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ところが、事態は意外な方向へ展開。全くもって変な方面に舵が切り出す。まるでコンパスなしの航海をしてるみたいだ。
「加絵さん。あなたはとんでもない人ですね」
「それはこっちのセリフだよ。鮫島さんだって、私の調査をしてたんだから」
翠と加絵が向かい合って睨みあう。僕は一気に蚊帳の外。ただ、加絵は少し落ち着いたと思う。翠の存在が上手く緩衝材になった。もっとも、それが加絵にとって良かったか分からない。
「あーあ、見抜かれてたんですね。細心の注意を払ってましたけど」
「細心の注意なんて意味ないよ。疾しいことをしてるから。人目につく」
「それこそ、こっちのセリフですから。言い返しもできませんよね。加絵さん」
まさしく、一触即発の気配。もうどうにもできないのか。
僕は制服を払って立ち上がる。ついでに、ボタンも拾った。一応、立つのに苦労はしてない。体の痛みは大丈夫。少なくとも、歩けないとかではなかった。
「翠」
「なに? マク」
「最近の翠は平静でないと聞いたんだ。だから、もう少し早く気がつけば良かった。そうすれば、こんな方法はとる必要はなかったと思う」
「だって、こうしないといけなくて。これ以外に方法は思いつかなかったの。とにかく、何かをつかむしかなかった。私、絶対におかしいと思ったから。こういう関係は間違っているよね」
翠は涙を流しそうだった。とにかく、泣かないでほしい。
「うん。そのことは後でちゃんと話すから。ともあれ、翠の調べ物は加絵のことだったんだね。図書室だからといって、本とは限らない」
「うん。本じゃない。人だってこともありえる。まあ、私は意図的にそんなミスリードをしたけど。図書室だったら本で調べ物をしてるって。ただ、廊下でマクと会った時は必死だったからね。上手くごまかせたか分からない」
「十分だよ。その瞬間は全然気がつかなかったさ。気がつく要素なんてどこにもない。わざわざ嫌いな本も借りてたし」
「嫌いじゃないよ。苦手なだけ。でも、結局気がついたの?」
「うん。気づいた。翠が加絵のことを調べてる事実をね」
だいたい、ミスリードでもない。最初からヒントをもらってた。畠山さんに翠の様子が変わってると聞かされたこと。おかげで、加絵が翠の話を始めた時にピンときた。調べる以外の理由は考えられないと。そこまでしっかりと当てはまった。
「やっぱり私は認めない。認めたくないよ。こんなのっておかしい。どうして鮫島さんが擁護されてるの? 鮫島さんは無断で私の身辺を探ってきた。きっと、私の家がおかしくなったのも知ってるんだ」
「そんなのお互い様です。そして、堂々巡りにもなってます。後、私はそこまでしてません。私が調べたのはマクの妹でない加絵さんの様子だけ。品性方向な文学少女で実のお兄さんと仲良かったとか。それくらいですから。でも、その過程で信じられない情報が入りましたけどね。まるでマクを愚弄するかのような真実でした」
愚弄する真実。なんだろうか。深く考えるまでもない。だいたい想像はつく。
「なによっ。どうしてそんなことが分かるの? やっぱり、鮫島さんって怖いよね。お構いなしだ。すべてを見透かしてくる。そのための決断力と判断力。鬼のような執念。気持ち悪いっ。ねえ、お兄さん。鮫島さんはこんな女の子だよ。どうしてこの幼馴染に執着するの? 幼馴染というだけでさ!」
加絵は僕に聞く。興奮状態だ。本当に心の底から答えを欲してるように叫ぶ。だったら、答える必要など全くない。答えを求めてるようではずっと分からない。
対して、翠の方は少し落ち着く。間違いなく頭にくるセリフもあったと思う。なのに、努めて冷静に返す。
