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土の都市

砂漠の熱風が一行の頬を打ち付けた。クラウディア・ヴァル=ザ=イグニスは額の汗を拭いながら、眼前に広がる景色を眺めていた。遥か遠くに、巨大な球形の建造物が砂漠の中に浮かんでいる。

「あれが『テラドーム』か」

レオ・グラントが手で陽射しを遮りながら言った。浮遊大陸アルメイダの東端に位置する砂漠の都市テラドーム。その姿は、まるで大地そのものから生まれた巨大な球体のようだった。褐色の石と金属が織りなす外壁は、太陽の光を受けて輝いている。

「ふふん!わたくしの血に眠る力を解放する時も近いですわね!」

クラウディアは両手を腰に当て、高らかに笑った。彼女の豊かな金髪が風に揺れる。いつものド派手な衣装は、砂漠の中でも一際目立っていた。

「クラウディア様、声が大きすぎます…」

エルナ・セフィリアが小さな声で諭した。彼女はフードで顔を隠し、目立たないように振る舞っていた。煉界教団に追われる身として、用心に越したことはない。

「何を言いますの、エルナ! わたくしは『雷王』ザゴラス・イグニスの末裔! 隠れる必要など毛頭ありませんわ! ホーーーッホッホッホ!」

クラウディアの高笑いは砂漠に響き渡った。レオはため息をつきながらも、微かな笑みを浮かべていた。彼女の破天荒な性格にも、いつしか慣れてしまったのだろう。

「そろそろ日が落ちます。テラドームに入る前に、作戦を立てるべきだと思います」

レオが提案した。彼は常に冷静さを保ち、一行の中で最もバランスの取れた判断ができる人物だった。

「作戦など必要ありませんわ! 入って、探して、奪う! これだけですわ!」

「それは作戦とは言えないでしょう…」

「それに、煉界教団も既にテラドームに入り込んでいる可能性がある」

エルナが懸念を口にした。彼女の直感は鋭く、これまでの旅でも幾度となく一行を危険から救ってきた。

「なら尚更、迅速に行動すべきですわ! 彼らに先を越されてなるものですか!」

クラウディアは意気込んだ様子で前に出る。その足取りは軽やかで、まるで砂漠の熱風など感じていないかのようだった。

「少なくとも、目立たない方がいいと思うんだが…」

レオの言葉は、既に走り出したクラウディアの背中に届いていなかった。


テラドームの入口は、巨大な半円形のゲートだった。その前には長蛇の列が続いている。商人、旅人、冒険者たち、様々な人々が砂漠の都市に入るために待っていた。

「ふむ…列に並ぶのはわたくしの美学に反しますわ」

クラウディアは口をとがらせた。

「全員がそう思ったら、入場システムが成り立ちませんよ」

レオは諭すように言ったが、クラウディアの目はすでに別の何かを捉えていた。

「あれは…」

彼女が指さす先には、煉界教団の象徴である「赤い螺旋」の刺繍が入った黒装束の男たちがいた。彼らは列を無視し、警備兵に何かを見せて優先的にゲートを通過しようとしていた。

「教団の者たちですわ!」

クラウディアの声にエルナが身を固くした。

「急ぎましょう。彼らに先を越されたら…」

「させませんとも!」

クラウディアは列から飛び出し、ゲートへと駆け出した。

「お、おい! クラウディア!」

レオの声も耳に入らず、彼女はあっという間に警備兵の前に立ちはだかっていた。

「ちょっとあなたたち! あの黒装束の者たちを通してはなりませんわ! 彼らは危険な連中ですわよ!」

警備兵たちは突然現れた派手な衣装の女性に困惑の表情を浮かべた。黒装束の男たちは一瞬ひるんだ様子だったが、すぐに警戒の色を強めた。

「何を言っているんだ、この女は」

「まさか…あの『雷鳴の覇姫』か?」

黒装束の一人が小声で言った。クラウディアの耳はそれを逃さなかった。

「その通り! わたくしこそは、七英雄の一人『雷王』の末裔、クラウディア・ヴァル=ザ=イグニス! 煉界教団の謀略を暴くため、ここに降臨したのですわ! ホーーーッホッホッホ!」

