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魔術院の少女



学園長室の空気は重かった。


扉が閉まった瞬間、外界と切り離されたような静寂が訪れる。


王国監察官リヒトは壁際へ下がり、腕を組んだまま状況を見守っている。


学園長は椅子に座っているが、普段の穏やかさは薄い。


そして。


部屋の中心に立つ銀髪の女性——エリシア・ルーヴェルト。


王国魔術院特務監査官。


彼女の視線は、最初からずっと俺に固定されていた。


逃げ場がない。


「緊張しなくて大丈夫ですよ」


柔らかな声。


だが魔力の圧は一切緩まない。


「ただの確認ですから」


絶対に“ただ”ではない。


「まず質問から始めましょう」


彼女が一歩近づく。


距離が縮まっただけで空気が震えた気がした。


「遠征中、あなたは記録魔術に共鳴した。間違いありませんね?」


「……はい」


「その際、映像を見た」


頷く。


彼女は満足そうに小さく微笑んだ。


「やはり」


学園長が口を挟む。


「エリシア殿、彼はまだ学生です」


「承知しています」


即答だった。


「だからこそ、今確認する必要があるのです」


そして彼女は右手を軽く上げた。


魔法陣が展開される。


淡い青色の円。


複雑な術式。


俺の足元に広がった。


「安心してください。攻撃魔術ではありません」


リヒトが補足する。


「魔力測定だ」


なるほど。


だが規模が普通じゃない。


「少しだけ魔力を流します」


エリシアが言う。


「抵抗しないでくださいね」


次の瞬間。


魔法陣が光った。


身体の奥に触れられる感覚。


冷たい水が流れ込むような、不思議な感覚。


魔力を“読まれている”。


数秒。


沈黙。


そして——。


エリシアの表情が変わった。


初めて。


驚き。


「……これは」


部屋の空気が張り詰める。


「どうしました?」

学園長が聞く。


彼女はゆっくり俺を見る。


信じられないものを見る目。


「魔力構造が……二重です」


「二重?」

バルド先生が眉をひそめる。


エリシアは説明する。


「通常、人間の魔力核は一つ。しかし彼の場合——」


魔法陣の光が強くなる。


「別系統の魔力が重なって存在している」


心臓が強く鳴った。


嫌な予感。


「人工的な融合ではありません」


彼女は断言する。


「これは……“生まれながらにして二つある”構造」


あり得ない。


そう顔に書いてあった。


リヒトが低く聞く。


「危険性は?」


エリシアは少し考えた後、答えた。


「現時点では不明」


最悪の答え。


だが次の言葉がさらに重かった。


「ただし——封印指定級存在と同質の波長を確認しました」


部屋が完全に静まり返る。


逃げ場が消えた。


エリシアが静かに言う。


「神谷レイジ君」


視線が真っ直ぐ刺さる。


「あなたの中には、“人間ではない魔力”が存在しています」


言葉が落ちる。


理解が追いつかない。


転生。

黒獣。

共鳴。


そして今。


自分の中に、別の何かがあると告げられた。


世界の秘密が、少しずつ姿を現し始めていた。




「……人間ではない魔力、ですか」


自分の声が妙に遠く聞こえた。


エリシアは魔法陣を維持したまま、慎重に頷く。


「誤解しないでください。あなた自身が人間でないと言っているわけではありません」


「でも、中に別の何かがあると」


「ええ」


否定はされなかった。


学園長が静かに息を吐く。


「やはり封印との関連か……」


バルド先生が腕を組む。


「危険なのか?」


部屋の空気が張り詰める。


エリシアは少し考え、正直に答えた。


「分かりません」


全員が黙る。


「未知です。前例がありません。だからこそ——」


彼女は魔法陣を消した。


光が静かに消え、圧迫感がなくなる。


「追加検査が必要になります」


予想通りだった。


だがその時。


コンコン、と控えめなノック音が響いた。


全員の視線が扉へ向く。


リヒトが眉をひそめる。


「今は——」


「失礼します!」


扉が少し開き、小さな声が入ってきた。


銀色に近い淡青の髪。


大きな丸眼鏡。


黒い魔術院ローブを着た少女が顔を覗かせていた。


年齢は俺たちと同じくらい。


だが明らかに緊張している。


「あ、あの……資料、持ってきました……!」


エリシアが小さくため息をつく。


「ノア。今は会議中ですよ」


「す、すみません!」


少女——ノアは慌てて頭を下げた。


だが次の瞬間。


彼女の視線が俺に止まる。


そして。


固まった。


「……え?」


小さな声。


数歩、部屋へ入ってくる。


じっとこちらを見つめる。


まるで信じられないものを見るように。


「どうした?」

リヒトが聞く。


ノアは震える声で言った。


「この人……」


指がこちらを指す。


「同じ音がします」


沈黙。


「……音?」

学園長が聞き返す。


ノアは慌てて説明する。


