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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第三章 『センチメンタル・アマレットシンドローム』
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8

 フタについたシールを十枚。専用のハガキに貼りつけて応募。お届け先住所の記入も忘れずに。そうすれば、抽選で二百名様に豪華なプレゼントが。自分でカスタマイズできる目覚まし時計があなたの元へ。


「生徒会長。ハスキーボイスは改善したんですね」

「いいえ。今は気取ってるだけ。素に戻ればどうでしょうね。録音したら取り返しのつかないことになりそうで」

「あの、望みを捨てないでください」

「いえいえ。大丈夫ですよ。それも個性だから」


 個性。何気なくきれいな髪が目につく。腰まで伸びたロングヘアー。ストレート。時季の挨拶で壇上へ行く際もかなり目立つ。今や生徒会長のトレードマークだ。ほんの少し前までは三つ編みだった。いや、おさげか。明確な違いが分からない。あってないようなものだと思う。


「それに篠原くんは、ハスキーボイスが好きなんでしょう?」

「はい。でも、ウィスパーボイスに身悶えする方がもっと好きです」

「そうなのね。それなら、篠原くんに朗報です。今の私は両方できますよ」

「それはまた。おみそれしました」


 今は一緒に歩いてる。自販機からは少し離れた。でも、同じ敷地内。移動というほどではない。目と鼻の先にいいスポットがあるという。


「あそこへ座りましょうか」


 山内先輩がある方向を指し示す。あったのはベンチ。新しいのに使われた形跡がない。理由はここが死角になってるからか。そういえば、自販機も目につきにくい。意識しないと見逃してしまう。ここはそんな場所だ。


「篠原くん。少し待って。タオル出すから。これをベンチに敷くの」

「あ、はい。分かりました。でも、庇はありますよ。直射日光が当たってないから、大丈夫だと思いますけど」

「ううん。お洋服を汚さないためですよ。篠原くんも座ってね」


 すごい気づかいである。なんとも女性らしい。


「はい。どうぞ。座りましょうか」


 お言葉に甘えて、山内先輩が持参したタオルに腰を下ろす。これだと固い木材のベンチも感触が違う。座り心地にも効果を発揮。


「ごめんなさいね。このタオルはそんなに大きくないから。少し近いかもしれないけど」


 山内先輩が隣に座った。いや、ここで隣という表現はおかしい。誰も存在しないので、ある程度は隣。だから、そういうことではなく。結構な近距離に座ったという意味である。恋人ぐらいの近さに認定されそうだった。


「あの、少し近すぎましたね。不躾でごめんなさい。離れるね」

「いえいえ。離れなくてもいいです。ああ、誤解しないでください。離れましょう。って、今のも失礼じゃないか」

「うふふ。篠原くん面白い。へどもどしないでくださいな。離れないから」


 山内先輩は薄く笑った。


「生徒会長。僕を惑わしましたね」


 僕は彼女を軽くにらんで言う。また、上品に笑われる。


「これ、いつもは一人用として使ってるんですよね。こっちこそすみません。気が利かなくて。考えたら分かるのに。だいたい、服なんか汚れてもいいし」

「いえいえ。汚れていい服なんてありませんよ。だから座って。篠原くんが嫌でなければ」

「嫌なんてとんでもない。細やかな配慮ありがとうございます。生徒会長」

「いいえ。篠原くん」


 本当に変わった。一年ほど前とは大違い。まずは雰囲気が異なってる。児戯が抜け、大人っぽい。長く美しい髪。楚々としたしぐさ。凛とした存在感。近くだと、すごく感じてしまう。逆に今まで表面しか見ていなかったと思う。

 

 環境が人を変えるのか。それとも、意識の差か。風の噂ではかなり苦労したと聞く。というか、今も現在進行形。苗字は三好から山内へ。これは家庭のいざこざが原因だろう。大好きだったお兄さんも失踪。新興宗教へ身を捧げているという。行方知らずで連絡は取れないらしい。


