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最強の本気


歓声が、止まらない。


観客席は総立ちだった。


「Sクラスが場外!?」

「Fクラス本当にやりやがった!」

「今の作戦なんだ!?」


競技場全体が揺れているようだった。


だがフィールドの中央に立つ俺たち三人は、そんな空気を楽しむ余裕などなかった。


ガルムは膝に手をつき、荒く息を吐いている。


「はぁ……はぁ……三秒って言ったけど……三年分くらい疲れたぞ……」


「まだ終わってない」

俺は短く言う。


ミーナも額の汗を拭いながら笑った。


「分かってる。でもさ……」


視線の先。


場外ラインの向こう。


カイルがゆっくりと戻ってくる。


歩き方が、さっきまでと違った。


軽さが消えている。


遊びがない。


観客席もそれを察したのか、徐々に静まり返っていく。


カイルはフィールドへ戻ると、小さく息を吐いた。


「久しぶりだな」


独り言のように呟く。


「試合で本気になるのは」


空気が震えた。


魔力。


今まで抑えられていたそれが、ゆっくりと解放されていく。


重い。


圧迫感。


呼吸がわずかに浅くなる。


ガルムが顔をしかめる。


「……なんだこれ」


ミーナも眉を寄せた。


「魔力、増えてない? いや、密度が違う……?」


そう。


量ではない。


質。


魔力が“整っている”。


まるで刃物のように研ぎ澄まされていた。


(これが本気か……)


カイルがこちらを見る。


もう笑っていない。


「さっきまでは試験だった」


静かな声。


「でも今は違う」


拳を軽く握る。


空気が鳴った。


「対等な相手として戦う」


観客席から小さなどよめき。


Sクラスの代表が“対等”と言った。


それだけで意味がある。


審判が緊張した声で告げる。


「試合、続行!」


次の瞬間。


カイルが消えた。


「——右!」


叫ぶより早く、衝撃が来た。


ガルムが盾ごと吹き飛ぶ。


地面を転がり、砂煙が上がる。


「がっ……!」


速さが段違い。


さっきまでとは比較にならない。


ミーナが即座に爆発魔法を放つ。


だがカイルは空中で体を捻り、爆風を利用してさらに加速した。


「嘘でしょ!?」


背後に回り込まれる。


俺は反射的に下がる。


拳が通過した瞬間、空気が裂けた音がした。


直撃していたら終わっていた。


(読めない……!)


動きに無駄がない上、選択が速すぎる。


予測を更新する前に次が来る。


これが“完成された個”。


カイルが距離を取り、静かに言った。


「今度は君の番だ」


視線が刺さる。


完全に俺を狙っている。


理由は明白。


指揮官を落とせば終わる。


合理的すぎる判断。


ガルムが立ち上がり叫ぶ。


「レイジから離れろ!!」


突進。


だがカイルは最小動作で避ける。


反撃。


ガルムが再び後退。


圧倒的な技術差。


ミーナが歯を食いしばる。


「どうする!?」


どうする。


頭の中で高速に思考が回る。


真正面では勝てない。


戦術も読まれ始めている。


なら——。


俺は息を整えた。


(少しだけ、見せるか)


本当に少しだけ。


今まで隠してきた“本質”を。


「二人とも、次で流れ変える」


ガルムが笑う。


「信じていいんだな?」

「いつも通りだ」


ミーナも頷く。


「派手にいくよ」


カイルが構える。


「来い」


観客席が息を止める。


最強クラスの本気。


そして。


隠していた力の、扉が少しだけ開こうとしていた。



カイルが踏み込む。


今度は迷いがなかった。


一直線。


最短距離。


俺へ向かってくる。


(速い——)


