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想定外の現在地点

【前回までの話】

晴雪・楓・椿の三人は、人類存続を未来に託した。それは数百年後の未来において、放射能汚染を除染するという想像を絶する奇策だった。

 希望の塔プロジェクトの資料と、楓や後の世代の人々の手記から、ユキヤは時折想像を交えながら説明をした。

 そして、その説明は現代へと移り変わる。

「我々は三百年間、赤鳳に支配され続けた」

「三百年……でも、二百年の計画だったはずでは……」

 原発事故が起こったのは西暦二○五○年。そして、今は二三五○年だ。

「そうだ。彼らの作戦は百年遅れている」

 彼らの未来予測は完璧ではなかった。ブラックホールを生成するための加速器も、放射能汚染を除染する理論も、赤鳳を制圧する戦力も何も揃っていなかった。

「そして恐らく、もう赤鳳にロケットを飛ばすことはできない。資源も、技術力も人も何もかも足りないからだ」

 予定通り進まなかったのは赤鳳の塔も同じだった。資源が過酷になった今、たとえどれだけ技術力があろうとも、火星への移住など不可能だ。

「つまり、人類が存続するために残された方法は、放射能汚染を除染するこの策だけだ」

 故に、人類は真の意味で崖っぷちに立っている。

 世代が進むにつれて、世界は混沌と化していった。けれど、それは必ずしも悪いことばかりではない。

「少しずつ、本当に少しずつ世界は我らの有利に傾き続けていた」

 赤鳳は黒鷹のクーデターを警戒しつつも、本格的に手を出すことはなかった。そして、資源の不足と、技術力の上限による加速限界の存在。工学に秀でている赤鳳と青雀の優位性は少しずつ失われていった。そして何よりも、使用機会が失われたことにより科学兵器という存在が消えたことが大きい。

「ただ、それと同時に白燕陥落の危機は近付いていた。白燕が赤鳳に落とされれば、この計画は全て無に帰す。どうしても黒鷹が白燕を制圧する必要があった」

 だから黒鷹は『鎮魂の日』に奇襲を仕掛けるというタブーを冒してまで、白燕を奪った。

「そして、我々が動いてしまった以上、赤鳳は黙っていない。本格的な全面戦争が始まったというわけだ」

 今も赤鳳は白燕と黒鷹に対して激しい攻勢を仕掛けている。その軍事力は流石で、黒鷹はかなり厳しい状況に追い込まれつつある。

「黒鷹はこの時のための準備を進めていたが、懸念も存在した。それは赤鳳からの刺客であるソウマの監視だ」

 副隊長、ソウマ。ユキヤと敵対しているという話もあったが、どうやら嘘ではなかったらしい。

「赤鳳は黒鷹の翻意を知り、三百年前からずっと監視役を置いていた。それがソウマたちだ。怪しい動きを見せればソウマから赤鳳に連絡が行き、もしも正面から戦えば黒鷹に勝ち目はない。ソウマがいる以上、我々の計画は秘密裏に進める必要があった」

 記憶の中にある情報が、ミツバの中で少しずつ組み合わさっていく。

「そのための地下だったってことか」

「その通りだ。あれはソウマに知られていない戦力を蓄えるための策。白燕を制圧する遥かに前から準備していたことだ」

『Slaver』も、そのための噂話だった。『Slaver』という架空の存在が権力者を失踪させ、地下に送る。そこで赤鳳との全面戦争の準備をするというわけだ。

 ソウマ――しいては赤鳳に知られていない余剰戦力を生み出し、赤鳳側の想定を超えるために。

 赤鳳はこのまま戦えば問題無く勝てると踏んでいるはずだ。黒鷹が赤鳳に勝ちうる戦力になりそうな場合、早めに黒鷹を叩く必要がある。逆に言えば、これまで赤鳳が動いていなかったということは、見えている黒鷹の戦力の数倍、赤鳳は戦力を有していることになる。

