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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第三章 『センチメンタル・アマレットシンドローム』
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17

「おやおや。また会いましたね。これは必然か偶然か。私はどちらでもいいんですが。とにかく、君に用があったからちょうどいいんですよ」


 彼は柔和な微笑みを浮かべて近寄ってくる。やはり、目つきがおかしい。ここではないどこかを見てる。焦点が合ってない。


「僕はあなたに用がありません。ただ、一つだけ聞きたいことがありますね」

「またまた奇遇ですね。私も君に一つだけ聞きたいんですよ。君がどうしてそれを持っているかをね!」


 表情が一気に豹変。血管も浮き出てる。このまま怒りをぶつけられそうな気配。失敗したなと思う。佐々木くんに護身術を学んでおけば良かった。そうすれば、少しでも余裕を持って対処できたのに。とはいえ、今更嘆いて仕方がない。過去は過去でしかないのだから。


 彼が僕をぶん殴ってくる。その攻撃は力任せで大降り。でも、喧嘩を知らないので、対処するすべがない。亀のように縮こまるしかなかった。


「オマエがなんでこいつを持ってる? ああ? 説明してみろ?」

「その話はできません。あなたの持ってる飲み物を教えてくれたら考えます」


 一つを除いて売り切れの自販機。あそこに珍しい種類の飲み物があった。なかなか他では売ってない種類。それと同じのを彼は手にしてる。


「ふざけんな。死にたいのか! おらっ!」

「ぐほっ」


 みぞおちへ蹴り。さらに罵倒。今の彼には知性の欠片も感じられない。いつかのチンピラ二人組に絡んだ時と同じ状態。怒りだけが先行してる。話し合いに持っていけない。


 なので、それからはたこ殴り状態。そろそろ、体力も限界が近くなってきた。もう諦めてしまおうか。彼の目的はこれを奪うこと。渡せば納得するか。いや、だめだ。このラジオは三波から預かった代物。簡単に渡すことはできない。たとえ、何があろうとも。


 意識が遠くなっていく。意識というのは切り離したら自分がなくなると思う。その瞬間だけは、自分がこの世界に存在してるか分からない。だから、意識を保ち続けなくてはいけなくて。


「てめえっ! 俺の親友になにしてるんだ」


 一気に視界が開けて、激しい衝突音。彼が吹っ飛んでた。


「大丈夫か。しっかりしろ。しのぴー」


 僕を助け起こす人懐っこい人物。やけにかわいい呼び名で怒鳴り声。なんだろう。ああ、最近できた自分のあだ名か。


「佐々木くんだね。ありがとう。大丈夫」

「そうか。大丈夫か。まったく。心配かけんな。俺が揉め事の気配を嗅ぎつけたから良かったものの。てかな、俺のことはあだ名で呼べよ。友達だろ。約束したぜ」


 約束なんてした覚えがない。でも、謝っておく。


「ごめん、佐々くん」

「オマエはばかか。こんな状況で謝ってどうする。そんなことよりも逃げるぞ。あいつは危険すぎる。へたってるうちに姿をくらますんだ」

「いや、それはできない」


 僕は佐々木くんに起こしてもらいながら言う。


「ばか言うな。死ぬ気か。死んだらなんにもならん。そこで終了だぜ。それとも、俺の発言がおおげさとでも思ってるのか? だったら忠告しておく。アイツはマジでおかしい。だから、アイツと相対するな。絶対に。俺だって不意打ちだからダメージを与えられたんだ」

「佐々くん。そうじゃないんだよ。僕は。僕は助けたいんだ。三波を」

「なんだよそれ。どういうことだ? 俺にはさっぱり状況が分からん。助けたい? だめだ。おまえの好きな子がアイツと関係してる理由も。もっと言えば、しのぴーが襲われてる理由だって不明だぜ」