「魔力の共鳴です! 私、魔力波長を感覚で識別できて……」


エリシアが目を細める。


「続けなさい」


ノアは一歩近づいた。


少し怖がりながら。


「この人の魔力……普通の人と違うんです。でも——」


言葉を探す。


そして小さく言った。


「怖くない」


部屋の空気が変わった。


予想外の評価だった。


「むしろ……懐かしい感じがします」


俺自身が一番驚いた。


初対面のはずなのに。


なぜか、その言葉に違和感がなかった。


エリシアが興味深そうに俺とノアを交互に見る。


「なるほど……共鳴感知型ですか」


学園長が頷く。


「魔術院の特異才能でしたね」


ノアは慌てて頭を下げた。


「すみません! 勝手に発言して!」


「いいえ」


エリシアが微笑む。


「非常に有益な情報です」


そして。


彼女は決定的な一言を口にした。


「ノア、今日から彼の観測補助を担当しなさい」


「……へ?」


ノアが固まる。


俺も固まった。


「え?」


リヒトが確認する。


「魔術院付きか?」


「はい。最適です」


エリシアは迷いなく頷いた。


「彼の魔力を安定的に観測できる唯一の人材でしょう」


ノアが慌てる。


「む、無理です! 私まだ研修中で——」


「決定です」


即終了。


逃げ道なし。


ノアがこちらを見る。


完全にパニック状態。


「よ、よろしくお願いします……」


小さく頭を下げた。


こうして。


神谷レイジの隣に、王国魔術院の少女が配置されることになった。


それが偶然ではなく——


運命的な出会いだったと知るのは、まだ少し先の話だった。




会議が一段落し、学園長室の空気がわずかに緩んだ。


とはいえ状況は何一つ軽くなっていない。


王国案件。

封印指定級。

二重魔力構造。


そして——突然決まった観測担当。


「……本当に私でいいんですか?」


ノアが小さく聞いた。


エリシアは即答する。


「あなた以外に適任はいません」


逃げ道はなかった。


ノアは観念したように小さく頷いた。


「……分かりました」


そして恐る恐るこちらへ向き直る。


「えっと……改めて。魔術院所属、ノア・セレスです」


ぺこり、と深く頭を下げた。


「神谷レイジです」


名前を言うと、彼女は少し安心したように笑った。


だがその目は、まだ不思議そうだった。



学園長室を出た後。


廊下はいつも通りのはずなのに、妙に静かに感じた。


遠征帰還の影響で授業は一部中止らしく、生徒の姿も少ない。


ノアは少し後ろを歩いている。


距離が微妙に遠い。


「そんなに警戒しなくていい」

振り返って言う。


「い、いえ! 警戒じゃなくてですね!」


慌てて手を振る。


「その……魔力が近いと、ちょっと感覚が強くて……」


「感覚?」


ノアは少し迷ってから説明した。


「音みたいに聞こえるんです。人の魔力って」


……また新しい概念が出てきた。


「普通の人は静かな旋律なんですけど、あなたは……」


言葉を選ぶ。


「二重奏みたいなんです」


胸の奥がわずかにざわつく。


「一つは人間。でももう一つは……」


彼女は小さく首を傾げた。


「すごく古い音」


古い。


黒獣の記憶がよぎる。


封印。


あの声。


『成長しろ、人の子』


ノアが慌てて続ける。


「でも怖くないんです! 本当に! むしろ——」


言いかけて止まる。


「むしろ?」


少し頬を赤くしながら言った。


「安心する音です」


予想外だった。


自分の中にある“何か”を、初めて肯定された気がした。


沈黙が流れる。


気まずいわけではない。


不思議と落ち着く空気。


ノアが小さく呟く。


「……初めてなんです」


「何が?」


「魔力を聞いて、怖くなかったの」


その言葉は軽くなかった。


彼女も普通ではない。


そう直感した。


「ノアも特異体質なのか?」


彼女は少し驚き、苦笑した。


「魔術院では“共鳴感知体質”って呼ばれてます。便利だけど……」


視線を落とす。


「危険な魔力も全部感じちゃうので」


だから怯えていたのか。


あの巨狼の気配すら感じていたのかもしれない。


その時。


彼女が突然立ち止まった。


「……今」


「どうした?」


ノアの顔が真剣になる。


「少しだけ、さっきの音が強くなりました」


心臓が跳ねる。


「どっちの音だ?」


数秒の沈黙。


そして。


「人間じゃない方」


同時に、手袋型魔導具が震えた。


微弱な反応。


学園の中なのに。


(……まさか)


遠征は終わったはず。


封印は森の奥。


なのに。


何かが、こちら側へ近づいている。


ノアが小さく言う。


「……目覚め、始まってます」


廊下の窓から差し込む光が揺れる。


平穏な学園の中で。


世界の歯車が、静かに動き始めていた。


こうして神谷レイジの隣に立つ“魔術院の少女”は、


観測者であり、

理解者であり、

そして——運命を共にする存在となっていく。


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