「今、赤鳳が把握している黒鷹の資源および戦力は半分程度だ。赤鳳の虚を突くには充分なはず」

 つまり、三百層以下に三百層以上と同等の人や資源があるということ。三百年掛けて、黒鷹はそれだけの準備をしてきた。

「最後に最も難易度の高いミッションがあった。それが赤鳳に知られずにソウマを始末すること」

 ソウマ一人を始末しても、彼の側には赤鳳出身の仲間たちがいる。異変を察知されただけで、赤鳳に連絡が行ってしまう恐れがあった。

「僕はそれをミツバに託した」

 その言葉に、ミツバは黙っていられなかった。

「ちょっと待て。俺が勝ったのはCMAの奇襲が決まったからだ。俺が勝つ確率なんて、十回に一度あれば良い方だった」

「もちろん、君が負けることも考えていた。が、僕は君が勝つと思っていた。君がスギの元へ行って新型アイクスを完成させた時、全てのピースが揃ったと思ったんだ」

 ユキヤはそれ以上深く説明しなかった。ひりついた周囲の空気を感じ取り、ミツバも渋々引き下がる。

「ソウマからの連絡が途絶え、赤鳳は徐々に不審に思うだろう。我らは一ヶ月以内に赤鳳に奇襲を仕掛ける。全戦力を投入する総力戦だ」

 その戦いで赤鳳・青雀・緑鴉を全て制圧する。それからブラックホール生成のための加速器を製造し、放射能汚染を除染する。それが人類存続に残された唯一の道だ。

 それから、彼らは来る戦いに向けた作戦会議をすることになる。その第一回がこの日だった。

 黒鷹・白燕・橙鶴の全てを結集させる。それでもおそらく足りない。戦力だけでなく作戦が重要になることを彼らは充分に理解していて。

 彼らにとって、最も長い一ヶ月間が始まろうとしていた。


   □ □ □


 全体の作戦会議の後、ユキヤはスギとミツバを呼び出した。

「スギさんは希望の塔プロジェクトについて知っていた?」

「ああ。ただ白燕でもごく一部の人間の中で秘匿されていた。もう少ししたらミツバにも話そうと思っていたんだが……お前はまだ若かったからな」

「うん、今なら分かるよ。以前の俺に話されても、きっと受け止めきれなかったと思う」

 つい先日まで共に新型アイクスを作り上げたというのに、久しぶりに会ったかのような感覚。ユキヤが来るまで、しばらく雑談に花を咲かせた。

「でも、今回の話はオレが知らない話も多かった。特に堂前晴雪は、白燕の文化形成に大きな影響を与えたんだろう」

「無駄を守る、か……」

 白燕の最適化だけに囚われない文化は、彼の影響によるものだと分かった。けれど、それが本当に意味のあるものだったのかは分からない。事実、白燕は黒鷹に敗北した。黒鷹に制圧されたから良かったものの、赤鳳に制圧されていたとしたら。そんな仮定も、もはや意味を為さないが。

 ちょうどその時、扉が開いた。ユキヤが通信端末を持って椅子の前に歩を進める。

「わざわざ残ってもらってすまない。新型アイクスの量産と、CAAの訓練についての話がしたい」

 赤鳳を凌駕するための策として、二人の生み出したCAAを活用しようという話だった。CAAは使える場面は限られるが、従来の加速限界を超える画期的な攻撃であり、何よりもまだ赤鳳には知られていないのが強みだ。

 椅子に腰を下ろしたユキヤに対し、突如ミツバはストックを突き付けた。

「落ち着け、ミツバ」

 スギが止めに入ろうとするが、ミツバは剣を下ろさない。

「俺は、あんたを許していないぞ」

 ユキヤに対する強い物言い。ユキヤは黙ってミツバの瞳を睨み返す。

「あんたはサクラを助けなかった。それどころか、ソウマの餌にしようとしていたってことだ」

 ミツバがソウマを倒せなかった場合、サクラの身の安全は保証されていなかった。ミツバが一方的に敗北した場合、奇襲するには難しい状況で、ただ結果的に上手くいっただけ。ミツバはユキヤに対して強い憤りを感じていた。

