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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第二章 『エレクティブ・リストレットカッティング』
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10

「で、話。翠ちゃんのこと。私は翠ちゃんを大切に思ってる。付き合いは短いけどね。でも、大事な友達。馴れ初めのエピソードだってちゃんとあるさ。分量は文庫本一冊くらい。あ、盛りすぎたかも。思い出補正が強ぎたか。にしてもあれだよ。印象的な思い出は強く補正がかかるなあ」


 放っておくと話がどんどんと脱線しそうだ。しっかりと軌道修正。


「ごめんごめん。それで私は翠ちゃんが好き。とはいえ、あの子を逐一観察しているわけじゃない。当たり前だよねえ。そんなことしてたら怖い。だから、私は普通に友達として接する。うん。何の問題もないことだ。節度を持って付き合う。これはどんな場合においても大事。親しき仲にも礼儀ありさ。必要以上の振る舞いはかえって迷惑。深くは入りこまない。入りすぎない」


 畠山さんの話が迂遠すぎて伝わらない。女の子の話は基本的に長いせいか。ただ、それでもいきなり大事なことを言う。何の前触れもなく。


「なのに、どうしても手を貸してあげたいと思う。絶対に手を貸さなくてはいけないという感覚。それくらいに明白な何か。翠ちゃんから必要のないことまで伝わってしまう。言葉以外で鋭敏に感じるから不思議。つまり、私は分かってしまった。分からないことは分からなくていいはずなのに。だって、そうだよねえ。翠ちゃんが話してない。それは必要ないことにカテゴリーされる」

「話してないという事実。それが必要のないとは限らないんじゃない?」

「うん。そう思うかもしれないな。でも、基本的にはそんなことないよ。だから、これは敢えて言うこと。篠原くん。もちろん、君も知ってると思う。幼馴染だし。でも、教える」


 畠山さんがゆっくりと間を取る。おかげで、時間が停止した感覚。


「あのね、篠原くん」

「うん」

「翠ちゃんは猪突猛進すぎるんだよ。周りが見えなくなる。そんな感じ。で、それが誰が関係した時か分かる?」


 猪突猛進。畠山さんの言葉が的確に表す。そう。僕だって時々感じる。人の機微を判断するのが苦手な僕でさえも。ただ、翠は昔からこんなふうではない。具体的には一年半前のあの日以来。ここから一種の鎧を身に纏った。おかげで翠は変わる。とはいえ、それをいつも装備してるわけでなく。ほんの時々に過ぎない。なんかの条件が重なった場合のみ。一見するとたいしたことでない。微々たる変化だから。でも、明らかに違う空気を醸し出す。そんなことがある。


 そして、僕がそれを明確に感じるとこうだ。大切な何かが喪失していく。いや、喪失はしてない。まだ辛うじて保ってる。だから、喪失しかかってる。この表現が一番正しく的確だろう。現在進行形で仮初めの形を維持。ただ、そこには中身がないかもしれない。単なる器だけ。だとすれば、本当に悲しいことだ。僕と翠のあいだにあった大切な何か。言葉では形容し難い不変だと思えた関係。今は空中で漂うシャボン玉のようにあやふやだ。そう。いつ破裂するのか。いつ消えていくのか。消えてしまったら修復できない。同じ形のシャボン玉は元に戻らないから。つまり、絶対的で最強の空気感がなくなってしまう。ああ、これを失うとどうして悲しいのか。心の中を整理しても分からない。むしろ、あまり考えたくないこと。必要以上に考えると胸が張り裂けそうだ。やはり、何物にも代えがたいと思う。儚さやノスタルジーをも喚起させる感情。雨の音の必要もなくなるくらいに安心できる気持ち。


「やっぱりね。もう分かってる顔だ」

「分かってるかどうか。それは自分で判断できないよ」

「そう? そんなことないって。本当は分かってる。意識で押さえつけてると思う。ともあれ、翠ちゃんは危なっかしい。なぜか。どうしてか。それは篠原くんが関係してるから。君。まさしく君だね。完全にベクトルが向いてる。全開といってもいい。つまり、最近の翠ちゃんは平静でない。明らかに狼狽えてる。篠原くんに恋人ができた時はなんともなかったのにねえ。ここがおかしいと思わない? 不思議だよ。本当に」


 畠山さんが軽く息を吐く。


「そして、あの子は勘がいい。要領もいい。でも、篠原くん限定だけど。知ってた? 篠原くんが関与すると超人的な力を発揮する。もちろん、それがどうしてか分かるよね。そういうのってなんだか分かるはず。なんとなく察してしまう。分からないから仕方ない。なんてことは軽々しく言えないよ。たぶん分かってると思うし。だから、迂闊に身動きできない。篠原くんも立ち止まってしまう。ただ、これは甘えでしかないな」


 僕は二の句が継げなかった。


「とにかくね、今は真実を求める探偵のごとく容赦ない。その真実がどうしようもなくなる可能性まで考えてないね。知らなくていいことは知らなくていい。知らないことだから目を向けてはいけない。そんな考えまで及ばないから。知りえない世界が知っている世界と同じ比重で動くと思ってしまう」


 畠山さんの話は少し分かりにくかった。なのに、心の深淵を覗かれたような気もする。


「畠山さん、君は深刻になりすぎてると思うよ。実際はそこまで深刻な事態でもないんだ。ただ、他の人には理解がされないだけ。少しへんな話」


 僕は諭すように言う。すると、畠山さんは笑いだす。


「あはは。だといいねえ。うん。そう。きっとそうだよ。当事者の篠原くんが深刻な事態でないと言う。だったら、間違いなく正しい。つまり、私のテンションが振りきれてるせいか。私、おおげさになるんだよねえ。なんだかオーバーになっちゃう。コミカルでもシリアスでもさ。これは良くないところ」


