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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第三章 『センチメンタル・アマレットシンドローム』
32/77

6

「あのさ、マク。この前の一種類しか置いてなかった自販機あるじゃない」


 最近は定番となった三人での帰り道。僕と翠と佐々木くん。文化祭実行委員の集まりがあっても関係ない。翠が待ってくれている。ちなみに、畠山さんも同じ実行委員。だから、校門付近にて四人でよく話す。そこから電車通学の畠山さんが別れていく。佐々木くんは僕たちと同じ方角。距離はやや遠いくらい。自転車を押して一緒に歩く。翠の護衛まではそうしてる。


「実はね、あそこの自販機で大量に飲み物を買ってた人を見たらしいよ。昨日、うちのお母さんがそんな話をしてたの。なんでもさ、売り切れのランプが灯るまでずっと買っていたんだって。なにが目的なんだろう。たくさん買うなら、スーパーで買えばいいのに」

「それマジかよ。へんなやつもいるもんだな。奇特すぎて意味が分からねえや」

「そっか。おかげで、この前はあれしかなかったんだ」

「いやいや。しのぴー。それもおかしな話だぜ? まだ、全部買うなら分かるんだ。しかし、一種類だけ残すというのがな。まったくもって腑に落ちん」


 慣れ親しんだ道を歩く。話題はあの自販機での出来事。どうも、後日談があったらしい。いや、後日談というよりは前日談か。


「そしてね、あそこの自販機の補充は三日に一回位らしいのよ。普通よりとてもペースが速いみたい。そこのところはよく分からないけど。でも、補充されてすぐになくなっている。私たちが買った時もそう。その二ヶ月くらい前からずっと。さらに今週も。すでに、二十ターンくらい自販機は役割を果たしてない」

「うわあ、すごいな。一体なんなんだ? なにも思いつかねえ。目的は飲み物じゃないのか?」

「うーん。そこのところは分からないよ。また聞きの話だから。私も考えてみたけど」


 二人は頭を悩ます。一応、僕も考えてみた。


「どうも、変態的なこだわりがあるみたいだぜ。やばい感じがするな」

「うん。なんか気持ち悪いよね。その話を聞いた時はびっくりしたもん」

「そうだよな。よし調査だ。万に一つでも翠ちゃんの件と関係するかもしれない」

 

 佐々木くんは意気揚々と言う。


「なんかさ、佐々くんノリノリだね」

「あ、うん。でも、私も気になるから。回り道でもないんだし、見に行くくらいならいいんじゃない? 自販機に襲われるなんてことはないから」

「まあ、そうだね」


 自販機へはすぐに到着した。というのも、自販機が見えてこの話題を取り上げたからだ。近くなのも当然である。


「おーい。今日も売り切れだぞ。やっぱり、まだ異常状態が続いているようだな」

 

 一目散に辿り着いた佐々木くん。彼が丹念に調べてる。僕と翠も後から合流。佐々木くんと同じようにじっくりと観察。でも、とりたてて変わったところはない。やはり、自販機本体には問題がないと思う。


「てか、佐々木くん。自販機を調べても意味ないよね」


 なにせネタは上がってる。その話が誇張とかでなければ、原因は一目瞭然だ。


「待て待て。そんなの分からないぜ。犯人は必ず現場にヒントを残す。なんて言うからな」

「あーあ。すっかり探偵気取りだ」

「まあまあ、私のせいでそういうモードなんだよ。仕方ないって」


 翠が佐々木くんを庇う。


「ふむ。一応、残っている飲み物は一緒だな。上から二列目。左から二番目。そんなに売り上げが悪そうでもない。癖が強くて、飲みにくいタイプでもない。実際飲んでみたしな。至って普通の清涼飲料水だった。な? 二人とも」

