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好機と窮地

【前回までの話】

赤鳳の塔と一戦交えたミツバたち。大戦の気配を感じつつも、ミツバは引き続き復讐のための準備を進めていた。

 三○○層 墓地区画


 息を潜め、闇に紛れる。三ヶ月以上もやっているとそれなりに板についてきて、心拍数が上がることも無くなってきた。

 けれど、油断はない。この日は非常に重要な時だからだ。

 ミツバはとある男を尾行していた。それはサクラから依頼されたからではない。

 黒鷹潰しにおいて最も重要な人間。総隊長、ユキヤ。

 まだミツバの中で復讐の形が決まっていない。だが、奇襲でユキヤを殺せたとしたら、大きな損害を黒鷹に与えることができるだろう。

 けれど白燕が完全に機能を失っていない以上、もっと大きなことを成し遂げられる可能性がある。

 例えば、黒鷹で内部分裂を引き起こす。そして、その隙に白燕で生き残っている人間で蜂起する。

 まだ具体的に何かが決まっているわけでないが、理想的な展開の一つだろう。

 ただ、時間はない。白燕の人や物資は、黒鷹にじわじわと奪い取られていくからだ。

 総隊長であるユキヤの情報。少なくとも、復讐のために絶対に必要なピースの一つだ。

 それに調べていくと面白い情報がいくつも入ってきた。

 日中の訓練の後、夜な夜などこかへ出歩いている、だとか。副隊長のソウマとは確執がある、だとか。

 前者については、既に確かな情報だと握れていた。三日に一度くらいのペースで、彼はどこかへ向かう。その行き先は誰も知らず、いつも闇へと紛れていくのだ。

 ミツバは根気強く一ヶ月以上も尾行を続けて、ようやく核心に近いところまで辿り着いていた。

 墓地区画の端、ミツバは身を潜める。

 ユキヤの目的は墓参り、ではなかった。

 彼は右奥の端から二番目の墓の前にしゃがみ込む。それ以上はよく見えなかったのでしばらく待っていると、気配が完全に無くなった。

 ミツバは忍び足で恐る恐る近付く。そこにユキヤの姿はなかった。

 ただ、墓石となっている建築資材の大きな端材が、少しだけ地面を擦ったような痕が残っていた。

 まさか、と思い墓石を持ち上げてみる。すると、そこには小さな窪みが。手を入れて力を入れてみると、地面が開いた。

 正方形の板になっていた部分の先は、暗闇。けれど、確かに下へと向かう階段となっている。

「ここより下はもう使われていないはずだろ……」

 塔の下層は既に使われていない、はずだった。エレベーターに乗っている間の気圧差によって、体調に異変を来すことが多いからだ。少しずつ下の方は切り捨てていって、現在三○○〜五○○層を使用している。

 それは白燕も黒鷹も同じ、と言われていた。ただ、白燕の地下を見たことはない。果たして、白燕も同じなのか。

 そんな思考を振り払うように、ミツバは小さく首を振った。そして、階段をゆっくりと下りていく。

 さて、何が出るか。

 長い螺旋階段だ。それも当然。塔の一層は十数メートルに及ぶこともある。

 数分掛かってようやく辿り着いた二九九層の景色。ミツバは息を飲んだ。

「これは……」

 そこには、三〇〇層以上と何ら変わりのない、当たり前の光景が広がっていた。

 夜に差し掛かった街には外灯が灯り、少ないながらも人流がある。そこに違和感はなく、やはり上層と見間違えてしまうほどだ。

 ミツバは身を潜めながら、街を歩くことにした。何せ夜だ。あまり目立つことはできない。腰に据えた一対の護身用ストックを持っているのも、余計に目立ってしまうだろう。

 と思ったのも束の間、視界の奥にストックを持った二人組の男たちが現れる。

「(こんな時間に、何を……?)」

 ミツバはその二人について行くことにした。

 辿り着いたのは直方体の建物だ。中を覗き込むと、そこにはアイクスを装備し、活発に動いている男たちが。どうやら、訓練をしているらしい。比較的若い者が多いが動きは悪くなく、上層の兵士たちと遜色ない。

