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帰還者


北方遺跡を出た時、空は静かだった。


吹雪は止み、灰色だった雲の隙間から淡い陽光が差している。雪原は相変わらず果てが見えないが、来た時とは空気が違っていた。


重圧が消えている。


ノアが小さく呟く。「……音、静かです」


共鳴装置の光も落ち着いていた。


ユリウスが観測結晶を確認しながら言う。「封印波形、完全安定域。理論上ありえない数値だぞこれ」


リーナが肩を回す。「つまり大成功ってことでいいんでしょ?」


リヒトが短く頷いた。「第一任務完了だ。王都へ帰還する」


その言葉に、全員の肩から見えない緊張が抜けた。


だがレイジだけは、まだ遺跡を振り返っていた。


巨大な石門はすでに閉じている。


まるで何事もなかったかのように。


胸の奥が静かに脈打つ。


ドクン。


以前より穏やかで、深い鼓動。


ノアが隣へ来る。「……変わりました?」


「分かる?」


「少しだけ。でも怖い感じじゃないです」


安心したように微笑む。


レイジは小さく息を吐いた。「俺もそんな感じだ」


リヒトの号令で隊列が動き出す。


雪原を戻る帰路。


来る時よりも足取りが軽い。


影狼の気配もない。


まるで北方そのものが道を開けているようだった。



三日後。


王都アルヴェイン外門。


巨大な城壁が見えた瞬間、ノアが安堵の息を漏らした。


「帰ってきましたね……」


門前にはすでに迎えの騎士団が待機していた。


数が多い。


予想以上に。


リーナが眉を上げる。「ずいぶん大げさじゃない?」


リヒトが周囲を観察し、静かに言う。「……違うな」


門が開く。


中へ入った瞬間、ざわめきが広がった。


市民たち。


商人。


魔術師。


全員がこちらを見ている。


視線の中心は――レイジ。


「本当に帰ってきたぞ」

「北方封印を安定させたって……」

「王城から正式発表が出てる」


ざわざわと声が広がる。


ユリウスが小声で言った。「情報公開早すぎないか?」


リヒトが短く答える。「王の判断だろうな」


つまり。


成果が国家レベルで公表された。


もう秘密任務ではない。


王城前広場へ到着すると、整列した近衛騎士が道を開いた。


中央に立っていたのは――


セリス王女。


正式な王族礼装。


その後ろには重臣たちの姿もある。


完全な公式出迎え。


リーナが小さく口笛を吹いた。「英雄待遇じゃん」


隊列が止まる。


リヒトが敬礼し、報告する。


「北方封印安定化任務、完了しました」


セリスは静かに頷いた。


そして視線をレイジへ向ける。


「神谷レイジ。王国を代表して感謝します」


広場が静まる。


次の言葉を待つ空気。


王女は続けた。


「北方封印核の崩壊は、王国のみならず世界規模災害となる可能性がありました」


ざわめき。


市民たちの表情が変わる。


「それを未然に防いだ功績により――」


一歩前へ出る。


「あなたを王国特別協力者から、王国特務保護対象へ昇格します」


空気が止まった。


ユリウスが小声で呟く。「……国家級扱いだぞそれ」


リーナも驚きを隠さない。


つまり。


守る対象であり、同時に国家資産。


完全に立場が変わった。


セリスはさらに言った。


「そして本日より、封印対策室は王城直属機関へ正式編入されます」


拍手が広がる。


形式的なものではない。


本物の歓声。


レイジは少し戸惑いながら立っていた。


英雄扱い。


だが実感がない。


ただ一つ分かるのは――


もう後戻りできない場所まで来たということだった。


その時。


広場の端。


群衆の中に、一人だけ拍手していない人物がいた。


黒い外套。


長い銀髪。


見知らぬ少女。


彼女はまっすぐレイジを見ていた。


視線が合った瞬間、口がわずかに動く。


――見つけた。


次の瞬間、姿が消えた。


レイジの胸が強く脈打つ。


ドクン。


今までとは違う反応。


ノアが気づく。「今……共鳴しましたよね?」


「ああ……」


理由は分からない。


だが確信だけがあった。


