意図の汲み取れない指令
【前回までの話】
サクラの元で力をつける日々が始まった。今はサクラに従い、いつか来る復讐のタイミングを伺っている。
三六○層 農業区画
夜、ミツバはサクラのとある目的の調査に動いている。
『世界は何かを隠している』
その言葉から、どれだけ大きなものに巻き込まれるのかと想像したミツバだったが、サクラの目下の目的は意外にもシンプルなものだった。
『お母さんを探しているの』
それを聞いた時には、とんだ拍子抜けをしたものだ。
どうやらサクラが物心がついてすぐの頃に失踪したらしい。 母親の記憶は本当に辛うじて覚えている程度。 それからはギンが育ての親だそうだ。
失踪した人間の捜索。この世界には塔以外に生きられる場所はない。必然的に黒鷹の塔か、他の塔にいるかに絞られる。
いや、もっと大きな可能性のものがあるか。
十年以上サクラが探した上で見つからなかった。つまり、正攻法で探しても上手くいくとは思えない。
サクラは手がかりすらないと言っており、探す方法もミツバに一任されている。
そう考えてミツバが当てにしたのは、アウトローな人間たちだった。
法やルールがある以上、それを破る人間はどこにでもいるもので。
ミツバがこの日やってきたのは、醸造所の地下だった。
表向きは味噌などの発酵食品を製造しているが、地下では違法な酒の製造が行われている。それを一部の権力者などに売り捌く――もちろん、売る側も権力者な訳だが。
建物の奥にある倉庫の荷物をどかし、一見するとただの床にしか見えない所の板を外すと地下への階段が現れる。
地下一階へと到達すると、見た目はバーのようになっていた。それぞれの顔がちゃんと見えないくらいに薄暗く、明滅するLEDライトで時折顔が照らされるくらいだ。
ミツバは部屋の一番手前、一人で酒を楽しんでいるように見える髭の生えた中年の隣の席に腰を下ろした。
「ちゃんと来たようだな」
「当然だ。そうじゃないと、取引が成立しない」
「一定数いるのさ。ギリギリになって恐怖が勝り、来ない輩が」
目から下は布で隠しており、素顔は見えない。けれど、声や目元からそれほど歳を取っていないことは分かった。二十代後半くらいだろうか。
彼はいわゆる情報屋だ。いつも部屋の一番手前に陣取るのは、全ての客の顔を覚えるためらしい、が本当のところは分からない。何せこの視界の悪さだ。
「そっちこそちゃんと調べてきたんだろうな」
ミツバの言葉に、情報屋はくくっと笑みを溢した。
「調べるまでもないことだらけだったがな。むしろ、お前さんの方がよっぽど調べ甲斐があった。随分と面白い橋を渡っているようじゃないか。まあ安心しろ、俺がお前さんを売るようなことはない」
胡散臭さは拭えない印象を受けたミツバだったが、特に言及することはしなかった。
ミツバが欲した情報は、『サクラの母について』だけではない。『サクラ本人について』もだった。
有名人であるサクラについての情報を欲しがる時点で、自分が白燕出身だということがバレるのは必然。ただ、そのリスク以上にサクラの情報は必須だと考えた。
「どこから話すべきか考えたが……お前さんにはここからだろうな」
情報屋の男はまず、黒鷹の住民が持っている共通認識から話し始めた。
「サクラは三百年前の原発事故の責任者の末裔だ」
ミツバは一瞬だけピクッと眉を動かしたが、冷静なまま聞いていた。
それは驚きの感情よりも、納得の方が大きかったからだ。
サクラは戦闘部隊で唯一の女性にして、【紅蓮】として他の塔からも恐れられる実力者だ。にもかかわらず、住民たちの視線は羨望や期待という感情とは程遠かった。
端的に述べるならば、蔑視。
彼女の存在を根本から否定するような冷たい視線だ。
「故に黒鷹の人間からは忌避されている。当然彼女に非はないが、まあ人というものはそういうものだ」
愚かな考え方だと思うだけで、サクラに対する同情すら湧かない。
情報屋の言った通りだ。世間とはそういうもの。それに尽きる。
「母親は?」
「死んだよ」
即答だった。
「殺人による終身刑。後に体を悪くして死んだ」
なんと呆気なく、悲惨な結末だろう。
ミツバはそう思い、嘲笑の感情すら湧いて来ない。
まずミツバの中に浮かんだのは、この事実をサクラに告げるべきかどうかだった。
母親が死んだと確定してしまえば、自分の存在価値は無くなる。サクラがどう判断するかは不明だが、やや博打だ。
このまま伏せておけば、いずれ何かでサクラを利用できるかもしれない。
そんな打算的な考えを持って、店を出ようとする。その時、ふと情報屋が呟いた。
「あまり深入りはしない方が身のためだぜ」
意味深な忠告。だが、ミツバは小さく首を横に振った。
「とうに自分の命なんて捨てたも同然だ。保身なんて考えねえよ」
強がりのように聞こえたかもしれないが、それは本心だ。
これ以上何も失うものはない。白燕のために生き、何かを残してみせる。
□ □ □
三○八層 居住区画
店を出た後、ミツバはすぐには帰宅しなかった。やってきたのは閑静な住宅街。
ミツバは情報屋から一枚の紙を手渡された。それはいわば指令書だ。
当然、情報屋から無料で情報を貰うことはできない。ただ、三百年前と異なるのは、渡すのが金ではなく労働力というだけだ。
やってきたのは大きな一軒家だった。派手な装飾などはないが、他の家とは大きさが違う。それだけでこの家の主が権力者であることは理解できた。
夜だが明かりは点いていない。指令書に書いてある通り家の裏に向かうと、目の付きづらい場所に鍵のかかっていないドアを発見した。記載内容に間違いは無さそうだ。
家の中に侵入し、足音を立てないように歩を進める。側から見ると泥棒にしか見えないが、目的は窃盗ではない。
「ええと、棚を全て開けて中身を全て机の上に出す……と」
ミツバは指令書の通りに行動に移す。それは他愛のない内容で、何を目的にしているのか分からないくらいだった。
「これは……」
指令書に書かれた内容を全てこなしたミツバは部屋を見回して思う。本当に何をさせられていたのだろうかと。
強いて言えば、やはり強盗に部屋を物色された後という感じか。今の状況を誰かに見られれば、言い逃れはできない。けれど、何かを盗って来いという指令も、誰かが来る気配もない。そもそも、この部屋の主はどこにいるのだろうか。
そんな疑問も、答えなど出るはずがない。
これはあくまで情報と引き換えに指令されただけ。必要な情報は手に入れることができたし、ミツバにとって特に問題はない。
ミツバはそのまま何事もなく、ギンの研究所へと帰って行った。