クラウディアの高笑いに、周囲の人々は一斉に注目した。警備兵たちも動揺を隠せない様子だ。

「この女を捕らえろ! 教団の敵だ!」

黒装束の男たちが叫ぶと、彼らの手には既に武器が握られていた。警備兵たちも剣を抜き、緊張が高まる。

「なんてこった…」

やっと追いついたレオは、既に収拾がつかなくなっていた状況に頭を抱えた。エルナはフードを深く被り、目立たないように後ろに下がろうとする。

「来なさい! わたくしが相手になってあげますわ!」

クラウディアは腰に差した剣を抜き放った。「雷鳴剣」と呼ばれるその刀身は、青白い光を放ち始めた。黒装束の男たちも迫る。テラドームの入口で、戦闘が始まろうとしていた。


「退きなさい! 雷鳴剣・壱の型『閃電穿破』!」

クラウディアの剣が空気を切り裂くと、青白い電撃が放たれ、最も近くにいた黒装束の男を直撃した。男は悲鳴を上げて倒れる。

「ク、クラウディア! 街の入口でそんな…!」

レオの制止も空しく、彼女は既に戦闘の興奮に包まれていた。

「ホーーーッホッホッホ! これが女王様の力ですわ!」

その笑い声が響く中、黒装束の男たちは一斉に攻撃を仕掛けてきた。だが、クラウディアの動きは圧倒的に速い。彼女は軽やかにステップを踏み、次々と敵の攻撃をかわしていく。

「もっと面白い戦いを見せてくださいな!」

「くっ…なんて奴だ…」

黒装束の男たちの苛立ちが募る。その時、一人が小さな赤い宝珠を取り出した。

「それは…!」

エルナの声が上がる。だが、既に遅かった。男は宝珠を地面に投げつけ、それは激しい光を放って砕けた。

砂塵が晴れると、そこには巨大な砂の怪物が立っていた。形は人型だが、高さは三メートルを超える。その体は砂でできているため、普通の武器では傷つかないように見える。

「これでどうだ! 『地霊獣』を相手にしろ!」

黒装束の男が叫んだ。怪物は低いうなり声を上げ、重々しい足取りでクラウディアに迫った。

「おもしろい! これこそわたくしの相手にふさわしいですわ!」

クラウディアの目が輝いた。彼女は挑発するように剣を掲げる。怪物の巨大な腕が振り下ろされる。

「クラウディア様!」

エルナの悲鳴が上がった瞬間、クラウディアの姿が消えた。いや、消えたのではない。信じられないほどの速さで横に跳び、怪物の攻撃を回避していたのだ。

「雷鳴剣・弐の型『閃電貫矢』!」

彼女が剣を横に振ると、青い電光の矢が黒い影の前方に飛んでいった。その矢は砂の怪物の胸に突き刺さり、爆発した。だが、怪物は砂を再生し、傷を埋めていく。

「通常の攻撃は効かないようですね…」

レオが状況を冷静に分析する。彼も既に剣を抜き、クラウディアの側に立っていた。

「レオ、後ろの教団員たちを頼む! わたくしがこの大きな玩具で遊んであげますわ!」

クラウディアの声に、レオは一瞬ためらったが、状況を理解し、黒装束の男たちへと向かった。

「エルナ、安全な場所へ!」

レオの指示に、エルナはうなずき、人混みの中へと身を隠した。

クラウディアは砂の怪物と対峙していた。怪物の攻撃は重いが遅い。彼女は軽やかな動きでそれらをかわしながら、反撃の機会を窺っていた。

「どうやら雷の力だけでは倒せませんわね…」

彼女の頭に一つのアイデアが浮かんだ。怪物の足元には、テラドームの入口から続く水路があった。

「そうだ! 砂は水を吸うと…」

クラウディアはにやりと笑い、怪物を水路の方向へ誘導し始めた。彼女の計算通り、怪物は彼女を追って少しずつ水路へと近づいていく。

「さあ、もう少し! こっちですわよ、砂団子さん!」

怪物が水路のすぐ近くまで来たところで、クラウディアは剣を高く掲げた。

「雷鳴剣・肆の型『鳴電千閃』!」

剣から無数の電撃が放たれ、怪物を直撃した。砂が部分的に溶けてガラス化するが、怪物はなお動きを止めない。だが、それは彼女の本当の狙いではなかった。

電撃の一部が水路に飛び込み、水面を激しく揺らした。水が飛び散り、怪物の足元に降りかかる。砂が水を吸って重くなり、怪物の動きが鈍くなる。さらに、クラウディアは怪物の周りを素早く駆け回り、水路の水を剣で掬っては怪物に向けて放った。

