表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/82

王都地下封印区画


王都魔術院の内部は、外観以上に異様だった。


高い天井。

浮遊する光結晶。

壁一面に刻まれた古代術式。


まるで建物そのものが巨大な魔法陣の一部のようだった。


「……魔力密度が違う」


思わず呟く。


空気が重い。


学園とは比べ物にならない。


ノアが小声で答える。


「王都の中心には地下魔脈が通ってるんです。魔術院はその真上に建てられてます」


だからか。


体の奥の“もう一つ”が微かに反応している。


落ち着かない。


エリシアが前を歩きながら言う。


「これから向かうのは封印管理区画です」


声が自然と低くなる。


「通常は王族と魔術院上層部しか立ち入りできません」


リヒトが補足する。


「今回は特例だ」


つまり。


国家最高レベルの機密。


長い回廊を進む。


途中、三重の封印扉を通過した。


魔力認証。

紋章認証。

血統認証。


最後の扉が開いた瞬間——


空気が変わった。


冷たい。


静かなのに、圧がある。


地下へ続く巨大な階段。


壁面に無数の光柱が並び、下へ行くほど光が暗くなっていく。


ノアが小さく震えた。


「……音が多すぎる」


「無理なら戻れ」

「いえ、大丈夫です」


強がりではない。


決意だった。



地下封印区画。


広大な空間だった。


都市一つ分はありそうな地下空洞。


中央には巨大な円形構造。


幾重にも重なった魔法陣。


鎖のような光が空間を横切っている。


そして。


その中心。


黒い結晶。


高さ十メートル以上。


脈動している。


まるで生き物の心臓のように。


ドクン。


胸の奥が同じリズムで鳴った。


「……共鳴開始」


エリシアが呟く。


観測装置が一斉に起動する。


ノアが目を見開く。


「レイジさん……今、完全に音が重なってます」


足が自然に前へ出る。


止めようとしても止まらない。


呼ばれている。


結晶が微かに光った。


低い振動。


頭の奥に声が響く。


『……帰還者』


膝がわずかに震える。


前と違う。


今回ははっきりしている。


意識が飲み込まれそうになる。


エリシアが叫ぶ。


「距離を保て!」


だが遅かった。


結晶から黒い光が伸びる。


俺の手首の装置が強く輝く。


ノアの装置も同時に反応。


光が共鳴する。


そして——


視界が完全に白へ変わった。



知らない場所。


崩壊した都市。


空が裂けている。


巨大な影。


黒獣。


そして。


その前に立つ“誰か”。


後ろ姿。


長い外套。


手には光の鎖。


その人物が振り返る。


顔は見えない。


だが分かった。


——自分だ。


いや。


自分ではない。


だが同じ存在。


声が響く。


『封印は未完だ』


世界が揺れる。


『だから、お前が来た』


光が弾ける。


意識が現実へ引き戻される。



気づくと床に膝をついていた。


結晶の光が弱まっている。


全員がこちらを見ていた。


ノアが慌てて支える。


「大丈夫ですか!?」


息が荒い。


だが意識ははっきりしている。


エリシアが震える声で言った。


「……記録投影ではない」


観測装置の数値が異常な波形を描いている。


「これは——記憶共有だ」


部屋が凍りつく。


つまり。


さっき見た光景は。


過去の記録ではなく。


“自分自身の記憶”の可能性。


封印。

黒獣。

転生。


すべてが、一本の線へ繋がり始めていた。



「……記憶共有、だと?」


リヒトの低い声が地下空間に響いた。


エリシアは観測装置の数値を食い入るように見つめている。


「間違いありません……魔力波形が完全一致しています」


「一致?」

学園長が眉を寄せる。


エリシアはゆっくり振り返った。


その視線には、明確な確信があった。


「先ほど神谷レイジが見た映像は、封印に残された記録ではありません」


一拍。


「封印側が保持していた“記憶”と本人の魔力が同期しました」


つまり。


封印が記憶を見せたのではない。


俺が——思い出した。


背筋が冷える。


ノアが小さく呟く。


「音……同じです。さっきの存在と、レイジさん……完全に重なってました」


否定できない。


胸の奥がまだ熱い。


さっき見た光景が鮮明に残っている。


崩壊した都市。

黒獣。

光の鎖。


そして——自分に似た誰か。


「……質問してもいいですか」


自分でも驚くほど冷静な声だった。


エリシアが頷く。


「どうぞ」


「もしあれが俺の記憶なら」


喉が少し乾く。


「俺は、何なんですか」


沈黙。


誰もすぐには答えなかった。


やがて学園長が静かに言う。


「現時点では仮説になるが……」


エリシアが続けた。


「あなたは“封印術式の中核人格”だった可能性があります」


意味が理解できない。


「……人格?」


「古代封印術には、術者自身を核にする方式が存在します」


彼女は結晶を指す。


「単なる魔力では封印は維持できない。意思——つまり人格が必要になる」


リヒトが低く呟く。


「生きた封印装置、か」


その言葉が妙に現実味を持った。


エリシアは頷いた。


「黒獣を封じた人物。その意識が封印の一部として残った」


そして。


「長い時間を経て再構築された存在が、神谷レイジである可能性」


頭の中が真っ白になる。


転生ではない?


