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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第三章 『センチメンタル・アマレットシンドローム』
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 基本的に雨が降ってほしい。いつもはこう考えてる。春も夏も秋も冬も。平日も休日も。機嫌がいい日でも、つむじが曲がってる日でも。このスタンスは変わらない。そして、その中で五月の雨が好きなだけ。小雨とか大雨の問題ではない。一定のリズムを刻んでいればいい。それこそが雨の真骨頂。ただ、ゲリラ豪雨は情緒がないと思う。なので、それだけはあまり好きではない。


 今週は天気予報に傾注してる。もちろん、目的は明日の天気などでなく。土曜の天気だ。だから、週末予報はできる限り見ておく。土曜日のみ。三波と山へ行く日。少しでも、天気が崩れてほしくない。仮に崩れても、対処の仕方を考える。そのためには情報は把握するべきだ。そもそも、夏の天気は変わりやすい。さらに山であれば、地上と比べて全然違う。とはいえ、僕と三波が登る山はそうでもないだろう。わりと、初心者向けのハイキングコース。標高だって抑えられてる。


 山登りが決定しても、やり取りは続く。変わらずに貼られるポストイット。誰も知らない場所へ。でも、僕と三波だけは知ってるポストイット。人二人分スペースの少し横。給水タンクの目立たない部分に特徴的なメモ。何も違和感を抱くことがない。すでにずいぶんと慣れてしまった。


 ポストイットでのやり取りが再開してから、またお互いに色々なことを伝え合った。思考とか感情。そんな話。向かい合ってる時とは違う感覚。即興の会話ではない。じっくりと考えた言葉。もちろん、それぞれに利点がある。


『マク。聞いたよ。今週、デート行くんだって? 勝負所じゃない』


 一体、どこで情報を手に入れたんだろう。幼馴染にはすべて筒抜けかもしれない。


『なんで知ってるんだよ。さてはこれを聞くために電話してきたんだな』

『違うよ。マクのばか。かまかけただけなのに。引っかかったし。あーあ。これで弟との賭けに負けちゃった。高級アイスおごらないと』


 なんだそりゃ、と言いたい。電話越しでは弟の歓喜も聞こえる。


『しかし、人を賭けの対象にして遊ぶとは。今週末にデートするかどうかで』

『だって、怪しかったんだもん。ただ、私は今週じゃないと踏んだのに。さすがの勘も外れるか。残念』


 翠は来週と予想したらしい。ここから考えれば、今の心構えや用意は準備不足か。いや、さすがに深読みしすぎだ。


『まあ、そういうこともあるんじゃない? 当たりすぎると恐ろしいから。それよりもつけられてる感覚の方は? そっちに勘を発揮してほしいんだが』

『あ、うん。マクや佐々くんと一緒に帰ってからは大丈夫。ただ、自分の気のせいかもしれない。何もないのにみたいな。幽霊の正体見たりなんとかだよ。でも、そういう感じってあるよね。なんとなく薄気味悪いやつ』

『うん。一応ね。しかし、翠の勘だからな。それもストーカー系の。外れてる可能性は低そうだ』

『ということは、向こうが止めたのかな。なら、このままないといいんだけど。むしろ、自意識過剰だったってのが一番の理想。ほら、うちのキキだって吠えてないし』

『ああ、あの犬は他人に吠えるもんなあ』


 翠はストーカーの被害を受けてる。さらに犬が吠えない。ここから導き出されるのは親しい人なのか。はてさて。


『まあそれはいいとして、マクはデートか。じゃあ、私は畠山ちゃんと買い物に行こうかな。畠山ちゃんは暇人だし。放っておくと、人間観察してるからね』

『うわー、マジで人間観察しそうだ。てか、絶対に好きだよ』


 寝食を忘れるくらいしてそうで怖い。僕だって、観察されていると思う。


『そういえば、文化祭実行委員の集まりでもしてるって』

『やっぱり』


 畠山さんの指名で、急遽決まった文化祭実行委員。まさしく青天の霹靂。寝耳に水である。その時、ぼんやりしてたのもあって、大いに驚かされた。さらに、誰かが否定するかと思えば、そんなことは全くなし。いつのまにか、畠山さんの弁に丸め込まれていく。本当にびっくりした。


