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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第二章 『エレクティブ・リストレットカッティング』
16/77

5

「ほんとに?」

「うん、本当」


 靴を履きかえている最中で翠に提案した。お使いのお供をしようかと。今日は暇なので、少しくらい遅くなっても問題ない。それよりも翠とのやり取りを満喫したかった。これはおそらく昨日の影響だろう。


「本当について来てくれるんだー。嬉しいなあ。ただ、結構遠くのペットショップに行くよ。キキのドッグフードはだいぶ特殊なやつだからね。しかも、私とマクの家の反対方面。これでもいいのかな。あ、それとほら」


 言葉を濁した部分。これは彼女の件に違いない。


「そのことなら考えなくてもいいよ。場所が遠いのも心配しなくていいし。散歩気分で遠出をするのは悪くないからね」

「そっか。そこまで言うならついてきてもいいけど。後、さっき私が嬉しいと言ったのは少しだけだからね」

「少しでもなんでもいいよ。嬉しいことに変わりがないならさ。要するに一緒だって」

「違うよ。私にとってはものすごく重要なの」


 翠が片足立ちで器用に靴を履く。バレリーナみたいにバランスを取ってる。などと思うのは少し大げさか。ただ、バランスに長けてないとあの履き方は不可能だ。


「なんか、マクの視線が鋭い。もしかしてスカート短い? それとも、マクはその奥が気になっていたりして」

「大丈夫。そんなことは考えてないから。単純にさ、翠はここまで体が柔らかかったかなと思ってただけ」

「そうなんだ。でも、それはネコネコ体操のおかげだよ。あの体操はスタイル改善計画の他に柔軟も兼ねてるから。てか、マクはチラリズムに興味がないと。私の下着も少し大人っぽくなってきたのにな。全く見たくないわけか」


 翠は明らかに楽しんでた。これ見よがしにスカートを翻す。スカートが生き物のように揺れ動く。幻惑という表現がぴったしだ。


「翠、これ以上動くと本当に下着が見えるよ」

「あ、うん。そうだよね。私、はしたなかったか。かわいい下着を身につけてても、これでは台無しだ。そもそも、チラリズムではないや。ほら、チラリズムって何気ないふとした瞬間に見えることでしょ? 見えそうで見えない。なんて思ってたら見えたみたいな」

「まあ、そういうことかな」


 返事がしにくい質問である。


「ともあれ、弟が私の下着を見てバカにしなくなったからね。中学の時は子どもっぽいと鼻で笑ってたのに。ただ、妹には不評みたいだけどね。不思議な顔して下着を見つめてるし」


 弟が黙ってしまう。妹が不思議な顔をする。一体どんな下着だろうか。俄然興味が湧く。これは翠の下着を見たいわけではない。下着の形状を確認してみたい。いや、間違いなく嘘だった。


「とりあえず、翠のキョウダイって仲がいいよね」

「うん。仲はいいよ。まあ、私がいろいろと譲歩してるからだけど。弟の奴、結構反抗的だしさ。ただ、妹はかわいいかな。目鼻立ちが整ってるし。将来は美人さんになると思う。マクも今のうちに唾つけとかないと。最初のステップはお兄さんって言われるところ。後、十歳までに屋敷へ迎え入れないとゲームオーバーだから」

「なんだそれは。光源氏か」

「あはは。でも、光源氏だったらいい方だよ。本当は王子様でなくて狼。もしかしたら、男の子はみんな狼なのかもしれないよね」


 その意識の割には無防備な気が。これは幼馴染で信頼されていることの裏返しか。いい受け取り方をするとこれ以外に考えられない。


「なーんてことをいつも思ってるわけでもないんだけどさ」

「まあ、翠を食べてもお腹から出てきそうだしね」

「なにその赤ずきんちゃんは。男の子にも負けず、狼にも負けず、女の子いかに生きるべきか。なんちゃって。てか、この前の赤ずきんはものすごく怖い話だったよね。あのリメイク映画にはびっくりしたよ。内容を知らないで見たからなあ。もっとのほほんとした話だと思ったのに」

「ああ、この前見たホラーテイストのやつか」

「そうそう。今も夢に出てくるし」


 翠が体を震わす。本当に怖がりである。


「でも、そんなシーンあったかな」

「あったよ。たくさんあった」

「そう? 単にホラーテイストなだけだった気がするけど」


 ほんの少し前に見たばかりである。翠と一緒にDVDで鑑賞した。その日付も思い浮かぶ。だから、内容を忘れてるはずがない。ただ、どうも印象に残ってない。それは本来の童話である赤ずきんと違う話だからか。正直、赤ずきんという話は色々な解釈がされてる。深層心理にまで追及した諸説もあるくらい。だとすれば、あの映画の赤ずきんにはどんな解釈が施されてるのか。


「やっぱり怖い場面はなかったな」

「えー。ここまで見え方が違うなんて。マクが少し冷めた視点で見てるせいだ」


 翠が下駄箱に上履きをしまう。ガタタン。取っ手の金具が奇妙な音を立てた。閉める際の音だ。ただ、それを気にした様子はない。すぐに歩き出す。なので、慌ててついていく。程なくして追いついた。


「マク」

「どうしたの?」

「んー。やっぱなんでもない」


 昇降口を抜ける。見上げれば青い空。日差しが照りつけて暑い。でも、視界が広がる。これが外の解放感だ。室内から室外に切り替わる瞬間は何とも形容しがたい。なんとなく懐かしさを覚えてしまう。その懐かしさはなんだか分からない。