「とにかく、彼はこれが目的で」


 僕は三波から預かったラジオを渡す。


「ん? おいおい。こいつはあれだぜ。見る人には分かる。GPS発信器が備わってる特殊なラジオだよ。つまり、持ち主の居場所が丸分かりだ」


 それは三波が彼につけられてるのか。だとしたら確定だ。間違いない。


「佐々くん待って。そいつは大事なやつだから壊さないでくれ」

「そうか。なら、とりあえずは応急処置だ」


 佐々木くんはラジオをいじっていく。さくっと作業をこなして完了。僕には何をしたか分からない。でも、一時凌ぎになったらしい。


「これで居場所が知れ渡る可能性はなくなったな。さあ、逃げるぞ」


 佐々木くんが促す、でも、僕は動かない。地面へ足を縫いつけられたように止まる。なぜなら、そうしなくてはならない。三波を助けないといけないから。


「一刻も早く助けないと。絶対に助けないと」

「なあ、しのぴー。冷静になれ。この状態で助けることは可能なのか? 正直、オマエ一人では難しいだろ。まずは出直そう。仲間を呼ぶんだ。喧嘩なら俺。推理になら翠ちゃんを頼ればいい。とにかく、今は引くんだ。オマエの状態だって万全じゃない」

「佐々くん。僕はどうでもいいんだ。それよりも三波後輩。彼女はおそらく虐待をされていて。しかも、あそこでへたってるアイツかもしれない」


 佐々木くんは絶句する。そりゃそうだろう。


「だから、すぐに行動しないと」

「待て。確証は?」

「確証か。虐待の傷跡は偶然見かけたんだよ。で、アイツだと思った理由。それはあの自販機にしか置いてない飲み物を共に所持してたから。さらにそれだけじゃない。なによりもこのラジオを求めてる時点で怪しい」

「そうだな。了解した。だったらしのぴー。彼女と連絡が取れないか? 連絡が取れれば万事解決する」


 僕は慌てて携帯の電源を入れる。


「あっ、そっか」


 でも、それは無意味な行動。三波とは付箋でのやり取りしかしてない。


「それが取れないんだ。三波との連絡手段を持ち合わせてないから。仮に方法があったとしてもだめだと思う。本人が事実を否定する」

「そうか。やっかいだな。つまり、俺たちは相手が求めてないことに首を突っ込むのか。なかなかしんどい作業だぜ」


 僕はふいに思い出す。こんな状況は去年に経験した。翠が。そう。僕と三好加絵、もとい山内先輩。彼女といびつな付き合い方をしてた時の話。あの頃はお互いに介入を求めてなかったと思う。そんな中、翠が事実を突き止めて。結局、僕はそっち側に加担した。あれは畠山さんの忠告と翠の熱意にほだされたといってもいい。


「佐々くん。それでも、僕はやらなくてはいけないんだよ。そういうふうに決まってるから」

「そうかい。なら、仕方ねえな。俺はオマエに付き合うだけさ」


 強い決意。どうやら、佐々木くんにも伝わったようだ。











 さて、どうすればいいか。僕と佐々木くんは頭を悩ます。とりあえず、この場から少し離れる。ただ、へたってる彼は遠くで観察。彼が手かがりなのは間違いない。とはいえ、どうアプローチすればいいか。そこが難しい。佐々木くん曰く、彼は相当に危険な人物らしい。普通の人では対処できないという。


「なあ、しのぴー。携帯震えてないか?」

「ホントだ。気がつかなかった」


 体の節々が痛むせいか。感覚の方が遮断されてるかもしれない。


「まずは携帯見ておけ」

「分かった」


 ディスプレイを見る。着信のマーク。掛けてきたのは翠。いささか予想はできた。今度は本体を開く。携帯は未だに揺れてる。


「出ないのか?」

「いや、どうしようかと思って。翠を巻き込みたくないというか」


 ちょうど着信が切れた。履歴を見ると七件。こんな短時間ですごいコールだ。


「おい、しのぴー。翠ちゃんってヤンデレか?」

「さあ? 前にツンデレかどうかを確かめたことはあるけど」

「結果は?」

「外れ」

「そんなばかな。オマエの目は節穴か! なんて悠長な話をしてる場合じゃねえ!」


 なんと、二重のツッコミだった。


「とにかく電話に出ろ。な。翠ちゃんを安心させるんだ。そして、今の状況も説明。たぶん、俺たちよりもいい案が出る。だから、それがいい。しのぴーのこととなると超人的な力を発揮するらしいからな。行動力から推理力まで。友達の畠山ちゃんが言うから間違いねえ」

