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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第二章 『エレクティブ・リストレットカッティング』
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2

 翠は切り替えが速い。しかも、それがスムーズ。進行上のプロセスに従って切り替える。段階をしっかりとなぞっていく。やはり、頭の回転が鋭い。これは翠が人間力的なものを備えてる証だろう。


 先程までは込み入った話をしてた。おかげで、感傷的な気分になった。これをどうやって断ち切るか。その方法はいくらでもある。なのに、翠は同じような話を続けた。ただ、同じといっても少し軽い話。軽いのがポイントだ。回線を断つのでなく緩衝材。クッションを挟んでおく。こんな感覚に違いない。


 ともあれ、話題はゲームへ移っていく。ゲーム。いわゆる、家庭用機器のこと。昔から結構やってる。一応、趣味ではない。暇つぶしにするだけだ。ちなみに、僕はゲーセンへ行ったことがない。理由はあの雑多な空間を好ましく思ってないせいか。食わず嫌いの可能性はかなり高い。


『だからさマク、これくらいの暇具合にゲームってするもんじゃないの? なんていうか、二時間もかけて映画を見るほどの余裕はない。そのための心の準備も足りない。でも、中途半端に時間は余ってる。ゲームをするのにぴったりじゃない』


 この辺は僕と同じ見解らしい。


『まあね。翠の言うことは正しい。ただ、やるソフトがないんだよ。わざわざ新しいのを買うほどでもないし。それに何のゲームが面白いかも分からない。無論、何が流行っているかも』

『だったらさ、私が貸したゲームでもすればいいと思う』

『ああ、あれか』


 その件に関してはすっかり忘れてた。


『たしかにまだ終わってないな。うん。暇つぶしには最適かもね』

『そのために私が貸してるんだから』


 翠はDVDだけでなく、ゲームも貸してくれる。とはいえ、ゲームは翠自身が所持してるわけではない。弟の物だ。翠が弟に借りてまた貸し。さしずめ、翠は中間業者の役割だ。しかも、中間業者なのに利益は全く出ない。趣味みたいな所業である。そして、趣味が反映してるせいだろう。本の貸しは滅多にない。翠は文字を追うのがめんどくさいという。読書嫌いである。ただ、いきなり世界有名文学集を渡してくるから油断できない。


『でも、やっぱりあれはなあ』


 僕は苦虫を噛みしめたようにつぶやく。


『その煮え切らない態度はなんなの?』

『煮え切らないか。正しい表現だ』

『正しい表現って。どういう意味?』

『意味ね。意味を問われるとこうなるよ。端的に言えば、つまらないんだって。もしかしたら、僕の感性が間違っているかもしれない。などと最初は思ったさ。でも、普通にだめだったね。どうにも面白くない。それどころかあれだ。不親切な仕様にイラっとすることもある』

『マクは意外と憤慨キャラだもんね。少しくらいは我慢をしないと』

『いや、そうじゃないんだって。翠はあのゲームやったの? その程度のレベルじゃないんだよ。普通はやり続けていれば愛着が湧く。微妙だとしても味が出てくる。たとえば、スルメみたいにね。なのに、そういうのも感じなかったから』


 これがバグばかり発生するやつだったら諦めもつく。基本がなってないと批判すればいい。ただ、そういうわけでない。商品としては成り立ってる。商品であり一つの物語。物語ならば、ドラマツルギーが発生だ。そう。ドラマツルギー。物語上の必然であり、関連性の総称。これはどんな場面でも存在する。否、必ず存在しなくてはいけない。ちなみに、有名な劇作家はこんな言葉を残した。――全世界は劇場だ。全ての男女は演技者である。出番と退場の時を持っている。一人の人間は一生のうちに多くの役割を演じていくのだ――。この言葉こそドラマツルギーそのものだった。


『とにかく、納得できないことがたくさんあるんだって。まあ、ゲームでこんなに文句を言うのは良くないんだが。製作者にいちゃもんをつけているみたいだし』


 翠の反応がない。と思ったら違う。笑いを噛み殺してた。電話越しでも明らかに伝わってくる。


『あはははは。やっぱりそうだったか。ああ、おかしいな』


 しまいには楽しそうに笑いだす。もはや隠す気もないようだ。


『どうやら、私の見当違いではなかったんだね。つまらない物はつまらない。どこかに楽しい要素を見出そうとしてもだめ。見当たらない。面白くない物は面白くない。やっぱり決まってる。けっして反転しないんだよ。いきなり裏から表へは変わらない。もちろん、表から裏へ変わらないのと同様に。それが真理なんだね。そんなふうに考えたら面白くなってきて』

