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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第三章 『センチメンタル・アマレットシンドローム』
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18

 生徒会室からの景色は素晴らしい。屋上と比較しても負けず劣らず。むしろ、特等席に座ればこっちの方が上。限られた人にしか眺められない特権がある。権力者が仕事部屋を階上へこしらえるのはこういう理由か。なんとなく、征服した気分になっていく。もっとも、僕は生徒会長でもないから筋違いの考えなんだけど。


 もちろん、ここは校門も一望できる。先ほどまでのびていた彼はいない。すでに消えている。誰もいないのを見て、引き上げたんだろう。さすがに、校舎の中まで侵入してこないと思う。GPS発信器も利かない処置を施した。


「篠原くん。このラジオはね、あなたの家の時計と同じメーカーみたいですよ。分解してみると分かります。ほら、ここに隠れた録音機能があるでしょう。しかも、使った形跡だって。これはなにかの手がかりになるかもしれません」


 山内先輩の仕事は速い。つまり、去年は楽しんでやってただけなのか。今回みたいにスピードを重視すれば、こんなにすごいとは。瞬く間に突破口を見つけてしまった。


「しのぴー。山内先輩はすごいな。俺は猛烈に感動してるぜ。生徒会長の新たな一面を目の当たりにできて。とはいえ、今はオマエの好きな女の子の手がかりだ」

「うん。これで三波後輩のことが分かれば」


 トントン。トントン。リズミカルにドアが叩かれる。


「加絵先輩。翠です」

「はいはい、翠さん。待ってましたよ。どうぞ」

「はーい」


 翠がドアを開けて、生徒会室に入ってくる。そのままずんずんと歩を進めて、僕のところにやってきた。さらに、何のためらいもなく触診。触られると少し痛い。ずきずきする。


「あ、マク。今、痛いって顔した」

「そりゃそうだよ。傷口を重点的に触られたら。いてて」

「じゃあ、手当てしないと。救急箱持ってきたから」


 本当だ。手元にはしっかりとした救急箱。これを自宅から持ってきたんだろうか。


「いいよ。そこまで重傷じゃないし。殴られてる時はそんなこと思えなかったけど」

「いいの。そこまで重傷じゃなくても。殴られた事実がそんなこと思わせるんだから」


 結局、翠に押し切られた。


「まったく。困ったもんだ。こんな時でも夫婦漫才か」

「そうですよね。では、私と佐々木くんも夫婦漫才しますか?」

「はい。やりましょう。山内先輩。今すぐに。てか、そのノリ自体が最高。それだけで幸せ」


 佐々木くんと山内先輩が、楽しそうにやり取り。翠は相変わらず僕の手当て。擦り傷に殺菌して、絆創膏を貼っていく。おかげで、むだに絆創膏だらけとなった。


「これでよしっと。とりあえず、マクが思ったより軽傷で良かったよ。むしろ、かっこよくなった」

「だな。男の傷は勲章だぜ」


 二人が茶々を入れてくる。


「えっと、みんな。聞いて」


 ふいに山内先輩が声を上げた。


「篠原くん。やっぱり入ってましたよ」


 さらに、楚々としたしぐさで近づいてくる。その洗練された挙措でラジオを差し出す。普通に受け取る。


「後、他に手がかりがないか。一通り分解をしましたけど分かりません。でも、一番の目当てだった録音機能にメッセージがあります。聞いてみましょう」


 そして、仕上げとばかりにあるボタンを押す。


「「「「え?」」」」


 しかし、誰もが流れてきた音に困惑。まるで分からない。たしかに地球上の言語で間違いないはず。でも、日本語以外は地球外生命体の言葉と同義だ。


「分からないわね。せめて、英語なら対応できるかもしれないのに」


 さすがの生徒会長も頭を抱えた。万事窮す。ここから手がかりはつかめないのか。


「てか、これは暗号の気配がするな。俺の勘がそんなふうに訴えてくるぜ」

「暗号かあ」


 佐々木くんもまたへんなところで鋭い。当たりの可能性もある。


「うん。暗号っぽい。私もそんな気がする。一応、即効性は期待してなかったし仕方がないかな。それよりも、マクを落ち着かせる時間の方が大事だった。マクが一人でいなくならないように」


