私、あなたのシンデレラではございません!(掌編)
十数年前、シンデレラという十四の娘がいた。
シンデレラは不思議な幸運を得て王太子の花嫁探しの舞踏会に出向き、王太子と恋に落ちた。紆余曲折の末に結ばれたのだが、王位争いをしていた王弟から送り込まれた刺客から王太子を庇い、シンデレラは結婚式の翌朝に儚くなってしまった。
初恋の愛し妻を手に入れ、そして一夜にして亡くした若き王太子の嘆きは深く、怒りは国を滅さんほどに激しかった。怒り狂った王太子は問答無用で王弟の首を刎ね、そのまま風見鶏ゆえに国に混乱を招いていた軟弱王に譲位を迫った。十五歳で即位した新国王は、怒涛の行政改革を行い、若さゆえの強引さと無謀さで国を導いた。
あれこれと波乱を経て安定した治世を築いている国王だが、今年ついに三十を迎えた。妻の喪に服し続けていた国王だったが、重臣たちからの度重なる進言を聞き入れ、とうとう妻を娶ることを決めた。
しかし、国王はかつての愛を忘れてはいなかった。
ゆえに、とんでもない命を出したのだ。
「シンデレラのガラスの靴が履ける者を見つけ出せ。その者がどんな女であれ、私は我が妻とする」
求婚の時に差し出した、彼女のためだけのガラスの靴。かつて王が己の魔力で作り出した、唯一無二の逸品である。
そんな靴を履けるものなどいるはずがない。
臣下を甚振って気を晴らしているのか、さもなくば国王陛下は気を違えたのだと、忠臣たちは嘆き悲しんだ。
しかし、藁にもすがる思いで御触れを出したのだ。
この国に在る全ての女は、ガラスの靴に足を入れること、と。
「……で、とうとう気を違えたと言われている悲劇の国王が私だ」
「長い自己紹介ありがとうございました」
この国で一番尊いお方を前に、私は静かに長い話を聞いていた。いかに物知らずの平民とはいえ、不敬をすれば首が胴体から離れることくらいは分かっているのだ。
「話を聞いてくれとのことでしたが、もう帰ってよろしいでしょうか?」
私はできる限り丁重にお伺いしたが、あっさり首を振られた。
「ダメに決まっているだろう、私のシンデレラ」
「あなたのシンデレラはもう死んでるんですよね?偉大なる国王陛下」
「気の強いところは変わらないな、私のシンデレラ」
白けた目で睨みつけられても、どこか嬉しそうに、いや、明らかに緩んだ顔で笑み崩れる国王陛下に、私は肩を落とした。なんでこうなった。私はこの国にたまたま訪れただけの旅一座の娘なのに。
「シンデレラの靴が履けた。しかも十四歳。完璧だ」
「なにも完璧じゃありませんよ」
このおかしな国王のせいで、現在国宝指定となったガラスの靴を持った使者たちが、国中の家々を回ることになったのだ。旅籠に止まっていた私まで無理やり靴を剥がされ、履かされた。そしてなぜか履けた。履けてしまった。
「私のシンデレラが戻ってきてくれた」
「あなたのシンデレラじゃありませんって」
「生まれ変わりだ。歳の頃もぴったりだし、波長も合う」
ニコニコと微笑んでいらっしゃる方は、近隣諸国に恐られる勇猛にして残虐な簒奪王である。とんでもなくぶっ飛んだ話を真面目に仰っているが、まぁそれくらいおかしなお方でないと十五歳で王位を強奪したりはしないだろうし、そこから怒り任せに周辺国へ快進撃を繰り広げたりもしないだろう。とても怖い御仁である。なるべく刺激したくないのだが。
「気のせいですって」
この国王様のお妃になるくらいなら、ご不快にさせた方がマシである。たぶん命がいくつあっても足りない。
「この靴履ける人なんて他にもいくらでも居たでしょうに!なぜ私なのですか!?」
「ははは、可愛いね」
全身で抗議する私を、筋骨隆々の国王様は小動物を愛でるように笑った。
