果てしない消耗戦
【前回までの話】
ミツバは【雷光】のスピードに適応し撃破した。それと同時に本格的な戦いに突入する。
人が入り乱れる文字通りの乱戦。
戦いを優位に進めていたのは、連合軍の方だった。
その大きな要因がCMAの存在。赤鳳は見たことのないその攻撃に対応し切れない。
彼らがやっていたのは、多人数での連携CMAだ。
CMAは加速するまでに時間を要するのが課題だ。一対一だと奇襲的な役割が強く、起動が読みやすい分加速する前に対処するのは難しくない。
だから、連合軍はそれを連携で実現する。簡単に言えば、前線がCMAで加速するまで持ち堪え、加速できたら前後を切り替える形だ。
一度加速したCMAを止めるのは容易ではない。事実、単騎の力では勝っている赤鳳軍を押し込めていた。
あと一息。ここで、連合軍のもう一つの武器が姿を見せた。
サクラは右拳を右前方に突き出した。そして、ストックに付いたボタンを強く押し込む。
右腕から背中に繋がるような機構から、凄まじい勢いで何かが射出された。それは塔の柱に突き刺さる。
それと同時に、サクラが一瞬で加速した。
壁にめり込んでいたのは、ロープの付いた鉤爪。
スリンガーと名付けられたその機構は、爆発的な加速を補助する。
ロープに引っ張られつつ、サクラはアイクスで横方向に加速度を加えた。結果、弧を描くように加速する。そして、その速度が充分になったところで鉤爪を柱から離した。サクラの体は遠心力によって振られ、勢い良く前方に跳び上がる。
流石の耐久力で踏ん張っていた赤鳳軍の背後を突いた。敵陣は瓦解し、その隙に連合軍は怒涛の勢いで攻め込む。瞬く間に階層の突破に成功した。
先陣を切るミツバに対し、サクラが後方から呟くように尋ねる。
「後ろは大丈夫かしら」
サクラが気にしたのは、塔の入り口付近の兵士たちだ。いざという時の増援・脱出路を守りつつ、下層や青雀からの敵の援軍を食い止める役割。
当然赤鳳は下層に存在する全戦力を投入してくる。前線と同等か、それ以上に激しい戦いになることは間違いない。
「大丈夫だ。スギさんもいる」
ミツバは振り返ることなく、階段のスロープ部分を駆け上がっていく。ほんの少しだけ、ストックを握る手に力が入った。
* * *
この日、スギは五年ぶりにアイクスを装備した。
怪我をしてから、一度も表舞台に姿を見せることはなかった。故障したことを敵に知られるよりは、多少疑念を抱かれても塔の中には控えていると思われた方が攻め込まれにくい。
ただ、その抑止力も長くは続かない。三年ほど経った頃から、スギは死んだとされてきた。
その相手が、目の前に立ちはだかっている。中堅以上の兵士なら、彼を知らないはずがなかった。
二十年以上も陥落寸前の白燕を守り続けていた英傑、【不動】
彼を知っている指揮官が、即座に警戒体勢の指示を出した。赤鳳軍と連合軍で睨み合いの時間が始まる。
だが、その勢力差は歴然だった。
その場の赤鳳軍は連合軍の二倍以上の数。連合軍は出入り口を抑え、随時兵士の入れ替えを行なっていたが、それも尽きようとしている。赤鳳の指揮官はそのまま押し切れると踏んで、赤鳳軍は猛攻を仕掛けていた。
上層へと続く階段を背後に背負い、スギは鈍色の刀身を見つめる。
ブランクを無いことにはできない。だから、今の自分にできることを。
スギはだらんと脱力した体勢を取る。素早い動きで連合軍の陣形を突破した敵の若き精鋭が、スギに斬り掛かった。
スギは動かなかった。
けれど、相手は突如糸が切れたかのように動きを止め、地面に伏した。直後にサポートに入っていた五人の兵士も、崩れるように落ちる。
「あれが【不動】だ。不用意に近づくなよ」
スギが【不動】と呼ばれた所以。それは脱力状態からの神速のカウンターだ。
「さあ来い。誰一人ここは通さん」
鋭い眼光で、スギは目の前の大軍勢を見据える。その時、スギの背筋に寒気が走った。
「こんな朝から暴れる不届き者は誰だ」
迫り来る圧。軍勢が自然と左右に押し除き、中央に道ができた。
そこに立っていたのは、大柄な男。服の上からでもその筋肉の隆起が見える。
そして、その手に持たれていたのは、人の背丈ほどの豪壮な大剣。それを見れば、誰もがその存在を認識できるほどに、分かりやすい目印だ。
男は少しだけ眠そうに目を瞬かせると、ギラリとスギを睨み付けた。
彼が雪上――敵の目に見える場所で剣を振るったのはたったの一週間。ただ、誰も忘れないほどに強烈な印象を残すには充分な時間だった。それから長いこと表舞台には姿を見せず、【不動】と同等に伝説化した男。
