問題児クラス、覚醒前夜
FクラスがAクラスに勝った翌日、学園の空気は明らかに変わっていた。
廊下を歩くだけで視線が集まる。
昨日までは「噂の新入生」程度だったのに、今日は違う。
「Fクラスが勝ったらしい」
「指揮してたやつ誰?」
「水晶破壊の新入生だろ?」
……完全に俺の名前が定着し始めている。
(まずいな)
噂は広がるほど修正が難しい。会社でも同じだった。一度「頼れる人」という評価がつくと、仕事は指数関数的に増える。
俺は歩く速度を少し早め、教室へ逃げ込んだ。
扉を開ける。
「おはよー、英雄」
ミーナだった。
机に寝転びながら手を振っている。完全に面白がっている顔だ。
「英雄じゃない」
「殿下に勝ってAクラス倒したやつが何言ってんの」
「誤解だって」
ガルムが椅子を引きながら笑う。
「いやでも昨日の指示すげぇよ! 俺、戦っててめちゃくちゃ楽だった!」
それは良かったが、俺の目的は“楽に勝つ”ではなく“目立たず負ける”だった。
完全に方向性を見失っている。
席に座ると、クラスの他の生徒たちも話しかけてきた。昨日までは距離を取っていた連中だ。
「なあ、次も指示出してくれよ」
「俺らでも勝てるんじゃね?」
「Aクラスびびってたぞ」
……まずい。
これ、期待され始めてる。
社会人警報が脳内で鳴り響く。
期待 → 依存 → 責任 → 過労。
黄金コンボだ。
「いや、俺そんな大したこと——」
言い終わる前に、教室の扉が開いた。
バルド先生が入ってくる。
いつもより真面目な顔だ。
「全員、席につけ」
空気が少し締まる。
先生は黒板に大きく文字を書いた。
《学園ランキング戦》
教室がざわつく。
「ランキング戦?」
「もうその時期か?」
「Fも出るのか?」
先生は振り返る。
「本来、Fクラスは参加対象外だ」
よし。
最高のニュースだ。
俺は内心で安堵した。
だが先生は続けた。
「——だが、昨日の結果により特例参加が認められた」
教室が爆発した。
「マジか!?」
「上位と戦えるってこと!?」
「やべぇ!!」
やばいのは俺だ。
ランキング戦。
つまり全校注目イベント。
絶対に目立つ。
逃げたい。
先生が説明を続ける。
「ランキング戦はチーム制。勝利すれば順位が上がり、設備・授業内容・待遇すべてが変わる」
ガルムが拳を握る。
「燃えてきた!!」
ミーナもニヤリと笑う。
「面白そうじゃん」
俺だけ温度差が違う。
(待遇が上がる=責任が増えるんだよ……)
会社でもそうだった。成果を出すほど仕事が増えた。報酬よりタスクが増えるシステム。
先生の視線がこちらへ向く。
嫌な予感。
「チーム編成は固定。昨日の戦闘結果を考慮し——」
やめて。
「ガルム、ミーナ、レイジ。この三名を代表チームとする」
終わった。
完全に終わった。
クラスが歓声を上げる中、俺だけ静止していた。
ガルムが肩を組んでくる。
「やったな相棒!!」
「やってない」
「これで上目指せるぞ!」
「目指さない」
ミーナが笑いながら言う。
「諦めな。もう逃げらんない」
……正論すぎる。
先生はさらに続ける。
「対戦相手は抽選で決まる。初戦は三日後だ」
三日。
準備期間としては短すぎる。
だがクラスは完全に盛り上がっていた。今まで落ちこぼれ扱いだったFクラスに、初めて“チャンス”が来たのだ。
その中心に、なぜか俺がいる。
(……どうしてこうなる)
ため息をついたその時。
教室の窓の外に、銀色の髪が見えた。
レティシア。
廊下からこちらを見ている。
目が合った瞬間、彼女は小さく頷いた。
まるで——「始まりましたね」とでも言うように。
胸騒ぎがした。
ランキング戦。
全校注目。
逃げ場なし。
元社畜の平穏生活は、また一歩遠ざかったらしい。
そして俺はまだ知らない。
この戦いが、Fクラスだけでなく学園全体の勢力図を変える最初の一手になることを。
ランキング戦への参加が決まった瞬間から、Fクラスの空気は別物になった。
昨日までだらけていた教室が、今日は妙に騒がしい。誰かが自主的に机を整え、誰かが武器の手入れを始め、普段は遅刻常習犯だった連中まで時間通りに集まっている。
