表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/88

夜襲



夜。


遠征拠点には即席の防衛陣が敷かれていた。


簡易結界が森の外周を囲み、焚き火の光が点々と揺れている。本来なら休息時間のはずだったが、誰一人として完全には気を抜いていなかった。


理由は明確だ。


空を旋回していた“あの影”。


教師たちの表情が、訓練では見せない緊張を帯びていたからだ。


「寝れるわけないよな……」


ガルムが小声で言う。


盾を抱えたまま座り、完全に戦闘準備状態だ。


ミーナは焚き火の前で魔導具を調整していた。


「さっきから魔力濃度、上がってるんだけど」


俺も感じていた。


空気が重い。


森そのものが息を潜めているような感覚。


手袋型魔導具が微弱に震え続けている。


(来る……)


根拠はない。


だが確信に近い予感。


その時。


結界の外側が、わずかに光った。


教師の一人が立ち上がる。


「警戒!」


全員が即座に武器を取る。


次の瞬間——


結界が弾けた。


「なっ!?」


爆音。


光の膜が外側から破壊される。


普通の魔物では不可能な干渉。


森の闇から影が飛び出した。


狼型魔物。


だが昼間より数が多い。


十。

二十。

三十。


「夜襲だ!!」


教師の叫び。


完全な奇襲。


生徒たちが一瞬混乱する。


隊列が乱れた。


(まずい)


このままでは各個撃破される。


俺は即座に声を張った。


「円形防御! 焚き火中心に集まれ!」


反射的に動いたのはFクラスとSクラス。


ガルムが前へ。


カイルも同時に位置を取る。


教師が一瞬こちらを見る。


そして——止めなかった。


指揮権を黙認した。


狼群が突撃。


ガルムの盾に牙がぶつかる。


火花。


「数多すぎる!」


ミーナが爆発魔法を連射。


光が闇を裂く。


だが倒しても倒しても湧いてくる。


異常な統率。


完全に昼間と同じ。


いや——それ以上。


「左側薄い! 二歩前!」


Sクラス魔導士が即座に防護壁を展開。


連携が成立する。


混成部隊が一つのチームとして動き始める。


だが。


森の奥から、低い音が響いた。


ドン。


地面が震える。


狼たちが一斉に動きを止めた。


そして道を開ける。


中央が空く。


嫌な予感が背筋を走る。


闇の中から、ゆっくり現れた影。


昼間の巨狼。


——ではない。


さらに巨大。


黒い体毛。

赤ではなく、金色に光る瞳。


魔力の密度が桁違い。


教師が息を呑む。


「……上位個体、いや……」


言葉が止まる。


カイルが低く呟いた。


「ボスか」


巨狼が一歩踏み出す。


それだけで空気が揺れる。


そして。


視線がこちらへ向いた。


真っ直ぐ。


迷いなく。


俺へ。


(……やっぱり来たか)


巨狼が口を開く。


低い咆哮。


その瞬間、狼群が再び動き出した。


本当の夜襲が、始まった。




巨狼が前へ出た瞬間、空気が変わった。


それまで統率されていた狼群の動きがさらに洗練される。無秩序な突撃ではない。役割分担がある。


前衛が盾役を押さえ、

側面が回り込み、

後衛が隙を狙う。


――魔物の動きじゃない。


「これ……戦術だぞ!」

教師の一人が叫ぶ。


ガルムが歯を食いしばる。


「冗談だろ! 狼だぞ!?」


冗談ではない。


目の前で起きている現実だった。


結界は破壊され、夜の森がそのまま戦場になっている。焚き火の光だけが頼りで、視界は悪い。


このまま乱戦になれば終わる。


(統率されてるなら、逆に利用できる)


思考が静かになる。


手袋型魔導具が熱を帯びる。


味方の位置。

敵の流れ。

魔力の偏り。


全部が線として見える。


「全員聞け!」


自然と声が響いた。


教師も、生徒も、一瞬こちらを見る。


「前線固定! 倒そうとするな、押し返すだけでいい!」


カイルが即座に理解した顔をする。


「時間を稼ぐのか」

「違う。流れを作る」


ガルムが盾を地面へ叩きつける。


「来い!!」


狼が集中する。


狙い通り。


「ミーナ、焚き火の外周を爆破!」


「え!? 味方いるけど!?」

「低出力! 煙を作れ!」


爆発。


土と灰が舞い上がる。


視界が遮断される。


狼の動きが一瞬止まる。


嗅覚と視覚の同期が崩れた。


「右側、今空いた!」


Sクラス剣士が突進。


側面を切り裂く。


教師たちも攻撃を合わせる。


初めて狼群の動きが乱れた。


だが。


巨狼が低く唸った。


空気が震える。


次の瞬間、狼たちが再び統率を取り戻す。


(指揮してる……!)


