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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第二章 『エレクティブ・リストレットカッティング』
14/77

3

『やっぱりこれはなあ。とんでもない作品に思えて仕方がないぜ』

『マク、一応確認のために聞くよ。それはどっちの意味で?』

『もちろん、悪い意味に決まってるから』

『だよね。そうだと思った』


 ゲーム開始から三十分。操作にもだいぶ慣れてきた。忘れてた感覚が戻りつつある。とはいえ、そこまで複雑なことは求められてないが。


『ところでさ、具体的にはどの辺が気に入らないの?』

『それを全部列挙していいんだ』

『まあ、いいと思うよ。聞いて困るわけでもないし』

『じゃあ、とりあえず言うよ』


 そして、僕は一つずつ問題点を指摘していく。


 操作性の問題。ストーリーのつぎはぎさ。意味不明の世界観。意味不明のセリフ。魔法の有用性が全くない。武器の説明が分かりづらい。右下の地図が見えにくい。戦闘に迫力がない。味方のキャラが効果なし。敵のキャラが使い回し。初め激ムズ、中パッパ、ボスは即死で即クリア。なんて節もつけたくなるゲームバランス。これではボス以前に売却されそうだ。後、パッケージの説明文句が過大広告の度合いを超えている。『君の心、ここで震えるがいいッッ!』。本当に残念。ここまで心震える要素が全くない。ツッコミの一つでも入れたくなる。


『マク、細かすぎだから。こういうのは微に入り細を穿つって言うんだっけ。とにかく、批評が的確すぎて怖い』

『うん。自分でもびっくりした。ここまでの瑕疵を見つけられるとは思わなかったよ。すっきりしたな。どうもありがとう』

『どういたしまして、というのもなあ』


 複雑な心境は分からなくもない。翠の弟のゲームだから。


 ともあれ、僕は慎重にプレイヤーを進めていく。道中はここで行き止まり。でも、壁に激突してまで歩き続ける。これは一種のお約束だった。


『装備とかどうなの?』

『まあ、してみたよ。このゲームではあまり意味がないんだけどね。一応、装備は白系で統一しておいた』

『ああ、白か。マクは白が好きだよね。どうして?』

『そこに理由なんかないって。翠だから緑が好きではないのと同じ。翠はなぜか苗字の鮫が好きだしさ。鮫島の鮫。そうだ。白が好きな理由を適当に推測してみてよ』

『私が?』

『うん』


 いきなり戦闘場面へ切り替わる。敵が三体。どれも雑魚キャラだ。個体はそれぞれ異なっている。なのに、同じに思えて仕方がない。それはグラフィックにバリエーションが少ないせい。一昔前の動きしかしてこない。


『マクが白を好んでいる理由。マクが白を好んでいる理由。白が好き。白が好き』


 翠の繰り返す声が聞こえてきた。ただ、そこまで熱心に考えることでないと思う。単なる思考の余興だ。


『これを解明するとマクの思考回路が明らかになるよね。だったら、迂闊なことは言えないじゃない。困った。本当に困ったよ。思ってもみなかったマクの性癖がっ! 今、ここで詳らかにっ! 君の心、ここで震えるがいいッッ!』


 いつのまにか、翠がノリノリになってた。後、決まり文句の無断使用は止めてほしい。オチ扱いなんて反則。吹き出しかねない。


『まあ、とにかくさ、白を好きな理由はこうだと思うよ。マクは女の子に清純を求めてる。この一点に尽きるかな。一点買いだね。ほら、白は清純の象徴だと聞くしさ。清純だけでなく無垢の象徴でもあったかな。清純で無垢。この二つを兼ね備えてるなんてすごいよ。両手にバトルアックスじゃない』

『そうそう。まさに相手を一撃必殺。魅力満載のノーガード戦法だね。じゃなくて! どこでツッコミが必要か考える暇もなかったよ。思わず、条件反射でやってしまった。反省はしてる。でも、後悔していない』

『で、やっぱりマクはそういう女の子が好きなの?』


 勢いだけでごまかせなかった。やはり、相手の勢いを相殺することはできない。


 画面は敵の奇襲攻撃が終わってる。ダメージはほとんど受けてない。程なくして、プレイヤーのターンへ。最初は魔法を使っておく。これは単純な攻撃魔法。組み合わせで効果の出る魔法が欲しいと切に願う。


『好きか嫌いか。その二択だったら、間違いなく好きだよ。清純と無垢を好まない男はあまりいないんじゃないかな。その辺はよく分からないけどね。ともあれ、ここでは前提がおかしい。白と清純は関係ないからさ。それに僕は女の子に清純を求めてないよ。そういうのではないんだ。もっとべつの――』

『べつの?』


 翠がオウム返しのように聞く。次に続く言葉を求めているらしい。ただ、それは僕も同じだ。続きが知りたい。なのに、言葉が出てこない。思いつかない。適当な言葉が全く見当たらなかった。


