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学園が動き出す



ランキング戦終了後。


競技場の熱気は、日が傾いても冷めなかった。


「FクラスがSクラスと引き分け」

「指揮してた黒髪の新入生、誰だ?」

「王女殿下が見てたらしいぞ」


噂が爆発的な速度で広がっている。


俺はその中心から、できる限り静かに離脱しようとしていた。


——だが無理だった。


「レイジ!!」


ガルムの大声。


周囲の視線が一斉にこちらへ向く。


(だから名前を呼ぶな)


「早く帰ろうぜ! 腹減った!」

「今は目立つから分散行動しろ」

「なんでだよ!」


ミーナが横で笑う。


「もう遅いって。完全に有名人」


否定できない。


廊下を歩くだけで視線が刺さる。


昨日まで存在すら認識されていなかったFクラスが、今は学園の話題の中心だった。


(仕事増える未来しか見えない……)


その時。


「レイジ君」


後ろから呼ばれた。


振り向く。


バルド先生だった。


いつもの無骨な表情だが、どこか疲れている。


「学園長がお呼びだ」

「……今ですか」

「今だ」


逃げ道なし。


俺たちは再び学園本館へ向かった。


——学園長室。


重厚な扉が開く。


中には学園長だけでなく、数名の教師、そして見知らぬ大人が二人座っていた。


服装からして貴族。


空気が明らかに違う。


「来たか」


学園長が穏やかに言う。


「まずは見事な試合だった」


「ありがとうございます」


反射的に答える。


社会人スキルが勝手に出る。


右側に座る中年の男がこちらを観察していた。


鋭い目。


値踏みする視線。


「彼が例の生徒か?」


学園長が頷く。


「ええ。神谷レイジ君だ」


名前を出された瞬間、部屋の視線が集中する。


嫌な汗が出る。


男が言う。


「君、貴族の家系ではないのだな?」

「はい。平民です」


即答。


変な誤解は早めに否定する。


男は少し驚いたように眉を上げた。


「平民であの戦術眼か……」


隣の女性が口を開く。


「王都でも話題になり始めていますよ。Fクラスの戦いは」


……王都?


スケールが急に大きくなった。


学園長が指を組む。


「本題に入ろう」


嫌な予感しかしない。


「ランキング戦の結果により、Fクラスの扱いを再検討することになった」


ガルムが目を輝かせる。


「昇格ですか!?」


学園長は首を横に振った。


「違う」


静かな声。


「特別監視対象となる」


……は?


部屋が一瞬静まる。


ミーナが眉をひそめた。


「監視?」


教師の一人が説明する。


「強すぎる成長や異常な能力は、学園として把握する義務がある」


つまり。


疑われている。


危険人物として。


(最悪だ……)


目立つ=監視。


完全にブラック企業の評価制度と同じ流れ。


学園長が優しく言う。


「安心しなさい。不利益はない。ただし——」


少し間を置く。


「君たちには“特別授業”へ参加してもらう」


新ワード。


嫌な予感が加速する。


「特別授業?」

俺が聞く。


学園長は頷いた。


「上位クラス、及び選抜生徒のみが受ける訓練だ」


ガルムが固まる。


ミーナが小さく笑う。


「つまり……地獄コース?」


教師が真顔で答えた。


「その認識で正しい」


……終わった。


完全に平穏が消えた。


学園長が最後に言う。


「これは命令ではない。だが学園としては参加を強く推奨する」


断れる雰囲気ではない。


俺は小さくため息をついた。


ランキング戦で目立った代償。


それは——。


“最強候補”として扱われる未来だった。


そしてこの決定が、Fクラスの運命をさらに大きく変えていくことになる。


学園長室を出た瞬間。


ガルムが爆発した。


「特別授業ってなんだよ!? 聞いたことねぇぞ!」


廊下に声が響く。


「声でかい」

俺は即座に止める。


ミーナが腕を組みながら歩く。


「でもさ、“監視対象”って普通に物騒じゃない?」


否定できない。


監視。


つまり学園側は俺たちを“普通の生徒”として見ていない。


(完全に目を付けられたな……)


前世でも似た経験がある。


成果を出した瞬間、上層部に呼ばれ、期待と警戒を同時に向けられるあの感じ。


逃げ道はもうない。


ガルムが頭をかく。


「で、特別授業って何すんだ?」


答えはすぐに来た。


「実戦形式の訓練です」


背後から声。


振り向く。


レティシアだった。


いつもの落ち着いた微笑みだが、今日は少し真剣な表情をしている。


「殿下、知ってるのか?」

ガルムが聞く。


「ええ。上位生徒は全員一度は参加しますから」


ミーナが嫌そうな顔をする。


「嫌な予感しかしない」


レティシアは少しだけ間を置いて言った。


「学園外で行われます」


……はい?