『ということはあれか。面白くないゲームをやらせて反応を試したわけだな』


 僕は普通に憤る。


『ただ、こうやって犠牲者を増やす方法でしかないのか。このゲームの楽しみ方は。本質的にゲームを楽しんでいるというわけではないんだが』

『ばれちゃったか。まあ、一縷の望みには賭けてたよ。マクがこのゲームを面白いと思う可能性に。そしたら心の中で笑おうと考えてたけどね』

『それは少しばかりひどいと思うぜ』


 思わず、肩をすくめて言ってしまった。もちろん、翠には見えない。


『とにかく、弟の趣味に問題があるかもしれないよね。弟は面白くないゲームばかりを買ってくる。しかも、偏差値四十くらいのゲーム。本当に安定してるんだって。毎回毎回ねー。その上で、今回は偏差値三十くらいのを買ってきた。それこそ、神に魅入られたかのように。これはすごいことだと思わない? なぜなら、基本的にゲームは面白いはずだから』

『うーん。そうだよな』


 思い返してみればそうだ。翠から借りたゲームに傑作はない。凡作が多い。そして、一癖も二癖もあるやつばかり。間違いなく主流ではない。亜流である。レビューや評価を見てないが推測できてしまう。ただ、それでも存外に楽しめた。癖が多くても面白さは見出せたと思う。今回を除いては。


『しかし、それが本当だとしたらすごいや。一種の才能というやつだ。逆ダウジングみたいな能力だね。全くもって必要のない才能だけど』

『うんうん。でも、世の中の大半は必要のないことだからいいじゃない。それにもしかしたら必要になるかもしれない。そんな可能性を秘めている能力。などと考えればいいよ。いや、やっぱりないか。あはは』


 翠が声をあげて笑う。


『つまりね、マク。こんなゲームはこういう時にこそやるべきなのよ。まだクリアしていないんでしょ?』

『やっぱり、そういう結論になるんだね』

『もちろん。寝苦しい夜中につまらないゲームをやる。これは間違いなく粋だよ。夏の夜長に月夜を片寄りに。万葉集なんかにも出てきそうだよね』

『出てこないし。だいたい夏じゃない。秋の夜長っていうから。そもそも、ゲームという単語自体がいけない。俳句的要素をぶち壊してるよね』

『そうかな』

『そうだよ、翠』


 僕はため息をつく。


『そっか。でも、そんなことは気にしなくていいんだって。それとため息はつかないの。幸せが逃げていくよ。だから、気楽にゲームでもして楽しめばいい。あ、楽しくないゲームか。だったらこうしよう。私がずっと電話を繋いであげる。電話しながらだとちょうどいいと思うし』

『今のは僕と長電話したいって解釈をしていいの? そうだとしたらあれだ。ものすごく回りくどい方法だよね』


 冗談の一つも言いたくなる。


『え?』

『あれ?』 


 反応がおかしい。まさかの図星か。いやはや。それはあり得ない。


『そ、そんなわけないでしょ。私はつまらないゲームを渡した責任を取るだけ。それくらいの意味しかないんだから。へんな勘違いしないでよね』


 やはり、そんなことはなかった。自分の脳みそに酢が入ってたようだ。


『とにかく、マクが眠たくなるまで付き合うからね。つまらないゲームなので眠気が増すかもしれないよ。暑さとか関係なしにさ。そしたらこれ幸いじゃない。後は眠さに任せて寝てしまえばいいし』

『まあ、そうだね』


 電話の向こうで物音がする。階段を降りていく音。移動でもしてるのだろうか。


『じゃあ、マク。電話切るから』

『え?』

『だから、寝る準備をしたいの。布団に入って、マクと話をするだけの状態にしておく。これが大事なんだって』

『そっか。分かったよ』

『そうそ。分かればいいし。バイバイ。明日くらいにかけるね』


 それを最後に電話は切れた。すると、蝉の鳴き声が響く。扇風機の羽音も同じくらい。にわかに音量が増した感じだ。なのに、静寂だと思える。不思議だ。なぜか、そんな感覚に陥ってしまう。時刻はもう少しで十二時。明日くらいとはそういう意味か。正しいようで正しくない。明日でイメージするのは朝だった。


 とりあえず、携帯をベッドに置く。テレビのスイッチを入れる。深夜のお笑い番組が映った。彼らは何かのネタをしてる。でも、同じフレーズを何度も繰り返すだけ。これは一年前に流行したやつだろう。去年の流行語大賞だった記憶がある。


 僕はビデオデッキから本体を取り出す。借りたソフトも一緒。なので、その流れで差し込んでおく。ゲームが出来るようにチャンネルを合わせる。起動のボタンも押す。リロードの表示。長いと思う。その後でようやく音楽が流れた。

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