その名は【旋風】
スギは厳しい表情でその相手を睨み付ける。ずきりと腰に痛みが走った。
二十年以上に渡り白燕を守り続けた英雄が戦えなくなった怪我。その原因は【旋風】との戦闘だった。
連合軍の軍勢が【旋風】へと襲い掛かる。その強い意思は褒められるものと言えよう。
一薙ぎ。
たった一振りで、その全てを払い退ける。
特異なほどに巨大な大剣とは思えないほどの速度で空間が穿たれた。
ゆっくりとスギに歩み寄る。一振りごとに、邪魔する全てを破壊して。
スギはじっと待ち構えながら、つぶさに思考を研ぎ澄ましていた。
歴戦の経験の中から、持ち得る全てのものを引き出す。
なんとか小さな勝ち筋を見出すべく、あの時の敗北も可能性に変えて。
そして、勝率が最も高い道筋を見出した瞬間、
「止めた」
スギは思考を止めた。
「俺は、未来に賭けよう」
賭けるのは自分自身に対してではない、と。
再び、スギは前を見据えた。あまりにも清々しい表情で。
そして、ニヤリと笑みを浮かべる。
「さあ、来い。オレの悪足掻きは長いぞ」
* * *
赤鳳の塔の階段は数階層ごとに途切れており、その度に層を攻略しなければならない構造になっている。これはセキュリティのための構造で、実際に連合軍は何度も足止めを食らっていた。
エレベーターで上がるのは楽で早いが、到着した時に待ち構えられていたら一網打尽にされる。そのリスクは背負えない。
扉に鍵が閉まっていた場合、爆弾で爆破する。ただ、爆破は戦闘では使わない。無用な犠牲を生む可能性があるからだ。
一方の赤鳳軍は、狭い場所で待ち構えていた。単純な正面からの殴り合いでは連合軍の大軍勢に分がある。相手を分断しつつ、侵攻を遅らせて下層や青雀からの救援を待つ持久戦の構え。
連合軍は幅広く展開して挟み込むような形で各層を攻略していく。だが、数度に渡る足止めの結果、連合軍の兵数は徐々に削られていた。
その攻略速度も予定より幾分か遅れていた。赤鳳の兵数は想定内の範囲だったが、それぞれが想像以上に手強い。
八回目の爆破で扉を突破した先は、薄い暗闇だった。
暗視可能なゴーグルを装着しているため視界は問題ないが、見通しの悪い迷路のような路地。ミツバたちは最新の注意を払って進む。
瞬間、サクラの背後で物音が鳴った。咄嗟に反応したサクラの死角から、黒い凶刃が迫っていた。
ミツバはそれに反応した。いや、反応させられた。
黒の剣の背後から、白の刺突が迫る。最初から狙いはサクラではなかった。
ミツバはそれを察知し、素早く後退して距離を取った。
「一番会いたくなかった相手ね」
現れたのは二人組の男。背丈は共に同じくらいで百八十センチほどで、年齢は三十代か。
「あれが……」
「ええ。【陽炎】と【凍土】よ」
ミツバは彼らの情報を充分に持ち合わせていなかったが、サクラには数度の対戦経験があった。
肉付きがしっかりし、黒の直剣を使う方が【陽炎】。細身で白の曲剣を使いこなす男が【凍土】だ。
偶然一緒に現れたのではない。彼らは常に二人一組だ。
「お前らに、戦わないという選択肢はないのか?」
投げかけられた問いに、【凍土】と【陽炎】の順で答える。
「戦わなくて済むのなら、戦いたくなどないさ」
「だがそれは叶わぬ。世界がそれを許さない」
戦いたくない、という言葉に一瞬期待を持ったが、それはすぐに泡沫へと消える。
「赤鳳には二種類の人種が存在する」
「戦うことを楽しむ者と、戦わざるを得ない者」
彼らは後者のようだったが、この際それは意味を持たなかった。
「どちらかが力尽きるまで」
「戦い合おうぞ」
【雷光】と変わらない答え。彼らの心も、背景も理解することはできない。
「もう、押し問答は不要か」
四人による激しい剣戟が開演する。その中で中心となっていたのは【紅蓮】と【陽炎】だった。ミツバと【凍土】はサポートに回る。
目を見張ったのは、サクラの怒涛の斬撃に引けを取らない【陽炎】の剣術だ。サクラとミツバの連携攻撃をほぼ一人で受け切っている。
押し込んでいる自覚はある。だが、手応えがない。【陽炎】は最小限の動きで二人の斬撃の軌道を変えていた。
ミツバはその動きに目を見張る。普通の兵士の動きではない、と。
裏の人間――より正確に言うと、暗殺者の動きだ。
それほど長い時間ではなかったが、ミツバもその環境に身を置いた。何度か暗殺者を目にし、剣を交えたこともある。
だが、その中でも飛び切りに洗練されたものだ。
続くギリギリのせめぎ合い。形勢が動いたのは、たった一つ受け方の間違いだった。
絶妙な【陽炎】のフェイントに、ミツバが反応してしまう。それを見逃さなかった【凍土】の突きが、ミツバの小手を捉えた。