「まあ、そうだね。人間観察得意だし。うん。それに手詰まりだから仕方がない」


 結局、僕は翠に電話を掛ける。すると、翠はすぐに出た。


『マクのばかぁ。なんで電源切るのさ? 私が迎えにいくの嫌? 幼馴染として手助けするのは当然のことじゃない』


 繋がった瞬間に響く声。涙声で湿っぽい。やっぱり泣き虫な翠。僕は困ってしまう。


『翠。泣くなって。泣かないでくれ。僕が全面的に悪いから』

『そんなの当たり前だよっ。で、調子は大丈夫なの?』

『……』


 そこは答えられない。だって、さっきより見た目が悪化。ボコボコにされたから。ただ、精神的な部分は改善。それはすることが明確になったおかげ。これから取るべき指針は見つかった。


『マク。マク。ちゃんと返事して』

『ああ、うん。大丈夫。それでね、翠。今日起きたことを聞いてほしい。かいつまんで話すから』

『う、うん。分かった』

『じゃあ話すよ。とりあえず、びっくりしても全部聞いて。そして、思いつくなら解決策を示してほしいかな』

『うん』


 翠の許可を取った僕は、ざっくりと状況を話す。翠はいちいちリアクションを取った。でも、口を挟まないで聞く。最後の方は、すごく真剣にあいづちをしていた。


『マク。虐待はまず間違いないよ。そこまで条件が揃ってるんだから。でも、とりあえず危ない人から離れて。佐々くんでさえ対抗できないんだし。できたならすでに拘束してる』


 やっぱりそうか。佐々木くんが何もしないなんておかしい。手首くらいは縛りそうだ。


『それよりもその人が求めたアイテム。ラジオの方に着目して。ここから手がかりがつかめるかもしれないし。私も学校へ向かうから待ってて』

『え? 翠も来るの?』

『行くの。怪我の手当だってしないといけないからね。傷口から破傷風になったりするんだよ』

『そっか。うん。ありがとう』


 間違いなく止めてもむだ。意味のないことをしても仕方がない。


『あっ、そうだ。私が行くまで一つ手配をしておかないと』

『え?』

『ううん。なんでもない。じゃあ、超特急で準備する。切るね』


 翠の電話が切れた。ツーツー。


「さすがは翠ちゃんだな。オマエ、将来は必ず尻に敷かれるぜ。間違いない」


 そんな冗談はともかく。翠は解決策まで示してくれた。彼は相手にしない。相手にするのは彼が求めてるラジオ。そこから何かが見つかる可能性が高い。


「佐々くんはなにか分かる?」


 僕がラジオを見ても分からない。なので、佐々木くんに振ってみる。


「ううん。そうだな。俺が分かるのはちょっと違う分野だからな。このラジオがどういうふうに機能するとかは分からない。求めたいことの関連性を結びつけたりするのも苦手だ。そういうパズルみたいな判断力は持ち合わせてないぜ。残念ながら」