『べつのなんだろうな。ああ、これははぐらかしてるとかじゃないよ。単純によく分からないんだ。すぐに浮かんでこないだけ』

『ふーん。それなら仕方ないか。でも、白が清純の象徴だと思ったら大間違いだからね。そういう要素で自分を引き立てる。飾り立てる。これは女の子にとって当たり前のことなんだって。そういう子は客観視する能力がものすごく長けてる。だから、ここを利用した見えない情報戦でのやり取りがあるんだよなあ』


 最後の方は遠い目をしてそうなセリフだ。


『とにかく、コメントに困る情報をどうも。なんて言ったらいいかな』


 やはり、女の子の世界は大変である。互いの付き合い方やしきたりで雁字搦めになりそうだ。暗黙の了解が無数にあってもおかしくない。


『ところで翠、このゲームは上手く魔法を組み合わせられないの? 相乗効果みたいな感じでさ。そうやって、鮮やかに敵を撃退したいんだけど』

『え? ああ、そんなのは求めたらだめ。相性とか緻密とか戦略性とかは。そういうのを一網打尽にするバランスの悪さだし。魔法なんて一番効率が悪いよ。そうじゃなくてさ。このゲームでやることは一つしかないの』

『一つか。それは具体的になに? もしかしたらそこに面白さを見出せたりする?』

『まあ、無理だよね。単純にレベルを上げて物理で殴ればいい。それだけなんだから』

『あああ、それを聞くと極端にやる気が失せてきた』


 魔法攻撃は敵にダメージを与えない。これは薄々感じてた。ならば、仕方のないこと。普通に物理攻撃へ切り替える。ガツッガツッガツッ。響く殴打音。情緒も何も感じない。ただのありふれた攻撃だ。


『やっぱりこれではなあ。翠、なんとかしてくれ』

『仕方がないな。こう言えば納得する? ロールプレイングゲームにおいてレベルを上げるというのは基本的なこと。どのゲームにおいてもレベルを上げる作業はしないといけない。だから、作業だと思えばいいんだよ。うん』

『そういう励まし方は想像してなかった』

『そうだよね。だったらこうか。私が電話越しで応援してあげるから。チアガールパジャマ姿でボンボン振ってるのを想像すればいいよ』

『いや、待って。チアガールパジャマ姿が気になって仕方がないんだけど。そもそもさ、アクティブと非アクティブの代表的属性じゃないか。反発しあう二つを重ね合わせた服装が存在するのか?』

『マ、マクの食いつきがすごすぎる。酷い詐欺に引っかかりそうなくらいだよ。てか、そんなのは分からないって。ただの言葉の綾なんだから。でも、チアガールパジャマ姿というのはきっとあるはず。うん、ありかなしかで考えたらありっぽい。ありだ』


 翠が自信を持って宣言する。おかげで、新しい属性が誕生した。しかも、相当に魅力的だ。なんてことを考えているうちに敵は全滅した。剣呑剣呑。否、楽勝楽勝。


 こうして、ゲームを順調に消化していく。これには翠の応援が大きな影響を与えた。まるでターボエンジンを装備させたかのようだ。絶大な効果でやる気がみなぎっていく。翠も止むことなくささやき続ける。がんばれマク。がんばれマク。フレフレー。フレフレー。負けるなマク。負けるなマク。ファイト。ファイト。なんだかゲーム以外で応援されている気分だった。


『翠、このゲームってからくり屋敷の辺りで陳腐化するよね』

『そうそう。からくり屋敷周辺でプレイヤーにブーストがかかるんだよ。ここで極端にレベルが上がりだすんだよね』


 今は時間限定の応援も終わった。普通にまったりとプレイしてる。ただ、翠の声が頼りなくなってきた。庇護欲をそそる甘えた声へと変化。ウィスパーボイスみたい。そろそろ眠さが限界なんだろう。もしかしたら応援のしすぎで疲れたかもしれない。応援を強いらせすぎたと猛省しておく。


 すでに、ゲームを始めてから一時間半。時刻は丑三つ時に近い。真夜中のせいか。暑さは和らいでる。とはいっても、暑いことに変わりない。若干の変化だ。


『そういえばさ、マク』

『なに?』

『通学路に新しく家ができたよね。あれこそ現代のからくり屋敷だと思うな。ほら、極端に目立つし。どういう感性を持ったらあんな家が建てられるか知りたいよ』

『そうだね。僕もあの感性は不思議だと考えてしまうな。ややもすれば、周囲の外観を損ないかねない。そんな奇抜極まりないからくり屋敷なのにね。でも、実際は周囲と調和してるなんてさ。なんでも有名な建築デザイナーらしいよ。外国で一定の評価を受けたんだって』

『へえ、そうなんだ。ああ、なんか急に眠くなってきたよ。眠い』


 本当に眠そうな声。すぐにでも寝てしまいそうだ。


『ごめんな翠。普段はこんな時間まで起きてないよね』


 翠だと遅い時間。そもそも、翠はよく寝る方だ。寝る子は育つを地で行く子どもだから。いや、それは今も変わらない。たまに人のベッドで昼寝。どうも、僕のベッドが気に入っているらしい。部屋に来る時はいつもそこに座る。たくさんあるイスなんかに目もくれない。