「あのね、加絵さん。それは私のセリフなんですよ。どうして? どうしてお兄さんに執着するの? もちろん、これを反対にしてもいいです。どうして妹であることに執着するの? それはマクの亡くなった妹と名前が一致してるから? それとも、マクが実のお兄さんと似てるから?」
「…………」
僕は知ってる。だって、加絵と約束を交わす時にこう言われた。実のお兄さんにとても似ていると。だから、妹にしてほしいと嘆願された。この加絵の提案を受け入れたのだ。
「翠、加絵ばかり責めるのは良くないよ。僕だって、この状況を受け入れたんだ。たしかにどこかおかしいと思ったさ。でも、結局それに甘んじた。楽しんだ。加絵が本当の妹みたいな行動を取ってくれたから。しかも、実際は僕がそうさせたんだよ。自分の意志でやらせた。単に加絵という名前の音節が重なってるだけで」
「マク、それは本当なの?」
「本当だよ。間違いない。でも、僕は止めようと思ってる。こういう関係も終わりだ。しっかりと宣言するよ」
「だめ! 待ってよお兄さん! 私、なんでもするから! 理想の妹になるから! ううん、理想の加絵になるよ! お兄さんの言うことはなんでも聞くからぁ!」
どうしてそう思うのか。お互いにそんな関係を求めてたわけでない。いや、こう考えるのも独りよがりか。つまり、最初から崩壊していたかもしれない。
「加絵、待たないよ。僕と加絵は兄妹でない。家族でもない。つまり、血縁関係ではないんだ。もちろん、義理の兄妹なんかでもないよ。僕はお兄さんでもないし、加絵は妹でもない。そういう関係だ。偽りでも兄妹の関係性はない」
「そ、そんなこと言わないでください。お兄さんごめんなさい。お兄さんごめんなさい。お兄さんごめんなさい。お兄さんごめんなさい。お兄さんごめんなさいっ」
加絵が心身喪失状態になっていく。お経みたいなリズムで謝罪を繰り返す。
「加絵、止めてくれ。止めろって」
この言葉も伝わらない。ただ、同じ題目を続けてる。お兄さんごめんなさい。お兄さんごめんなさい。一心不乱で変わらない言葉を唱えていく。まるですべてを遮断してるかのようだ。加絵が開け放っていた窓はもう閉まってる。向こう側まで開いてない。内側を確かめることはできなかった。
「ねえ、加絵さん。聞いて」
「お兄さん許してください。お兄さん許してください。お兄さん許してください。お兄さん許してください。お兄さん許してください。お兄さん許してください。お兄さん許してください。お兄さん許してください。お兄さん許してください。お兄さん許してくださいっ」
本当に痛々しくて見てられない。瞳の焦点だってずれてる。虚ろな表情で同じ題目を繰り返す。ついさっきまでは何事もなかった。僕は加絵と本の話を楽しくしてた。昨日だって、趣味の栞作りを見せてもらった。三日前は遠出の買い物とカラオケコース。一週間前はお菓子作り。やはり、あの日が大きな転機になったのか。
「加絵、聞いてくれないと。加絵だって分かってるよね。こんな偽りの関係に縋ってはいけないと。本当に中毒みたいな関係。ものすごい効果があったよ」
本当は転機でもない。ほんの二、三分前はそこが原因だと話した。でも、違う。すべての事象は連続で繋がってる。その一瞬一瞬が要因になっていく。だから、目を皿のようにして注意しなくてはいけない。この心がけはとても大切だ。そうすれば、未然に防げた可能性もある。翠の思惑だって、早く気がついたかもしれない。少なくとも、その機会は作れた。なのに、またサインを見落としてしまった。そして、今日も上手く対処できなかった。もう少しスマートに話を振れれば良かったと思う。
すでに、今の加絵は前と違う。いや、違わない。これは一年半前の自分だ。合わせ鏡にしたら同じ光景が映る。ただ、本当に思い出したくもない。鮮明に蘇って、気分が悪くなっていく。どうしようか。悩んでも対処できない。問題だ。
「加絵さん! いい加減に目を覚まして! 目を覚ましてよ!」
