表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
商鞅  作者: 紅茶
2/7

第二章 秦の田舎でデバッグ作業

 結論から言おう。

 しんは、想像を絶するド田舎だった。

 魏の都・安邑のような石畳の道もなければ、夜を照らす灯りもない。

 あるのは、風に舞う土埃と、獣臭い風、そして「よそ者は殺して埋めちまえ」と言わんばかりの、殺伐とした視線だけだ。

 正直、何度も帰りたくなった。

 けれど、その度に懐の割符チケットを握りしめ、「これは未開の地ではない、開発前の更地だ」と自分に言い聞かせて、なんとか都のようまでたどり着いた。

 さて、ここからが本番だ。

 俺は、この国の若き君主・渠梁きょりょうとの面接オーディションに挑んだ。

 コネを使ってなんとかセッティングしたこの場。失敗は許されない。

 だが、俺はいきなり本題に入るような真似はしなかった。

 まずは相手の「器」を測る必要がある。

 俺という劇薬を飲み込める胃袋を持っているか、それともただの凡庸な胃もたれ大名か。

 一回目と二回目の面接で、俺はわざと退屈な話をした。

 古代の聖王がどうだとか、道徳がどうだとか、儒家あたりが好みそうなカビの生えた理想論だ。

 案の定、渠梁はあくびを噛み殺し、最後には居眠りを始めた。

 合格だ。

 もしここで「素晴らしい話だ」なんて感動するようなら、俺は即座に荷物をまとめて魏に帰っていただろう。そんなありきたりの思考回路では、俺のシステムは理解できない。

 彼は、退屈な現状維持アップデートには興味がないのだ。

 そして迎えた、三度目の面接。

 人払いをさせた薄暗い部屋で、俺は渠梁と向かい合った。

「で? 今日もまた、昔話を聞かせてくれるのかね? 公孫鞅」

 渠梁は頬杖をつき、気だるげに言った。二十代前半の若さだが、その瞳には野心と焦燥が混ざり合っている。

「いいえ。今日は『力』の話をしましょう」

 俺はニヤリと笑い、一枚の羊皮紙を広げた。

「殿下、この国は遅れています。OSが古すぎる」

「オー……エス?」

「仕組み、です。隣国の魏や斉に比べて、秦は圧倒的に非効率だ。貴族たちは既得権益にしがみつき、民は私闘に明け暮れている。これじゃあ、いくら兵隊が強くても、国としては三流のままです」

 俺は言葉を続ける。

 富国強兵のリアリズム。

 法による絶対統治。

 身分に関係なく、功績ある者には爵位を与え、罪ある者は厳罰に処す。

 それは、当時の常識からすれば、あまりにも過激で、血も涙もない提案だった。

 だが、渠梁の目が、次第に熱を帯びていくのがわかった。

 あくびの代わりに、身を乗り出してくる。

「面白い。……だが、それをやれば、貴族たちが黙っていないぞ」

「黙らせるのです。法という名の暴力で」

「民も反発するだろう」

「従わせるのです。結果という名の飴と、処罰という名の鞭で」

 俺たちは語り合った。

 日が落ち、月が昇り、また日が昇るまで。

 俺の語る「法治国家」という名の妄想を、彼は「採用だ」と笑って受け入れた。

 俺はついに、プログラマーとしての管理者権限アドミニストレータを手に入れたのだ。

 採用されたからといって、すぐにシステムが稼働するわけではない。

 まずは、ユーザー(国民)へのチュートリアルが必要だ。

 この国の人々は、政府の言うことなんて誰も信じていない。「どうせ口だけでしょ」という不信感が、根深く蔓延している。

 そこで俺は、一つのイベントを開催することにした。

 名付けて『木の棒を運ぶだけの簡単なお仕事』。

 都の南門に、三丈(約七メートル)の木の棒を立てる。

 そして、高札を掲げた。

『この木を北門まで運んだ者には、十金を与える』

 十金といえば、庶民が数年は遊んで暮らせる大金だ。

 当然、集まった群衆はざわめく。

「おいおい、何の冗談だ?」

「どうせ罠だろ。運んだ瞬間に逮捕されるんじゃねぇか?」

 誰も動かない。予想通りだ。

 俺は金額を吊り上げた。

「五十金だ! 運んだ者には五十金を与える!」

 群衆がどよめく。

 その中で、一人の男がおずおずと手を挙げた。

「……本当にもらえるんで?」

 半信半疑の男が、木の棒を担ぎ上げる。

 男は野次馬に見守られながら、南門から北門へと歩いた。ただの木だ。重くもない。

 北門に到着し、男が棒を下ろすと、俺は待機させていた役人に目配せした。

 役人は、男の目の前に、ズシリと重い金塊を積み上げた。

 五十金、耳を揃えて即金払い。

 その瞬間、都中に衝撃が走った。

 男が歓喜の声を上げ、群衆が驚愕の悲鳴を上げるのを眺めながら、俺は冷ややかに思った。

 これでいい。

 これは慈善事業じゃない。刷り込み(インプリント)だ。

 この国では、政府の言葉は絶対だ。

 言ったことは必ず実行される。

 報酬も、そして――罰も。

 ルール(言葉)が現金(現実)になることを、骨の髄まで理解させるための、高価なデモンストレーション。

 騒ぎを見下ろす城壁の上で、俺は西の空――魏の方角を見上げた。

 メイ、聞こえるか。

 俺は今、人々の常識を書き換えたぞ。

 馬鹿げたショーだと笑うか?

 だが、これで俺の命令一つで、国中が動くようになった。

 基盤(土台)はできた。

 次はいよいよ、古い建物の取り壊しだ。

 貴族も、王族も関係ない。邪魔なバグは、すべて排除デバッグする。

 俺は懐の割符を、服の上からぎゅっと握りしめた。

 待ってろ。

 すぐに、世界一窮屈で、世界一安全な国を見せてやるから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