 言いつつもまた笑う。


「でも、畠山さん。大丈夫。忠告になってるから。ありがとう。疎くて気づかないこともあった」


 事実、翠の様子に変化はないと感じてた。買い物のお供を申し出た次の日から変わってない。そんなふうに思ってた。


 さらに、翠は切り替えが早い。これも災いになった。次の日、妹と彼女の関係は聞かれなかったから。構えてたせいか拍子抜けしたのを覚えてる。もちろん、聞かれないのがいいわけでない。白黒つけるつもりだってあった。なのに、自然とその状態に甘えてしまった。


 こうして、あの日から一週間以上が経過。現状に至る。で、翠の友達から様子を聞かされた。予想外なことを。


「いや、予想外でもないな。もしかしたら、気づかないふりをしてたかもしれない。僕は過去にもそういうことがあったんだ」

「へえぇ、そっか。ただ、どっちの場合でも一大事だよ。篠原くんがしっかり指針を示さないと」

「ああ、そうだ。にしても、翠の友達は勘がいいんだな。朱に交われば赤くなるということか」


 べつに嫌味なんかではなかった。本心からの言葉。


 だって、畠山さんは翠の状態を見抜いた。そして、僕に告げた。翠が心配である。その原因が僕だという。たしかにそうだ。これは身から出たサビ。もっとも、サビだったら簡単に落とせる。何回も繰り返して洗えばいい。果たして、今回はサビなんだろうか。分からない。


「篠原くん、違う違う。私の勘がいいわけではないよ。そもそも、朱に交わって赤くならない。簡単にはそうならないって。むしろさ、この場合は三人寄れば文殊の知恵。そして、私はその中の代表」

「そっか。翠のことを心配に思う三人の友達がいる。そんな解釈をしていいんだね」

「そういうこと。てか、篠原くんは心配性だなあ。表情からにじみでてるよ。まったく。君が直接の原因なのに。それでも私はこう感じるよ。君はいい人だと。私、人を見ぬく眼力には自信があるからねえ。そこだけは確信持って言える。だから、篠原くんは大丈夫。翠ちゃんを悲しませないと信じられる。一時は悲しませても最終的にはね。これは変わらない私の髪型にでも誓っておくよ」


 髪型のことをぶり返された。


「やれやれ。手も足も口もでない」


 僕は恭順の意を示す。降参のポーズでも良かった。


「しかし、時代は幼馴染か。骨の髄まで染み込んだ定型パターンだよ。これを安直と非難するべきか。王道と称賛するべきか。ハムレットの名言くらい悩ましいなあ」


 畠山さんは小声で何かを言ってる。でも、よく聞き取れない。おそらく、そこまで聞かせたい話ではないと思う。流しておくべきだ。


「あ、そうそう。最後に翠ちゃんの忘れ物を渡しといてくれない?」

「忘れ物?」

「というか、いつのまにか私の手の中にあったんだけどね。この折り畳み傘が」


 状況が理解できない。そこはかとなく陰謀の香りがする。


「こいつが鞄の中でぷらぷらしてるのを見つけてね。それが直接の原因だったさ。くっ! 私の中に眠る盗賊のスキルが勝手に作動してっ」


 畠山さんが右手を抑えて語りだす。まるでへんな力に突き動かされた人だ。


「あのさ、それは手癖が悪いだけのような。でも、すごい才能」

「そんな人聞きの悪いこと言うなし」


 素早い反射攻撃が鋭かった。少しだけ痛い。傘でつつかれないだけマシだろう。


「いや、人聞きが悪いとかではなくてだよ。傘みたいな大きいものを鞄から引き抜く。そして、ばれない。その才能に感嘆してるんだって。あ、でも、翠が鈍いだけかもしれないな。ところで、傘の理由は? それ以外に選択肢がなかったとか?」


 本当は分かってる。これはいちゃもんをつけてるだけ。畠山さんは普通にきっかけを作ってくれた。きっかけのアイテムに傘を使う。そういう話にすぎない。ただ、そんなことをする必要はない。すでに指針は決めてる。この方針を変えたりはしない。畠山さんの言葉を聞いた瞬間に切り変わった。


「や、最近、雨が降らないからだって。いいかなと思ってね。変なところで気を使ったよ」

「たしかにね。変なところだ。ただ、雨は本当に降らないな。夏ってこんなに雨が降らなかったっけ?」


 異常気象だとゲリラ豪雨くらいあってもよさそうだ。とはいえ、そんな雨は求めてない。当たり前である。 


「ああ、そういえば、雨降ってないよね。雨。あっ」


 道端でネコを見かけた感じの調子でつぶやく。


「どうしたの? 畠山さん」

「いや、なんでもないよ。急に言葉を思い出したのさ。雨を感じられる人間もいるし、ただ雨に濡れる人間もいる。こんな感じの言葉。どこで覚えたのか分からないや。たぶんマンガだなあ。なんか、ずっと印象に残ってて。そういうのって不思議だよねえ」


 畠山さんが何か特別な感情に浸ってる。


「うん。そうだね。でも、そういうのって結構あるんだ」


 だから、僕もなんともなしにつぶやく。

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