開戦
【前回までの話】
放射能汚染を除染するための加速器を作るには、全ての塔が協力しなければならない。
黒鷹・白燕・橙鶴の連合軍は人類存続のための最後のチャンスを得るべく、総力を賭けて赤鳳に戦いに挑む。
西暦二三五○年一月三○日、早朝。
年に一度あるかないかの、酷い吹雪の日。
静けさの中、突然戦いは始まった。
口火を切ったのは、巨大な爆発音。赤鳳の塔の門を粉砕するTNTによる大型爆弾だった。
瓦礫の粉塵をかき消すように、黒鷹の兵士たちが赤鳳に飛び込んでいく。数百や数千という単位ではない。数万――いや、十万人を超える兵士が、赤鳳の塔に奇襲を仕掛けた。
吹雪のせいでその発見に遅れたのが、赤鳳にとっては痛手だった。充分な布陣を築けないことが分かると、塔の内部で迎撃することを決めた。
ただ、その異常な兵数を理解する手立てはない。エントランスに築かれた布陣は、その大軍勢の圧倒的な物量に為す術なく粉砕された。
彼らが得られた情報はその途方もない兵数と、黒鷹・白燕・橙鶴の連合軍であるという点のみ。
連合軍は迷わずに上層へと向かった。赤鳳のリーダーを捕縛するために。
この戦いはただ勝てば良いだけではない。互いに大きく消耗してしまった場合、それは敗北と同義だ。できるだけ両者の被害を減らすべく、一目散に敵の大将を狙いに行く。
敵のリーダーの情報は全てソウマから吐かせた。少し拷問をチラつかせただけで、彼は全ての情報を曝け出した。元々赤鳳に恨みがあったことと、保身しか考えてない彼の人間性も相まって実に簡単に情報を引き出せたらしい。
できるだけ早く。地力のある赤鳳が立て直せば、戦況は徐々に悪化していく。
一般人には手を出さず、警備の兵士だけを制圧しつつ上へ。
ミツバとサクラはいつものように最前線を駆け抜けていた。隠密部隊の姿はもうない。代わりに、黒鷹・白燕・橙鶴の連合軍を率いて。
数階層ほど上へ昇ると階段は途切れており、開けた空間に出た。
広い空間に無数の派手なライトが装飾され、その下にはいくつもの大きな楕円形のテーブルが置かれている。四隅にはカウンターのようなものがあり、そこには飲み物と思われる容器が大量に並んでいた。
その景色を三百年前の人が見れば、口を揃えてこう表現するだろう。
カジノみたいだ、と。
けれど、彼らはそれを知らない。ただ見たことのない煌びやかな光景に目を奪われた。
「待ってたぜ、【紅蓮】」
正面からの声。すぐに戦闘態勢に入る。
立ち塞がったのは【雷光】だ。赤鳳が誇る四大戦力の一人。
外ではないため、ゴーグルを額まで上げていた。キリッとした細い眉に鋭い眼光がサクラを射抜いている。
思っていたよりも若い。ミツバやサクラよりも若そうで、十代前半から中盤か。だが、年齢は関係ない実力の世界だ。
「そこを退け、【雷光】」
ミツバは一つ前に出て言い放つ。それを聞いた【雷光】は眉をしかめた。
「ああ?【紅蓮】の腰巾着がうるせえな」
その圧に臆することはない。
「俺たちはお前らの命を奪うつもりはない。大人しく投降しろ。そうすれば、この歪んだ世界を元に戻せるんだ」
ミツバの説得は至極真っ当だった。
「戦う必要なんて、どこにもないんだ」
けれど、それを聞いた【雷光】は、はぁと大きなため息を吐いた。
「可哀想に」
ぞくりとミツバの背筋が凍った。
「お前、こんな世界でまだ、そんな甘ったるい希望を持っちゃっているのか」
甘ったるい希望。その言葉が脳内で反芻される。
「世界を元に戻したところで何になる? 今一時の快楽を求める方がよっぽど合理的だ」
何度も縋り、裏切られてきた。そんな存在。
「世界は奪い合いでできている。それこそが人間を人間たらしめる」
その希望は、今もただ絶望を突き付けてくるのだ。
「だって、奪うことがこの世界の一番の娯楽だろ?」
弧を描くようにストックを振り回し、【雷光】はゴーグルを装着した。
「その最上級が、命の奪い合いだ」
駄目だ。ミツバは確信した。
あまりにも文化が違い過ぎる、と。
とても話し合いができる相手ではない。
でも、それが仕方のないことも、頭のどこかで理解していた。
だって自分たちの考え方が異端だと思うから。
こんな絶望的な中で、ほんの一筋の小さな光に縋ってしまっている。一時の享楽に身を委ねた方が楽なのに。
「それはずっと変わらない。先人たちも同じ気持ちだったんだろうよ」
「……つまり、道楽のために戦っていたと言いたいのか?」
「実のところは知らんが、そんなものだろ。だって、奪い切ったら遊べなくなっちまう」
赤鳳にとって、戦うことは娯楽。
今まで戦ってきたのも、塔の奪い合いをしているわけではなかった。
ただの娯楽として、遊んでいただけ。
本当に、腐っている。
せめて何かの理由があって欲しかった。
でも、彼らにとっての正義すらもありやない。
