エピローグ
最初に認識したのは、音だった。
ピッという電子音が何度も繰り返し鳴っている。
徐々に肉体の感覚を感じ、瞼を開いた。
真っ白で無機質な天井。少しだけ既視感のある景色。
「ようやく起きたか、長いことおやすみしやがって」
口調は優しい。彼はゆっくりと首を声のする左に向けた。
「おはよう、ミツバ」
そこにいたのは、カモメ・ギン・ユキヤの三人だった。
「助けてくれたのか……ありがとう」
ミツバは噛み締めるように感謝を口にした。それに対して、ユキヤが経緯を補足する。
「赤鳳のリーダーが、救護処置を施すように説得してくれたんだ。それが無ければ、失血はもっと酷かっただろう。それに輸血パックを用意していたのも功を奏した。これはカモメのアイデアのおかげだね」
「別に。やれることは全部やるって話だったから、当たり前の準備をしただけだ」
カモメは照れ臭そうに髪の毛をかき上げる。それを見たユキヤが小さく笑って、カモメが軽く肘打ちを入れた。
何はともあれ、たくさんの人の力で生かされたということらしい。
「サクラも、ずっと傷口を押さえていたそうだ」
ギンがそう告げると同時に、体に重みを感じた。いや正確に言えば、元々存在していたのをようやく認識できただけだが。
絹のように滑らかで細い、色素の薄い髪。
右腕の上に、サクラが頭を垂らすようにもたれかかって眠っていた。
驚きのあまり、ミツバは思わず身を仰け反らした。その右腕が動いた瞬間、サクラは目を覚まし、がばっと顔を上げた。
ぱちっと目が合う。互いに硬直した。
「……おはよう?」
なぜか疑問形のサクラに対し、ミツバは小さく頷いて答えた。
「おはよう」
その様子を眺めていたギンが、微笑みながら告げる。
「サクラはずっと君を離れなかったよ」
「……っ!」
サクラは恥ずかしそうに目を逸らす。その姿があまりに愛おしくて、ミツバは感覚の戻り切らない手でその頭に触れた。
指先の感覚はほとんどないけれど、撫でるように左右に小さく動かす。サクラはじっと動かなかった。
その様子を見ていたカモメが、まるで当事者のように顔を赤らめて立ち上がる。
「かあ〜見てらんねえ! ボクらはもう行くからな! 体に何かあったら呼べよ!」
カモメは他の者たちも追いやるようにズンズンと扉の方へ進み、扉を閉めて去って行った。
カモメなりの気遣いのつもりだろうか。突如発生した沈黙で、寸刻、時が止まる。時間がゆっくりと流れているかのように。
でも、不思議と嫌な気持ちではなかった。それはサクラも一緒で。
ミツバはサクラの瞳を見つめて、小さな声で尋ねた。
「サクラ……君は桜の木を見て、何か分かったか?」
赤鳳の塔で、サクラは念願の桜の木を見た。
ミツバは気になっていた。あの時、サクラが笑ったかのように見えたのは、錯覚だったのだろうか、と。
帰ってきたのは、意外な答えだった。
「いいえ、何も分からなかったわ。お母さんの気持ちも、自分のことも」
絶望の果てに待っていたのは、実に単純な帰結。
「でも、もういいの」
吹っ切れたような表情で、前を見つめていた。サクラらしく、凛とした表情で。
「私にはミツバがいるから」
ぐっと体を前のめりにすると、今度はサクラの方からミツバの顔に触れた。両手でミツバの頬を包むようにして。
体温を確かめるように。存在を確かめるように。
「本当に、死んでしまうと思ったわ」
「………………俺も」
「………………やっぱり変だね、ミツバは」
窓の外、いつもと同じように、雪はしんしんと舞い落ちる。
もう一度瞳を見つめ合ってから、少しだけ恥ずかしそうに、共に微笑んだ。
完
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