翠が加絵の頬を叩いた。ぺちっと音が響く。
「加絵さん。いえ、三好加絵先輩。聞いてください。私たちから一学年上で、二年生の加絵先輩。学年の関係で、教室での待ち合わせは効率が悪かったんですよね。校門で待ち合わせた方が都合がいい。学校の階段を上る必要もないですし。ダイエットでもしてないと骨が折れますからね。それと今年の猛暑もありました。そういうわけで、第二図書室辺りが待ち合わせになったのも分かります」
「……」
加絵は反応しない。でも、翠は話を続ける。
「なぜなら、ここは加絵先輩のフィールド。加絵先輩は図書委員です。おかげで、マクのことをいち早く察知できましたしね。狙いを定める作業も簡単だったでしょう」
「翠?」
今度は僕が驚く。
「マクは大人しく聞いといてよ」
「うん。分かった」
翠が加絵への語りを再開。
「マクは加絵先輩にとって理想的な人でした。実のお兄さんに容姿や雰囲気が似てる。さらには性格まで酷似している。そんな情報を手に入れて一つの決心をしたんですね」
翠の話は続く。その最中で僕は思い出す。加絵との出会い。そして、親交。発展して変わった関係性。
「まずは、マクとのとっかかりを探しました。こうしないと、関係を築くことができませんよね。相手と親しくなりたい。それを考えるなら誰でもすることです。もちろん、綿密な調査も怠っていません」
なにげなく借りた本に一枚の栞が入ってた。名前は三好加絵。自然と親近感が湧いたのを覚えてる。なぜなら、一年半前に僕のせいで亡くなった妹の名前。加絵なんてそんなに多い名前ではない。不思議な縁を感じた。
「さらに、加絵先輩は使える情報を吟味していきます。目的を成就させるために。マクの搦め手から攻略していく。自然と手口は決まっていきました」
栞は押し花仕様の代物。細かくて丁寧な作業が目についた。きっと、大切な栞なんだろう。名前まで書いてある。そして、恐らくこの時だったと思う。僕は篠原加絵と三好加絵がどこか似てる。そんな直感を抱いた。
「加絵先輩はマクの妹を利用したんですよね。もちろん、意図的かどうか。そこまでは分かりません。他人を無意識に利用してた可能性もあります。ただ、その可能性の方が恐ろしいですよ。そういえば、前に見た映画がそんなことを示唆してました」
もっとも、その直感は錯覚だったのかもしれない。加絵と話をして、僕の考えは霧散していく。加絵は三好加絵。妹の篠原加絵ではない。当たり前である。だから、僕は三好加絵という個人を尊重していた。
「ともあれ、加絵先輩は加絵ちゃんを利用してマクを刺激。この作戦は見事に成功しましたよね。自分が求める方向へ上手く誘導していったのです」
話が飛びすぎた。少し戻そう。こうして、僕は栞を保管しておくことにした。その時は積極的に持ち主を探すつもりはなかったと思う。機会があればいいと安直に考えていた。ただ、今考えると簡単に問題は解決する。然るべき場所に託せばいいだけだ。
「ところで、不思議なことが一つありますね。単なる偶然では済まされない事柄。とんでもない天文的な確率。でも、種明かしをすればなんてことはありません。少しの狂気で実現できる範囲」
保管してから一週間後。その日、僕は図書室へ本を返却する予定だった。元の位置に栞を挟んでおくべきか。自分で保管するべきか。大いに悩んだ。でも、見つかる可能性を考えて戻しておいた。三好加絵が栞を探すなら、本に着目するだろう。そう考えて当然だ。だから、僕は返却コーナーへ本を置こうと思った。そそくさと置いて立ち去っていく。いつもと同じ行動をするだけ。
そういうわけなので縁だと感じた。どうしてこんなことが起きたか分からない。安易に偶然で片づけるのは簡単だ。これを偶然なんて陳腐な表現で済ませてもいい。何の支障もない。逆に、この出来事を必然だと位置づけたら面白い。一気に運命へと昇華していく。