あいつが中心。


つまり。


「ボスを動かす」


俺は呟いた。


カイルが聞き返す。


「何?」

「あいつが命令してる。だから——位置を変えさせる」


「どうやって?」


答えは単純。


危険だが。


「俺が囮になる」


「却下だ」

即答だった。


カイルが睨む。


「指揮官が前に出るな」


正論。


だが時間がない。


狼群が再び押し始めている。


防御線が限界だ。


「三十秒でいい」

俺は言う。


「位置をずらせば流れが崩れる」


ガルムが笑った。


「なら俺も行く」


「お前は残れ。壁が消えると終わる」


ミーナが真顔で言う。


「死んだら許さないから」


「死なない」


保証はないが言い切る。


一歩前へ出る。


巨狼の視線がすぐにこちらを捉えた。


やはり。


狙いは俺。


(来い)


魔力をほんの少し解放する。


存在を強く認識させる。


巨狼の瞳が細くなる。


低い咆哮。


狼群の一部が進路を変えた。


成功。


「今だ! 左側前進!」


教師が指示を飛ばす。


防御線が押し返す。


戦場の形が変わる。


巨狼が動いた。


一直線にこちらへ。


地面が揺れる。


速い。


昼間より明らかに速い。


(……来たな)


恐怖はある。


だが思考は冷静だった。


あと少し。


位置が変われば——。


その瞬間、背後から爆炎が走った。


ミーナの魔法。


「一人でやらせない!」


ガルムも突進してくる。


「三十秒だろ!!」


予定外。


だが。


悪くない。


三人が一直線に並ぶ。


巨狼が跳躍した。


影が覆いかぶさる。


衝突寸前。


俺は叫んだ。


「全員、後退三歩!!」


同時に後方の教師陣が最大魔法を解放した。


光が夜を裂く。


爆音。


衝撃波。


巨狼の進路が逸れる。


そして——


戦場の中心位置が、大きくずれた。


狼群の統率が一瞬途切れる。


その瞬間。


戦局が、完全に変わった。




爆炎が夜を塗り替えた。


教師陣の同時魔法が森を震わせ、衝撃波が外側へ広がる。土煙と光が混ざり合い、数秒間、視界が完全に失われた。


そして——静寂。


次に聞こえたのは、狼たちの動揺だった。


統率が崩れている。


個体ごとの動きがばらけ始めた。


「今だ!! 押し返せ!!」


バルド先生の声が響く。


教師と上位生徒が一斉に前進する。


ガルムが盾で突き飛ばし、

Sクラス剣士が高速で斬り抜け、

ミーナの爆発が退路を断つ。


さっきまで押されていた戦線が、一気に前へ進んだ。


狼群は連携を失い、ただの群れへ戻っていく。


(中心がズレた……)


巨狼の位置が変わったことで、指揮範囲が乱れたのだ。


巨狼が低く唸る。


怒り。


明確な感情。


黄金の瞳が再びこちらを向く。


だが今度は違う。


観察ではない。


警戒。


カイルが隣に並ぶ。


「完全に狙われてるな」

「否定できない」


巨狼が一歩踏み出す。


再突撃の気配。


だがその瞬間。


教師陣が前へ出た。


結界術式が展開される。


複数の魔法陣が重なり、光の壁が形成された。


「ここからは教師の領域だ!」


バルド先生が叫ぶ。


巨大な拘束魔法が発動する。


光の鎖が地面から伸び、巨狼を絡め取ろうとする。


巨狼が吠える。


衝撃波。


鎖が数本砕ける。


……だが止まった。


完全ではない。


それでも動きが鈍る。


教師たちが同時に魔力を注ぎ込む。


「撤退誘導開始! 生徒は後退!」


狼群が後退し始める。


命令されたかのように。


巨狼が最後にこちらを見る。


黄金の瞳。


はっきりと意思が宿っていた。


そして——。


静かに森の奥へ退いた。


群れも同時に消える。


戦闘終了。


誰もすぐには動けなかった。


夜の森に、荒い呼吸だけが残る。


ガルムがその場に座り込む。


「……生きてる?」


「多分ね……」

ミーナが地面に倒れ込んだ。


俺もようやく息を吐く。


全身の力が抜けた。


その時。


バルド先生がこちらへ歩いてきた。


真っ直ぐに。


数秒、無言で見つめる。


そして言った。


「……さっきの指揮」


短く区切る。


「誰が出した?」


周囲の視線が集まる。


教師も、生徒も。


隠す意味はもうない。


「俺です」


静かに答える。


先生は目を閉じ、小さく息を吐いた。


「……そうか」


怒られると思った。


だが違った。


「助かった」


それだけだった。


教師の一人が苦笑する。


「学生に戦場を救われるとはな」


空気が少し緩む。


だが同時に、評価が変わったのを感じた。


もう“有望な生徒”ではない。


戦力として見られている。


カイルが肩を叩く。


「正式に指揮官認定だな」


「やめてくれ」

本音だった。


焚き火が再び灯される。


応急処置が始まり、夜の警戒体制が強化される。


だが誰もが理解していた。


これは偶然の襲撃ではない。


巨狼は試していた。


そして最後まで——


俺を見ていた。


森の奥。


闇の向こう。


まだ何かが眠っている。


そしてそれは、確実に目覚めへ向かっている。


遠征初日の夜。


学園外遠征は完全に“異常事態”へ変わった。


そしてこの夜を境に——


神谷レイジという存在は、生徒ではなく「戦場の中心」として認識され始めることになるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