 ともあれ、そんな状態で生徒会長を立派に務めてる。しかも、部活動が多くてマンモス校の生徒会。予算の編成など雑務が多いはず。外から見てても大変だと思う。放課後ですれ違う際にも慌ただしくしてた。たくさんの書類なんかを抱えたりして。ただ、それがどこかまぶしく見えた。きっと、心の奥底では羨ましく思ってたかもしれない。すごく充実してるように見えたから。今では山内加絵を知らない人はいない。むしろ、知らない人がいたらモグリだ。立候補した頃は知らない人の方が多かったが。なのに、現在は誰もが認めるスーパーパーソン。男女共に憧れの対象となっている。


「演技ですよ」


 山内先輩がふいに口を開く。僕の心情を読み取ったかのようだ。


「私がそういうことに長けてるのは知ってますよね」


 是か非か。両方の側面がある。知っていて知らない。こんな表現が適当だ。


「でも、私思うの。演技は単純に意識の違い。そして、意識は行動。行動は習慣。習慣は環境。環境は周囲。周囲は人生。こんなふうに少しずつ変化していく。なんて何かの本で読んだかな。だから、いいと感じたことは取り入れていこうって。こうやってね。本当に少しずつ成長。ねっ。その方がいいでしょ? もう妹にこだわる必要もないんだし。ステージを上げていかないと」

「…………」


 懐かしい口調だった。見えない壁が取り払われた気さえする。とはいえ、そんな壁は幻想かもしれない。


「演技は意識の差か。生徒会長は今でも文学少女なんですか?」

「ううん。文学少女じゃないよ。私は地味で普通な女の子。もちろん、地味なのは素晴らしくていいことだから」

 

 美少女生徒会長が地味なわけない。胸中でつぶやく。 


「それと篠原くん。学校以外で生徒会長は照れくさいかな」

「あ、そうですか。それでは山内先輩と呼びますよ」

「そうね。その方が助かります」

「いえいえ。考えてみればおかしいですよ。学校外で生徒会長は。気をつけます」

「ありがと」


 山内先輩は急に遠くを見つめる。


「どうしました?」

「ううん。なんか、私のことを色々な呼び方してくれるなって。篠原くんだけだ。役称。先輩。二つの苗字。名前。おまけで妹」


 妹。甘くて苦い思い出が脳裏をよぎる。とても楽しくて充実の日々。でも、偽りの楽しさだった。本当に間違ってたと思う。関係性がおかしすぎた。


「ごめんね、篠原くん。私、しっかりと謝ってなかった。あの日、なし崩し的に謝っただけ。刃物沙汰の事件として立証されてもおかしくないのに。本当にごめんなさい。心の奥底から謝らせていただきます」


 山内先輩は立ち上がって深々と頭を下げた。


「山内先輩。止めましょう。だいたい、どっちが悪いとかもあいまいなんです。むしろ、自分の方に問題があった。こう考えたりもしています。あの時にああすれば良かった。そんな思いに何度も浸りながら後悔したりと」


 いけない。二年半前の出来事が混同してる。台風がきっかけでメチャクチャになったあの日。僕は全てを捨ててしまいたくなった。自暴自棄といってもいい。そして、何かを追いかけてたんだ。でも、その何かは追いかけても見つからない。おそらく、見つけてしまえば囚われてしまう。雨に否定的な幸福を委ねるのと程度が違う。もっと、末恐ろしい超越的な何かだ。


 僕の内側に潜んでいる罪障、無力、喪失といった感情が暴れ出す。ついでに、文字が躍る。人殺し人殺しと。赤い絵の具。言葉が拡大していく。壊れたパレット。目の前でちらつく。フリッカー。不規則に点滅する。


「篠原くん? どうしたの?」

「すみません。大丈夫です。話が逸れましたね。さっきのことなら、とっくの昔に時効ですよ。一年も前の話じゃないですか。山内先輩」

 

