妖刀 アメノムラクモ
だめだ。主人公がチート過ぎる。
ガキィィンッ!
もう何合目かも分からないほど、二つの刃はぶつかり合った。
「クソッ。羅刹って思ったより強いな……」
「そいつは光栄だな」
色々試してみたが、こいつは完全に俺の速さについてくる。それどころか、余裕さえありそうだ。
「どうやらもう運動って訳にもいかなそうだ……。しかたねぇ。ちっとばかし本気出すか……」
「ほう、まだ早くなる余地があったか。だが、もう諦めろ。お前は俺に会った時点で負けと決まっている」
「ハッ。ほざけ」
その言葉を合図に、これまでとは段違いの速さで『風神』を繰り出す。
「その鎌ごと切り裂いてやるよッ!」
衝撃波によって生み出された真空の刃がまさに鎌を切断しようとしたその時だ。
「甘いな」
瞬間移動でもしたかのように俺の右側へと回り込んだ金裄は、俺に向かって鎌を振り上げた。
「っ!?」
とっさの判断で鉄鞘を鎌に合わせていなす。防ぐもんなら、鉄鞘はひしゃげ、俺だって斬られはしないものの相当な怪我になっていただろう。
「これならどうだ?」
「がっ!」
腹部を蹴られ、重心が前に傾いていた俺は受身もとれず、地面を転がった。
「とっさの判断は誉めてやるが、その攻撃が一段だけとは思うな」
「貴様……!」
刀を突きたて、ゆっくりと起き上がる。
「……もういい」
「何?」
金裄が聞き返す。
「……もう何も考えねぇ……。お前、殺す」
その言葉に反応するように、刀『アメノムラクモ』が鈍く、紅く光る。
「む?」
「ああ……お前には教えてなかったな。この『アメノムラクモ』ってやつはな、ある有名妖し鍛冶屋が作った、その名の通り『妖刀』なんだよ」
「ほう」
「んでその能力っつーのが……」
ゆっくりと刀を天に向ける。
「刃の分散だ――妖刀、『アメノムラクモ』」
切っ先が中天に上ったところで、刃が崩れた。
「金裄、お前は果報者だ。この状態の俺なんて、そうそう拝めるモンじゃねぇぜ」
空中に漂う刃は、未だに紅い光を灯し、まるで火の粉のようにも見える。
「終わりだな」
刀の中心だけになった『アメノムラクモ』を振るうと、それにあわせるように何百という小さな刃が紅い軌跡を残して金裄に向かっていく。
「随分、急ぐのだな」
「急ぐ? 当たり前だ。俺は眠いんだよ」
直線的に飛ばした為に避けられた刃を、引き戻すように中心を振る。
「なるほど、この分散した刃とその中心を妖力で繋ぎ止め、鞭のように振るうことが出来るわけか……」
「まあそんな所だ。だが、いいのか? そんなに余裕そうにして」
「甘いな。お前は忘れている」
迫り来る無数の刃を避け、残った刃は弾いて言う。
だが、弾いたところで何も変わらない。再び刃の群れに戻るだけだ。
「ここにはもう一人いることを!」
「っ!?」
キィン!
