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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第三章 『センチメンタル・アマレットシンドローム』
29/77

3

 帰り際、佐々木くんが突然叫んだ。


「しのぴー。俺、思い出した。あいつはあれだ。建築家の変人で有名なあいつだよ。今、名前をど忘れして思いつかないが。とにかく間違いない。人づてで聞いたことがあるんだ」


 それから、彼の所業を語りだす。どうも、この近辺でいろんな問題行動を起こすらしい。行政関係からも忠告があるという。本業の方でも知る人ぞ知る人物。類いまれなるセンスで芸術建築に革命を起こしているのだと。


「もしかしてさ」

「なんだ? しのぴー」

「あのからくり屋敷かなと思って」

「からくり屋敷?」

「ほら、あのハイセンスな家だよ。学校の近くにあるやつ。こことは逆方面の」

「ああ、あれか。あの家のことか。にしても、からくり屋敷とは。マジでいいネーミングだな。その言い方が本当にしっくりくる。しのぴーもなかなかだ」


 佐々木くんがやけに感心してる。 


「なかなかって。あれは僕がつけたんじゃないからなあ。僕の幼馴染がつけたんだ」

「でたよ。イリオモテヤマネコ」


 それは天然記念物という意味か。


「そうそ。それくらいに珍しいんだぜ。主人公と親しくしてくれるかわいい幼馴染」

「そもそも主人公はない」

「なに言ってんだよ。自分が人生の主人公じゃなくて何になる? それとも脇役でいいのか?」

「とりあえず保留で」


 などと緊張感のない会話に終始。ただ、翠のことが話題に。なので、僕はあの懸念を佐々木くんに振ってみる。


「あのさ、佐々くん。一つ聞きたいことがあるんだけど」

「ん? どした?」

「今回の件は一応解決したんだよね。さっきの後をつけられたやつ」

「まあな、玉虫色の決着だけどさ」

「玉虫色ね。ちなみに今さ、僕の幼馴染が一つ厄介事を抱えてるんだ。それは一年前にもあった出来事で、今回の件と関連してるかもしれない」

「なんだ? 話せる範囲でいいから話してみ」

 










 近くの空き地で立ち止まる。進入禁止の看板。荒い木の柵。適当な場所へ身を委ねながら、僕は佐々木くんに一年前の顛末を話す。


 あの頃、僕が先輩と妹ごっこに勤しんでた時だ。同時進行であることが起こってた。それは翠が嫌がらせを受けていたという事実。れっきとしたストーカー行為である。翠は対応に苦心してたらしい。『ストーカーの対処法』。こんな本まで借りていた。その本が役に立ったかどうか。後の展開を思い出せば、意味はなかったと思う。


 そう。これが一年前の出来事。僕と翠は人間関係における悔恨を作ってしまった。このことがどんな影響を与えたか分からない。でも、人格形成にいい影響ではないだろう。少なくとも、こっちはそうだ。


 僕は一年前とそこからもう少し前。その二つの出来事から大きな影響を受けてる。最近は三波と出会って変化したか。真実は分からない。自分では窺い知れない。どこか遠くの話のような気がする。自分とは関係のない感覚。まるで他人事のように思えるから不思議だ。


 ともあれ、翠は大変だった。一応、解決はしたが円満でない。おかげで、ストーカー系の話は敏感になる。それは翠だけでなく、僕も同様。今回と関連させるのは大仰だとしても疑っていい。本当にアンテナというのは貼り続けなくてはいけない。ただでさえ、見落としてしまうから。


「そうか。それは大変だったな。単に親しい幼馴染としてやってきたわけでもないのか。世の中は色々あると」


 その言葉に救われた気がした。べつに自分が何かをしたわけでもないのに。


「そして、今も。新規か再発か。どちらにしても同じ問題が起こってる」

「うん。ただ、僕はご覧の通りだから。色々とやれることに限界があるんだ。結局、一年前もなし崩し的な解決だったよ」

「へえ。まあ、そういうふうになったなら仕方がない。また同じようなこと――たとえば、今回がそうだと考えてみればいい。つまり、過去の教訓を生かせばいいんじゃねえの? だからな、しのぴー」


 やけにウインクをしてくる。とりわけ、機嫌がいい。頭上に疑問を浮かべていると、佐々木くんがしびれをきらしたように言う。


「ほら。オマエがやれることだってあるだろ? 俺に調査を依頼するとか。ボディーガードでもいい。そんくらいのことならお安い御用だぜ?」

「いや。でも、佐々木くんとは」

「ああん?」


 発言の途中で眉根を寄せられた。


「しのぴー。そこまで話してそれはないぜ? なぜなら、さっきオマエは俺に少しだけ荷物を預ける決心をした。なのに、その荷物を路上に置いてけという。なあ、この荷物はどうすんだ? 放置するのか? 可能な範囲で一緒に持つのが道理だろう」