 そんな意図があったとは。さっぱり分からなかった。でも、あの彼と会ってから冷静さを失ってた気がする。いや、ある意味で三波の傷跡を見た瞬間からかもしれない。


「さて、怪我の手当てもしたので行かないと。マクが彼女を説得しないとね。今の現状についてを」


 翠以外の三人があっけに取られる。ただ、それもそのはず。話が翠だけで完結。というか、一人で先に進みすぎてる。説明が足りてない。


「翠さん。どうも、話の全容が見えませんが」

「おう。その通りだ」

「そうだよ。一体全体どういうことなんだか」

「どういうこともなにも。単純に考えることは一つ。後輩の子があの怪しい彼と関係してる。ならば、まずはその拠点に向かうべきでしょ。彼は後輩の子の父親みたいだし。もちろん、私も行くからね」

「翠。待って。その前に彼の拠点はどこなんだ? それが分からないから困ってる。ラジオのメッセージは解読不可能だし」


 山内先輩の助力でいろいろと探ってもらったラジオ。とっかかりにはならなかった。だとしたら、翠は何を参考にしたんだろうか。


「決まってるじゃない。この市内に住んでる建築家へ当たっていけばいいだけ。彼は建築関係の仕事なんでしょ?」

「あ、そうか」


 迂闊だった。なぜ、今まで気がつかなかったのか。彼自身も仕事は建築関係だと話してた。とはいえ、翠にかいつまんで話した時点で、僕は気がついてないのに。翠はどうして気づいたんだろう。不思議だ。何か裏技を使った可能性がある。


「違うよ、マク。私はたまたま知ってただけ。だから、マクが話してくれた言葉で推測できたの。彼の特徴的な観察眼。さらに性格。それとほら、神は細部に宿るって言葉。あれがまさに建築用語そのもの」

「すげぇな」

「うん。すごいとしかいえない」


 本当に神懸かり的。おかげで、ほんの少し糸が見えてくる。後は上手くたぐり寄せられるか。


「要はしらみつぶしだね。もっとも、親子であれば、単純に樋口姓を探せばいいはず。仮に違っても変人の建築家だよ? 近所で噂になってるかもしれない」

「ああ、そうだな。間違いない。それで行こう。しかし、俺としのぴーではここまで導けなかったぜ。翠ちゃんよりもたくさんヒントをもらってるのに。な?」

「うん。翠はすごい」


 翠が立てた仮説は、やっぱりその通りな気がする。しっかりとした推測。正しい結論。少なくとも、僕が是非を判断できる範疇にない。黙って翠に従った方がいいと思う。間違いなく良い結果を生み出せそうだ。


「本当はいけないのかもしれませんが」


 山内先輩がおずおずと口を開く。そちらに目を向ける。


「樋口三波さんについて調べてみましょうか。生徒会長の権限を利用して。やり方はいくらでもありますので」

「あー、加絵先輩。自分の身をさらしてまで危険なことしなくていいですって。今は個人情報保護法で厳しいみたいですし」

「はい、翠さん。そこは心配しないでください。もちろん、大丈夫な範囲で行いますから。たとえば、学校内のパソコンをハッキングして、必要な情報を入手とかではありませんので」

「おおー。そこまでいったらすごい生徒会長だぜ。山内先輩のイメージまで覆す」

「私のイメージ? いいじゃないですか? そんなのは覆してなんぼですよ?」


 なんだか、深いセリフだった。ただ、意味するところは分からないけど。


「よし。じゃあ行こう。方針も決まったことだし。三手に分かれて探す。そして、連絡だけは繋がるようにしておく。それと単独突入はしないこと。とくにマク。だめだからね。相手は虐待とかを平気でする人物なんだよ。用心しないと」