果たして、原因は変な本を書いた作者か。その本を人に勧めた少年か。その本が気に入らなかった少女か。もしくは、二人の騒ぎを立ち止まって注意した図書委員の少年か。そして、その拍子で少年と軽く接触した少女か。遠因はどこに潜んでいるか分からない。
ただ、僕はその一連の流れを横目で見て歩いてた。どこの場面に注目するわけでもなく。目前には棚差しの作業をする図書委員の少女。全く気がつかなかった。お互いに不注意だったといってもいい。少女――加絵も熱心に作業をしていた。だから、視野狭窄に陥ってたのだ。
かくして、僕と加絵はぶつかったのである。たしか、加絵の横腹辺りだったと思う。そこに頭を突っ込んでしまった。これがもう少し低い脚立ならば悲惨な状況になってただろう。それくらいの危うい高さだった。
ともあれ、僕はその拍子で本を落とした。もちろん、返却コーナーに置く本。中に挟んだ栞も一緒にこぼれる。我に返った二人は慌てて本を拾う。するとこうだ。手が重なるというあり得ない展開になって双方驚く。お互いに声にならない言葉を漏らす。さらに、加絵が僕と栞を交互に見る。何事かもつぶやく。印象的なので、一連の動作は覚えてた。そして、この時に確信する。これは彼女の栞だと。目の前にいる図書委員の少女。彼女は三好加絵。三つ編み姿で控えめな容姿の女の子。全くもって文学少女である。その加絵が頬を赤くして自分の栞と主張。そんな物語みたいな素敵な出会い方。
「図書報。そうですよね、加絵先輩。週二回くらいで司書教諭が発行するチラシ。ここからマクが本を選ぶ。その習性を利用したんですね。だから、おすすめと書かれた本に自分の栞を挟んでおく。とはいえ、図書報にもいくつかの本が登場します。ただ、数冊の中から読書傾向に沿った本を選ぶくらい造作のないこと。ましてや、図書委員なら簡単に可能なんでしょう。慎重な作戦でありつつも、確実に見返りがあった」
もとい、一方では計算された出会い方。これは加絵から見た場合である。つまり、あれは必然と偶然が折り重なった結果にすぎない。本当に上手くはまったのだ。だから、加絵は今回成功しなかったとしても同じ策を講じたと思う。少なくとも、三回以内では当たりそうだ。翠の話を聞くかぎりでは間違いない。
「翠、もういいよ。加絵を責めるのは止めよう。ここまでだ。一年半前だって同じようなことがあったさ。だから、僕のためでもやりすぎになる。本来、探偵みたいな行動を取るべきではないんだ。何かを暴く行為は人を傷つけるし」
僕は諭すように言う。やはり、翠は泣きそうだ。涙が零れ落ちそうである。
「うん。分かってる。分かってるよ。マクのばか。でも、私はしないといけないの。もちろん、マクのためなんて言わない。そんなおためごかしじゃないから。これは私のためだけの問題なの。だから、気にしなくていいんだって」
「そんなこと言ってはいけない。益々気にする。後、加絵がかわいそうだ」
「マク。そこは違う。いい? マクは女の子を甘く見すぎ。普通に見れば分かるから。一目瞭然なんだよ。加絵先輩は反撃の機会を窺ってる。こういうところは男の子よりもしたたかなの。執念と執着。死んだふりをしてても噛みつく準備は怠らない。死角で牙とか爪を研ぐの」
「だからってこんなのはないさ。今の翠は一方的にタコ殴りをしてるだけじゃないか。死んだふりなんかじゃない。死人に鞭を打つ行為だ」
僕は加絵を見て言う。それこそ、加絵が平静でない。どう見ても余力を残してなかった。明らかにダメージを受けてる。
「翠、当初の目的はこんなことじゃないよね。僕と加絵の関係を止めさせることだった」
「うん。たしかにそうだよ。でも、違う。違うの。これでは解決しない。ちゃんとしないと。私はお姫様だけを目指すつもりはない。戦士にならなくてはいけないんだから」
「なんでそんなことを言うんだよ。後、お姫様とか戦士は関係ないじゃないか」