 さらにその奥に、ユキヤの姿を見つけた。彼自身はアイクスも装備しておらず、訓練をしているわけではない。指導をしている雰囲気だ。

 ミツバは思考を巡らせた。

 彼らは何者で、ユキヤは一体何のために指導しているのか。

 不意に、ユキヤがこちらを向いた。ミツバは飛び起きるように身を引く。

 そして、後方へ駆け出そうとした瞬間、

「ミツバ、君も入ってくるといい」

 その声に、ミツバは動きを止めた。少し逡巡した後で、両手を上げて大人しく姿を見せる。

 苦肉の策だが、これが最も生存確率が高いと考えた。

 逃げたところで、向こうにはアイクスを装備した兵士がいる。それに名前まで完全にバレていた。もしも排除するだけならば、他の方法でもっと楽に処理できたはず。ここは大人しくしておいた方が良い。

 初めてユキヤと真正面から相対する。

 年齢は三十過ぎくらい。兵士の中では中堅くらいの年齢だが、総隊長としては若い。シュッとした面長で前髪を上げて額を出しており、眼光鋭い瞳が特徴的だ。

「俺を試しているのか? それとも、これから殺す人間で遊んでいるだけか?」

 その言葉を聞いたユキヤは、からっと小さく笑って答えた。

「そう悲観的にならなくても良い。君を捕らえる必要も殺す理由もない」

 低くもよく通る声だ。腹の底は見えぬも、敵対心は感じられない。身の安全を感じたミツバは、少し冒険に出てみることにする。

「あんたは……ここは何を隠している……?」

「それはまだ言えないな」

 一歩踏み込んだ発言をしてみるも、それは即座に却下された。

 ミツバの印象としては、「食えぬ男」といった感じか。

「けれど、もう後戻りはできないところまで来ている。上手く行こうが行くまいが、そう遠くない未来、君も全て知ることになる」

 ふっと笑って、ユキヤは最後にこう補足した。

「君が生きていたら、の話だが」

 これ以上、情報を引き出すことはできない。いずれ教えてやるから今は大人しくしておけ。ミツバはそう受け取った。

 そうだ、とユキヤは思い出したフリをして話を変えた。

「サクラのこと、気に掛けてやってくれ」

 どうやら、ユキヤとサクラは繋がっているらしい。いや、それも当然か。隠密部隊の人数も一人増えている訳だし、総隊長まで話が通っていないはずはない。

 それも全て知った上で、泳がしていた。つまり、何らかの思惑――ミツバに対する期待があるということの表れ。

 それを理解し、今は大人しく泳いでやることを決めた。

 何せミツバにとっては大きな成果を得られた。ユキヤには敵対する意思がないということ。そして、総隊長であるユキヤとサクラの繋がり。このまま二人に取り入れられたら、部隊の中でも動きやすくなるだろう。それは大きな僥倖だ。

 踵を返し、ミツバは立ち去ろうとする。それを見たユキヤが告げた。

「せっかくだから、ミツバも鍛えていくか?」

 周囲の兵士たちも、興味深そうにこちらを見つめる。

「そうか、なら折角だし――」

 少しだけ気の大きくなったミツバは、ユキヤにストックを突き付けて言い放った。

「手合わせ、願おうか」

 今の自身の立ち位置を知る良い機会になるだろう、と。


    * * *


 四一五層 発電区画


 地下からの帰り道、不意に声を掛けられた。

「お〜い、この間の君〜! 今日もいいかな〜!」

 その声の主は発電プラントの職員だ。

 正直、心身共に疲れが溜まっているが、無下にするわけにもいかない。ミツバは彼の元へ歩み寄った。

「いつも悪いな」

 どうやら、また荷物をギンの研究所に持って行ってほしいようだ。「いつも」と言っても二回目だが。

「なんていうか、できるだけアイツに近づきたくなくてな」

 アイツというのは、ギンに他ならない。

 ぽつりと溢れたその言葉に、ミツバはつい反応してしまった。

「なぜです?」

 彼はこんなところで話すことじゃないんだけど、と前置きした上で、少しだけ未練たらしく話をしてくれた。

「アイツはどれだけ上から言われても、基礎研究をやめなかったんだ」

 どうやらギンはずっと素粒子に関する基礎研究をしているらしい。無駄を忌避する塔の文化においてすぐに結果が出ず、将来役に立たない可能性もある基礎研究をすることはタブーとされている。