「僕は飲んでないよ」


 あの時の渇きを思い出す。なんかすごく喉が渇いてた。すぐにカラオケの店で潤せたから問題なかったが。


「おお、そうだった。しのぴーは飲めなかったもんな。つまり、間接キスを逃したわけだ」


 段差のないところで足を滑らせる。


「もう。佐々くんはそればかりなんだから」

「おっと。なにも翠ちゃんとは言ってないぜ。もしかしたら俺かもしれない」

「その展開も止めて。だめ」


 ぴしゃりと釘を刺される。


「しかし、こうやって煽らないと今度いつするのさ。もう一年はキスしてないんじゃないの?」

「「…………」」


 おもわず、お互いに見合ってしまった。これは佐々木くんの予想に驚いたせいか。ぴたりと当てたのも癪に障る。ただ、あれはキスというか罰ゲーム。翠の嫌いなミルク味の飴玉を放り込まれただけ。なので、キスではない。などと主張はしないが。


「ほほう、その目配せは怪しいな。どうやら

、俺の予想は正しかったみたいだぜ。よし。ここも俺が調査だ。さっきは不発に終わった。でも、今回はそんなふうにならないぜ。そうは問屋が卸さねえ」


 佐々木くんは気合十分。はた迷惑な話だ。さすがに擁護できない。


「やっぱり、怪しいのは文化祭。キャンプファイヤーで盛り上がった拍子に。なんてのはどうだ。あまりにも陳腐すぎるか?」


 てんで外れた予想に胸をなで下ろす。どうも、さっきはビギナーズラックのようだ。勢いのある彼らしい。もし、翠が問いかける立場ならこうはいかないだろう。すべて詳らかになってた可能性も。翠はそれくらい鋭い勘を持っている。


「残念でした。そこまで佐々くんの都合良くいかないから。文化祭のキャンプファイヤーなんて人でいっぱいじゃない。私はそんなとこでマクにキスはしないよ」

「翠。そこまで言わなくても」

「あっ!」

「ふふふ。引っかかったな翠ちゃん。冷静さを失ってはいけないぜ。君は必要のない情報を俺に教えてくれたんだ。それも得意顔でべらべらと」


 翠はしまったという顔。本当にどうしようもない。どこか抜けている。攻撃は得意でも防御が苦手。これも翠の特性であった。


「今の発言から推測すれば分かりやすいな。少なくとも、一度以上はキスをしたと。後はいつどこでキスしたのか。これをミステリ的に解明すればいい」

「どこにもミステリ要素なんてないから。しかも翠の発言だって、僕とキスをしたことを追及する内容ではないぜ。そういうのはいちゃもんって言うんだ」

「いやいや。しのぴー。さすがにグレーゾーンまでは言ってるぞ。二人がキスをしたのが分かる程度にはな」


 僕のツッコミにも聞く耳を持たない。フォローは不発に終わる。


「にしても、約一年前で文化祭じゃないと。その少し前はしのぴーが付き合ってたし。うーん、この状態で幼馴染とキスをする隙がなんてあったのか? えぐり込む期間もないじゃないか」


 やっぱり、こういう情報には精通してる。佐々木くんの真骨頂といってもいい。


「ちなみに文化祭の後とすれば、一年という表現は適当でないな。つまりあれか。オマエってやつは」


 言うまでもなく、当てこすりの予感がした。


「依頼主さん。大変だ。開いてはいけない扉を開けてしまったよ。そう。不都合な真実を導き出してしまったんだ」

「それは何かしら。探偵さん」


 大仰な演技が甚だしい。特に翠。先ほどから一気に劇場へ。全ての男女は演技者である。出番と退場の時を持っている。一人の人間は一生のうちに多くの役割を演じていく。これは有名な劇作家の発言だ。


「まあ、落ちついて聞いてくだされ。とにかく、こいつは大変なことをしでかしたんですよ。ああ、依頼主さん。気を落とさずに。というか、うすうす勘づいていますねえ。私がヒントを差し上げすぎたせいでしょうか」