『それでマク。集まりは楽しいの?』

『うん。楽しいかもしれない』


 楽しいに決まってる。なんて考えるのが不思議だ。でも、佐々木くんと親しくなれた。畠山さんとも気軽に話せる。もちろん、文化祭への熱意だって実感。外側で斜に構えてるのと同じくらい心地良い。ただ、全くベクトルの違う感じ方。


『僕、そんなタイプじゃないんだけどさ』

『ううん。そんなことないよ。小さい頃はマクの後をついて歩いたし。お祭り好きのマクが連れまわすから。ちーくん待ってしか言った記憶がない』

『へえ。昔のことは覚えてないな。都合の悪い話は全部忘れるんだ』

『うそつきだなあ。電話でも分かるなんて。重症だよね。今すぐ予防注射でもしたほうがいい』

『んなバカな』


 翠は夜が嫌いで、昼が好きだった。つまり、暗いのは苦手で明るくないとだめ。いつも夜歩くのを拒否してた。夕方でさえも、その傾向があった。だから、花火大会なんかはすごいジレンマ。花火は好きなのに出歩けない。もはや、むりやり連れて行く以外に手段がなかった。


 さらに、僕も問題が抱えていた。翠を嫌がらせてから喜ばすのがいい。落差に魅力を感じてしまった。そういう意味で花火大会はうってつけ。地元の小さな祭り。申し訳程度の花火。それでも最高のセッティングだ。あの頃は、祭りの公園へ行くにも冒険だった。後ろに互いの親もいたのに。そんなのは目にもくれてない。ただ、前へ。前へ前へ。とにかく前進していた。


『少しだけ、思い出したよ。私、あんなきれいな花火になりたい。とか言ってたな。さすがは翠だ。恐れ入る』

『うわっ。また、そうやって煙に巻く。形勢が悪くなれば、すぐに昔の話を持ち出す』

『そのセリフ、そのままそっくり返すで賞をあげたいし』


 結局、お互いにそこが弱点なのだ。


『いらないもん。まだ、イグノーベル賞の方がいい』

『それはだめ。そもそも、翠は無理だって。あの賞はノーベル幼馴染関係平和賞と同時受賞らしいから。まず、幼馴染持ちの僕と翠は選考外。ここで弾かれる。で、ノーベル幼馴染関係平和賞は、第三者における幼馴染同士の関係発展に寄与したかどうか。基準がものすごく厳格らしい。佐々くんのひどいギャグだ』

『あはは。ふーん。佐々くん、そんなこと言ってたか、てか、幼馴染だけがもらえそうな賞に感じるなあ。名前だけ聞くと』

『まあね、ほんとどうでもいい話なんだけど』

『うん。あはは』


 翠の静かな笑い声が聞こえる。なんだか昔の雰囲気が戻ってきた感覚。あの絶対で最強の空気感。それを醸し出せてる。


『あのさ、翠』


 本当にどうしてなんだろう。心の持ちようなのか。でも、なんとなくそうではない気がする。これは僕が三波と親しくしてから。僕の心の刃を三波が和らげてくれた。その副次的効果が翠との関係性にも現れてる。


『近いうちに、一つ言いたいことがあるんだけどいい?』


 話は四月一日のこと。ここの疑問はまだ氷解してない。翠が年上と言い張る理由。そうなった流れ。とはいえ、偶発的になったような気もするが。一応、山内先輩の立てた仮説はしっくりきてる。


『うん。分かった。でも、すごい奇遇。私も一つ言いたいことがあったの』

『それはまた。そんなことがあるもんだ』

『すごいね。ちなみに、結婚を前提にしたお付き合いをしてくださいではないよ。今のうちに断っておくけど。だから、好きなだけ勝負を賭けてくればいいさ。でも、マクは意外と慎重だからなあ。好機を逃さすにいけるか。そこが鍵だ』

『…………』

 

 翠のおばさんと言ってることが同じだった。不覚にも、親子は似ていると思ってしまう。性質は全く似てないのに不思議な現象だ。


『まあ、余計なお世話だよ』

『だよね。じゃあ、いつだかの熱烈応援で妥協してあげるか』

『熱烈応援か。一年前に流行って、すぐに廃れたな』


 すぐに断れず、少し迷ってしまった。実際、あの熱烈応援は気持ちいい。異常なくらいに自分が肯定される気分になっていく。


『で、どうするの? マク』

『じゃあ、してほしいかな。チアガールパジャマ姿で』

『えっ? なにそれ?』


 心の底から、不可解さをにじみ出たような返事。たしか、自分の記憶では翠の方から言い出したと思う。でも、翠は覚えてない。すっかり忘れてる。本当に人の記憶はあいまいだ。個々の印象によって隔たりがある。同じ経験を共有しても、違いが生じてしまう。