再構築?


「……じゃあ俺の前世は」


言葉が震える。


エリシアははっきり言った。


「黒獣を封印した術者本人かもしれません」


地下空間の空気が凍った。


ノアが息を呑む。


ガルムやミーナがここにいたら絶対に大騒ぎしている。


だが今は、誰も声を出せなかった。


結晶が微かに脈動する。


ドクン。


また同じ鼓動。


その瞬間、頭の奥で声が響いた。


『……思い出せ』


低く、静かな声。


黒獣ではない。


別の声。


落ち着いた、古い響き。


『封印は、お前一人では完成しなかった』


視界の端に光が走る。


断片的な映像。


仲間。

戦場。

巨大な術式。


そして。


誰かの手を掴んだ瞬間。


映像が途切れた。


「……っ!」


思わず息を吐く。


ノアが支える。


「また来ましたか?」


「……少しだけ」


エリシアが真剣な表情になる。


「封印はまだ進行形です」


その言葉が重く落ちた。


「つまり黒獣は完全には封じられていない」


地下結晶が微かに揺れる。


まるで肯定するように。


そして。


俺の存在が、その封印と直結している。


物語の核心が、もう目の前まで来ていた。



地下封印区画の空気は、先ほどまでとは明らかに変わっていた。


誰も軽々しく動けない。


視線はすべて——俺と黒い結晶へ向けられている。


ドクン。


結晶が脈打つ。


同時に胸の奥も震える。


完全に同期している。


エリシアが静かに言った。


「追加観測を開始します」


研究員たちが装置を操作する。


空中に巨大な魔法陣が展開され、結晶と俺を同時に解析し始めた。


数値が高速で流れる。


そして。


装置の中心に、一つの文字列が浮かび上がった。


古代語。


誰も読めないはずの文字。


なのに。


意味が分かった。


自然に。


「……封鎖鍵」


思わず口に出していた。


全員がこちらを見る。


エリシアが驚く。


「読めるのですか?」


頷くしかない。


「意味が……分かる」


頭の中に言葉が流れ込んでくる。


まるで昔から知っていたように。


装置が翻訳を完了する。


表示された名称。


――《アーク・シール》。


地下空間が静まり返った。


エリシアが震える声で言う。


「古代封印体系の最高位術式……」


リヒトが低く呟く。


「神話級だな」


説明が続く。


「アーク・シールとは、“存在そのものを鍵とする封印”」


つまり。


封印魔法ではない。


封印者自身が鍵。


そして維持装置。


エリシアが俺を見る。


「あなたの第二魔力は封印対象と同質」


そして。


「第一魔力は封印維持機構」


ノアが小さく言った。


「だから……二重奏なんですね」


すべてが繋がる。


黒獣と同じ波長。

抑制構造。

共鳴。


俺は“対抗存在”だった。


その時。


結晶が強く光った。


全員が身構える。


黒い光が広がる。


頭の中へ直接、声が落ちた。


『……ようやく理解したか』


低く、巨大な声。


黒獣。


だが以前よりはっきりしている。


『鍵よ』


身体が震える。


だが恐怖ではない。


奇妙な懐かしさ。


『封印は壊れている』


地下空間の光が揺れる。


『我を閉じた者たちは消えた』


映像が断片的に流れる。


崩れた術式。

失われた柱。

空白の時間。


『均衡は、もう存在しない』


声が少しだけ柔らかくなる。


『だからお前が戻された』


転生の理由。


初めて明確な形を持った。


ノアが強く手を握る。


ブレスレットが輝く。


暴走は起きない。


意識を保てる。


俺は心の中で問いかけた。


(……お前の目的は何だ)


数秒の沈黙。


そして。


『終わらせること』


短い答え。


敵意でも破壊でもない。


ただの事実のような声。


光が消える。


結晶の鼓動が落ち着いた。


地下空間に静寂が戻る。


誰もすぐには話せなかった。


エリシアがゆっくり言う。


「結論が出ました」


全員の視線が集まる。


「神谷レイジは封印鍵アーク・シールの再来個体」


重い宣言。


「そして黒獣は——」


彼女は言葉を選びながら続けた。


「単なる災害ではない可能性が高い」


世界の敵ではない。


もっと別の存在。


物語の構図そのものが変わり始めていた。


ノアが小さく呟く。


「音……悲しいです」


その言葉が妙に胸に残る。


地下封印区画。


世界最大の秘密の前で。


神谷レイジは初めて、自分の役割を知った。


鍵。


そして。


封印を“完成させる者”。


物語は、ついに核心へ踏み込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