人間、目標ができると変わるらしい。
……いや、正確には“勝てるかもしれない”と思った瞬間だ。
「よし! 今日から特訓だな!」
ガルムが拳を打ち鳴らす。
「三日しかねぇけどな」
ミーナが椅子を後ろに傾けながら言う。
二人の視線が同時にこちらへ向いた。
嫌な予感しかしない。
「レイジ、どう鍛える?」
やめて。
「俺に聞くな」
「でも指示出してたじゃん」
「偶然だって」
否定しても意味がない。クラス全体が「レイジ=頭脳役」という認識になりつつある。
社会人時代の悪夢再来。
気づけば周囲の生徒も集まっていた。
「なあ、俺らでも勝てると思うか?」
「Aクラス倒したんだし行けるだろ?」
「作戦とかあるのか?」
期待の視線。
重い。
非常に重い。
(……逃げたい)
だがここで黙ると士気が下がる。チーム戦ではそれが一番危険だと、昨日の戦闘で理解してしまった。
俺は小さく息を吐く。
「まず、全員の強み知らないと無理」
言った瞬間、静かになった。
「だから模擬戦やろう。全員一回ずつ」
ガルムが笑う。
「おお! 選抜試験ってやつだな!」
違う。ただの情報収集だ。
演習場へ移動すると、Fクラス全員が自然と円を作った。普段ならサボる連中まで真面目な顔をしている。
先生すら少し驚いていた。
「……自主訓練とは珍しいな」
一人目が前に出る。
風魔法使い。
速いが持久力が低い。
二人目。
防御特化。
動きは遅いが耐久力が高い。
三人目。
遠距離射撃型。
集中力が長く続かない。
俺は戦わない。ただ観察する。
立ち方、呼吸、視線、攻撃の癖。
前世の会議分析と同じだ。人の行動パターンは大体決まっている。
気づけばメモを取っていた。
「……お前、何してんの?」
ミーナが覗き込む。
「配置考えてる」
「配置?」
地面に簡単な図を書く。
前衛、中衛、後衛。
「Fクラス、個人は弱くない。ただバラバラなだけ」
皆が黙って聞いている。
少し居心地が悪い。
「ガルムは前衛固定。突撃じゃなく壁役」
「壁!?」
「一番向いてる」
ガルムは数秒考えてから笑った。
「……確かに、守る方が楽かもな」
納得が早い。
「ミーナは後衛。ただし自由行動禁止」
「えー」
「暴発するから」
「否定できない」
周囲から笑いが漏れる。
空気が少し柔らかくなった。
「残りは三角陣形。誰か崩れても穴ができない配置にする」
説明している途中で気づいた。
全員、真剣に聞いている。
落ちこぼれクラスだったはずの連中が。
……期待している。
胸の奥が少しだけざわついた。
前世では、期待は重荷だった。
だが今は違う。
押し付けられた期待じゃない。
自分たちで掴みに行こうとしている期待。
それが少しだけ、嫌じゃなかった。
「試してみよう」
模擬戦開始。
最初はバラバラだった動きが、少しずつ噛み合い始める。
防御役が下がるタイミング。
遠距離が撃つ角度。
ミーナの爆発が“味方を巻き込まない位置”に変わる。
観ていた先生が腕を組んだ。
「……短時間でここまで変わるとは」
ガルムが笑いながら叫ぶ。
「なんか強くなってる気がするぞ!!」
気のせいじゃない。
連携は個人能力を何倍にもする。
会社でも同じだった。優秀な個人より、噛み合ったチームの方が強い。
その時。
演習場の入口に人影が増えていることに気づいた。
他クラスの生徒たち。
そして——銀髪。
レティシアが静かにこちらを見ていた。
訓練の様子を、じっと。
俺と目が合う。
彼女は小さく微笑んだ。
まるで確信したように。
「やっぱり、あなたが中心ですね」
口の動きだけでそう読めた気がした。
背中に嫌な汗が流れる。
(……また目立ってる)
気づけば、Fクラス全体が一つの動きを始めていた。
落ちこぼれの寄せ集めだったはずのクラスが、初めて“チーム”になり始めていた。
夕方になる頃には、演習場の空気が完全に変わっていた。
最初はぎこちなかった連携が、少しずつ形になっている。ガルムは無闇に突っ込まなくなり、前線を維持する動きを覚えた。ミーナは爆発の範囲を調整し、味方の動線を塞がない位置で魔法を撃てるようになっている。
