表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/82

学園外遠征、出発



遠征当日。


まだ太陽が昇りきらない早朝、学園中央広場にはすでに多くの生徒が集まっていた。


普段の授業とは違う緊張感。


重装備の生徒。

整列する教師。

待機する大型魔導馬車。


学園が“戦闘機関”であることを初めて実感する光景だった。


「朝早すぎだろ……」


ガルムが大あくびをする。


全身には新しい防具。昨日支給された大型盾を背負っている姿は、もう完全に前衛兵だ。


ミーナは眠そうな目で指輪型魔導具を調整していた。


「私まだ起きてないんだけど……」


「起きろ。外は寝不足で死ぬぞ」

俺が言うと、ミーナが嫌そうな顔をした。


「その言い方リアルすぎる」


俺も装備を確認する。


黒い手袋型魔導具。


装着すると周囲の魔力の流れが薄く見えるようになる。


視界が整理される感覚。


便利だが、慣れると危険なタイプの装備だ。


(頼りすぎるな……)


広場の前方では教師たちが隊列を組んでいた。


その中央に、学園長。


そして——。


Sクラスの姿もあった。


カイルがこちらに気づき、軽く手を上げる。


「また一緒だな」


「できれば別任務がよかった」

俺は正直に言う。


カイルが笑った。


「遠慮するな。今回は守ってやるよ」


「余計なお世話だ」


軽口だが、敵対感はもうない。


Sクラス戦を経て、妙な信頼関係が生まれていた。


その時、広場が静まる。


学園長が前へ出た。


「諸君、本遠征は訓練であると同時に調査でもある」


声が広場全体へ響く。


「最近、周辺魔物の行動に異常が確認されている」


ざわめき。


「通常は出現しない領域での活動、群れの増加、そして——」


一瞬、言葉を止める。


「統率行動の可能性」


空気が重くなった。


魔物は基本的に本能で動く存在。


統率。


それはつまり——知性。


学園長は続ける。


「無理はするな。異常を確認した場合、即座に撤退を優先せよ」


教師たちが頷く。


本気の警戒だ。


出発準備が始まる。


生徒たちは班ごとに馬車へ乗り込む。


俺たちFクラス三人も指定された車両へ向かった。


中に入ると、予想外の顔があった。


「お、来たか」


カイル。


そしてSクラスの二人。


同乗らしい。


「……混成班か」

俺が呟く。


魔導士の男子が頷く。


「実戦想定だ。クラスの壁は関係ない」


合理的だ。


ミーナが小声で言う。


「安心なのか不安なのか分かんない」


ガルムは嬉しそうだった。


「最強と一緒とか最高じゃん!」


馬車が揺れ始める。


出発。


学園の門がゆっくり開く。


高い石壁の外。


俺は初めて見る景色を目にした。


広がる森林。

未舗装の道。

遠くに見える山脈。


学園という安全圏の外側。


本物の世界。


カイルが窓の外を見ながら言った。


「ここから先は、失敗すると普通に死ぬ」


軽い口調。


だが冗談ではない。


ミーナが小さく息を飲む。


ガルムは逆に笑った。


「燃えてきた!」


俺は窓の外を見続ける。


心臓が少し速い。


恐怖か。


期待か。


多分、その両方。


そしてその時、手袋型魔導具が微かに反応した。


ピリ、と指先に感覚が走る。


(……?)


森の奥。


一瞬だけ、異質な魔力を感じた気がした。


気のせいかもしれない。


だが本能が告げていた。


今回の遠征は——


ただの訓練では終わらない。


こうしてFクラスとSクラスの混成部隊は、学園の外へと踏み出した。


物語は、ついに“世界”へ広がり始める。




馬車が学園を離れてから、およそ一時間。


舗装された道はいつの間にか消え、揺れが大きくなっていた。


窓の外には深い森が続く。


木々の密度が増し、光が地面まで届かない場所も多い。空気が少し冷たい。学園周辺とは明らかに違う“野生”の匂いがした。


ガルムが窓に顔を近づける。


「なんか静かすぎないか?」


確かに。


鳥の声が少ない。


風の音も弱い。


森なのに、生き物の気配が薄い。


カイルも同じことを感じたのか、表情を引き締めた。


「……止まるぞ」


次の瞬間、馬車が急停止した。


外から教師の声。


「全班、降車準備! 周囲警戒!」


空気が一変する。


訓練モード。


俺たちはすぐに外へ出た。


森の中の開けた場所。


教師たちが円形に配置され、生徒を守る形を取っている。


バルド先生がこちらへ来た。


「予定より早いが、ここから徒歩だ」


「何かあったんですか」

俺が聞く。


先生は短く答えた。


「気配が変だ」


やはり。


俺の手袋型魔導具が微かに反応している。


一定ではない魔力の揺らぎ。


……不自然。


隊列が組まれる。


前衛、中央、後衛。


ガルムは自然に前へ。


ミーナは中央寄り。


俺は全体を見渡せる位置へ移動する。


Sクラスも同様に配置についた。


カイルが小声で言う。


「違和感、感じるか?」

「感じる」

俺は即答した。


「魔力の流れが乱れてる」


カイルが少し驚いた顔をした。


「そこまで分かるのか」


答えず前を見る。


森の奥。


何かがいる。


だが姿が見えない。


教師が手を上げる。


「停止」


全員が止まる。


沈黙。


風が木を揺らす音だけが響く。


——その時。


ガサッ。


右側の茂みが揺れた。


ガルムが盾を構える。


「来るぞ!」


飛び出してきたのは狼型の魔物。


灰色の体毛。

赤い目。


通常種“フォレストウルフ”。


だが——。


「数が多い!」


一体ではない。


二体。

三体。

五体。


さらに奥から影が現れる。


群れ。


教師が指示を飛ばす。


「迎撃! 生徒は連携維持!」


戦闘開始。


ガルムが前へ出る。


盾で突進を受け止める。


衝撃音。


「重っ!」


ミーナが爆発魔法を放つ。


一体が吹き飛ぶ。


だが。


倒れない。


すぐ立ち上がる。


「硬くない!?」

「おかしい……」


普通の個体より耐久が高い。


そして動きが統一されている。


まるで指示を受けているように。


(統率……?)