「サクラは確かに大きな戦力だが、あの場面ではどうしようもなかった。申し訳ないとは思っているが、最善の策を取った結果だ」

 サクラの言っていた「黒鷹で最も合理的な人間」。その一端をミツバは見た。

 どうしようもなかったことはミツバも頭では理解している。けれど、感情がそれを許さない。

「せめて……サクラに償いをしろ」

「償い?」

「アンタなら、サクラの母親のことを知っているんじゃないのか?」

 ミツバの頭の中には、一つの可能性が浮かんでいた。地下――二九九層以下にサクラの母親がいるのではないかということ。

「サクラは、母親の想いを知りたがっていた。なんで自分なんかを産んだのか。なんでいなくなったのか。自分は愛されていたのか……を」

 けれど、そんな都合の良い期待には簡単に裏切られる。

「残念だが、アセビ――サクラの母はもうこの世にはいない」

 ユキヤは静かに答えた。ただ、君はどこまで知っているのか分からないけれど、と前置きした上で続ける。

「事の顛末はこうだ。サクラが幼い頃、高熱の病に罹った。アセビは信頼でき、出産の時も頼んだ医師に見てもらった。だが、その時の看護師にサクラの全身が放射能汚染されていることがバレてしまい、看護師は報告しようとした。アセビはそれを止めようとした結果、殺人という最悪の事態にまで発展してしまった。ただ――」