『そろそろ寝た方がいいんじゃない? そして、最後の締めでどんな話が聞きたい? まさか、お姫様が王子様によって救い出される話じゃないよね』

『また、そうやってからかってくる。昔の話で。私はお姫様じゃないの。私の目指すところは太陽みたいに明るい女の子なんだから。ただ、マクが何かを話してくれるならなあ。どうしようかな。うーん。そうだ。なんか、空気のように柔らくて歯ごたえのない会話をしたいかも。螺旋のごとく同じ場面を回り続ける日常で出てきそうな会話。そんな緩い感じのがいい』

『ふーん。緩い感じね』


 少し考えてみる。すぐに浮かんだ。


『だったら、チョココロネの話でもしようか。主にチョココロネの食べ方とか』

『その話はあれだよ。二十分が限界だって』

『いや、きっと二十分も持たないぜ。せいぜい一つの四コママンガを見る秒数くらいで尺が収まるな。ちなみに、僕は太い方から食べていくよ。中身がこぼれ落ちないようにね。翠はどうする?』

『んと、そうだなあ。とりあえず、私はその食べ方をしないかな。理想的なのは細い方から食べていくこと。でも、そうすれば中身がこぼれてくる。だから、ちぎって食べる可能性が高いよね。もしかしたら、横からかぶりつくかもしれない。意外性があるし。ただ、私は丸呑み派だから関係ないか。食べ物だけでなく敵も吸い込みます』

『まんまカービィーじゃないか。いやいや。そうではなくて。その前の長広舌はなんだったのさ。それにチョココロネの大きさだと息が出来なくなるから』

『あはは。一気だけにね』


 なんだか、笑いの沸点が低かった。翠は笑い上戸。泣き上戸の方も備えてる。


『まあ、マク。心配する必要はないって。鼻が塞がっていたら口で呼吸すればいいし』

『いや、まず前提がおかしいから。なんで鼻から食べるんだか』

『えー、だってそうしないと愛の言葉がささやけないじゃない』

『チョココロネを丸呑みしながら愛をささやくなんて。いや、この場合は鼻で食事をしてるから難易度的には問題ないか。いや、なんか違う。ああ、混乱してきた。状況がシュールすぎるせいだ』

『そんなことないって。ふとした日常の光景だよね』


 眠さのせいだろう。翠のボケがおかしい。上手く拾い切れない。


『マクも私と一緒にささやけば問題ないって。ためしにやってみたら? そうだ。いいこと思いついた。両想いのゲイがささやきそうな愛の言葉で会話をしてみる。こういうのはどう?』

『……』


 沈黙。


『どうしたの?』

『いや、あまりにもすごい無茶ぶりで唖然としたんだけど。もしかして、そういうのに興味があったりするの?』


 これはだめ。質問の瞬間に察した。開けてはいけない玉手箱の前で右往左往してる気分。開ければ取り返しがつかない。そんな感じだ。むしろ、玉手箱ではすまない。パンドラの箱。その中は深奥のブラックホールが人を飲み込もうとして待っている。


『マク。実はね』

『うん』

『ものすごく興味が……と見せかけてないから。ないない。全然。全く興味がないって。一ミクロンも。私はマクに想像させたかったのよ。想像力こそが恐怖の源ともいうしね。単に意地悪がしたかっただけ。ふわぁ、眠い眠い』

『そっか。うん。それでいいんだよ』


 僕は心底ほっとする。この安堵感はなんだろう。不思議な気持ちになっていく。


『意地悪ならいくらでもすればいいさ』

『ううん。これで最後だよ。もうしないって。意地悪はしないから。したくても我慢する。だって私、今までたくさんしたよね。幼稚園、小学校、中学校。ずっとだ。一緒に入ったばかりの高校でも変わってない。ここに入れたのはマクのおかげなのに。借りは返さないといけないや。でも私は……。マク、本当にごめんね。私、マクのことが嫌いじゃないから。大事な幼馴染なんだし。マクも私を大事な幼馴染だと思ってるよね。だから、見捨てないでよ』


 翠が甘えたがりになってる。あまりの眠さで前後不覚なんだ。夢見心地というやつに違いない。僕はあまり刺激しないように言葉を選んでいく。


『翠、分かってる。分かっているから。僕にとっても大事な幼馴染に決まってるじゃないか。大事というか大切。心配することなんか一つもない』


 まるで自分に言い聞かせているみたいだ。


『……』


 翠からの返事はなし。どうやら、本当に寝落ちしたらしい。注意して耳をすませてみる。さすがに、寝息は聞こえない。そういえば、寝てる時の翠はとても静かだ。普段の活動的な感じとのギャップがすごい。


『おやすみ、翠』


 僕は携帯のボタンを押す。すると、通話マークが消えた。これは回線の遮断を証明。なので、携帯を放り投げてベッドへ寝転んだ。テレビはつけっぱなし。ゲームも続行中。画面ではプレイヤーが所在なさげにつっ立ってた。

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