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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第三章 『センチメンタル・アマレットシンドローム』
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12

 翌日、翠は本当に休日としてしまう。どうも、夏風邪で体調を崩したらしい。ただ、一日安静で次の日には回復。見舞いへ行くほどではなかった。一応、翠の家を訪れたが無意味といってもいい。いや、そこまで言うと翠に閉口されるかもしれない。でも、長居は無用な雰囲気を漂わせてた。


「マク。チアガールパジャマ姿じゃなくてごめん」


こんなことを言われても困る。その単語、今度こそ覚えたか。などと思うのは、さらにどうでもいい。その後、翠の体調もあって話が続かない。ポツリポツリと適当な話題に終始する。昨日、電話で話したのとは大違い。風邪引きだから仕方がないだろう。頃合いを見計らって辞去した。











 そんなわけで週末。日曜日。確認した天気予報で情報も把握。やはり、雨は降らないという。でも、一応雨具は持っていく。何があっても万全でいられるように。他にもポストイットのしおり。行く場所が載ってるハイキングコースの雑誌。もちろん、必要不可欠な持ち物も。山登りへ行く準備は完璧に整った。


 トースターの音が鳴る。どうやら、朝食のパンが焼けたようだ。今は朝の七時。今日はいつもより目覚めがいい。睡眠時間はそこまで変わりはないのに。たぶん、気持ちが違うせいだろう。とはいえ、学校に行くのが嫌なわけでない。単純に三波との山登りが楽しみなだけ。むしろ、山登りよりも三波と屋上以外で会うのが楽しみだった。


 皿にパンを乗せて、食卓まで運んでいく。飲み物は紅茶。ミルクティーにしようと思ったが、牛乳の賞味期限が切れてた。なので、牛乳はやむなく廃棄。サラダはレタスがある。それを違う皿へ盛り合わせ。夏野菜はレタス、キュウリ、トマト。この三つが基本だとふいに思い出す。


 朝食を終えて身支度へ。服はハイキングに相応しい格好。ただ、そこまで本格的にはしない。普通にカジュアルな感じ。とにかく、履きなれた靴で行くこと。これだけは事前に言ってある。だから、服装にはある程度の自由が利く。つまり、三波の服装も期待できる。あのオリエンタルな雰囲気に相応しい格好。それはなんだろうか。なんでも似合いそうだが見当はつかない。


 全ての用意を終えて出発。待ち合わせは学校の屋上。とはさすがに行かない。今日は日曜日。教会でさえ安息を取る日。屋上へ行けるわけがない。集合は校門の前へ。やはり、この場所が一番適当な気がした。なんとなく、ここからスタートしないといけない。そんな気分になっていた。


 時刻は七時半。校門に着く。周囲にはランニングをしてる人がちらほら。我が高校は外周が短いので、ランニングコースに適してない。でも、意外とこの辺を走ってる人が結構いる。なんて待ちながらも思った。


「はっ! 千之先輩」


 二十分ほど待ってると、三波が来た。三波は白を基調とした格好。ワンピースで肩は出してない。薄手のカーディガンを羽織ってる。後、日焼け対策に麦わら帽子。これが抜群だ。ちなみに、リュックサックは特徴的。同系色できれいにまとめた洋服と違う。なんか、森ガールが持ってそうな代物だった。