 ユキヤは少し辛そうな様子で語った。

「サクラは望まれて生まれてきて、ちゃんと愛されていた」

 それを聞いて、ミツバが突き付けていた剣が下がった。

「それだけではない。隠密部隊はサクラを守るために作ったものだ。下層にいる実力者をサクラの護衛として付けることで、なんとか守り抜くことができた」

「でも、隠密部隊は全員死んだ。BやPだって、隠密部隊でなければもっと生き長えたはずだ」

 ユキヤはミツバの瞳を真っ直ぐ見つめ、強い語気で言い放った。

「彼らは黒鷹の――世界の未来のために戦い抜いた。私がここで後悔することは、彼らへの冒涜だ」

 その様子を見ていたスギが、そっと告げる。

「Bはユキヤの息子なんだ」

 それだけで、ミツバは溜飲を下げるしかない。

 また忘れていた。

 皆それぞれ抱えるものがあり、全員が苦しみながら戦っている。

 それに、真っ直ぐに受け止めて来たサクラに悪い。

 ミツバは素直に謝罪し、それから今後の話し合いを始めた。


   * * *


 ミツバはギンの研究所に戻った。

 久しぶりの帰宅。別に我が家という訳ではないが、ちょっとした安心感は確かにあった。

 リビングに足を踏み入れる。そこにいたのは、いつものサクラとギンだけではなかった。

「よお、居心地の良い場所だな、ここは」

 待っていたのはムツキだ。橙鶴で放射能汚染を除染する研究をしていた彼女は、それに必要なブラックホールを作る研究をしているギンのところを訪れていたのだ。

 ムツキはいつもギンが座っている一番大きな椅子にどっかりと座り、対するギンは地べたに腰を下ろし、厳しい表情でノートパソコンと睨めっこをしていた。

「む、無理。一日そこらじゃ理解できる内容じゃない……」

 ギンがここまで追い詰められている。ムツキはけらけらと笑うだけだ。

「なに、基本は量子ゆらぎによって中性子捕獲断面積を増加させ、粒子の相転移を引き起こすだけだ。後は発生する強力な重力波を変換して発電する。シンプルだろ?」

「いやいやいやいや、粒子の相転移も重力波による発電も訳が分からないよ」

「前者は量子テレポーテーションの応用だし、後者は物理的な波を物理的な波に変換しているだけだ」

「だけって言うけどさぁ〜」

 黒鷹では随一の科学者であるギンがまるで赤子扱い。年齢のギャップも相待って、見ていて面白い貴重な光景だ。

「そもそもこんな発想が思い付かない……」

 それを聞いたムツキは、少しだけ面白くなさそうに口を尖らせた。

「発想自体は三百年前から変わらない。実松椿は口だけじゃなかったってことだ」

 科学者同士の話はもう少し長く続きそうだ。ミツバはサクラの方に注意を向ける。

 サクラは椅子に座って『希望の塔プロジェクト』の本を読んでいた。

 以前は本の存在を隠していたが、今やミツバやギンもその中身を知っている。そのため、もはや隠す必要がないと考えたのだろう。

 またユキヤの説明中、サクラは何度か考える様子を見せていた。きっと考えさせられる事実がいくつもあったと思われる。

「サクラ」

 ミツバは意を決して話しかけると、サクラは小さく首を向けた。沈黙に耐えかねて、ミツバが口を開く。

「君の母親は……既にこの世にはいない」

 サクラは表情を変えなかった。どこかでサクラも理解していたのかもしれない。

「そう」

 そして、もう一度本に目を落とす。

 けれど、どこかぼんやりと呆けたような様子に見えた。表情はほとんど変わらないけれど、それが分かるだけの時間を共に過ごしてきた。

 何か、サクラに気の利いたことをしてあげられないか。ふと本に目を落とした時、ミツバはあることに気付いた。

「その最後の方のページは何だ?」

『希望の塔プロジェクト』の本の末尾、明らかに紙質の違う部分が存在した。

「ん」

 サクラは本を手渡した。どうやら、『希望の塔プロジェクト』にくっつける形でページを増設していたようだ。中を見ると、多くの種類の植物の名前が載っていた。

「植物の図鑑か……」

 理由は分からない。だが、納得できることもあった。

 今や存在しない「サクラ」という名前を付けられたのは、この本があったからだ。

 ただ、数多くある植物の中で、なぜ「サクラ」を選んだのか。

 サクラはそれを知りたい。

 でも、それはもう叶わない。

 ミツバはユキヤの説明を思い出した。そして、一つの可能性が脳裏に浮かぶ。

「いや、もしかしたら……」

 サクラはピクリと耳を動かした。

「そうだ。希望の塔プロジェクトでの白燕の役割は『種の保存』だったはずだ。桜も白燕にあるんじゃ――」

 思い立ったが吉日。ミツバはサクラの手を取った。

「白燕の植物に詳しい奴がいる。話を聞きに行こう」


   □ □ □


「ミツバ……?」

 当てにしたのは、白燕の同胞であるアヤメだった。

「アヤメ、聞きたいことがあるんだが――」

 だが、アヤメはその場にへたりと座り込んでしまう。

「お、おい。どうしたんだよ?」

「だってえ……だってえ……」

 ミツバが死んだと思っていたのだから当然の反応なのだが、それを理解するだけの余裕はなかった。落ち着くまで待つと、アヤメがサクラの方を見て尋ねる。

「えっと、そちらの方は……?」

「サクラって言って、えっと……俺の仲間だ」

「「仲間?」」

 アヤメとサクラの声がシンクロする。

 仲間でいいだろ、という視線を向けるが、サクラは少し不服そうだ。

「凄いね、ミツバは。もうここでも仲間ができちゃったんだ」

 若干の温度差に戸惑いながら、ミツバは本来の目的の話をすることにした。

「『桜』っていう植物を知らないか?」

 う〜んとしばらく考えた後で、アヤメは首を振った。

「……名前は聞いたことあるけど、見たことはないかな」

 そうだ、とアヤメは掌を合わせた。

「先生なら知っているかも!」

「カモメ先生か……」

 ミツバやアヤメに教育を施した先生。年齢は六十歳くらいで、ミツバが知っている中で最も物知りな人だ。

 少し考えてから、ミツバはサクラと共に白燕に行くことを決めた。

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