表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/86

遺跡下層


広間の奥で開いた扉は、自然に開いたものではなかった。


石壁が音もなく左右へ滑り、内部から淡い光が漏れている。古代遺跡特有の重々しさはあるのに、不思議と威圧感はない。むしろ“招かれている”感覚に近かった。


誰もすぐには動かなかった。


ネメシスとの戦闘の余韻がまだ空気に残っている。


リヒトが周囲を確認し、短く言う。「状況確認。負傷者は?」


「なし」


リーナが即答する。


ユリウスも頷いた。「魔力消耗はあるが行動可能レベル」


ノアはレイジの腕を離さず、共鳴装置を確認していた。「同期率……安定してます。でも、さっきより深い層と繋がってます」


深い層。


その言葉にレイジの胸がわずかに反応する。


ドクン。


番人が静かに扉へ向き直った。


――下層は記録領域。


「記録?」


ユリウスが食いつく。


番人は頷く。


――封印の理由。終焉の起源。鍵の役割。


わずかに間を置く。


――すべてが保存されている。


空気が重くなる。


リヒトがレイジを見る。「行けるか」


短い問い。


だが意味は重い。


進めば戻れない情報に触れる可能性がある。


レイジは少しだけ考え、そして頷いた。


「……知る必要がある」


番人が先導する形で歩き出す。


隊列を組み、下層へ降りる階段へ入る。


階段は長かった。


石ではない。


半透明の結晶素材でできているらしく、足を踏み出すたびに淡い光が広がる。


下へ進むほど温度が上がる。


外は氷の世界だったのに、ここでは春の空気に近い。


ユリウスが壁を触りながら呟く。「自己維持型魔導構造……ありえない。現代技術じゃ再現不能だ」


リーナが周囲を見回す。「敵の気配は?」


リヒトが首を振る。「ない。静かすぎるがな」


ノアだけが違う反応を示していた。


「……いっぱいいます」


「敵か?」


「違います。記憶……みたいな音です」


階段を降りきると、巨大な空間が広がった。


円形ホール。


天井は見えないほど高い。


空中に無数の光球が浮かび、それぞれが映像のようなものを映し出している。


都市。


空。


戦争。


知らない時代の風景。


ユリウスが息を呑む。「……記録結晶群」


番人が告げる。


――過去観測装置。


――ここは“忘却を防ぐ場所”。


レイジは一つの光球へ近づいた。


映像が変わる。


巨大都市。


空を覆う黒い亀裂。


逃げ惑う人々。


そして――


空から降りる巨大な影。


黒獣。


だが今まで見たものより遥かに巨大だった。


世界そのものを覆うほど。


ノアが震える。「これ……終焉……?」


番人が静かに答える。


――第一次崩壊。


ユリウスが呟く。「歴史書に存在しない……」


――消された。


番人の声。


――記憶は恐怖を呼ぶ。ゆえに文明は忘却を選んだ。


映像が続く。


人々が集まり、巨大な術式を展開している。


七つの光。


黒獣が分裂する。


砕ける終焉。


そして――七つの核。


レイジの胸が痛む。


理由は分からない。


だが涙が出そうになる。


番人がレイジを見る。


――鍵は、その時作られた。


「……俺が?」


――正確には違う。


一歩近づく。


――鍵は“人間だった”。


空気が止まる。


レイジの呼吸が乱れる。


「……だった?」


番人の声は静かだった。


――終焉を止めるため、人が終焉と融合した。


光球の映像が切り替わる。


一人の青年。


術式の中心に立っている。


顔はぼやけて見えない。


だが――


姿が、自分に似ていた。


ノアが息を呑む。


ユリウスが言葉を失う。


番人が告げる。


――それが最初の鍵。


――そして、お前の前身。


頭が真っ白になる。


転生。


偶然ではない。


最初から繋がっていた。


その瞬間。


空間全体が震えた。


警告のような低い振動。


リヒトが即座に剣を抜く。「何だ!?」


番人の声が低くなる。


――封印反応、異常増幅。


光球が次々と赤く染まる。


ノアが叫ぶ。「外じゃない……遺跡内部です!」


床の奥。


さらに下へ続く巨大な扉が、ゆっくりと開き始めていた。


暗闇。


底が見えない。


そこから――


強烈な鼓動。


ドクン。


レイジの心臓と完全に一致する。


番人が静かに言った。


――核が目覚める。


そして。


――もう時間がない。



低い鼓動が空間を満たしていた。


ドクン。


ドクン。