「ええ、なんとなく。そして、やっぱりそうなんですね。私の見立ては間違いでなくて?」

「その通りです。あなたの大事な男はね、とんでもない不貞野郎だったんですよ。彼、改め篠原氏は二股を駆けていた。彼女と幼馴染に。これがまぎれもない事実なんです」

「事実、歪曲されすぎだよ!」

「ひどい。ひどいよマク。私、知らなかったのに」


 事の顛末をすべて知ってるくせに。完全に便乗して楽しんでる。ただ、話が逸れたからいいのか。でも、納得できない。


「そもそもだよ。前提が間違ってるから。約一年前、この辺りで僕と翠がキスをしたという証拠。これがどこにもないじゃないか」


 今の発言を喜ぶ人。演技はまだ続く。


「でましたね。証拠にすがる犯人。自分の罪状を自白してるようで噴飯物ですねえ」


 そもそも、キャラ設定がおかしいと思う。そんな名探偵はいない。適当に繋ぎ合わせたのが裏目。しっかりキャラを作りこんでほしい。


「ちょっとマク。私が上手く話をごまかしたのに」

「ごまかせてないから」 

「そうそう。二人ともごまかせてないぜ。俺の嗅覚は依然鋭く反応してるわけだ。二人の反応から判断して鉄板。おそらくはこうだな。しのぴーが女の子と別れた勢いでキスしちゃったんだろう。きっと、翠ちゃん発信だ。間違いない」

「「…………」」


 僕と翠は固まる。これがファイナルアンサーだった。にしても、どうして僕の周りはこうなんだと思う。勘とか嗅覚が鋭い人。だいたい、畠山さんだってこのタイプ。あの人も大概だ。これは似た者同士が集まるということか。だったら、なぜ僕はこのタイプに属してないのか。少々不満を抱く。


「してないしてない。もう止めてよ。あまりにもおかしいから固まっちゃったって。私とマクは二年の時に――」

「ん? 二年? 高二? ということは現在進行形かよ?」

「二、二年生」

「え? 翠ちゃん?」 

「そう。小二の時よ。あの頃、騎士とお姫様ごっこが流行してたじゃない。その時にマクが手の甲へキスをしてくれた。カウントできるのはそれだけ。以上。はい、これで終わり。それ以外は一切ないもんね」

 今度は僕と佐々木くんが驚く。目の前に墓穴を掘った幼馴染。すでに襲いかかる準備は整っていた。今日は翠を守る役目を放棄。そうしても問題ないだろう。


「しのぴー。どうしようか」

「うん。どうしようもないね」

「な、なによ佐々くん。後、マクも。どういうこと?」


 翠が胡乱げな視線を向ける。


「翠ちゃん」

「だからなに?」

「やっぱり、君ってお姫様」

「まさかここで来るとは。翠のお姫様思考が」

「ちょっと。お姫様はなしだから。それに話聞いてたの? 小二だって」


 今さら何を言っても意味がない。


「ほんと、ウルトラCでとんでもないところから変化球が来たな」

「ある意味、一本取られたよね。いや、一本背負いされたといっていいか」

「まあな。万事窮すってやつだ。逆にかわいすぎる。狙ってやってるとしたらすごいぜ」

「二人ともなんなのよ。私おかしくないよね。どうして?」


 厳密には、頬や唇の接触という定義をしてない。真面目な話、間接キスこそが最初の入りだった。なので、翠のキスの概念をありにしてもよい。たとえ、直接のキスであっても本人の意識が問題。翠がそこを重要視していない。ならば、カウントされない。などという極端な話だ。つまり、個人認識のずれによって大いに可能性が開けてくる。叙述的なトリック戦略。サイコミスディレクションというテクニック。


「佐々くん。いけるよ。大丈夫。いつどこでキスをしたのか。これをミステリ的に構築することは可能だ。立派な仕掛けが作れる」

「は? オマエもへんなやつだよ。おかしな幼馴染。似た者同士か」


 真顔で一刀両断されてしまった。

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