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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第三章 『センチメンタル・アマレットシンドローム』
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13

「あのさ、三波後輩。へりくだってはだめなんじゃないか? その、なんて言えばいいか分からないけど。でも、それはなんとなくいけない気がする」


 学校から南西の方向へ進んでいく。とはいえ、なかなか最短距離でいけない。道なりに進めば、左へ右へと曲がる。やはり、この辺一帯は道路が整備されてない。山へ向かうほど、道がくねりだす。


「そうですか。にしても千之先輩。しばらく上の空だったのはそれなんですね。私のセリフが気にかかってたんですか」

「うん、まあね。会ってすぐに聞いたセリフだから」

「はい、覚えてます」


 もう、三十分くらい経ってる。地元の山はもうすぐ。振り返っても学校が小さい。ただ、わりと高い建物なのでよく目立つ。彼我の距離も推測しやすい。


「でも、千之先輩」


 三波は呟きつつ、歩みを止めた。


「実は、本心から言ってないですよね。なんとなく分かります。だって、その考えは否定的な幸福の美しさを肯定してませんから」

「うーん。そうかもしれないな。ただね、実際のところはよく分からないんだ。ある時はいいと思う。でも、ある時はだめだと思う。しょっちゅう気が変わっていく」

「そうですか。でも、その感覚はあります。私も全く分かりません。そもそも、今日の山登りだってあれでして。結局、厳密にはどちらでもいいんです。もちろん、強く引き上げてほしいと思ってますよ。なんとなく怖いから。そして、今も同じ気持ちでしょう。ところがですね、私の中にいるもう一人の自分が主張してくるんです。堕落しても構わないかなと。まるで正反対の性質なのに」

「そっか」

「はい」


 僕はあのスタンスを思い出す。見つかってもいい。見つからなくてもいい。ポストイットは分かりそうで分からない場所へ。あるいは、分からなそうで分かる場所へ。だから、そこまで深く考える必要もなく。その時、賽が投げられただけ。おかげで、運命の歯車が回ってしまった。いつだって偶然に委ねたから。


 とはいえ、神はサイコロを振らない。例によって、翠が服を脱いで昼寝した事実。この希少性が、重要な出来事を示唆する理論と同じに。いわゆる、バタフライ効果。つまり、神様は偶然なんて絶対に創らない。なので、これも何かの繋がりか。何かを起こす要素が存在してるかも。なんて思うのはどうだろう。


「このように、考えても分からないことってたくさんありますよね。でも、私はよく考えるんですよ。この世界に自分と全く同じ思考を持った人間がいないこと。これがものすごく不思議でならなくて。だって、こんなにたくさんの人がいるのに。どうしてでしょうね。いくら考えても分かりません」


 三波の特徴をよく表すセリフ。そう。キャラクター。ならば、こうとも言える。僕と三波はキャラクター。神様ではない。なので、好き放題にサイコロを振った。そこには何の関連性もなく。


「えっと、千之先輩。ごめんなさい。私、一人で突っ走りすぎたようで」


 三波が過剰に弁解。


「ああ、うん。気にしないで。ただ、山登りで突っ走られると困るけどね」

「あ、はい。でも、その心配はありませんよ。下準備をしてきましたので」 


 言いつつも、リュックの中をかき回す。そこから出てきたのは薄い雑誌。内容はハイキングコースの特集。僕が教えた注意事項よりも詳しい。本当に準備万端みたいだ。


「えへへ。予習です。二度も失敗したくないですから。千之先輩、見てください」


 該当するページまで開く。すんなりと開いたのは付箋のおかげ。これが正しい使い方だと思う。


「あれ? どこかで見たことあるような」


 きれいな見開き。この特徴的な配色。カラーと文字のバランスがいい。さらに、ラインマーカーまで引いてあった。


「あれ? どこかで見たことあるような」

「え? ホントですか?」


 記憶を探ってみる。やはり、少し前に見たような。


「あ、そっか。この本はあのでかい付箋を買った場所で見たんだ」


 佐々木くんと一緒にゲーセン巡りをした時である。あの日、最後に行ったゲーセンは本屋と文房具屋が併設されていた。そこで僕が付箋を買ってるあいだに、佐々木くんがこの本を注目してたわけだ。そういえば、かなりプッシュされてたと思う。だから、佐々木くんも見つけられた。


「三波後輩、その本書ったんだ」

「あ、はい。ちょうど目につきましたので。これもいい機会だと思いまして」


 絶対にあそこの本屋だろう。間違いない。


「やはり、一回目は衝動的に登ったのがいけません。今回はその反省を踏まえてます。特にここを熟読してきました」

「ふむふむ」


 僕ものぞき込んでみる。そこには基本的なことが書かれてた。


「ここまでしっかりしていれば完璧だよ、三波後輩。これならさ、自分の力で自分自身を引き上げられるじゃないか」

「いえいえ。私にはそんなことできません。千之先輩の手助けがあってこそですよ」












 ハイキングコースのスタート地点は、意外と地味だった。むしろ、その周りの老舗っぽいお店が目立つ。雰囲気的に小規模な観光地みたい。地元にこんな感覚を抱くとは思わなかった。この辺は来ないので、状況が分からない。これが原因なんだろう。