次の問題は、もう王都の中に来ている。


帰還は終わりではない。



王城前広場の歓声は、しばらく鳴り止まなかった。


北方遠征の成果はすでに王都全域へ伝達されていたらしく、集まった市民たちの視線には明確な変化があった。以前のような警戒や疑念ではない。


期待。


そして安心。


それが一番近い感情だった。


レイジはその中心に立ちながら、どこか現実感を失っていた。数週間前までただの学生だった自分が、国家式典の中央にいる。


ノアが小声で言う。「……すごいですね」


「他人事みたいだ」


「私もです」


二人で小さく苦笑する。


式典は形式通り終了し、騎士団の誘導で対策室メンバーは王城内部へ戻ることになった。


回廊を歩き始めた瞬間、外の喧騒が嘘のように消える。


静かな王城。


だがリヒトの表情は変わらなかった。


「浮かれるな」


短い一言。


「功績が公表されたってことは、敵にも位置が確定したって意味だ」


リーナが肩をすくめる。「つまり狙われやすくなった?」


「その通りだ」


ユリウスがため息をつく。「研究対象としては最悪の環境だな……」


ノアが少しだけレイジへ近づく。「さっきの人、気になります?」


レイジは頷いた。


銀髪の少女。


一瞬だけだったが、確かに共鳴した。


黒獣とも封印核とも違う波形。


未知。


その時だった。


曲がり角の先で、空気がわずかに歪んだ。


レイジが足を止める。


「……いる」


リヒトが即座に警戒姿勢を取る。「どこだ」


視線を向けた先。


窓際。


誰もいないはずの場所に――


少女が立っていた。


銀髪。


蒼い瞳。


王都の服装ではない、旅装束に近い軽装。


まるで最初からそこにいたかのように自然だった。


リーナが剣へ手をかける。「侵入者?」


少女は軽く手を上げた。


敵意はないという仕草。


「待って。戦う気はない」


声は静かで、どこか幼い。


だが魔力は異常に安定している。


ユリウスが小声で呟く。「……存在感が薄すぎる。感知結界をどうやって抜けた?」


少女はレイジだけを見ていた。


「あなたが鍵でしょ」


直球だった。


リヒトが一歩前へ出る。「所属と目的を答えろ」


少女は少し考え、そして言った。


「名前はアイリス」


一拍。


「元・封印管理者」


空気が凍った。


番人と同系統の単語。


ユリウスが目を見開く。「管理者って……人間じゃないのか?」


アイリスは首を横に振った。


「人間だったよ。昔は」


レイジの胸が強く脈打つ。


ドクン。


共鳴。


はっきり感じる。


彼女も“こちら側”だ。


ノアが震える声で言う。「……音、似てます」


アイリスが少し驚いた顔をする。「観測者?」


「はい……」


少女は小さく頷いた。


そして再びレイジを見る。


「時間がない。ネメシスはもう次の核を狙ってる」


リヒトが低く問う。「情報源は?」


「私」


迷いのない答え。


「私は封印側だった。でも今は違う」


リーナが眉をひそめる。「裏切り者ってこと?」


「たぶん」


あっさり言った。


だが目は真剣だった。


アイリスは一歩近づく。


騎士団が警戒するが、レイジは止めなかった。


少女が目の前で立ち止まる。


そして静かに言った。


「あなた、まだ半分しか目覚めてない」


北方遺跡で聞いた言葉と同じ。


レイジが問う。「……残りは?」


アイリスの表情が少し曇る。


「目覚めたら、たぶん戻れない」


沈黙。


ノアが不安そうにレイジを見る。


アイリスは続けた。


「だから私は来た。前の鍵が失敗した理由を、あなたに教えるために」


空気が変わる。


ただの情報提供ではない。


歴史の核心。


その瞬間、回廊の遠くで警報音が鳴り響いた。


赤い光。


王城警戒結界が作動する。


リヒトが舌打ちする。「侵入警報……!?」


ユリウスが魔導端末を確認し、顔色を変えた。


「王城地下……封印区画だ!」


ノアが叫ぶ。「反応、急上昇! ネメシスです!」


アイリスが小さく呟いた。


「……もう来た」


レイジの胸が強く脈打つ。


ドクン。


帰還直後。


休む間もなく――