だが、さっきまでとは違う。


見えないわけじゃない。


読めないわけでもない。


“理解できる”。


前世で何千回も経験した感覚。


会議、交渉、トラブル対応。


相手の次の選択を予測し続けた時間。


戦い方が違うだけで、本質は同じだ。


「ガルム、二歩後退!」


「了解!」


ガルムが下がる。


カイルの拳が空を切る。


ほんの数センチ。


予測通り。


カイルの目がわずかに細くなった。


「……今のは偶然じゃないな」


当然だ。


偶然で三度も避けられるほど甘くない。


「ミーナ、左側地面!」


「任せて!」


爆発。


だが攻撃ではない。


地面を抉り、視界を歪ませる。


カイルが跳ぶ。


空中回避。


——待っていた。


「ガルム、今!」


「おおおお!!」


突進。


カイルは空中で体勢を変え、衝撃を受け流す。


完全な防御。


やはり強い。


だが目的はダメージじゃない。


位置誘導。


カイルの着地点が、わずかにズレる。


その一瞬。


俺は踏み込んだ。


自分でも驚くほど自然な動きだった。


最小の魔力操作。


足場の空気を押す。


加速。


カイルの背後へ回る。


観客席がどよめく。


「今動いたの誰だ!?」

「Fクラスの……指揮してたやつ!?」


カイルが振り向く。


初めて、完全に驚いた顔だった。


「君も動けるのか」


拳が来る。


避ける。


反撃はしない。


ただ位置を変え続ける。


右。


左。


半歩。


視線誘導。


カイルの動きが、ほんの僅かに遅れる。


理解した。


彼は強い。


だが“最適解”で動く。


だからこそ、最適解が複数ある状況に弱い。


「ミーナ、今度は上!」


爆発が上空で弾ける。


光と影が揺れる。


視界情報が乱れる。


カイルの判断が一瞬だけ停止した。


「ガルム、押せ!」


体当たり。


今度は防がれる。


だが後退した。


初めて。


Sクラス代表が、明確に下がった。


歓声が上がる。


「押してる!?」

「Fクラス押してるぞ!!」


カイルが距離を取る。


呼吸は乱れていない。


だが目が変わった。


評価の目ではない。


対戦相手を見る目。


「……なるほど」


静かに笑う。


「君は戦ってないんだな」


俺は答えない。


カイルが続ける。


「戦場そのものを操作してる」


図星。


そして。


それを理解された瞬間でもあった。


カイルの魔力がさらに収束する。


空気が震える。


観客席の温度が下がる。


「じゃあ」


彼が構える。


「こちらも前提を変えよう」


嫌な予感。


次の瞬間。


Sクラスの少女と魔導士が同時に動いた。


今まで別行動だった三人が——


初めて連携を取った。


(……嘘だろ)


完成された個が連携したらどうなる?


答えは簡単だ。


最悪だ。


三方向から圧が来る。


逃げ場が消える。


ミーナが叫ぶ。


「これ無理じゃない!?」


ガルムも歯を食いしばる。


「レイジ!!」


俺は息を吐いた。


(……やっぱり来たか)


Sクラスが本気。


つまり——。


この戦いは、次の段階へ進んだ。



三方向。


逃げ場が完全に消えた。


右から少女剣士。

左から魔導士の魔法陣。

正面からカイル。


それぞれ単体でも脅威なのに、今は完全に同期している。


空気が張り詰める。


観客席が静まり返った。


「……来るぞ!」


ガルムが構える。


だが分かっている。


これは防げない。


三人の攻撃タイミングが完全に一致していた。防御を選べば別方向から当たる。回避しても追撃が来る。


詰み。


普通なら。


(なら、“普通”をやめる)


思考が静かになる。


恐怖も焦りも消える。


ただ状況だけが見える。


前。

横。

後ろ。

重心。

視線。

魔力の流れ。


全部が線として繋がった。


「二人とも、動くな」


「え?」

ミーナが固まる。


「信じろ」


短く言う。


ガルムが即座に頷いた。


「分かった!」


迷いがない。


その瞬間、三方向から攻撃が来た。


剣閃。

光弾。

拳。


俺は一歩だけ前へ出る。


魔力をほんの少しだけ解放する。


今までより、少しだけ。


空気が揺れた。


足元の魔力を押し、地面との摩擦を変える。


三人の攻撃軌道が、わずかにズレる。


ほんの数センチ。


だが、それで十分。


剣は拳と交差し、

光弾は二人の間を抜け、

衝撃が互いに干渉する。


爆音。


衝撃波が外へ広がった。


観客席から悲鳴が上がる。


煙が立ち込める。


静寂。


数秒後。


煙が晴れる。


俺たちは立っていた。


無傷ではない。


だが戦闘不能でもない。


そして——


Sクラス三人が、初めて距離を取っていた。


観客席が爆発する。


「今なにした!?」

「攻撃全部ズレたぞ!?」

「偶然じゃねぇ!!」


審判すら言葉を失っている。


カイルがゆっくり息を吐いた。


そして、笑った。


心底楽しそうに。


「……なるほど」


視線が真っ直ぐこちらへ向く。


「やっと見えた」


俺は何も言わない。


言えば終わる気がした。


カイルは拳を下ろす。


「君、最強だろ?」


場の空気が凍る。


ガルムとミーナが同時にこちらを見る。


観客席もざわめき始める。


(……まずい)


否定するべき。


だが口が開く前に、審判が叫んだ。


「時間終了!!」


鐘の音。


試合停止。


全員の動きが止まる。


審判が確認し、宣言した。


「両チーム戦闘継続可能。規定時間終了により——引き分け!」


一瞬の静寂。


次の瞬間、競技場が揺れた。


「Sクラスと引き分け!?」

「Fクラスやばすぎだろ!!」

「歴史変わったぞ!!」


ガルムがその場に座り込む。


「はぁ……生きてる……」


ミーナも笑いながら倒れた。


「心臓止まるかと思った……」


俺は空を見上げる。


青空。


歓声。


熱気。


そして、無数の視線。


——完全に目立った。


カイルが歩み寄る。


手を差し出した。


「楽しかった」


握手。


強くも弱くもない力。


「次は勝つ」


そう言って笑う。


敵意はない。


純粋な宣言だった。


Sクラスが去ると、観客席の歓声がさらに大きくなる。


Fクラスの名前が叫ばれている。


落ちこぼれのはずだったクラス。


目立ちたくなかった俺。


なのに今、学園の中心に立っている。


俺は小さくため息をついた。


平穏な生活。


もう戻れないかもしれない。


だが。


隣で笑っている二人を見ると、悪くないとも思ってしまう。


こうしてランキング戦は大波乱の結果を迎えた。


そしてこの日。


Fクラスの名と、“正体不明の指揮官”の存在が、学園中に刻まれることになるのだった。

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