 結果、何もできない男子二人。このままだと翠の到着を待つほかない。いくら学校が近いとはいってもあれだ。単に待つのは時間がもったいなかった。


「お、おい。あれは山内先輩じゃないか?」

「本当だ。山内先輩だよ。しかも、こっちへやってくる」


 校内に避難してた僕と佐々木くん。そこから校門にいる彼の様子を伺っていた。つまり、校舎は目と鼻の先。生徒が出てくるのも不思議でない。たぶん。


「ああ、俺さ、揉め事の気配を嗅ぎ分けられて良かったよ。休日で山内先輩に会えるなんて。初めてその才能に感謝したいくらいだぜ」

「そんなおおげさな」


 などと言うが、山内先輩は止まらない。まるで目的が僕たちのように。というか、間違いなくここだった。


「こんにちは。篠原くん。佐々木くん」


 こんなイレギュラーな事態でも楚々とした姿勢を崩さない。本当に洗練されてる。模範となるべき生徒会長。一年前の印象はもはや残ってない。この方を妹に見立てるなんてすごい暴挙だ。


「こんにちは、山内先輩。今日も仕事ですか。生徒会長は大変ですね」

「ええ。でも、そのおかげで手助けができるんですよ。佐々木くん。さっき、翠さんからメールをいただきましてね。今、急いでかけつけたんです。昨日、彼女とたわいないやり取りをしてたおかげですね。休日でも、生徒会長だけ仕事があるお話をしてましたから」


 僕は驚く。佐々木くんもお手上げ状態。翠と山内先輩がやり取りをしてるのは前に聞いた。でも、そこまで頻繁にやり取りしてるとは思わなかった。


「すごいな。翠ちゃんもやるねー。しのぴーの元カノとこんなに親しくしてるなんて」


 僕は思わず吹き出しそうに。とにかく、止めてくれと言いたかった。


「佐々木くん。私と篠原くんはそんな間柄ではありませんよ。私たちは必要以上に仲が良かっただけ。ですよね、篠原くん」


 秘められたウインクにも気品がある。どうしてそんな芸当ができるのか。不思議だ。


「おっしゃるとおりです。山内先輩」

「おい、しのぴー。本当か? なんか引っかかるなあ」


 佐々木くんは腑に落ちない表情。その気持ちはよく分かる。逆の立場なら同じように感じるだろう。


「とにかく佐々木くん。今はそのような状況ではないのでしょう? 一刻も早く解決しなければいけないことがあると」

「そうだよ。佐々くん。それどころじゃない。まずは、三波に関する手がかりをつかむべきだ」

「ああ、すまん」

「で、私はなにをすればいいのかな?」


 そこである。そもそも、どうして山内先輩を差し向けたのか。そこに明確な理由があるはずだ。


「なんて言ったけど、私はすでに翠ちゃんから指令を受けてます。安心してください」

「へえ、そうなんですか」


 僕と佐々木くんは間抜け顔で頷く。


「はい。では、佐々木くん。そのラジオを貸してくださいな。機械の使い方とか分解。これらは私に任せてくださいね」

「あっ、そっか」


 僕はまた思い出す。同じように去年のこと。山内先輩が家にきて時計をいじったんだ。おかげで、あの時計には音声が残ってる。山内先輩のモーニングコール。今となっては貴重(?)なハスキーボイスだ。


「佐々木くん。知ってた? 地味で文学少女みたいな私は、機械いじりが好きなんです」「またまた。いいじゃないですか。それよりも地味って。こんなに上品で美しい方が謙遜しちゃって」

「いえいえ。本当の話ですから。佐々木くんも知ってるでしょ?」

「すみません。知ってます。俺は山内先輩のファンなので」

「うふふ。ありがと」


 山内先輩の先導で校舎の中に入っていく。手かがりを探す作業はここでやるらしい。


「あの、山内先輩。先ほどの話、気にしてるなら昔の名残ということにしましょうよ。って、なんかえらそうですね。すみません」

「謝る必要はありません。にしてもうん。昔の名残。そうですね。そうしましょうか。ともあれ、佐々木くんは私を誉めてくれて嬉しいなあ。ありがと。篠原くんはなかなか誉めてくれませんから」

「まさに経験者は語るですね」

「その通りです」


 これは僕への冷やかしだったのか。山内先輩がちらりと流し目を送ってきて判明した。

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