「ちっ! 外したか!」
何かが刃に防がれた音と、聞き覚えのある声。
「本当に戻ってきたのか……」
「あはははは、あれだけやられて戻ってこない訳ないでしょ」
「まあ、いいだろう。別に一人増えたところで俺の勝ちに変わりない。……行くぞ」
低くしゃがみ、先ずは金裄に狙いを絞る。
「弐の型、『天照』」
無数の刃のせいで、細かい真空の刃がいくつも出来る。
「ふんっ!」
金裄は、鎌の持ち手を真ん中に持つと、勢いよく回した。
真空の刃は、回転する鎌によって防がれた。
「次は俺達の番だ」
俺が攻撃体勢に入る前に金裄が大鎌を思い切り投げた。
それをしゃがんで避けると、後ろで何かが木に刺さるような音がした。
「任せて金裄! はぁ!」
後ろで封華の声がした。振り向くと、先程金裄が投げた大鎌は木に突き刺さり、それを足場にして封華が空中より襲い掛かってきた。
ぎりぎりまで引きつけ、まさに小刀が振り下ろされようとする瞬間に刀を振った。
「っ!? あっ!」
いくら戦闘能力の高い羅刹であろうと、空中で避けることは不可能だ。いくつもの刃が封華に突き刺さる。
そのまま上に振ると、封華の身体左半分は鮮血で真っ赤に染まる。
「あぁぁぁ!! クソッ! このガキが!」
とうとう切れたのか、凄まじい速さで何手もの斬撃を繰り出してきた。
だが、その攻撃にも焦らず、刃を振るい続けることで封華を一定距離以上近づけないようにする。
さすがの封華にも疲れが見えてきたのか、一瞬攻撃の手が緩む。その一瞬の隙を俺は見逃さない。
「くっ……うぅ!」
「……安心しろ。俺は無闇に殺生などしない。……だが、その右足、二度と動かねぇようにしてやる」
相手の返事など待たず、問答無用で封華の右足を斬り捨てる。
「貴、様ぁ……! 私はまだ……」
「もういいぞ。封華」
突然後ろから声がした。慌てて振り向き、妖刀を構える。
「もういい。お前はそこで待っていろ。こいつは俺が片付ける」
「あぐ……でも私まだ動けるし……」
「そういう問題ではない」
そう言うと金裄は大鎌を地面に突きたて、諭すように言う。
「お前、龍牙はどうするつもりだ。あんなガキ、俺では養えん。今は命の方が大事だ」
え? あれ?
「お、おい。ちょっと待て。確認していいか?」
「何だ」
「えっと……お前ら、夫婦ですか?」
「そうよ」
「えぇ!?」
「てことは良介はー。二人の愛を引き裂く悪役になってるわけだ?」
「要らんこと言ってんじゃねぇ雪姫! というか本当かそれ真だよなぁそれもそうだよなぁ!」
なんてことしてんだ俺。救えねぇー。いたたまれねぇー。
「まあ、御託はいい」
「衝撃の事実を御託と言うかお前」
「貴様の首は俺がもらう」
「ハッ。いいのか? こんな安っぽい首で」
「いや、そうでもないな」
さっきから金裄が普通に対応できるのは、俺が妖刀を刀に戻したからだ。
「上刻の半分か(約十分)……。お前はどうやら相当の精神力をもっているようだな」
「そりゃありがとうよ」
残念ながら、妖刀の状態にするのはかなり体力を使い、並みの人間では発動すら難しい。ここまでもったのは日々の鍛錬のお陰だ。
「貴様には腸煮えくり返るほど腹が立つが、その能力だけは感心する。無族にしては、な」
「ふん。あまりおしゃべりをしている暇もないぞ」
「そうだな。一刻もはやく封華を助けてやりたいものだ」
二人同時に走り出す。
すれ違い様に『風神』を繰り出す。が、大鎌に防がれた。
そのまま走りぬけ、方向転換をするとすぐ目の前に金裄が大鎌を振り上げて迫っていた。
刀を振ると見せかけて鉄鞘で腹を打つ。
「それは攻撃か?」
「ハッ」
さすがに、戦闘種族。打撃技はほとんど効果はなさそうだ。
俺が真空刃技を繰り出せば総てあの大鎌に防がれる。攻撃系統を変えるべきなのかもしれない。
「五ノ型、『天津神』」
速さを極限まで上げ、乱れ撃ちのように斬撃を繰り出すと、自分の周りに刃を纏ったように、近づく者を全て斬り捨てる。
「が、一定の距離さえ置いてしまえば大したことはないな」
「甘いな」
『天津神』を発動したまま金裄に走る。流石の大鎌でも、これを全て防げることはないはず。
「はっ!」
「ぐっ!?」
ところが金裄は、防ぐわけでもなく、柄の方を俺に向けて突いてきた。