『なんでもないよ。ごめん。なんとなく、この単語が印象に残ってただけ』

『そうなの? もう、びっくりするじゃない。へんなこと言わないでよね。どんなフェチかと思ったよ。じゃあ、やるからね』


 結局、チアガールパジャマ姿の件は不問にして、熱烈応援が始まった。翠の声が耳朶に響く。普通よりほんの少しだけソプラノ。リズムよく続く。がんばれマク。がんばれマク。フレフレー。フレフレー。負けるなマク。負けるなマク。ファイト。ファイト。今回はゲームが絡んでいるわけでない。正真正銘、ゲーム以外で応援されてる。このもらった応援を、三波との山登りで役立てればいい。


『マク。ウィスパーボイスモードもあるけど?』

『いいね。正直、それは期待せざるをえない』

『ホント? じゃあやってみよっか。うん』


 興が乗ったらしい。翠はノリノリになってた。僕だけでなく自分も応援。家族も友達も赤の他人も応援。しまいには、この世界まで応援。それはまるで祝福のようだった。などと考えるのは少しおおげさか。でも、純粋に応援を聞いてて感じた。どこまでもフラットに応援する翠は、生き生きしていたと思う。


『やばい。はしゃぎすぎちゃったかも。年甲斐もなく』

『いいんじゃないの。ただ、録音はしておきたかったな』

『やめてよ。それはルール違反だから』

『だよね。分かってる』

『そうそ。ふう』


 翠が息を整える。どうやら、かなりの有酸素運動になったらしい。そもそも、熱烈応援はダイエットプログラムだった。やはり、流行りには人の欲求が備わってる。


『あのさ、翠。僕が三波とさ、うん』

『ちょっとマク。なんで、そんなに煮え切らないんだか。もう、仕上げみたいな感じなんでしょ。後は押せばいいだけな雰囲気じゃないの? マクの様子を見てると』

『違うんだ。三波の話じゃない。翠の話だよ』

『え? 私のこと?』


 電話の向こうで、息を呑む気配を感じた。せっかく、息を整えたのに。なんてどうでもいいことを思う。


『そう。翠の話。さっき言ったやつ。一つ話したいことがあるって言ったよね』

『うん』

『それさ、もし日曜日のことが上手く行ったら言うよ。すぐに電話する』

『あ、うん。でも、上手くいかなかったら?』

『その時は保留。タイミングが違うから』

『そっか。分かった。なんだろう。なんか緊張してきたな』


 翠が明るい声を出す。


『でも、翠は意外と分かってたりして。勘が鋭いし』

『さあ、どうだか。ちなみに、さっきは外したからね。最近は鈍ってるし』


 かまかけたつもりが上手くはぐらかせた。先程の仕返しとはいかない。


『じゃあ、そろそろ切るね。マク』

『うん。おやすみ。そしてまた明日』

『明日は休日だよ。しっかりしてお兄ちゃん』

『えっ?』


 明日は平日。休日ではない。つまり、翠が放った渾身のボケ。なんて普通は解釈ができる。でも、話の兼ね合いで考えるとそうは思えない。やはり、翠にはすべて筒抜けのような気がした。


『もー。反応悪いな。私の熱烈応援が利きすぎちゃったか』

『それは本当にありえそうで怖いよ』

『だよね。バイバイ。私が学校で抱きついても無視しないでね。んじゃ』


 ツーツー。電話から流れる機械的な音。最後までボケをかまして切れた。なので、僕はゆっくりと携帯を耳から離す。そして、翠の言葉を反芻。明日は休日と間違った指摘をする妹の役。そこから、何が分かるだろうか。


「分かるわけがない」


 おもわずつぶやく。なぜなら、実際に分かるはずがない。こういうのが分かれば大変だ。それは僕自身ではない。僕以外の偽物。あるいは、翠の分身が乗り移ったか。


 思考が現実離れしてたので投げ出す。もう、これ以上考える必要はない。翠もボケのつもりで言ってた。だから、どういう意図にしても冗談には変わりない。今の時点で考える全く必要はないのだ。 

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