「オレは必死にアイツを説得したんだがな。いつも言っていたよ。『好奇心は止められない』って」

 なんでも、昔は相当に優秀な研究者だったらしい。それゆえ他の研究者から色々と苦言を呈されたギンだったが、彼は頑なに基礎研究をやめなかった。

 ただ知的探究心がくすぐられるからという理由だったのも、他の研究者の反感を買ったの原因になったようだが。

 結果的に黒鷹での立場が無くなり、こんな辺鄙な場所で一人細々と研究を続けているというわけだ。

「ちょっと余計なことまで話しすぎたな。オレが言ったってことは、内緒にしてくれるか?」

 彼は少しバツが悪そうに、軽く手を振って去って行った。


   □ □ □


「ほい、荷物。あんたと色々あったって言ってたぞ」

 ギンはそれを聞いただけで、相手のことが誰だか分かったようだった。

「気になるかい? 僕の昔話」

 別に、と言いかけたところで、ミツバは口を閉ざした。

 ミツバは古びたソファにどかっと腰を下ろす。リビングにいたサクラは興味なさげにコップに水を注いでいた。

「アンタ、何で役に立たない研究ばっかやってんだ?」

 ギンは嫌な顔一つせず、そっと微笑んだ。

「確かに、僕の研究は役に立たないし、誰も研究しようとしない」

 でもね、とギンは何も疑わない真っ直ぐな視線で告げた。

「誰も研究していないということはね、無限の可能性があるということなんだよ」

 ミツバはぽつりと呟く。

「可能性、か」

 それは白燕ではよく言われた言葉だった。

 白燕でも効率化が蔑ろにされていた訳ではない。むしろ考え方の基本は効率化だっただろう。けれど、黒鷹に来てから強く思い直した。

 白燕は「可能性」というものに期待を持っていた。持ち過ぎていた。

「白燕の考え方に似ているんだな」

 ようやく、ギンという人間に興味が湧く理由が分かった。

 効率化・最適化を目指す黒鷹の中で、圧倒的に異質な考え方だから。

 たったそれだけ。それだけなのに、少しだけ親近感が湧いたのだ。

「君も可能性を感じて始めたんだろう? アイクスのエンジニア」

 そのせいかは分からない。けれど、余計なことまで口から出ていた。

「逆だよ。俺には……戦いの才能が無かったからな」

 本当に余計なことを喋っている。この時はそう思った。

「ずっと、アイクスの技術者になるべきだって、言われていた。それでも、俺は憧れちゃったんだ。戦って、守れる存在って奴に」

 憧憬なんていう非合理的なものに、白燕の人々は寛容だった。もちろん反対する人間もいたけれど。

 憧れの人が説得してくれたのも大きかった。

 その時、誓った。彼と共に絶対に白燕を守り抜くと。

 結局、その人は大怪我をして技術者になったから、共に戦うことは敵わなかったけれど。それでも、ミツバを突き動かした大きな存在であることに変わりはない。

「でもそれはきっと、黒鷹じゃあ許されないことだったんだろうな。やるべきことではなく、やりたいことを優先するなんて、余りにも非効率的だから」

 話しながら、少しずつ冷静になっている自分がいた。

「だから白燕は負けた。非効率が三百年積み重なった末路だ」

 ギンとサクラは何も言わなかった。肯定も否定もせず。

 急に少しだけ恥ずかしくなって、ミツバは頬を掻いた。そして、ギンの昔話でも笑いながら聞いてやろうと、話を振ろうとする。


 けれど、ちょうどその時、ドアがノックされた。


   □ □ □


「隠れて」

 音を立てないように慎重にはしごを上り、ミツバとサクラは屋根裏部屋――ミツバの寝室へと隠れた。

 あまりにもサクラの対応が早く、ミツバは状況を理解する間もない。ただ、一瞬も隙を見せられないというサクラの集中した雰囲気が、ただならぬ状況ではないことを意味していた。

 ギンが扉を開けた音。その後で、声が聞こえた。

「ここに、罪人が匿われているという噂がある」

 ミツバの呼吸が止まる。ぐるぐると思考が巡るが、どうにもならないという答えだけが何度もミツバに現実を突きつける。

 完全に自分の責任だ。

 今日、どこかで尾けられた? あるいは、それ以前から?