「それがいなかったんだよ。アレは魔法のガラスの靴だからね」
「魔法かぁ……ちょっと専門外で分からないですね」
魔法と言われてしまうと、私には言えることがなくなる。そんな夢物語みたいなこと言われちゃうとね。現実主義で拝金主義の旅一座の娘としてはね。
「今や魔法はこの国にしかいないと言われているからな、分からなくても仕方ない」
「さすがお伽の国と呼ばれるだけありますね」
正直信じてはいないけれど、否定するだけの根拠もないので、私はひとまずそれらしく頷いておいた。ここは深掘りしても無駄そうだ。
「で、結婚してくれるかい?」
「いや無理ですって」
なぜ諦めてくれないのかと、私は床にしゃがみ込んで頭を抱えた。どうだ、無作法だろう、下品だろう!なにせ生まれてこのかた、こんな絨毯なんぞ見たこともない平民ですから。この床ならそのまま横になれますよ。さっき案内されたぴっかぴかの寝台よりはマシです。いや、寝ませんけど。泊まりませんけどね。
「あの、私は平民ですし」
「私のシンデレラも平民だった。問題ない」
他の国なら「そりゃ無理だ」となりそうなことを言っても、お伽の国の王様にはあっさり流される。貴賤結婚とか大問題だぞ、普通の国なら。
「えーっと、流れ者ですし」
「広く世界を知った者が王妃になるとは素晴らしい。この国の発展が期待されるな」
ウキウキしないで欲しい。よそ者の血を入れるなんて普通ありえないでしょうに、どうしたら良いのかと私はズキズキ痛む頭を押さえた。
「あ」
思いついた。このロマンチックで夢見がちな王様に対する切り札を。
「いやほんと無理です。私、既婚者なので」
「……は?」
私が胸を張って言い切ると、初めて国王陛下の顔色が変わった。
「君、十四歳だろ!?なぜ結婚している!?児童虐待では!?」
「十四に求婚したあなたがおっしゃいます?」
呆れ果てて物も言えない。げんなりと突っ込めば、国王様はもっともらしい顔で眉を顰めた。
「貴族階級以上での幼少期の婚姻は家同士の契約だ。実際の夫婦関係は成人後に築かれることがほとんどだよ。しかし、庶民の場合は違うだろう。大丈夫か?借金でもあったのか?」
「い、いえ、大丈夫です」
普通に心配されているようで、私は若干の気まずさと共に首を振った。そして真摯な眼差しで国王を見上げて言い募る。
「私、……前世から永遠を誓った恋人がいるので無理です!ほぼ既婚者です!」
「はぁ!?」
白々しく、しかし堂々と言い放った私に、国王陛下は素っ頓狂な大声をあげた。そして私の両肩を掴んで、鬼気迫る顔で私を覗き込む。
「そいつはどこに!」
「この世界のどこかに」
勝機を見出した私は、持ち前の演技力で勝負する。あからさまにうっとりと視線を伏せ、気合いでポポポと頬を赤らめたのだ。見るからに恋する乙女である。
「私は彼に会える日を待ち望んでいるのです……!」
ここまで夢見る馬鹿女を装えば流石に諦めるだろう。馬鹿には馬鹿で対抗するのだ。
「前世の恋人に対する浮気なんて出来ません。私、一途なので」
蕩けた瞳でにっこり言い放てば、国王は目を見開いて私を凝視していた。勝った、と私は確信した。
しかし、甘かった。
「なんだ!ならば問題ない。その恋人は私だ」
満面の笑みで抱き寄せられ、慌てて太い腕から逃げ出しながら私は叫んだ。
「んなわけあるか!この馬鹿王が!」
ああ言えばこう言う国王陛下を相手に、私は床に突っ伏した。
書き途中のお話の元のプロットを見つけたら、覚えていたものと違ったので、こちらは掌編にしました。
ラブなしの場合、ジャンルは何にすれば…?となり、コメディになってます。