 名指しで言われる。まあ、翠の心配も分からなくない。


「というわけで山内先輩、指令塔をお願いしますね。特別な情報があれば、すぐに連絡ください。あっ、二人の番号は私が送信しますので」

「ありがと。翠さん。こっちは私に任せて」

「はい。お願いしますね」

「すみません。僕からもお願いします」


 僕と翠は山内先輩にお礼を言う。そんな状況で佐々木くんはというと。


「おっしゃあ。棚からぼた餅。山内先輩から電話が掛かってきて番号を入手できるっ!」


 なんだか、派手に喜んでいた。やれやれ。こうぼやくしかないようだ。











 はっきりいって、目星はついていた。しかも、ちょうど割り当てられた地区。なので、僕は一目散に向かっていく。そもそも、今日三波が来た方角だってそう。そこから推測すれば、あの場所しかありえない。考えれば考えるほど確信へ変わっていく。


「間違いない。からくり屋敷だ」


 一年前に突如姿を現して、周辺住人の土肝を抜いた。それでも、周りとの調和は壊れてない。これは建築設計の腕がいいのか。とにかく、存在自体が不思議で満ちている。


「はあ。はあ」


 ずっとノンストップで走ってきた。なので、肺が痛い。空気が足りない。リズムが乱れていく。やはり、いつだってリズムは重要でかけがえのないもの。これがないと平静を保てなくなる。


 また、すれ違う人が振り返った。たぶん、僕がおかしいからだろう。この全力疾走か。時折、空を仰ぐからか。それともあれだ。焦燥感であふれた必死の形相か。いずれかには当てはまる。


 もう少しでからくり屋敷。遠目でも視認できるようになってきた。やはり、ここは異彩を放ってる。存在感が半端ない。普通と違うという意味で、間違いなくここだろう。すでに僕は、このからくり屋敷に賭けてた。ここ以外に考えられない。これ以外では思いつきもしない。


「電話だ」


 軽快な音楽。通話開始のボタンを押す。相手は山内先輩。僕は一時停止して、彼女の声を聞く。


『篠原くん。あの、最初に確認をしておくけどいいですか?』


 あれ? 山内先輩の声に余裕がない。何かあったんだろうか。話し方が違う。感覚としては生徒会長になる以前の雰囲気。ほんの少しだけハスキーボイスになってる。


『えっと、どうなされたんですか? 山内先輩』

『それが少し考えられない事態になってまして。今一度、確かめないといけません。で、篠原くん。あなたが助けたい彼女の名前。その方は樋口三波さんでいいですか? 漢字の間違いとかもありません?』

『いや、ないよ。もちろん間違いない。どういうこと?』

『それが……。篠原くん。落ち着いて聞いてくださいね。少し調べてみましたところ、うちの学校には樋口三波という名前の生徒が存在しません。間違いなくです。一年、二年、三年と。どの学年にも。役職柄、私はそれなりに生徒を把握してます。とはいえ、うちの学校は大規模ですよね。私の勘違いとも考えました。ところが、やっぱり在籍してないんですよ』

『……』


 僕は言葉が出なかった。あまりにも予想外。三波が自分たちと同じ学校の生徒でない。誰がそんなことを想像できたか。ありえない。だとしたら、なぜ彼女は学校の制服を持ってるんだろう。いや、そもそも何の目的で屋上に姿を現すのか。