この剣術が【陽炎】の武器だ。のらりくらりと実体を掴ませない受けの技術と、高度なフェイントの技術。確かな実力に裏打ちされた総合力の高い剣士だ。
だが、【凍土】の一撃は致命傷にはならなかった。そう思ったミツバだったが、そこからじりじりと押し込まれていくようになる。
「(腕が……思うように動かない……‼︎)」
突きを決められた右腕が痺れている。人体の急所である神経にダメージを受けていた。
相手はここで先に一撃を加えたミツバに攻撃を集中させることを選ぶ。
ギリギリで保っていた均衡は崩れ、敵の猛攻が始まった。今度は左の太腿に攻撃が入り、機動力を奪われた。連続攻撃が凄まじく、スリンガーで距離を取る隙もない。
さらに【凍土】の追撃の刺突が襲い、その度にミツバの動きは精彩を欠いていく。
これが【凍土】という通り名を与えられた理由。神経を的確に突いて相手の動きを徐々に鈍らせていき、凍らせるように――体を蝕むように仕留める。
掴み所のない動きと高い反応速度を持った【陽炎】と、突きを主軸とした正確無比な攻撃を持つ【凍土】。
彼らは二人になった時、最もその力を発揮する。
ほとんど部隊としての連携を取ってこない赤鳳において、彼らだけは違う。
二人で一人だ。
「悲しいかな」
「苦しいかな」
わずかな隙を突いてくる【凍土】の正確無比な攻撃を止められない。【陽炎】の体によって死角となるようなところからも曲剣が伸びてくる。必然的にサクラも防戦的にならざるを得ず、ミツバの不調が刻一刻と戦況を悪化させていた。
だが、ここでサクラが動いた。
「ミツバ……ついてきて」
サクラは動きを一段階上げた。守りに割いていたリソースを、攻撃に回す。やや強引と思われた連撃は【陽炎】の予測を上回り、一つの斬撃が肩口を捉えた。それを契機にさらに激しくなる攻撃に、【陽炎】は対応できない。
そこで【陽炎】は割り切った。致命傷になる攻撃だけ受け流し、そうでないものは甘んじて受け入れようと。裏の世界で培われた生きることに特化した技術。
それにより、【凍土】の猛攻は止まらなくなった。体にサクラの斬撃を受けようとも、攻めの手を緩めない。【陽炎】が必死にサクラから致命傷だけを捌き、その隙間を掻い潜るように反撃を放ってくる。
一方のミツバは逆に守りに集中した。サクラを狙う攻撃も可能な限り対処し、【紅蓮】の攻撃を通すべく。
ミツバと【陽炎】が防御に、サクラと【凍土】が攻撃に全振りした。
そこからは削り合いだ。ミツバと【陽炎】のどちらが先に倒れるかの我慢比べ。
勝てる。そう思っていたのは赤鳳の二人の方だった。
ミツバは【凍土】の攻撃に対応できておらず、辛うじて食らいついているだけ。サクラは流石の身のこなしで攻撃を躱すが、ミツバはすぐに倒れる。二対一になれば、【紅蓮】と言えどすぐに攻略できる、と。
けれど、サクラも負ける気などさらさら無かった。
破れかぶれで猛攻を仕掛けたのではない。あるのは、ミツバへの信頼。
そして、ミツバはここでも『適応』してみせた。
肉体が遅れるのならば、いつもよりも速く動き始めることでカバーする。加速したサクラの動きに呼応するように、ミツバの動きのキレも増した。
「なぜ……戻った?」
いつもならば確実に弱っているはず。その異常事態に【凍土】に動揺の色が浮かぶ。
「立ち止まる訳には、いかないんだ」
矢のように放たれた鋭い刺突を、巻き取るようにして上方に弾き返した。
そこをサクラが見逃さず、急襲を仕掛ける。即座に【陽炎】がカバーに入るが、サクラを止めることはできない。
燃え盛るような、上下左右からの凄まじい連撃。絶妙なタイミングで【凍土】が反撃を放つも、サクラの顔の横を掠めただけだった。
相手からは隙に見える一瞬は、サクラにとっては隙にならない。
たとえ間合いを取ろうとしても、サクラの機動力がそれを許さない。
サクラはさらに一歩、【凍土】の懐に入り込んだ。迫り来る剣を弾こうとするが、サクラの剣の軌道が変わった。
敵の選択肢を狭めていき、最後には全て枯らした。手本のような詰めの手筋。
サクラの双剣による斬り上げで、【凍土】の体がわずかに浮いた。そこに連撃を浴びせ、【凍土】の手から剣が落ちる。
最後は首元に痛烈な回転切りをお見舞いし、【凍土】の意識を奪った。
瞬間、【陽炎】が斬り掛かっていた。だが、サクラがそれに反応する前に、その体も地に落ちた。ミツバの一撃だ。
「このまま一気に突破するわ」
ここまでと立ち位置が逆転し、サクラを追いかける形でミツバは先へと疾走した。