小声でつぶやく。どうやら、僕と翠も噛みあわない。これは誰もが冷静じゃないせいだ。とはいえ、今の状況なら仕方ないかもしれない。
翠は話を続ける。
「加絵先輩。とにかく聞いてください。マクはどう転んでも兄にはならないんですよ。そう。これは絶対に変わらない事実。だって、彼は三月三十一日生まれ。つまり、この学校で誰よりも若いはず。たとえ、同じ学年だとしても妹なんて存在しません。兄妹はおかしいです。普通の関係ではありません」
「…………」
「だいたい、私は最初の関係なら問題なしと考えてました。加絵先輩がマクの彼女でも構わない。加絵先輩はいい人に見えましたし。むしろ、マクに恋人できて良かった。そう思ってたんです。マクが普通の幸せを享受する。これは本当に大事ですから。そういえば、二人のきっかけとなった本がありますよね。あまりにも長すぎて覚えられない題名の本。図書報に乗ってたあれです。私もなんとなく覚えていました」
その本は不思議な彼女の話。彼女のセリフがとても魅力的だった。おかげで、容易に不思議な世界観へ吸い込まれていく。主題は世界五分間仮説の日常。彼女が知らない世界を五分間ずつ駆け巡る話だ。本当に面白かったと思う。着想も不思議で、作者の頭の中を覗いても分からないだろう。
「出会いの日をマクは嬉しそうに語ってたんですよ。マクが純粋に加絵先輩へ好意を抱く。そのことにすごいって思いました。どんな魔法を使ったんだろうとも。そして、あの本をきっかけに二人の距離は縮まっていきました。二人はどんどんと親しくなりましたよね。で、いつのまにか恋人。本当にびっくりしたんですから」
また、当時を思い出す。あの後、加絵が恥ずかしそうにお礼を言った。控えめながらもしっかりとした言葉。その時、僕は加絵に可憐で素朴な印象を抱く。つまり、これがきっかけなんだろう。少しずつ交流が始まった。目配せ、挨拶と順調にステップを踏んでいく。最初は天気の話だったと思う。たわいのない会話だ。この頃から、図書室へ頻繁に行き始めた。おかげで、加絵と接する機会も増えていく。気がつけば一緒にいた。
そして、どちらが言ったか分からない。途中まで一緒に帰宅することへ。翠以外の女の子と歩く。その事実に緊張した。でも、回数を重ねるうちに段々と慣れていく。しまいには楽しみへと変わっていった。加絵と待ち合わせて帰る。その頻度が多くなっていく。帰りに寄り道も遂行。公園や喫茶店に寄ったりである。とはいえ、共有した時間はそこまで多くない。なのに、一つの感情が膨れ上がっていく。つまり、僕は加絵に特別な感情を持ったらしい。さらに、そのタイミングで加絵が告白をしてくれた。公園の街灯の点滅をよく覚えてる。夕方で公園に人はいなかった。
こうして、僕と加絵は恋人に。でも、日常は変わらない。変わったのはほんの少しだけ。一緒にいる機会がやや増えたくらいか。そういえば、手を繋いだりもした。ただ、それでも幸せを実感できた。などと考えてた矢先のこと。加絵が妹になりたいと言ったのだ。篠原くんではなくてお兄さん。そんなふうに呼んでいいかと聞く。どういう話の流れだったか。それは定かでない。今考えると会話が誘導された可能性もある。いや、そんなことを言えばきりがないのだ。
とにかく、加絵の問いに困惑した。相当に変だとも感じた。でも、恋愛的な意味で麻痺してたんだろう。なんとなく承諾した。二人の時限定という制約。それが譲れない条件だった。もっとも、この条件は逆効果だったかもしれない。秘密めいていて美しく感じたから。おかげで、このやり取りがエスカレートしていく。定番になり違和感もなくなった。
そして、やっと一週間前に舞い戻る。加絵は僕と翠がいた時にお兄さんと呼んだ。正確には、翠がいる場面で呼んでしまったというべきか。ともあれ、これがきっかけで関係は瓦解していく。




