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王都アルヴェイン



王都アルヴェインは、遠くからでも異質だった。


学園を出発して三日。


街道を進み続けた馬車の窓から、それは突然姿を現した。


巨大な城壁。


白銀色の石で築かれた壁は地平線の端まで続き、まるで山脈のようにそびえている。


その内側から無数の塔が空へ伸びていた。


魔導塔。

騎士団本部。

貴族区画。


そして中央。


雲を貫くほど高い王城。


「……でかすぎない?」


ミーナならこう言っただろうな、と自然に思う。


実際、口に出したのはノアだった。


「資料で見てましたけど……本物は全然違いますね」


彼女は窓に張り付くように外を見ている。


普段おどおどしているのに、こういう時は子供みたいだった。


騎士団の先導が速度を落とす。


王都正門。


高さ二十メートルはある巨大な門。


完全武装の騎士が並び、入都検問が行われている。


だが王女の旗を見た瞬間、全員が剣を胸に当てた。


「王女殿下、ご帰還!」


門がゆっくり開く。


重厚な音。


そして——


王都の中へ入った。



世界が変わった。


人の数が違う。


石畳の大通りを埋め尽くす人々。


商人。

冒険者。

貴族の馬車。

魔導具の屋台。


空には小型浮遊魔導具が行き交い、建物の壁面には光る広告魔術が映し出されている。


学園都市とは規模が桁違いだった。


「す、すごい……」


ノアが完全に圧倒されている。


俺も同じだった。


前世の大都市に近い。


いや、それ以上に活気がある。


魔法と文明が混ざった世界。


騎士団の馬車は人混みを割るように進んでいく。


周囲の視線が集まる。


王女の紋章。


そして護衛付きの俺たち。


完全に目立っていた。


「歓迎されてる感じじゃないな」


小声で呟く。


実際、視線には好奇心だけでなく警戒も混ざっている。


「王都は情報が早いんです」


セリスが向かいの席で言った。


「もうあなたの話は広まっています」


「どこまで?」


彼女は少し苦笑する。


「“封印を揺らした学生”くらいには」


……最悪だ。



馬車が貴族区画へ入る。


途端に景色が変わった。


静か。


整備された庭園。

白い邸宅。

警備兵。


完全な別世界。


やがて馬車が止まる。


巨大な建物の前。


王城ではない。


だがそれに匹敵する規模。


「ここは?」


ノアが聞く。


セリスが答えた。


「王国魔術院本館です」


石造りの巨大建築。


無数の魔法陣が壁に刻まれている。


この国の魔術の中心。


つまり——


俺の検査の本拠地。


馬車を降りた瞬間。


空気が変わった。


強い魔力の気配。


視線。


上階の窓。

入口の影。


観察されている。


(……歓迎というより実験対象だな)


その時。


入口の階段に、一人の青年が立っているのが見えた。


白銀の髪。

整った貴族服。

腰には装飾剣。


そして、昨日広場で見たあの視線。


少年がゆっくり笑った。


「やっと来たか」


まっすぐこちらへ歩いてくる。


周囲の魔術師たちが自然に道を開けた。


立場が高い。


間違いない。


彼は目の前で止まり、軽く礼をした。


「初めまして、神谷レイジ」


穏やかな声。


だが目は鋭い。


「アルベルト・ヴァルディス。王都騎士学院首席だ」


予感が確信に変わる。


ライバル。


それも——かなり面倒なタイプ。


アルベルトは笑みを深めた。


「君の噂、退屈しない内容だったよ」


そして小さく付け加える。


「本物かどうか、確かめさせてもらう」


王都編は、到着した瞬間から静かに火花を散らし始めていた。



「本物かどうか、確かめさせてもらう」


アルベルトの言葉に、周囲の空気がわずかに張り詰めた。


魔術院の研究員たちが興味深そうにこちらを見る。


完全に見世物だ。


(……到着五分でこれか)


王都らしい歓迎だった。


セリスが一歩前へ出る。


「アルベルト。彼は正式招待客です」


穏やかな声。


だが王女としての圧が乗っている。


普通なら引く。


だがアルベルトは微笑みを崩さなかった。


「もちろん承知しております、殿下」


礼儀正しい。


完璧な貴族の所作。


だが視線は俺から離れない。


「ただ、王都では“実力”がすべてです」


周囲の魔術師が小さく頷く。


どうやら事実らしい。


「噂だけで評価されるのは、本人も困るでしょう?」


否定しづらい理屈。


俺は小さく息を吐いた。


「つまり?」


アルベルトは楽しそうに言った。


「簡単な確認ですよ」


指を鳴らす。


魔術院入口前の広場に魔法陣が展開された。


円形訓練場。


観測結界付き。


完全に準備済み。


……最初からそのつもりだったな。


ノアが小声で言う。


「これ、断れない流れですか?」


「多分な」


セリスが少し困った顔をする。


だが止めない。


王都ではこれが普通なのだろう。


アルベルトが剣を外し、従者へ渡す。


「安心してください。殺傷は禁止結界です」


軽く肩を回す。


「魔力のみの模擬戦」


周囲がざわめき始める。


「騎士学院首席だぞ」

「例の学生と戦うのか?」


完全に観客が集まり始めた。


(逃げても面倒になるだけか)