戦いは王都内部で再開しようとしていた。



王城中に警報音が響き渡った。


低く、重い鐘の音。


通常の侵入警戒ではない。封印区画専用の緊急信号だ。


赤い魔導灯が回廊を染める。


リヒトが即座に指示を飛ばした。「全員、地下封印区画へ移動! 走るぞ!」


対策室メンバーが一斉に駆け出す。


アイリスも迷いなく並走した。


王城内部の空気が変わっている。


騎士団が慌ただしく動き、魔術師たちが防衛陣を展開していた。


ノアが装置を握りしめる。「反応、三つ……いえ、四つあります!」


ユリウスが顔をしかめる。「同時侵入!? 正面突破じゃない、内部転移だ!」


つまり。


王城内部に直接出現した。


ネメシスの本気。


地下へ続く大階段を駆け下りる。


温度が下がる。


魔力密度が上がる。


封印区画特有の圧迫感。


そして――


爆音。


地下通路の奥で衝撃が走った。


石壁が崩れ、煙が流れ込む。


リーナが剣を抜く。「派手にやってるね!」


煙の中から現れたのは、黒ローブの魔術師三名。


そして中央。


仮面の男。


北方遺跡で戦ったネメシス幹部だった。


「歓迎感謝するよ、英雄諸君」


余裕の声。


騎士団が周囲を包囲しているが、男は全く気にしていない。


リヒトが前へ出る。「目的は封印核か」


「察しがいい」


男が指を鳴らす。


背後の壁が崩れ、紫色の術式が露出する。


封印区画の中枢。


王都地下核。


ユリウスが叫ぶ。「まずい! 直接干渉されてる!」


ノアが震える。「共鳴、暴走寸前です!」


仮面の男の視線がレイジへ向く。


「選択の時間を与えたはずだが?」


「断ったはずだ」


レイジが答える。


男は楽しそうに笑った。


「だから強制的に進める」


魔力が爆発的に膨張する。


騎士団が吹き飛ばされる。


空間が歪む。


戦闘開始。


リヒトが突撃する。


剣と魔力が衝突し、火花が散る。


リーナが側面から斬撃を叩き込み、ユリウスが拘束陣を展開。


だが幹部は片手で術式を展開し、すべてを弾き返す。


「北方より出力が上がってる……!」


ユリウスが歯を食いしばる。


ノアが叫ぶ。「核が引っ張られてます!」


封印柱が赤く染まり始める。


時間がない。


レイジが前へ出ようとした瞬間――


横から銀光が走った。


アイリス。


彼女の手から放たれた細い光が、ネメシス術式へ突き刺さる。


空間が一瞬停止した。


仮面の男が初めて驚く。


「……管理者コード?」


アイリスの瞳が蒼く輝く。


「旧封印系統、アクセス権限開放」


彼女の足元に古代紋様が展開される。


番人と同系統の術式。


ユリウスが叫ぶ。「封印制御者だと!?」


アイリスが振り向かずに言う。


「レイジ、今!」


理解は不要だった。


レイジは核へ手を伸ばす。


鼓動が重なる。


ドクン。


「アーク・シール!」


白と黒の光が広がる。


封印柱の赤光が揺らぐ。


ネメシス術式が固定される。


仮面の男が舌打ちした。


「二人目の鍵か……面倒だ」


リヒトの斬撃が直撃する。


初めて男が後退した。


リーナが笑う。「効いてるじゃん!」


男は数歩下がり、静かに息を吐いた。


「予定変更だ」


背後に転移陣が展開される。


「鍵は二つ。なら次は“狩る”側を増やそう」


意味深な言葉。


「次に会う時、世界はもっと面白くなっている」


光が弾け、ネメシスは撤退した。


静寂。


封印柱の赤光が消える。


ノアが崩れ落ちそうになりながら言う。「……安定しました」


ユリウスが座り込む。「王都核、無事……」


騎士団が負傷者を運び始める。


危機は去った。


だが空気は重いままだった。


アイリスがゆっくりレイジを見る。


「始まったね」


「……何が」


彼女は少し迷い、そして言った。


「鍵同士の戦争」


胸の鼓動が深く響く。


ドクン。


レイジは理解した。


黒獣。


封印。


転生。


そして――


自分と同じ存在が、まだ世界にいる。


王都編は終わらない。


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