「三波後輩。なかなか趣があるとでもいえばいいかな」

「そうみたいですね。私が真夜中に来た時と全然雰囲気が違います」

「へえ。てか、ふと思ったけどさ。真夜中にここを訪れるのは怖くない? ハイキングコースといっても山だし。迷子になったら大変だよね」

「おっしゃるとおりで。今、私も身震いしてます。もし、あの時に道を一本間違ったら、大変なことになってたかもしれませんね。おそらく、精神状態がハイすぎて考えもつかなかったんでしょう。とにかく、あの日は衝動的に登りたくなったものでして」

「夜中に衝動的か。すごいな。なんていう行動力」


 こんな三波だから、真夜中のプールに忍び込みとかもありそうだ。


「さすがにそれはないですよ。背徳感があって憧れますが」

「うん。その感じは分かる。真夜中のプールは魅力にあふれてるから」

「ですよね。ただ、着替える場所とかいろいろ苦労しそうで。更衣室は使えないですし」

「たしかにね。まあ、前もって装備しておくかな」


 そうして、プールサイドで脱ぐ。


「あ、そっか。私はそこで着替えるつもりでいました」

「大胆すぎるから。ちなみに、プールへ忍び込む機会があれば教えて欲しい。見に行く」

「千之先輩。それは誰も見てないからですよ。千之先輩がいるなら着替えません。下に着ておきます。あ、でも、紺のスクール水着だと透けちゃいますね。白いセパレートタイプの水着が適切かもしれません」

「白か。うん。最高。てか、三波後輩もへんなところでこだわるよね。真夜中なんだから誰も見てないんじゃなかったの? 紺でも構わないよね。だいたい、プールサイドで着替えの方が難易度高いよ」

「それもそうですよね。えへへ」


 スタート地点を少し進む。それだけで景色が変化する。木々の合間から降り注ぐ木漏れ日。緩やかにそよぐ風。午前中の太陽は眠ってる。まだ気温が上がってない。にしても、やっぱり涼しすぎると思う。今年は冷夏だ。


「今日は予想よりはるかに涼しいなあ」

「はい。夏っぽくないですよね。後、山だからじゃないですか?」

「ああ、うん。それもありそうだね。アスファルトの輻射熱とかがないし。自然だって、熱を吸収してくれる」

「みたいですね。とはいえ、一応夏ですから。凝った重ね着まではできません。でも、千之先輩の好きな白にしてきましたよ」


 三波が胸を張って言う。蒼の瞳まで射抜いてくる。


「ちょっと待てよ、三波後輩。僕がわりと白を好きなことって言ったっけ?」

「いいえ。でも、雰囲気で分かります。それに私が白い朝の話をしましたよね。たしかその時、白という単語に強く反応してましたから」

「そんなことまで覚えてくれたんだ。すごいな」

「あ、いえ。その。たまたまで」


 三波の顔が赤くなっていく。もちろん、暑さのせいじゃない。何かを恥ずかしがってる。ただ、僕はそんな三波の表情が見られて満足だった。もっと、そうさせたいとも思う。


「三波後輩。やっぱり、今日は暑いね。君の顔が赤くなるくらいの照りつけだ」


 白々しさ全開。冗談も甚だしい。


「そうですね。しかも、太陽に向かって山を登ってますし。んん? 私たちが登ってる方角は太陽に向かってますよね。えっと、今は南西? あれ? 私は理科が苦手だからよく分かりません」


 なんか、三波は混乱していた。おかげで、恥ずかしくさせるタイミングを失う。これが回避の方法だとしたら高等戦術だ。


「一応、学校から見て南西の方角だったね。それで今は少しずれたかな。なので、三波後輩の好きな南から登ってる。ほぼ真南から。このコンパスを見てごらん」


 僕は三波にコンパスを見せる。


「あ、ホントですね。とても縁起が良さそうで。私、毎日南枕で寝てるんですよ。自分の名前にちなんで」


「知ってるよ。だって、三波後輩の名前はそのエピソードで知ったんだ」

「そうでしたね」


 こんなふうに話をしながら、前へ進んでいく。いや、前というか上へ。目的は三波を引き上げること。三波は下から上へ引き上げて欲しいと言った。つまり、低いところから高いところ。そうでないと女の子は沈んでいく。堕落してしまう。なんて強く主張してる。


 ともあれ、これは精神的意味で間違いない。単純に下から上へ。そういう理屈ではなく。そうであれば、三波自身が高いところにいけばいい。それだけだ。というか、実際に一人で山へ出向いたりもしてる。だから、全く意味合いが違う。つまり、なんていうか支えるみたいな感じ。上手く表現できないのが悔しい。絶対に適切な表現がある。感覚では理解してるのだから。


 しばらく経つと、口数が少なくなってきた。疲労も強く感じる。華奢な三波はもっと疲れてるだろう。実は、先ほどから進むペースを落としてる。なのに、三波は遅れ始めた。だから、頻繁に止まってしまう。


「三波後輩。もう少しで大きな休憩のポイントがあるからさ。そこまでがんばろう」

「はい。千之先輩」


 そして、その後も三波に声を掛けていく。励まし、状態確認、状況説明、気晴らし。思いつく話題はできるだけ振った。そのおかげかもしれない。三波は調子を取り戻してきた。


「あ、見つけた。あそこの切り株に書いてある」

「ホントですね。ありました。ブレイクポイントまで約十分。よし。がんばりましょう」

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