「翠?」


 前に翠がいない。いつのまにか追い抜いてしまった。翠は後ろで立ち止まってる。点字ブロックの上に。中途半端にしつらえた黄色の塊。昇降口の正面だけしかない。これは役に立っているんだろうか。


「ねえ、マク。やっぱり聞いておくよ」


 翠がいきなり口を開く。少しだけ真剣な表情。


「心に留めておこうと思ったけどね。でも、一緒に考えてみたら面白いかな。それと一応言っておくよ。これは私があの映画を見て疑問に思っただけだから」

「分かった。なんの問題もないよ。で、どんな疑問? なにが聞きたいの?」

「うん。それはね、あの映画にこんな問いかけがあったじゃない。赤の他人を意識して利用する人の恐ろしさについて。これを示唆してた場面がいくつも見受けられたよね。悪人だって断言もしてた。でも、私思ったの。他人を無意識で利用する人の方が恐ろしいって。もしかしたら、そのことが一番怖かったのかもしれない」


 翠の言うことには一理以上のものがあった。ただ、その辺りも印象に残ってない。


「……そっか。うん。確かにそうだなあ」


 僕は言葉を慎重に選んでいく。


「無意識というのはどこまでも意識的ではない。つまり、悪人であっても悪人でない。自分で意識してないから。悪人なのに悪人にはなりえないのか。うん。これはものすごく怖いことだ。改めて考えると恐ろしい」

「そうだよマク。とても怖いこと。善人でなく悪人。こういう無意識は恐ろしい」


 放課後。ブラスバンドの音が響く。運動部の声も連鎖的に続く。活動の音がそこかしこで聞こえる。校門の前ではストップウオッチを手にしたマネージャー。ランニング中の生徒を一生懸命に励ます。


「あれ? 誰かがこっちに向かって手を振ってない?」


 翠が僕に耳打ちをする。


「あ、ほんとだ」


 マネージャーの横で控えめに手を振ってる。動作が小さすぎて見逃してしまった。ただ、その女の子が段々と近づく。おかげで、ようやく判別できた。


「あ、三――」

「ストップ。お兄さん。その呼び方はしないと言ったよね。この前、約束したのにな」


 瞬時に口元を封じられる。その機敏な動きに驚く。しかも、口元だけでない。鼻も塞がれてる。呼吸が出来ない。


「ああ、ごめんなさい。つい」


 ようやく気づいてもらえた。窒息死なんていたたまれない。


「ふー」


 とにかく一息つく。空気がおいしい。これが比喩ではなかった。


「てか、そっちも明らかな約束違いだと思うんだけど」

「そ、そんなことないよ。お兄さん」


 思わず隣を見た。翠は目を丸くしてる。状況を把握できないらしい。ただ、それも仕方がない。説明不足。もっとも、こっちだって戸惑ってる。


「鮫島さん。こんにちは。今日もいいお天気ですね」

「こ、こんにちは」


 翠はまだ驚く。本当に仕方がないと思う。


「マク、キャラが違うような気がするんだけど」


 小声でささやかれても対応に困ってしまう。


「あー、その件に関しては何も言えない。それと内緒話も止めよう」

「あ、そうよね。とりあえず、私のことは気にしないで話してよ」

「ごめん。翠。後、もしかしたらお使いの件も」

「ああ、うん。大丈夫。分かってる。ただ、真意は見極めさせてもらうからね」


 翠の笑顔が少し怖い。暑さ以外の汗が出てくる。これを冷や汗というかもしれない。発汗作用にうってつけの方法だ。などと冗談を言っている場合でもなく。


「お兄さん。私ずっと校門の前で待っていたのー。いつやって来るかを考えながらね」

「そういう時はさ、メールか電話をした方が手っ取り早いと思うよ。うん」

「そんなのだめだよ。それにそういうやり取りは好まない。なーんて言ったのはお兄さんでしょ」

「まあ、たしかにその通りだ」


 僕は頷くしかない。


「ただ、それでもずっと校門で待ってる必要はないんじゃない?」

「そうかな? だって、私が教室に出向くのも違う。お兄さんが教室に来るのも違う。しかも、それは効率がよくない。階段を上ったり降りたりね。だから、校門の前で待ってたの。急がば回れじゃないけどね」

「あ、そっか。ここで待ってる方が効率いい。わざわざ余計なことをしなくていいから」

「そのとーり。ところでね、私が待ってたのにも理由があるんだよ。そう。それはお兄さんへの用事。具体的にはしてあげたいことがあって。お兄さんの予定は大丈夫?」


 また、翠を見てしまった。実に申し訳ない。


「あのー、鮫島さんと用事があるんですか?」

「いえ、私は全く問題ないですから。マク、もといお兄さんのことを、どうぞお好きに使ってください。何をなさっても構いませんので」


 翠はさも無感心そうに言う。しかも、翠までお兄さんという呼称。これは皮肉でしかない。末恐ろしすぎる。


「そうですか。ありがとうございます。鮫島さん、これからもお兄さんを好む者同士仲良くしていきましょうね」

「わ、私はべつに」

「では、お兄さん。行きましょうか」

「翠。ごめん。後日埋め合わせる」


 僕は翠に耳打ちをしておく。


「そんなことしなくもいいわよ。元々一人で行くつもりだったし。それよりもだよ。そんな呼び方させているなんて。とにかく、妹さんによろしくね。お兄さんっ!」


 背中をおもいっきり叩かれた。痛い。階段での攻撃よりダメージがある。あれは殴る予行練習にすぎなかったのか。そんなことを思うくらいの痛さだった。

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