俺は前へ出た。


「時間は?」


アルベルトが笑う。


「三分でどうでしょう」


短い。


つまり本気で試すつもりだ。


結界が起動する。


淡い光が円を囲む。


ノアが不安そうに袖を掴んだ。


「無理しないでくださいね」


「暴走しない範囲でやる」


それが一番重要だった。


結界内へ入る。


向かい合う。


アルベルトの雰囲気が変わった。


さっきまでの社交的な空気が消える。


研ぎ澄まされた戦士の目。


(……強いな)


直感で分かる。


今までの学生とはレベルが違う。


彼が言う。


「先に言っておきます」


構えながら。


「僕は手加減が苦手です」


「助かる」


俺も構える。


余計な遠慮は不要。


合図もなく。


アルベルトが消えた。


速い。


次の瞬間、横から衝撃。


反射的に後退。


風圧だけで結界が揺れる。


観客がどよめく。


「速すぎる……!」


追撃。


連続魔力斬撃。


無駄がない。


完全な実戦型。


(なるほど……王都基準か)


避けながら観察する。


呼吸。

重心。

魔力の流れ。


アルベルトが笑う。


「避けるだけですか?」


「様子見だ」


「余裕ですね」


次の攻撃が来る。


だが今度は読めた。


半歩前へ。


攻撃の内側へ入る。


アルベルトの目がわずかに開く。


初めての予想外。


魔力を最小出力で放つ。


衝撃。


彼が数歩下がる。


観客がざわめく。


「押した!?」

「首席が!?」


アルベルトが楽しそうに笑った。


「……いい」


魔力が一段上がる。


空気が震える。


本気モード。


(来るな)


だがその瞬間。


手首の安定装置が淡く光った。


ノアの波長。


暴走しないように、静かに制御されている。


頭がクリアになる。


視界が広がる。


アルベルトが突撃。


全力の一撃。


俺は——


真正面から迎えた。



アルベルトの剣が振り下ろされる。


速い。


重い。


そして正確。


観客席から息を呑む音が聞こえた。


普通なら避けるしかない一撃。


だが——。


俺は半歩だけ踏み込んだ。


真正面。


最短距離。


アルベルトの瞳がわずかに揺れる。


予想外。


衝突の瞬間、魔力を一点に集中させる。


最大出力ではない。


暴走しないギリギリ。


制御された一撃。


ドン——ッ!!


衝撃波が結界を震わせた。


石畳がひび割れる。


光が弾ける。


数秒、互いに押し合う形で止まる。


そして。


アルベルトの足が、半歩後ろへ滑った。


静寂。


観客が凍りつく。


王都騎士学院首席が——押された。


アルベルト自身が一番驚いていた。


「……なるほど」


小さく笑う。


力を抜き、距離を取った。


「もう十分だ」


結界が消える。


試合終了。


ざわめきが一気に広がった。


「本当に互角だぞ……」

「いや、今のは……」

「学園の学生って聞いたぞ?」


評価が一瞬で変わるのが分かった。


アルベルトが剣を受け取り、こちらへ歩いてくる。


敵意はない。


むしろ楽しそうだった。


「謝ります」


軽く頭を下げた。


「試すような真似をしました」


「気にしてない」


本音だった。


彼は笑う。


「安心しました。噂は誇張ではなかった」


そして小声で言った。


「王都では、強さが信用になります」


その意味がよく分かった。


さっきまでの視線が変わっている。


警戒から——興味へ。


セリスが近づく。


少しだけ安心したような表情。


「歓迎します、王都アルヴェインへ」


形式的な言葉。


だがどこか誇らしげだった。


ノアが駆け寄る。


「だ、大丈夫でしたか!?」


「問題ない」


彼女のブレスレットが淡く光っている。


暴走が起きなかった理由。


改めて理解する。


一人では制御できない力。


だが今は違う。


アルベルトがノアを見る。


「その装置……共鳴制御か」


鋭い観察眼。


「なるほど。だから安定しているのか」


すぐに理解したらしい。


さすが首席。


そして彼は少しだけ真剣な顔になった。


「忠告しておきます」


周囲に聞こえない声。


「王都には、僕より強い人間が何人もいます」


軽く視線を上へ向ける。


魔術院の塔。


王城の方向。


「そして彼らは、君を歓迎しないかもしれない」


予想していた言葉だった。


だが不思議と恐怖はない。


むしろ。


ようやくスタートラインに立った感覚。


魔術院の扉が開く。


内部から強い魔力の気配が流れ出す。


研究者たちが待っている。


封印。

転生。

黒獣。


すべての答えに近づく場所。


ノアが小さく言った。


「……音、強くなってます」


王都に入ってから、ずっと。


つまり。


ここに“何か”がある。


俺は一歩踏み出した。


王都アルヴェイン。


世界の中心。


そして運命が交差する舞台へ。


物語は、さらに大きな渦の中へと進み始めた。

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