「外?」

俺が聞き返す。


「はい。王立学園は戦闘教育機関です。実際の魔物領域に近い場所で訓練を行います」


ガルムの目が輝いた。


「遠征ってことか!?」


ミーナは逆に顔を引きつらせる。


「ちょっと待って、それって普通に危なくない?」


レティシアは否定しなかった。


「危険はあります」


さらっと言った。


「だからこそ選抜制なのです」


なるほど。


つまり——。


試験。


生徒としてではなく、戦力として測る訓練。


俺は小さく息を吐いた。


「参加しない選択肢は?」

「ありませんね」


即答だった。


「推薦という形ですが、事実上の選抜です」


やっぱりそうなるか。


ガルムが笑う。


「面白そうじゃん!」


ミーナがため息。


「この筋肉バカは……」


だが否定しきれない自分もいる。


Sクラス戦を終えた今、学園の中だけでは収まらなくなっている。


レティシアが俺を見る。


「今回の訓練には、もう一つ理由があります」


「理由?」


彼女は少し声を落とした。


「最近、魔物の活動が活発化しています」


空気が変わる。


「例年より出現数が多いのです。学園も警戒しています」


ただの授業ではない。


状況確認。


戦力確認。


そして——実戦準備。


ミーナが真顔になる。


「それって……戦争とかじゃないよね?」


レティシアは答えなかった。


沈黙がすべてを語っていた。


廊下の窓から夕焼けが差し込む。


赤い光。


妙に不吉に見えた。


ガルムが拳を握る。


「なら余計に行くしかねぇな」


単純だが、間違ってはいない。


俺は考える。


目立ちたくない。

平穏に生きたい。


だが現実は逆方向へ進んでいる。


そして——。


気づけば、逃げる理由より、進む理由の方が増えていた。


「……分かった」


俺が言うと、二人がこちらを見る。


「特別授業、参加する」


ガルムが笑い、ミーナが肩をすくめる。


「結局そうなるよね」


レティシアは安心したように微笑んだ。


「では、次は準備ですね」


「準備?」

俺が聞く。


彼女は静かに言った。


「三日後、出発です」


……早すぎる。


こうしてFクラスは、学園という安全圏を離れ、初めて外の世界へ踏み出すことになった。


そしてそれが——。


この物語の本当の始まりになるとは、まだ誰も知らなかった。




特別授業への参加が決まってから、学園の空気はさらに慌ただしくなった。


翌朝。


Fクラスの教室に入った瞬間、全員の視線が集まった。


昨日までとは違う。


好奇心でも噂でもない。


——期待。


「おはよう、英雄」

ミーナがからかうように言う。


「やめろ」

即答した。


だがクラスメイトたちは真剣だった。


「聞いたぞ、特別授業」

「外に行くんだろ?」

「俺らの代表じゃん」


落ちこぼれクラスだったはずの場所が、今は妙に前向きな空気に包まれている。


ガルムが笑いながら椅子に座る。


「任せとけ! 強くなって帰ってくる!」


歓声。


……完全にヒーロー扱いだ。


(責任が重い……)


前世なら逃げていた状況。


だが今は、少しだけ違う。


バルド先生が教室へ入ってくる。


「静かにしろ」


珍しく真面目な顔だった。


黒板に大きく文字を書く。


《特別遠征訓練》


教室がざわつく。


「目的は三つ」


指を立てる。


「実戦経験。連携強化。そして——現状確認だ」


「現状確認?」

誰かが聞く。


先生は少し言葉を選んでから答えた。


「魔物の活動範囲が拡大している」


空気が重くなる。


「通常、学園周辺は安全圏だ。だが最近、小規模な群れが確認されている」


ミーナが小声で呟く。


「昨日の話、本当だったんだ……」


先生は続ける。


「今回の遠征は訓練だが、遊びではない。生存を最優先に行動しろ」


教室が静まる。


現実味が増した。


授業ではない。


外の世界。


本物の危険。


先生がこちらを見る。


「Fクラス代表三名は、放課後に装備支給所へ来い」


「了解です」



放課後。


装備支給所は学園の裏区画にあった。


武器庫のような重厚な建物。


中に入ると、壁一面に武器や防具が並んでいる。


ガルムの目が輝いた。


「すげぇ……!」


「触るなよ」

先生が釘を刺す。


職員が三つの箱を持ってきた。


「遠征用支給装備だ」


一つ目。


ガルム用。


強化型防具と大型盾。


「耐久特化。前線維持向け」


ガルムが嬉しそうに装備を抱える。


二つ目。


ミーナ用。


魔力制御補助の指輪と詠唱短縮装置。


「暴発防止付きだ」

「それ早く言って!」


三つ目。


俺の前に置かれた箱。


開ける。


中には黒い手袋のような装備。


軽い。


魔力伝導素材。


「……これは?」


職員が答える。


「指揮支援用魔導具。“思考補助型”だ」


先生が補足する。


「戦場情報を感覚的に整理する装備だ。普通は上級指揮官しか使わん」


……完全に役割が確定している。


逃げ道がない。


手袋をはめた瞬間、微かな感覚が走った。


周囲の魔力の流れが、少しだけ分かりやすくなる。


(……これは)


思考が整理される。


視界が広がるような感覚。


危険だ。


便利すぎる。


先生が腕を組む。


「明日から準備期間。三日後、出発だ」


外の世界。


魔物。


実戦。


そして——未知。


装備を持って外へ出ると、夕焼けが学園を染めていた。


ガルムが笑う。


「なんか冒険って感じだな!」


ミーナも空を見上げる。


「ちょっとワクワクしてきたかも」


俺は黙って空を見る。


平穏な学園生活。


それはもう、遠くにある気がした。


だが不思議と後悔はない。


むしろ——。


少しだけ、楽しみだと思っている自分がいた。


こうしてFクラスは、学園の外へ踏み出す準備を始めた。


そしてこの遠征が、世界の異変と“転生の真実”へ繋がっていくことを、まだ誰も知らなかった。

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