「ごめん。ありがとう」

「違うぜ。感謝されても謝られる理由はねえ」

「そっか。うん」


 そんなふうに言ってもらえるとは思わなかった。感謝し切れない。 


「ちなみに」

「んん?」

「おだいは缶コーヒーでいいぜ。ホットな夏に相応しいやつ。プレミアムでグレイテストな種類にしようか」


 そんな缶コーヒーはない気がする。総動員で検索しても出てこない。たぶん、佐々木くんがでまかせを言ってるんだろう。


「プレミアムでグレイテスト。さっぱり見当がつかないな」

「そうかい。その辺のところはしのぴーに任せるぜ。あっ!」

「どうしたんだ?」


 おもわず聞く。佐々木くんは底意地の悪い表情。なんだか嫌な予感。そして、その第六感は見事に的中した。


「しのぴー。代わりに俺の言うことなんでも聞いてくれるんだな」

「いつ、そんな話にすり替わったんだよ」

「えー? 違うのか」

「まあ、自分ができる範囲であれば協力はする」

「いやいや。若旦那。何をおっしゃいますか」

「なぜに敬語? しかも、悪巧みをしてそうな手もみも堂に入ってるし」

「実に上手くやってるじゃないですか」 


 なんだか、話が蒸し返されそうな気配。


「幼馴染に同級生。本命の後輩とさらには先輩、女教師、通りすがりの未亡人。しのぴーはどんなタイプに対応できるよな。まさに完全無敵のスーパージゴロじゃないか」


 というか、ずいぶん盛られてた。凄まじい誇張である。


「そんなわけで俺に伝授してほしい」

「ご期待に添えられる可能性は万に一つもないと思うけど」

「大丈夫。オマエなら大丈夫だ。ほら、生徒会長の山内先輩。ここ一年で急激に美しく成長してるだろ。本当にかわいい。とてつもなく愛くるしい。なんというか、身に纏う雰囲気がすごくいいわけだ。そんな彼女との仲を取り持ってくれ」

「可能な範囲を超えてる気が」


 というか、結構前に一つ約束をした。さりげないアシストはすると。その話を忘れてるのか。いや、たぶんこうだろう。僕が負担に思わないよう気を使ってる。そんな気配りなんだ。そう思わないとやってられない。


「しょうがねえな。だったら、女の子と親しくなるヒントでもくれよ。特に山内先輩みたいなタイプ。てか、そっちの方がいいな。色々と応用が利くかもしれない」


 なにやら皮算用を立てている。


「ヒントもなにもなあ。そもそもそのアクティブさなら、どんな女の子とでも親しくなれると思う」

「まあな。でも、ただ親しくなるだけさ。原因なんか解明するまでもない。分かりきってるぜ」

「その原因とは?」

「要するにあれだよ。ほら、しのぴーも言ってたやつ。つまり、アクティブすぎるということ。追うと逃げられる。だいたいの人は反発するからな。もちろん、逆も然りだ。だから、さりげない方法を教えてもらおうというわけ」

「そこまで自覚があったら、逆に難しいな」

「そんなこと言うなよ。分かってないな。てか、頼む。師匠。人生の達人。左うちわの気分で高みから指南してくれ。しのぴーは奇跡への道筋を作り出せる」


 なぜか持ち上げられた。あまりにも皮肉がひどい。


「えっと。まあ、質問に答えるという形ならば。少しは対応できるかもしれない」

「あざーす。篠原先輩。俺、三百六十度の角度でお辞儀!」

「もはやお辞儀じゃないし。てか、こっちが頼む立場だよ。お願いします」


 僕は頭を下げる。顔を上げれば、佐々木くんが真剣な表情で見ていた。でも、焦点は合ってない。まるで未来の先を見つめる視線。


「しのぴー。ただな、安請け合いはできないぜ。出来るかぎりのことをするだけ。あくまでも主役はオマエ。俺は手助けしかしない」

「うん。それでも十分すぎるほどに助かるんだ」


 僕と佐々木くんはがっちりと握手。なんだかとてもいい。欧米のシェークハンド文化を実感した。


「ははは。ばかだなあ。泣きそうになるなよ。しのぴー」

「泣くなんて。でまかせを言わないでくれ。そもそも、僕は泣けないぜ。涙なんて出てこないんだ」

「なんだよ。その気取ったセリフは。ちげーし。泣いてるのは心だろ。感受性豊かな俺には分かるぜ」

「待てよ。気取ったセリフはお互い様じゃないか。だいたいさ、佐々くんに感受性なんか備わってないだろ」

「気取ったセリフという自覚はあったか。てか、言ったな。このやろー。俺にだって感受性くらいあるさ。ただ、感受性の正確な意味がちょっとあやふやなだけで」

「だめじゃん」

「オマエ、後ろから刺されるぜ。この俺に。こうやって握手しながら、逆手でナイフを忍ばせてたりしてな」

「さっきのゲーセンに影響受けすぎだし。そこまではまってたとは」

「ばれたか」


 ずっと手を握り合ってても仕方がない。適当なタイミングで離す。


「俺たち気持ち悪いな」

「たしかに。人通りの少ない場所だったのが救いか」

「だな」


 そして、僕と佐々木くんは何事もなかったかのように岐路へ着く。

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