『山内先輩。なにかの誤りとかではないんですか? 僕の理解の範疇を越えてるんですが』

『そうね。そう思うでしょう。私の理解の範疇も越えてますよ。ただ、誤りでないのはたしかですよ。私は何度も確認をしましたから』


 そうだろう。こんなにおかしな情報は疑う方が正しい。あるべき前提が間違ってると状態だ。


『なので、私はどうしようもできません。ごめんなさいね。期待に添えなくて』

『いえいえ。なんていうか。びっくりする事実が出てきたんだ。これもまた、三波のいびつな現状をあぶり出す情報かもしれない。しかし、僕は全く知らなかった』

『そうですか。えっと、一緒にいて違和感みたいなのを感じられませんでした?』

『はい。分かりませんでした。いや、待てよ。そうでもないな』 


 思い返してみれば、いろいろと符合する。たとえば、あそこまで目立つ美少女の三波。いくら、マンモス校といっても話題になるはず。それが一部を除いて、ほとんど知られてない。さらに、屋上以外で顔を会わせる機会もない。おかしい。確率論的に間違ってると思う。やっぱり、三波はどこか他の学校の生徒なのか。


『普段なら見過ごしてしまうやつ。そういうのを思い出しました』


 僕は山内先輩に説明していく。三波の大人っぽくて子供みたいな表情としぐさ。格好だって制服に着られてる。どうも、馴染みがない感じだ。さらに自己紹介の時、在籍クラスを言ってない。ただ、一年とだけ述べた。それと歴史を社会科、化学を理科と呼んだりしてる。


『その話を聞く限りだと、中学一年生みたいですね』


 一つ一つでは気がつかない違和感。積み重ねれば大きくなる。形となって残ってしまう。


『はい。僕もなんとなくそんな気がします。ところで、この話は二人にしましたか? 特に翠へですが』

『いいえ。これからです。篠原くんは止めておいた方と思ってる?』

『いえ、そういうつもりで聞いたわけではありません。むしろ、翠に知ってもらった方がプラスです。手がかりがつかめるかもしれません』

『うん。そうですね。私も翠さんの凄さを体験してますから』


 電話の向こうで、山内先輩はどんな顔をしてるんだろう。いちいち聞くことではないが。


『とにかく、私が伝えなくてはいけない情報はこれだけです。もう少し調べれば、市内の建築関係の仕事場を一覧にして出せますね』

『あ、うん。そっちはたぶん大丈夫。目星はついてるんだ。あまり勘の鋭くない僕だけど』

『そうなんですか。でも、篠原くん。気をつけてくださいね。翠さんも言ってましたけど。無謀なことはしないで』


 山内先輩はすでに落ち着いてる。出だしのハスキーボイスも影を潜めた。今は楚々とした感じの流麗なしゃべり。やはり、あの瞬間はレアだったと思う。ただ、昔の似たような音声はむだに残ってるが。目覚まし時計の中に。


『無謀なことね。うん。しないよ。とはいえ、翠に言わせればすべて無謀になるかもしれないな。そこらへんのさじ加減が分からないから』

『でしょうね。結局は自分の思うままに行動するのかな。ただ、頭には入れておくべきですね。いつでも連絡が取れて、助けを呼べることを』

『オッケー。分かりました。で、山内先輩』

『なあに?』

『ちょっと元気がほしいです。傷口が痛みだしてきて。というか、心の方が痛んでますね。イレギュラーなことがたくさん起こって。ですから、ここは一つお願いします。ドバイ辺りの陽気さでいきましょう。あの美しいハスキーボイスが聞きたいです』

『えっと、篠原くん? それは小粋なジョークですか? だとしたら、センスが感じられませんね。しかも、あれは私の持ちネタではありませんし。でも、まあしょうがないです。やりますか。あ、あ、あ』


 不承不承といった感じで発声練習。その割にはあっさりと承諾。結局、やってくれた。どっちが本音か分からない。山内先輩の本質はどこに隠れてるか。


『中東風モーニングコール。どうです?』

『あー、ありがとうございます。元気出ました。これで乗り切れそうですね』

『そうですか。では、またなにかあったら連絡しますね。さよなら』


 さくっと電話が切れた。理由は照れ隠しであってほしい。表情が見えないから真意は不明だ。

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