「遅くなってごめんなさい。それと」

「ん?」


 三波が大人っぽくて幼い表情を覗かせる。相変わらず絶妙なアンバランスさだ。


「お久しぶりですね。千之先輩」

「そうだなあ。三波後輩。なんだか、すごく久しぶりのような気がしてさ」

「私もです。あ、そういえば、用事の方は問題ないのですか?」

「うん。今日は休日だから大丈夫。ていうか、その用事はおそらく解決したと思う」


 暫定的だがそうだろう。みんなと話して、ここに落ち着いた。


「解決ですか。とりあえず、良かったでいいんですよね?」

「そうだね。良かったでいい。本当に大事なことだったから。解決してくれないと」

「そうですか。それでしたら、時間が取れなくても仕方がありません」


 三波は納得顔で頷く。


「ただ、それでもポストイットのやり取りをしてくれたんですね。ありがとうございます。おかげで、最初の気持ちを思い出してました」

「実は僕も同じ。ほら、三波も文章に書いてたよね。六月は屋上で会いすぎた。だから、ちょうどいい具合だったかもしれないって。全くもってその通りだと思ったよ」

「はい。でも、寂しかったんですから」

「あ、うん」


 唇をすぼめるしぐさに破壊力を感じた。怖いほどである。


「本当に感情の制御が大変でした。ハイとローを行ったり来たり。今だって嬉しすぎて困ってます。なんだか楽しくて幸せで。えへへ」

「それは僕も同じかな。と同時に緊張もしてるんだけど。初めて会った時はそうでもなかったのにさ」

「そうなんですか? ただ、あの時は私の方が緊張してましたね。おかしなことを言ってた記憶があります」

「そこは心配しなくてもいいよ。いつもへんなこと言ってるから」

「あっ、ひどいですよ。千之先輩」


 三波が軽くつついてくる。むくれてる姿もかわいい。


「でも、三波の言うへんなことは好きなんだ。三波が示す思考と感情。この神髄に触れていると楽しくなってくる」

「ほんとですか?」


 三波にしては、珍しく挑戦的な視線を投げかけてくる。


「本当だよ。そうでないとやっていけないな」


 それもひどい言い様だったかもしれない。


「やっていけないですか。自分でも分かってしまうのが悲しいです」 

「そっか。やっぱり分かってたか。いつも自覚があるような発言もしてたし」

「そうですよね。たしかにしてました。でも、事実を突きつけられると堪えますね」


 急にしょんぼりしてしまった。しょんぼりかわいい。表情を見すぎたせいだろう。麦わら帽子で顔を隠される。


「麦わら帽子はそういうふうに使わないよね」

「千之先輩はいじわるだと思います。でも、なんか嬉しいです」

「やっぱり、三波後輩はへんだよ」

「分かってますから。気にしないでください」


 結局、八時のチャイムが鳴るまで、そんなやり取りを続けてた。ここら辺は、手紙系の伝達手段にない良さ。ゆるいやり取りが気軽にできる。即興でポンポンと話が繋がっていく。縦横無尽で臨機応変。当てのない道を歩いてる感覚だ。


「三波後輩。チャイムも鳴ったし、そろそろ行こうか」

「はい。そうですね。でも、休みの日までチャイム通りに行動するなんて。少しおかしな話です」

「たしかに。なんだか、必要のない習性みたいで癪に障るなあ」

「だめですよ。千之先輩。そこで憤ってはチャイムに手玉を取られます。癪に障るのは意識をしてるということ。それでは、知らず知らずのうちに影響されてしまいます。ただのチャイムに。時間は大切なんですからね」


 ピッ、と構えのポーズを取る三波。腕時計を見せて、時間の大切さをアピールする。ただ、僕が気になったのはポーズじゃない。三波の腕時計。最初に会った時も気にかかってる。理由はあまり似つかわしくない高級そうな腕時計。あまりにもイメージから外れてしまう。乖離しすぎてる。 


「どうしましたか?」

「いや、なんでもないよ」

「そうですか? なんでもなさそうに見えますよっ、と」


 リズムよく回り込まれた。でも、へんなタイミング。急に前方を塞がれる。にしても、本当に小動物的なしぐさ。基本的に三波はそんな動きが多い。予測不可能な行動を取ってくる。


「ははあ。さては私を疑ってますね」

「え?」 


 見当違いな方向へ流れていく。


「まあ、三波を疑っても意味がないような。何がくるか分からないんだから。たとえ、鋭い勘を持ち合わせててもそうだ」


 三波を躱して置いてきぼりに。すると、後ろからとことこと着いてきた。振り返れば、自分のリュックサックをあさってる。背負いながらなので面白い。当の三波は気にも留めてない。なんだか、亀の甲羅を背負ってるみたいだ。


「あ、ありました。あっと、引っかかって取れません」


 目的の物を見つけたらしい。ただ、取り出し口の小さいリュックサック。なかなか抜き出せない。装飾性を重視したリュックが裏目に出た。


「三波後輩。僕が取り出してあげようか」

「いえ、これは私がやります。中を見られて困りますので。だって、このリュックサックには大事な物が入ってるんですよ。千之先輩へ渡す秘密のお返しプレゼント。ばれたら困ります」

「今言っちゃったよ」 

「あああ、今のなしにしてください。なんて迂闊なことを」


 三波は本気で頭を抱える。その姿に同情したくなった。


「とりあえず切り替えようぜ。三波後輩。まず、君はなにを取り出そうとしてたんだい? その様子だと、秘密のお返しプレゼントではなさそうだけど」

「うー、そのことは忘れてほしいです。ってだめですよね。仕方ないので忘れた頃に渡すことにします。ほどほどに期待してください」


 なんだろうか。一応期待しておく。


「ちなみに、例のやつは作って来たよ」

「ホントですか。やったあ」


 三波が満面の笑みを浮かべる。


「すごいです。天才です。さすがは千之先輩。人にあげるということは、完璧な出来栄えなんですね。それが千之先輩のポリシーですから」

「いや、さすがにポリシーまでは行き過ぎ。でも、自分が納得できるレベルまでは作れたかな。少なくとも、人へあげられるくらいには」

「ああ、そんな照れ隠しみたいなことを言わなくていいですよ。もっと、自分で自分を褒め称えてください。尊敬してください。むしろ、私がへりくだればいいのでしょうか。どちらが好都合ですか? どちらかと言えば、私はへりくだりたいですね。それも一つの素敵な愛情だと思いますし」


 三波の不思議なセリフに頭が混乱していく。ただ、この酩酊感が堪らない。癖になる。浮遊から落ちていく感覚。重力の急激な作用。ジェットコースターの急降下直前というべきか。あの、どこか頼りないふわっとした感じ。そわそわとして落ち着かない。でも、なぜかものすごく楽しい。


 ふと思う。自殺志願者が飛び降りる理由。それはあの感覚の最高バージョンを求めてるかもしれないと。絶妙のタイミングでしか起こらない一瞬の素敵な機会。でも、大いなる幻想。たとえば、主だった背景がなく自死する人。彼らは絶対に求めてる。たぶん、誰にも窺い知ることのできない超越的な何かを。それを勇み足で見つけて、手を伸ばしてしまう。ただ、そいつは死と引き換えにしか入らない。至高であまりにも指向が強い特別な切符。たった一瞬で、重力という鎖に引きずられるのに。空と地。反重力と重力。浮遊と落下。自由と束縛。上から下へ。いや、下ではなくて上だ。僕は三波を引き上げなくていけない。三波は女の子。助力がないと上へ登れないという。三波に見えない鎖が絡みつく。少しずつ囚われ堕落していく。

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