ただ息をするように奪っている。
それが三百年間続いた結果が、今のこの世界だ。
だから、もう諦めるしかない。
話が通じない以上、コイツらの言う「奪い合い」に応じるしかないのだ。
「サクラ、君は下がってろ」
ミツバは【雷光】に相対する。腰を落とし、戦闘態勢に入った。
以前雪上で戦った時と同様に、相手の部下が動く気配はない。必然的に一騎討ちの構図が出来上がる。
「コイツは俺がやる」
瞬間、ミツバと【雷光】が同時に加速した。【雷光】は真っ直ぐに、ミツバは横へ。
「ああ?」
ミツバの狙いは、CMAだ。
【雷光】は虚を突かれた。急転換してミツバを追いかける。
「なんで追い付かねえ」
スピードに圧倒的な自信を持っている【雷光】はすぐに異変に気付いた。身を翻し、ミツバの回転とは逆向きの回転でミツバの正面に入り込んだ。
だが、ミツバは既に加速していた。ストックを横に振り抜く。
剣と剣が交差し、激しく火花が散った。
押し込んだのはミツバの方だ。【雷光】は凄まじい勢いで後方へ吹っ飛ぶ。
だが、【雷光】は立ったまま持ち堪えていた。
「あっぶねえ……奇怪な攻撃を使いやがって」
一方のミツバは、静かに目を細める。
「(速度が足りなかった――)」
初見のCMAに対応された。おそらく、二回目は通用しない。
CMAはいつでも使えるようなものではない。加速できる広いスペースと、長い時間が必要だからだ。混戦になっては当然使えないし、一対一でも相手は加速する前に止めにくるだろう。
ここは【雷光】の対応力が光った結果になった。
「後手に回るのはナシだな」
そう言葉にした瞬間、【雷光】は凄まじい勢いで加速した。さらに素早いショートターンを交え、その姿はまさに雷。ギリギリまで左右どちらから斬りかかるか分からず、ミツバは間一髪のところで右に躱した。
「だ、大丈夫なのか、ミツバは!」
声を上げたのは、白燕の兵士だ。それも無理はない。誰が見てもミツバが劣勢。
ミツバは常に後退し、なんとか間合いを取っていた。
「大丈夫」
けれど、サクラは動かなかった。一騎討ちを、ただ静かに見守るだけ。
「ミツバは強いよ」
負けることなんて微塵も想像していない表情で、じっと戦況を見つめている。
「確かにアイツは白燕の中では強かったが……通り名持ちと戦えるような武器なんて……」
通り名が付くような戦士には、大きな特徴がある。誰にも負けないような強い武器だ。【紅蓮】には燃え盛るような怒涛の攻撃力と、炎が揺らめくような身のこなしによる多人数への優位性が。【雷光】には爆発的な短距離の加速と、稲妻のように空間を切り裂くショートターンが。
ミツバにそんなものはない。
そう思っていた。ミツバ自身ですらも。
「じきに慣れるよ」
それを気付いたのは、サクラだった。
『君は……変だね』
『またそれか……』
『違う。こんな特殊な動きを短期間で習得したのが、だよ』
サクラが指摘したのは、彼女がCMAを習得しようとしている時だった。
『いや、もちろん最初は上手く行かないけど、三日くらいやったら慣れたけどな……』
全身に強烈な遠心力がかかるCMAは一朝一夕ではできるようにならない。それは理解できるが、実際にやってみたサクラの感想はこうだ。
これを三日で習得するのは異常だ、と。
それだけではない。ミツバは訓練の時も異常に飲み込みが早かった。それはユキヤに教えを乞うている時に発覚した。
理由は明白。サクラは他人に何かを教えた経験がなかったから。むしろ自分が教えることに長けているとさえ思っていた。
成長する力とはまた違う、異常なほど周囲に順応する特性。
言うなれば、『適応力』
白燕という狭い世界から飛び出し、黒鷹というより高いレベルの世界に『適応』した。
ただそれだけ。
徐々に【雷光】の斬撃が的確に捌かれ始めた。ミツバの後退が徐々に無くなっていく。
「クソっ!」
【雷光】は一度距離を取った。そして、再度細かいショートターンで詰め寄る。
より深く腰を落とし、地を這うような稲妻が疾駆した。
けれど。
「それが最高速か?」
退かなかった。むしろ、右足を前に出した。
「それはさっき見たぞ」
完璧なタイミングでのカウンターが【雷光】の喉元を捉えた。
高速で迫っていた分、カウンターの撃力も跳ね上がる。まるで正面から車にぶつかったかのように【雷光】の体が宙に浮いた。
「それにスピードで言えば、サクラと大して変わらない」
ミツバが最も長い時間を共にしたのがサクラだ。彼女との日々の打ち込み稽古で、ミツバは適応し、完全にサクラ基準の物差しが出来上がっている。
それがいかに恐ろしいことかを、赤鳳の塔はまだ知らなかった。
どさりと【雷光】の体が地に落ちる。それを合図にするかのように、赤鳳との本格的な戦いが幕を開けた。