 すでに解決。わだかまりは全くない。風化させてもいいくらいだ。おかげで、ある教訓も学べた。ただ、その教訓はアップデータが必要だが。


「篠原くん。一年じゃないよ。正確には、十一ヶ月。三百三十日くらい」

「それでも構いません。水に流しましょう。これですべてが丸く収まります」

「そうなのね。うん。そういうのは日本人の特性らしい」

「はい。日本人ですから」


 なぜか、異邦人と主張する三波が思い浮かんだ。


「あ。今、違う女の子のことを考えなかった? 変わり身早いね」

「そんなこと言わないでくださいよ。だいたい、どうして分かるんですか」

「シックスセンスかな」


 山内先輩も勘が鋭い人だったのか。いや、違う。ここまで来ればあれだ。自分が分かりやすいだけな気がする。


「ちなみに、生徒会長のことを見直して好きになったとかは? 私は今も好きだけどね」

「あの、冗談はよしこちゃんにしてください」


 しまった。翠のおばさんの口癖が移ってる。


「篠原くん。即答はひどいですね。少しは女性として磨きがかかったかな。なんて思うのはいささか都合が良すぎましたか」


 口調と雰囲気が元に戻ってた。あの天真爛漫な感じが消える。楚々とした上品な雰囲気へ。でも、その使い分けで機嫌の具合を確認。そんな都合のいい解釈をしてしまう。


「それに私の名前は加絵ですよ。よしこちゃんではありません。後、篠原くんが好きなのは冗談ではないんです」

「滅相もない。冗談にしてください。後が怖いですから。手の甲とか刺されそうで」


 山内先輩だけでない。佐々木くんにも。彼には両手両足を釘で打ちつけられそうだ。罪状は恋の協力を怠ったこと。裏切りで磔にされる。


「うふふ。安易に笑ってはいけないけど。でも、おかしいですね。そのブラックジョークは無効化するかもしれませんよ」

「すいません。それだけは勘弁してください」


 無効化したら大変だ。また、刺されてしまう。











 少しで切り上げるのは難しい。そもそも、制約された時間でなく。お互いに積もる話はたくさんある。近況報告。文化祭の展望。わだかまりの解消。とはいえ、わだかまりはほとんどなし。大方、昔の話で盛り上がった。タブーと思われる質問にもどんどんと答えていく。お互いに当時の心境も話し合う。その最中で斬新な考えに笑われたりも。また、反対に笑ったりも。とにかく、あの時は上辺しか見ていなかったと思う。きれいなカレイドスコープは、どの角度から見てもキラキラと輝く。でも、実際の人付き合いはそれだけではない。そんなことを確認した。

 

 そして、この話で本当に時効を迎えた。と同時に新たな関係性も築けた。まやかしの兄妹よりも強固な友情。目に見えない確かな糸。それは久しくなかった絶対的で最強の空気感にどこか似てる。その事実に驚く。

 

 ちなみに、恋人を募集してないという。現状に精いっぱいで、恋にうつつを抜かしている余裕はなしと。耳が痛い話だ。皆さんの生徒会長でいたいから恋人は作らない。などと言ってくれた方が良かった。嘘だけど。


 さて、佐々木くんにはどう説明するか。今の山内先輩だと相当難しい。生半可な覚悟ではあっけなく散ってしまう。とにかく、山内先輩に佐々木くんを紹介しておこう。そこからは本人の努力次第だ。

 

 空を見上げれば、すっかり日は落ちてる。正味一時間半くらいか。少しのつもりが長いこと話した。話題が連鎖して続いたせいだ。こうなれば止まれない。加速するトロッコに乗っていた。


「ねえ、篠原くん」


 先ほどから、山内先輩が口調や雰囲気を変えてくる。なんだか、そのやり方が気に入ったみたいだ。ちなみに、今の機嫌を測るバロメーターとなってた。


「最後にへんな話をしてもいい?」

「へんな話? いいですよ」

「いいのね。そしたら話すよ。これはちょっと考えさせられるはず」


 そして、山内先輩は語りだす。

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