まっすぐ鳩尾を打たれた俺は、激痛に思わず手で抑えた。
「貰った」
その言葉を聞いた瞬間、地面に小さくしゃがみ込む。そして、足元を刀で薙ぐ。
「だから、甘いと言っている」
金裄は柄を地面に立て、俺の刀を防ぐと、回転させて思いっきり頭に叩きつけてきた。
「っ!!」
脳が揺れ、一瞬意識を失いかける。だが、金裄はさらに攻撃を仕掛けてきた。
そのまま回転させ、こんどは刃の面で俺の首を狙ってくる。しゃがんだままの俺は避けることは出来ず、鉄鞘で刃ではなく、柄の部分で受け止めた。
「これならどうだ?」
金裄は鎌を思い切り引く。鉄鞘を巻き込んだ鎌は、握っている左腕を切断しようとせまっていた。
「っがぁ!」
鉄鞘を刃の面に向けたので切断は避けたものの、腕を斬るには十分な時間があった。
血が溢れた左腕を押さえながら、転がって逃げる。
「ようやく当たったか……。まったく、無族ごときにここまでてこずるとは……」
「ぁぁぁぁぁ……」
久々に感じる痛烈な痛みに、情けなくも声が出る。
「お前……お前……! 俺の腕をォ……! 殺してやるぞぉぉぉぉ!!」
「あっ、良介!」
雪姫の声が聞こえた気がするが、もう遅い。一度こうなってしまえば俺にも止められない。それが忌み子たる所以だ。
「神技、囚ノ型! 『刹那』!」
まるで自分が何かに乗っ取られたように、口から勝手に言葉が流れる。
刀を持ったまま金裄に向かう。自分の身体なのかと疑うほど速く。
「む。速いな。これまでとは段違いに」
大鎌を構えた金裄は俺の出方を窺うようにその場を動かない。
「死ねぇぇぇ!!」
神速で振られた刀は、やはり柄に防がれてしまう。
「ぐあ!?」
走ってきた勢いのままの俺の身体は、図体の大きな金裄すらふっ飛ばしてしまうほどの蹴りを放った。金裄が無様に地面に転がる。
転がり、止まる前に金裄に追いついた俺は刀を振り上げた。
パァンッ!
突然背中の辺りで大きな音が鳴り、俺は刀を振り上げたまま動きを止める。
「……あ?」
何故だ。身体が動かない。
「……なんだ?」
死を覚悟して、目を閉じていた金裄も目を開ける。
「ごめん良介。しばらく動かないで」
「……いや、動けないんだが」
あれ? 口が俺の意思で動く……。
「もう大丈夫みたいね。良かった。もう動いていいよ」
言われた俺は、振り上げた刀を躊躇なく振り下ろした。
「……何?」
金裄は、てっきり死んだものだと思ったのだろうか。不思議そうに俺を見やる。
「……言ったはずだ。俺は無駄な殺生はしないと。勿論、場合によるが。今ここで貴様らがここから去ると言うのなら、お前のその大鎌と、封華の小刀だけもらっていく。それが嫌ならここで止めを刺してやってもいいぞ」
立ち上がりながら金裄に提案する。
「……命が惜しい、か」
やがて、そう、ぽつりと呟いた。
「なんだと?」
「ふ、情けないものだ。一度覚悟をしても、やはり自分の命は惜しいものだ。いいだろう。今日のところは退いてやる」
「今日のところは?」
「ああ、いつかまた、次はお前を殺しにくるさ」
「来るなっての。……まあいい。雪姫、封華の手当てしとけ」
「はいよーぅ」
大鎌を拾い上げ、先程からこちらを見るばかりで一言も喋らなかった封華に近寄る。
「よう。生きてるか?」
「うるさい。今すぐにでもお前を……」
「それだけ言えりゃ十分だ……っと。これだな」
そばに落ちていた小刀を拾い上げる。
「おら。鞘も渡せ」
「……ち。分かったよ」
懐を探り、小刀の鞘を渡してくる。それを受け取ると、大鎌と一緒に荷台へ放り投げる。
「……お前はなぜそこまでする。俺達はお前ら無族を殺すために生きているようなものだぞ」
「そりゃ悲しい生き方だな」
焚き木に火をつけながら金裄に返事する。
「言ったように無駄な殺生はしないんだよ。あ、でも盗賊は別だぜ? 面倒くせぇし、実際排除命令がでてるらしいしな。だが、いくらお前達が俺達の命を狙う危険種だとしても、俺はその精神を曲げるつもりはない」
「……そうか」
それきり、金裄は夜空を見上げたまま押し黙る。
「……綺麗な、月だな。鬼が出そうな程に」
「……鬼か。そういやここらは鬼が住んでるんだっけか」
「実際にはもっと南に下ったところらしい」
「ほぉう……」
その夜、月は朝日が昇るまで輝き続けた。