 早まる呼吸を必死に抑え、訪問者の声に耳を傾ける。

「まさか〜」

 ギンはヘラヘラととぼける。聞こえてきたのは、聞いたことのある声だった。

「隠そうとしても無駄だ。この腐れ科学者が」

 副隊長、ソウマ。

 忘れずはずもない。同胞の首を跳ね飛ばされた時のことは。

「いやあ、まるで何のことだか分からないねえ」

 ギンは飄々と答える。その直後、鈍い打撃音が鳴った。

 痛々しいギンの呻き声が聞こえた。おそらく、腹を強く殴られたのだろう。

「『Slaver』、名前くらい聞いたことがあるだろう」

 権力者ばかりを狙う殺人鬼、『Slaver』。大きな噂になっているのはミツバも知っていたが、正体は分からない。

 いや、確かにここ最近の自身の動きがバレていたとすれば、疑われてもおかしくないところはある。だがミツバからすれば、とんだとばっちり。

 けれど、この際ミツバが『Slaver』か否かというのは関係ない。

「知らないねえ……」

 ギンはミツバを差し出さなかった。サクラとミツバは、息を飲んで身を潜めたままだ。

 ミツバが屋根裏部屋の蓋に手を置いた。だが、サクラはそれを制し、首を小さく横に振る。

「どれだけ強がっても無駄だぞ。いくら時間が掛かろうが、必ず吐かせるからな」

 ソウマは部下にギンを連行するように告げた。


   * * *


三○○層 墓地区画


 数日後、ミツバは墓地区画の端にある独房を訪れていた。

 そこにあったのは、見るに耐えないギンの姿だった。

「あれ……どうして君が……?」

 ミツバの持つライトが、ギンの傷跡を照らす。顔にも腕にも数え切れないほどの切り傷があった。ミツバがここに来られた理由は、情報屋の力を借りたからだ。情報屋と繋がっている看守に金を渡し、一時的に進入できるようにしてもらった。

「アンタこそ、何でだよ」

 その言葉に、ギンは疑問符を浮かべる。

「何で俺を庇う。アンタに利点なんかないはずだ」

 ギンは連日に渡る厳しい拷問を受けながら、一向に口を割らなかった。

 ははっと乾いた笑いを浮かべ、ギンは呟くように告げた。

「僕は科学者だけどね、基本的に自分の行動に理屈は付けないんだ」

 それは、知っていた。まともな理屈なら、基礎研究なんてやらない。

「強いて言うならば、君を守りたいと思った」

 それはミツバの想像もしていなかった回答で。

「僕はね、君に感謝しているんだ。あれでもね、君が来てからサクラは変わったんだよ」

 懐かしい思い出を振り返るように、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。

「よく食べるようになった。よく飲むようになった。よく話すようになった」

 ミツバは知らなかった。サクラという人間を。サクラの人生を。

「今しかないんだよ。サクラはもうすぐ大人になる。大人になってしまったら、簡単には変われなくなってしまうからね」

 全く理解することができなかった。ギンの考えも、サクラのことも。

 数回、頭を掻き毟る。でも、ちゃんとした答えなんか出なくて。ただ、思うがままに静かに言い放った。

「必ず、アンタを助けに来る。だから、待ってろ」

 ここで何もしないのは、自身を許せない。

 匿う場所としては、地下がある。ユキヤやサクラの力を借りれば、きっと不可能ではないはずだ。明日は戦場に出なければならない。すぐにとはいかないが、必ず。

 ミツバは纏まらない思考を抱き、独房を出て行った。

 ギンは背中を壁に預け、天井を見上げながら小さく呟く。

「もうすぐ大人になる、か……」

 自身が言った言葉を思い出し、ギンは物思いに耽った。

「それはミツバ……君もなんだよ――」

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