床の奥で開いた巨大扉の向こうから響いている。それは音というより振動に近く、骨の内側を直接叩かれているような感覚だった。


ノアが胸元を押さえる。「同期率……急上昇してます」


彼女の共鳴装置が限界近くまで発光している。


ユリウスが震える声で言った。「魔力密度、王都封印区画の三倍……いや、まだ上がってる」


リヒトが短く命じる。「隊列維持。レイジ中心で進む」


誰も反対しなかった。


ここまで来て引き返す選択肢はない。


巨大扉の先へ足を踏み入れる。


空気が変わった。


温度は高いのに寒気が走る。重力がわずかに歪んでいるような感覚。壁も床も存在しているのに、現実感が薄い。


広大な空洞。


中心に浮かんでいた。


黒い球体。


直径は十メートル以上。


表面は液体のように揺らぎ、内部で赤い光が脈打っている。


ドクン。


鼓動が一致する。


完全に。


レイジの呼吸が止まった。


「……これが」


ユリウスが呟く。


「封印核……」


番人が静かに訂正した。


――否。


わずかな間。


――終焉の欠片。


空気がさらに重くなる。


球体の表面が揺れ、ゆっくりと形を変え始めた。


腕。


肩。


頭部。


黒い物質が集まり、人型を作っていく。


ノアが後退する。「音……同じ……でも、さっきの断片よりずっと強い……!」


完全な敵意ではない。


だが圧倒的な存在感。


人型の影が地面へ降り立つ。


顔はない。


だが視線だけは分かる。


レイジへ向いている。


――……来たか。


頭の奥へ直接響く声。


夢で聞いた声より、はっきりしている。


レイジは無意識に前へ出た。


リヒトが止めようとするが、番人が静かに首を振る。


――接触は必要。


影が一歩近づく。


空間が歪む。


ノアが叫ぶ。「感情波形……悲しみが強すぎます!」


悲しみ。


その言葉が胸に刺さる。


影が手を伸ばした。


攻撃ではない。


触れようとしている。


レイジも手を伸ばしていた。


触れた瞬間――


世界が反転した。


視界が白く弾ける。


記憶が流れ込む。


崩壊前の世界。


空が裂け、都市が消えていく。


人々の絶望。


そして術式の中心に立つ青年。


彼は泣いていた。


だが逃げなかった。


七人の術者が周囲に立ち、光を束ねる。


声が響く。


「お前なら耐えられる」


「世界を繋ぎ止めろ」


青年が頷く。


そして黒い光へ踏み込む。


融合。


悲鳴。


崩壊が止まる。


だが青年の身体が黒へ変わっていく。


最後に彼が呟いた。


――次の“私”へ。


視界が戻る。


レイジは膝をついていた。


呼吸が乱れる。


影が目の前に立っている。


――思い出したか。


「……あれが、俺?」


影は否定もしない。


――お前は続きだ。


番人が静かに補足する。


――鍵は輪廻する。


――記憶を失い、人として再生し続ける。


ユリウスが呆然と呟く。「転生……システム……?」


ノアの目に涙が浮かぶ。「じゃあレイジさんは……ずっと一人で……」


影が首を横に振る。


――違う。


一歩近づく。


――私は失敗した。


空間が震える。


影の身体に亀裂が走る。


赤い光が漏れる。


――均衡が崩れ始めている。


番人の声が低くなる。


――核、崩壊兆候。


リヒトが剣を握る。「何が起きる」


影が答えた。


――私が壊れれば、封印網が崩れる。


つまり。


世界規模の終焉再開。


沈黙。


レイジは立ち上がった。


目の前の存在を見る。


敵ではない。


未来の自分。


あるいは過去。


「……どうすればいい」


影が静かに言う。


――選べ。


空間が暗く染まる。


――統合するか。


鼓動が強まる。


ドクン。


――切り離すか。


番人が告げる。


――どちらも代償がある。


ノアが震える声で言う。「統合したら……?」


番人の答えは冷静だった。


――鍵は完全体になる。


一瞬の沈黙。


――人ではなくなる。


空気が凍る。


リヒトが低く言う。「もう一つは」


――核を破壊。


ユリウスが息を呑む。


――封印網は弱体化するが、鍵は人のまま。


二択。


世界か。


自分か。


影が最後に言った。


――時間がない。


核の亀裂が広がる。


赤い光が暴れ始める。


遺跡全体が揺れた。


選択の瞬間が、すぐそこまで迫っていた。



遺跡下層全体が揺れていた。


黒い核の表面に走る亀裂は、秒ごとに広がっている。内部の赤光が暴れ、空間そのものが軋む音が響いた。


ドクン。


ドクン。


鼓動が加速する。