そして何より——全員が周囲を見始めていた。
個人戦から、チーム戦へ。
それだけで強さは別物になる。
「もう一回いくぞ!」
ガルムの声に応じて全員が配置につく。
開始。
前衛が受け、後衛が援護し、中衛が穴を埋める。まだ完璧ではないが、昨日までのFクラスとは明らかに違う動きだった。
観客席の外側に集まっていた他クラスの生徒たちがざわつく。
「……Fクラス、なんか変わってないか?」
「動き揃ってるぞ」
「誰が指示してるんだ?」
視線が自然とこちらへ集まる。
俺はさりげなく一歩下がる。
(頼む、気づかないでくれ)
だがもう遅いらしい。
模擬戦が終わると、バルド先生がゆっくり歩み寄ってきた。
腕を組み、クラス全体を見回す。
「……面白いな」
短い一言だった。
「昨日まではただの寄せ集めだった。だが今は違う。お前たち、自分の役割を理解し始めている」
生徒たちが顔を見合わせる。
褒められることに慣れていない反応だった。
先生は続ける。
「ランキング戦で重要なのは個人の強さではない。“崩れないこと”だ」
その言葉に、何人かが真剣な顔になる。
Fクラスは今まで崩れることが当たり前だったのだろう。
先生の視線が、ゆっくり俺へ向く。
「……誰の発案だ?」
沈黙。
一瞬だけ迷ったが、俺は肩をすくめた。
「みんなですよ」
半分本当だ。
俺が方向を示しただけで、動いたのは彼ら自身だ。
先生は数秒こちらを見てから、小さく笑った。
「そういうことにしておこう」
絶対気づいている。
だが追及しない。
ありがたい。
その時、演習場の入口から拍手が聞こえた。
振り向く。
レティシアだった。
彼女はゆっくり近づきながら言う。
「素晴らしいですね。昨日とは別のチームのようです」
Fクラスの生徒たちがざわめく。王女が直接来ること自体が珍しいのだろう。
ガルムが慌てて背筋を伸ばす。
「で、殿下!」
「楽にしてください。今日は見学者ですから」
レティシアは微笑み、クラス全体を見渡した。
「強さとは、才能ではなく“理解”から生まれるものです。あなたたちはそれに気づき始めています」
その言葉に、何人かが照れたように視線を逸らした。
ミーナが小声で俺に言う。
「……なんか褒められてんぞ」
「そうだな」
「原因あんたじゃん」
「違う」
否定はもう形式的だった。
レティシアは最後に俺の前で止まった。
周囲には聞こえない声量で言う。
「隠れるの、少し難しくなってきましたね」
図星。
「努力してるんですけど」
「ええ。ですが、人は変化を見ると期待します」
期待。
その言葉に、胸の奥がわずかに重くなる。
前世では、それが怖かった。
だが今、Fクラスの連中の顔を見る。
楽しそうに話している。次の訓練の相談をしている。勝つことを、本気で考えている。
押し付けられた期待ではない。
一緒に進もうとする期待。
……少しだけ、違う気がした。
レティシアが一歩下がる。
「ランキング戦、楽しみにしています」
そう言って去っていった。
夕焼けが演習場を赤く染める。
訓練が終わり、皆が帰り支度を始める中、ガルムが突然言った。
「なあレイジ」
「ん?」
「俺ら、本当に勝てると思うか?」
真剣な目だった。
周囲も静かになる。
答えを待っている。
前世の俺なら、責任を避けて曖昧に答えただろう。
だが今は、少し考えてから言った。
「……勝てるかは分からない。でも」
全員を見る。
「今のままなら、負けても後悔はしないと思う」
数秒の沈黙。
そしてガルムが笑った。
「それで十分だな!」
ミーナも頷く。
「負ける前提なのがレイジっぽいけど」
「現実的って言え」
笑いが広がる。
その空気を見ながら、俺は小さく息を吐いた。
平穏とは程遠い。
目立たない生活からも遠ざかっている。
それでも——。
少しだけ、この場所が悪くないと思い始めている自分がいた。
こうして、落ちこぼれだったFクラスは初めて“戦う理由”を手に入れた。
そして三日後。
学園ランキング戦が、幕を開ける。