背筋が冷える。


手袋が強く反応した。


森の奥。


もっと強い魔力。


「……まだいる」


俺が呟いた瞬間。


狼たちが一斉に後退した。


不自然なほど綺麗な動き。


全員が警戒を強める。


静寂。


そして。


森の奥の影が、ゆっくりと姿を現した。


巨大な狼。


通常種の倍以上の体格。


黒い体毛。

異様に静かな赤い瞳。


周囲の魔力が歪む。


教師が低く言った。


「……上位個体」


ガルムが息を飲む。


ミーナの声が震える。


「訓練ってレベルじゃなくない?」


その巨狼は、生徒たちを順番に見回し——


最後に、俺を見た。


はっきりと。


知性のある視線で。


(……まずい)


直感が告げる。


これは偶然の遭遇じゃない。


“観察されている”。


そして次の瞬間。


巨狼が低く唸った。


群れが再び動き出す。


本当の戦闘が、始まろうとしていた。



巨狼が一歩、前へ出た。


それだけで空気が変わる。


周囲のフォレストウルフたちが左右へ散開し、半円を描くように隊列を作った。


——明らかに統率されている。


教師の一人が低く呟く。


「……あり得ん。魔物が陣形を取るなど」


バルド先生が即座に叫ぶ。


「防御陣形! 生徒は中央維持!」


全員が動く。


ガルムが盾を構え、前線へ。

Sクラスの魔導士が防護魔法を展開。

ミーナが詠唱準備に入る。


だが俺の視線は、巨狼から離れなかった。


(見ている……)


ただ襲うためではない。


観察している。


試している。


そして次の瞬間、巨狼が吠えた。


低く、長い咆哮。


同時に狼群が突撃する。


「来るぞ!!」


衝突。


牙と盾がぶつかる音が森に響く。


ガルムが踏ん張る。


「数多すぎる!」


左右から回り込もうとする個体。


Sクラス剣士が高速で斬り払う。


だが倒しても、すぐ次が来る。


連携が異常に良い。


ミーナが爆発を放つ。


「これでも倒れないの!?」


通常種なら一撃の威力。


なのに動きが鈍るだけ。


教師が叫ぶ。


「後退準備! 長期戦は危険だ!」


判断は正しい。


だが。


巨狼が動いた。


一直線に前へ。


目標——中央。


つまり。


俺たち。


「ガルム、止めろ!」


「任せろ!!」


盾で受ける。


衝撃。


ガルムの体が数歩後退する。


「……重すぎる!!」


力が違う。


完全に別種。


巨狼の瞳が細くなる。


そして再び、俺を見る。


(……やっぱりか)


こいつの目的は戦闘じゃない。


確認。


“誰が中心か”。


背筋が冷える。


このままでは崩れる。


俺は深く息を吸った。


思考補助手袋が強く反応する。


視界が整理される。


魔力の流れ。

味方の位置。

敵の動線。


全部が線で見える。


(……いける)


「全員聞け!」


自然と声が出た。


戦場全体に響く。


「前衛は下がるな! 左右を開けろ!」


教師が一瞬驚くが、止めない。


ガルムが叫ぶ。


「従え! レイジの指示だ!」


迷いが消える。


隊列が変わる。


狼群が中央へ流れ込む。


「ミーナ、地面狙え!」


「了解!」


爆発。


地面が崩れ、小さな窪地ができる。


狼たちの足が乱れる。


「今、右側集中!」


Sクラス魔導士が即座に魔法を重ねる。


連携成立。


狼群の流れが偏る。


巨狼が低く唸る。


初めて、計算が崩れた反応。


「ガルム、押し返せ!」


「おおおお!!」


盾突進。


巨狼が半歩下がる。


その瞬間。


教師陣が一斉攻撃を放つ。


魔法と斬撃が集中する。


爆発音。


煙。


静寂。


数秒後。


巨狼はゆっくり後退した。


撤退。


群れも同時に引く。


森の奥へ消えていく。


追撃はしない。


まるで目的を達成したかのように。


戦闘終了。


誰も動かなかった。


そして。


教師の一人が呟く。


「……生きている」


緊張が一気に解ける。


ガルムが座り込む。


「マジで死ぬかと思った……」


ミーナも地面に寝転ぶ。


「訓練じゃないじゃんこれ……」


バルド先生がこちらを見る。


真剣な目。


「……今の指揮、誰の判断だ」


全員の視線が集まる。


逃げ場なし。


俺は小さく息を吐いた。


「全体が崩れそうだったので」


先生は数秒黙り、頷いた。


「……助かった」


その一言で、周囲の空気が変わった。


教師たちの視線。


評価。


理解。


もう隠せない。


カイルが肩を叩く。


「やっぱり君、指揮官だな」


否定できなかった。


森の奥を見る。


巨狼が消えた方向。


手袋がまだ微かに震えている。


(あれは……偶然じゃない)


誰かが、何かが。


こちらを試している。


こうして初遠征は、ただの訓練では終わらなかった。


そしてこの遭遇が——


学園すら知らない“異変”の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