良介
『……お前の目には……何が見える……?』
「……何も」
『……ふっ。実に、お前らしい……答えだ、な……』
『知ってる? あの子、親に捨てられたのよ……』
『あらまあ、それは可哀想に……』
『誰か引き取ってくれないもんかねぇ……』
『無理よ。だってあの子、忌み子じゃない』
『おい! お前親に捨てられたんだってなぁ! 流石忌み子だ!』
『ははっ! 一人で寂しくないかぁ? 忌み子さんよ!』
『意外と平気かもよ? 妖怪と仲良しかも!』
『あはははっ! 忌み子は妖怪と仲良しだ!』
「クソッ!」
「わっ!?」
目を開けて周囲を見渡す。相変わらず荷台に乗っている。少しでこぼこした道が丁度よい揺れを生み出し、それで寝てしまったようだ。
「嫌な夢だぜ……」
「へぇ? どんな夢?」
馬を引く雪姫が尋ねる。
「別に、昔の事だ」
「ふぅん……。あ、良介。それより、もう『賽ノ地』だよ」
「……そうか」
北倶盧洲の北に位置する通称賽ノ地。俺達はそこに向かっていた。
「……賀茂川かぁ……。盗賊狩りが施行されてるらしいから気をつけないとねぇ……」
「ハッ。別に構わねぇよ」
「そんなこと言って……」
雪姫そこまでいった時、
「そこの者! 止まれ!」
後ろから声が掛かった。
「ってホントになったぁ……」
「お前は黙ってろ。……何の用だ?」
後ろであわあわ言っている雪姫を放置し、役人らしい服装の人間共に向き直る。
「貴様ら、盗賊だな? お触書に則り、貴様らを処罰する!」
「ねぇ良介、本当に誤解してるんだけど」
「知るか……。あー確かにここにいるが、来たのはついさっきで、しかも旅の者だ。盗賊なんかじゃあない」
「ほう……」
役人の一人が考えるそぶりをする。
「……盗賊はよくそんなことを言っているな」
「そうなるか!」
「おい! 掛かれ!」
役人の一人が叫ぶと、後ろについていた他の役人らしき人間が刀を手に突っ込んできた。
「……チッ、面倒をかけてくれる……」
横に置いてあった刀『アメノムラクモ』を取り出し、荷台を降りる。
「はぁっ!」
役人が斬りかかる。それを余裕をもって避けると、『アメノムラクモ』を構える。
「神技、壱ノ型。『風神』」
つぶやきと共に勢いよく抜刀する。『風神』とは抜刀術、速さをもって大気を切り裂き、そこから生まれる衝撃波で刀の届かない切っ先の四寸先まで切り裂くことが出来る。
役人は二人同時に地に伏した。
「あれは……、神技ではないか? たしかあれを習得した人物は開祖ただ一人……」
「そうだ。俺が『神技』開祖。良介だ」
「そうか……それほどの人間が盗賊になるとは……世も末か」
「そこは変わらねぇのか!」
「ええい! 臆すな! 全員かかれ!」
「あークソッ! 参ノ型、『月夜見』」
それはまさに刹那。一人を残した役人以外全員が一瞬で斬られる。
「なっ!?」
「どうだ? 速いだろ? 忌み子はここまで出来るんだよ」
「忌み子……?」
「終わりだ消えろ」
刀を役人に振り下ろす。だが、ガキィンッ! と何かにぶつかる音がしただけで、役人まで届かなかった。
「何?」
「そこまでにしてもらおうか。良介とやら」
「……誰だ貴様」
思い切り敵意を込めて現れた男を睨む。
「おーおー怖いね。ま、役人様の助っ人ってところかな」
「ならお前も消えろ」
一瞬で相手の懐に入り込み、刀を振るう。
「ふぅん……なかなかやるんだねぇ……」
やはり何かに防がれたようだが。
「お前夜叉か? それとも……羅刹狩りを行っていた側か?」
「さぁ? どっちでもいいじゃない」
「だな。弐ノ型。『天照』」
何手もの『風神』を繰り出すのが『月夜見』。それとは対称に、抜刀した状態で渾身の一撃を叩き込むのが『天照』。
「はっ」
だがその衝撃波でさえ、何かに遮られる。
「何か纏っているのかそれとも単に速いのか……」
「さぁてどっちだろうね?」
どちらにせよ、こいつは手強くて、厄介な人物であることに変わりはない。
「……来いよ」
「……君が向かってくればいいんじゃないかい?」
……なるほどな。
「つまりお前、動かなければその何かは発動する訳だ……。おい、雪姫、あれ寄越せ」
「はいはいー」
そう言って雪姫は黒い物体を投げて渡す。
「分かるか? 『爆裂弾』だよ」
「くっ……」
「その様子だと防げないようだな。よし」
導火線に火を付けると、そいつの足元へ転がす。
「発破前だけ動けば!」
「甘い。四ノ型。『天児屋尊』
三段の素早い斬り技で、男を斬り伏せる。
「ふん。大したことねぇじゃねぇか」
爆裂弾は、とっくに導火線を焼いた。
「ニセモノだと気付かない辺りアホだな……」
「そんなことよりさぁー。どうするー? 私達こんなところで生活しなきゃだよー?」
「うるせぇ。しかたねぇだろうが。もう金は尽きちまったし、服は汚ねぇし」
「そうだけどー」
「とにかくさっさと空き家でも使うぞ」
「なかったらー?」
「ぶった斬って奪うだけだ」
この世に幸せという単語が存在するのなら、俺の過去は幸せだったと言えるだろうか。
『忌み子』と言われ続け、親に捨てられ、雪姫に拾われるまでの生活は、あの時間は……。