまったのだ。


 チャイムが鳴って自習が終了。授業がなくてもあまり変わりない。そもそも、この状態で授業に身が入らない。しかも、今はテスト終わり。夏休みモードだった。


 教室は相変わらず騒がしい。それが正しいかのような狂騒。自習から休み時間への延長も影響してる。


「篠原くんっ!」


 突然、僕の名前を呼ぶ大声。教室は一気に静寂へ。まるで水を打ったかのようだ。注目は声を発した人物に。入り口で叫んでたのは山内先輩。普段から所作が美しい生徒会長。彼女の冷静でない状況が緊迫感を醸し出す。この場所が静寂からざわざわしてくる。。


山内先輩はモーゼのような影響力でクラスメイトに道を譲らせる。やけに鬼気迫った表情もそうさせるのか。とにかく、山内先輩の知名度を感じた。彼女は僕の席にやってきて言う。


「篠原くん。私と一緒に来てください。お話ししたいことがありますので」


 空気がざわっと揺れた。有名な生徒会長の申し出。なんだか、へんな雰囲気が出来上がっていく。みんなは何を期待してるんだろう。そんな浮ついた状況ではないのに。とはいえ、事態を知らなければ仕方がない。


「生徒会長。少し待ってください」


 僕はこの教室のどこかにいる翠を探した。でも、翠はいない。ちょうど、席を外してるみたいだ。ついでに、畠山さんもいない。二人してお花でも摘みにいったのか。


 教室は相変わらず静まりかえってる。そもそも、下級生の教室に上級生なんか来ない。しかも、楚々として美しい生徒会長が一人の生徒を指名。まさに非日常そのもの。誰もが次の言葉を待っている。聞き耳だって立てたくなると思う。


「翠さんはいませんよ。途中の廊下で、私が声を掛けましたから。先に生徒会室へ行ってもらってます」

「そうですか。それはすみません」


 ようやく、重い腰を上げて立ち上がる。そのタイミングで、周囲のひそひそ話が始まった。おそらく、僕と山内先輩の張りつめた表情を見て推測。てんで的外れのことを。その辺りは一年前に解決した。それはなし崩し的だけど。











 生徒会室にはすでにみんないた。とはいっても四人。翠、佐々木くん、山内先輩、そして僕。集まった目的は聞かされてない。でも、間違いなく三波の件だろう。


 山内先輩は僕を座らせて告げる。


「ちょうどね、先ほど連絡が入りました。あのラジオの件です。あれ、警察に持って行かれたでしょ? 音声だけは控えておいて、知り合いに解読を頼んだんです。で、やっぱりあれは暗号化されてまして。私たちに分からなかったのは仕方がありません」

「そっか。んで、生徒会長。結局、何が入ってたんだ? そもそも、俺たちがこれを聞いてもいいのか? しのぴーに関することだし」

「はい。佐々木くんの言うとおりですね。私もそのことを懸念しました。とはいえ、篠原くんにしか分からないメッセージでしょう。篠原くんにそのラジオを預けたんですから」

「そうですよね。私も加絵先輩の考えた通りだと思います。事実、解読できたメッセージもそうなんでしょう?」

「そうよ。私たちには分からないもの。もっとも、分かろうとする権利でさえありません」


 そして、山内先輩は僕に一枚の紙を見せてくる。ノートの切れ端に書かれた流麗な文字。そこには恋文のような言葉が書かれてた。


『エミーさん。エミーさん。ごめんなさい。嫌いですよね。でも、あなたの一番近くで見上げて待っています』


 僕は首を傾げるしかない。さっぱり分からないからだ。


「篠原くん。この言葉を生み出すのにもいろいろと制約がありました。ラジオの隠れ機能。意味を成さない音の羅列。分かった言葉も解読不可能。彼女との前提があっても難しいみたいですね。おそらく、彼女は解読されたくないんでしょう。でも、もしここまで追ってくれるなら。なんて考えたかもしれません。だから、このような形で残ってます。とはいえ、今となってはその真意も聞きだせません。これだって、死人に鞭打つ行為かもしれませんし」


 それはもっともなこと。すでに、三波はいない。服を赤く染めて呼吸を停止させた。懐に潜めた菫の造花も貫通させて。結局、三波の願いはどこにあったんだろう。上へ引き上げてもらってからその先。何に重きを置きたかったのか。


 やはり自殺。僕には想像できない。それもかなり奥の地下で。高いところが好きだった自分への皮肉か。だとしたら、自分でこしらえた賭けの結末を嘆きすぎてる。それとも虐待? その他の理由も絡んでる可能性だって捨てられない。