レイジの心臓と完全に同じリズムだった。


ノアが叫ぶ。「崩壊速度、上がってます! あと数分で制御不能になります!」


ユリウスが必死に計算式を展開する。「封印網の同期率が落ちてる……このままだと北方だけじゃ済まない、連鎖するぞ!」


リヒトが短く言う。「決断しろ、レイジ」


迷う時間はなかった。


目の前には黒い影――かつての“鍵”。


未来かもしれない自分。


影の声が静かに響く。


――統合すれば、終焉は止まる。


――だが、お前は戻れない。


胸が締め付けられる。


人ではなくなる。


学園も。


仲間も。


普通の日常も。


全部失う。


ノアが震える声で言った。「……レイジさん」


振り向く。


彼女の目は涙で揺れていた。


「私は……人のままでいてほしいです」


その言葉が胸に落ちた。


リーナが腕を組んだまま言う。「でも世界が終わったら意味ないよ」


正論だった。


ユリウスも低く続ける。「統合が最適解なのは事実だ。成功率も高い」


リヒトだけは何も言わない。


ただ待っている。


選ぶのは本人だと理解しているから。


レイジは目を閉じた。


頭の中に浮かぶ。


前世の記憶。


終電帰りの夜。


何者でもなかった日々。


そして今。


笑うノア。


軽口を叩くリーナ。


無言で背中を預けられるリヒト。


全部が現実だった。


ドクン。


鼓動が重なる。


影が手を差し出す。


――来い。


レイジはゆっくり息を吐いた。


そして。


「……どっちも選ばない」


全員が息を止めた。


影がわずかに揺れる。


――不可能だ。


「いや、違う」


レイジは一歩前へ出た。


「統合もしない。壊しもしない」


核を見る。


暴走する終焉の欠片。


そして理解する。


今までの戦いで気づいていた。


自分の力は“破壊”でも“融合”でもない。


干渉。


調律。


「ズレてるなら、合わせればいい」


手を伸ばす。


白銀と黒。


二つの魔力が同時に灯る。


ノアが叫ぶ。「二重共鳴、再発生!」


ユリウスが目を見開く。「待て、それ理論上――」


レイジは核へ触れた。


「アーク・シール」


光が爆発しない。


代わりに波紋のように広がる。


白と黒の波。


核へ浸透する。


暴れていた鼓動が揺れる。


ドクン。


ド……クン。


リズムが変わる。


影が驚いたように後退した。


――調律……?


レイジは歯を食いしばる。


膨大な感情が流れ込む。


絶望。


孤独。


終わらせたい願い。


すべてが押し寄せる。


膝が震える。


ノアが叫ぶ。「離れてください! 精神侵食レベル危険域です!」


だが手を離さない。


「……一人で背負う必要ないだろ」


言葉が自然に出た。


核の光が揺らぐ。


暴走が弱まる。


番人が低く呟いた。


――均衡回復……?


鼓動が安定し始める。


ドクン。


ドクン。


今度は穏やかなリズム。


亀裂がゆっくり閉じていく。


赤光が白へ変わる。


静寂。


重圧が消えた。


レイジの身体から力が抜ける。


倒れかけたところをノアが支えた。


「……成功?」


ユリウスが震える声で言う。「ありえない……封印を再同期させた……」


リーナが笑った。「第三の選択肢ってやつ?」


リヒトが短く頷く。「上出来だ」


黒い影が静かにレイジを見る。


その輪郭が少し安定していた。


――新しい答えだ。


声は以前より穏やかだった。


――お前は、私と違う。


レイジは苦笑した。


「同じ失敗はしないってだけだ」


影がゆっくりと消え始める。


――次の核が目覚める前に、進め。


最後の言葉。


――時間は残っていない。


光が収束し、核は静かに宙へ戻った。


暴走は完全に止まっている。


遺跡の揺れも収まった。


長い沈黙。


誰もすぐには動けなかった。


やがてリヒトが言う。


「任務完了……いや、第一段階完了だな」


ユリウスが頷く。「世界規模封印網、安定化確認」


ノアはまだレイジの腕を掴んだままだった。


「……人のまま、ですね」


レイジは小さく笑う。


「ああ、たぶんな」


だが胸の奥には確かな変化があった。


鼓動が以前より深い。


広がった感覚。


世界と繋がる感触。


番人が最後に告げる。


――鍵は進化した。


――次は、南方。


新たな光が地図のように空中へ浮かぶ。


別の封印核。


遠く。


まだ見ぬ地。


旅は終わらない。


むしろ今――


本当の物語が動き出したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