 僕はもう一度を紙に目を通す。何度読んでも意味することは不明。とっかかりだけでも探す。まずはエミーさん。最初の外国人らしき名前。でも、この人物について聞いたことがない。次はごめんなさい。この言葉は最初の手紙にもあった。三波の習性だろう。そして、嫌いですよね。でも、あなたの一番近くで云々。


「ん?」


 僕が見つけた最初のメッセージ。それは『ごめんなさい。好きですよね、雨』だった。これと何か関連性を見いだせないか。多少は似てる。なので、みんなにそのことを伝えておく。特に翠へは念入りに。勘の良い幼馴染ならやってくれるかもしれない。


「ねえ、見上げてってなんかおかしいと思わない」

「ん? それがどうしたんだ? 俺にはさっぱりだぜ。翠ちゃん」

「そう? 佐々くん。だって、普通は見上げて待ってるという表現は使わないよ。対象が自分よりよほど高いところにあるのかな」

「そうでしょうね。おそらくは。私も少し違和感を持ってました。篠原くんはどう思いますか」


 山内先輩が僕に振る。


「うん。僕はとくに違和感を抱かなかったよ。なぜなら、三波後輩は高いところが好きなんだ。なので、そんな表現を使うのも納得できるな」

「えっと、マク。彼女は高いところが好きなの?」

「……そうだよ」


 思い返すと悲しくなっていく。引き上げてくださいという三波。その願いはもう叶えられない。


「ごめんなさい。雨。雨。好きですよね。嫌いですよね。うーん」


 僕が胸中で悔やんでるあいだに、翠は完全に思考モードへ入る。髪型はいつのまにかサイドハーフアップ。いつ結んだのか。授業中は普通のロングヘアーだった。


「エミーさん。エミーさん。あなたの一番近くで見上げて待ってます。あなたの一番近くで見上げて待ってます」

「すげえな。翠ちゃんの集中力」


 佐々木くんが僕に耳打ち。


「そうです。これが翠さんの実力。生半可では対抗できません」

「山内先輩。またもや経験者は語るですか?」


 ひょいと僕から離れる佐々木くん。山内先輩に茶々を入れる。


「いえいえ。というか、さりげなく探りを入れるのは止めましょうね。佐々木くん」

「おーっと。すいません。俺、山内先輩のファンなんで気になりすぎました」

「そうですか。ありがと。でも、佐々木くんの期待には応えられなくて申し訳ないです」

「まさかっ。そんなことないですよ。山内先輩」

「優しいですね。佐々木くんは」


 なんだか、二人とも軽妙にやり取り。佐々木くんなんて、僕の手助けはいらないくらいだ。


「あのさ、マク。彼女とは屋上でやり取りしてたんだよね。五月くらいから。うん。あの時のマクはよく消えてたんだ」

「そう。そこは間違いない。いくら三波後輩がこの学校の生徒ではなくてもさ。もっとも、三波後輩が一卵性双生児とかなら話は違ってくるけど」


 まだ、僕は三波が生存してる幻想を抱くのか。自分の目でしかと見届けたのに。なんだか情けなくなってくる。


「うん。ただね、マク。その可能性はないよ」

「翠、分かってるから」

「うん……。で、私は思ったの。マクに関係するメッセージなら屋上。屋上ならどういう状況か。やはり、空を見上げる? こんなふうに連想で繋げてくしかないのね」

「そっか。うん」

「それでね。マクも聞いたことがない人名。エミーという名前。これがマクとどのように関係するのか。そしてこう。好きですよね。嫌いですよね。反対の表現。さらにエミーって名前。エマという女性の愛称に多いの。うん」


 翠がゆっくりと言葉をつぐむ。そこから何が生まれるのか。僕たちは固唾を飲んで見守る。


「EMA。反対。下から読むとAME。一応、ローマ字で繋がるよね。かなり強引だけど。でも、これしか考えられない。だから、手がかりは屋上で雨に近い場所。つまりーー」


 翠の説明が終わる前に生徒会室を飛び出す。後ろから三人の驚く声。でも、そんなことでは止まれない。前へ上へ。一番高いところへ。きっと屋上だ。そこに間違いなくメッセージがある。だって、僕と三波はいつもそんなふうにやり取りしてきた。見つかってもいい。見つからなくてもいい。でも、やっぱり見つかってほしい。そんな胸中だったと思う。だから、僕は一目散に屋上へ向かわなくてはいけないんだ。

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