「どうですか? 少しずつ動きが鈍くなってきたのではありませんこと?」

怪物の体が徐々に崩れ始める。だが、まだ完全には倒せていない。

その時、レオの声が聞こえた。

「クラウディア! 教団の連中が何かを唱えている!」

彼女が振り向くと、残った黒装束の男たちが円陣を組み、何かの呪文を唱えていた。赤い光が彼らの手から放たれ、砂の怪物へと向かう。

「強化の魔法か!」

レオの警告通り、怪物の体が再び固まり始めた。だけでなく、さらに巨大化していく。

「面白い! 本気を出させていただきますわ!」

クラウディアは剣を両手で握り、集中した。剣の刀身が青白い光を強め、まるで雷そのものが具現化したかのような輝きを放つ。

「雷鳴剣・伍の型『雷震怒濤』!」

彼女の剣が宙を舞うと、青い光の渦が怪物を襲った。電撃の嵐が砂の体を包み込み、砂粒が一つ一つ帯電していく。怪物の動きが止まり、その巨体がガラス化していく。

「今だ!」

レオが叫んだ。彼は黒装束の男たちの連携を断ち切っていた。魔法の供給が絶たれ、怪物は完全にガラス化した姿で動きを止めた。

「トドメですわ!」

クラウディアは高く跳び上がり、剣を振り下ろした。ガラス化した怪物は見事に砕け散り、砂とガラスの破片が辺りに飛び散った。

「ホーーーッホッホッホ! これが『雷鳴の覇姫』の力ですわ!」

彼女の高笑いが響く中、残った教団員たちは逃げ出した。だが、テラドームの入口は大混乱となっていた。警備兵たちは困惑し、旅人たちは恐怖で逃げ惑っている。水路は破壊され、ゲート付近の建物にも被害が及んでいた。

「クラウディア様…また大変なことに…」

身を隠していたエルナが、おずおずと近づいてきた。

「何を言いますの! わたくしたちは悪党を追い払ったのですわ! 称賛されて然るべきですわ!」

クラウディアは胸を張った。だが、彼女たちを取り囲む警備兵たちの表情は、決して友好的ではなかった。

「あなたたち、一体何者だ? テラドームの入口をこのような惨状にして…」

隊長らしき人物が一歩前に出た。

「わたくしは…」

クラウディアが名乗ろうとした時、レオが彼女の肩に手を置いた。

「今は素直に従った方がいい。説明は後でできる」

レオの冷静な判断に、クラウディアは渋々と頷いた。彼女たちは武器を預け、警備兵たちに囲まれてテラドームの中へと連行されていった。


テラドームの内部は、外観から想像するよりもさらに広大だった。天井高く設計された中央広場は、まるで屋内に作られた小さな都市のようだ。色とりどりの布で飾られた露店が並び、砂漠の貴重な水が流れる人工の小川が縦横に走っている。

だが、彼らがその光景を楽しむ余裕はなかった。三人は警備兵たちに連れられ、テラドームの治安を司る「土衛庁」の本部へと向かっていた。

「なんだか息苦しいですわね…」

クラウディアは不満げに腕を組んだ。彼女たちの武器は没収され、自由に動くことも許されていない。

「仕方ないだろう。入口であれだけの騒ぎを起こしたんだから」

レオは冷静に応じた。エルナは怯えた様子で二人の後ろにいた。

「でも、あの黒装束の連中が先に仕掛けてきたのですわ! わたくしたちは正当防衛だったのです!」

クラウディアの声が廊下に響いた。

「静かにしろ」

先導する警備兵が厳しい口調で言った。クラウディアは口をとがらせたが、それ以上は何も言わなかった。

彼らは土衛庁の深部へと進み、ついに大きな扉の前に立った。扉が開くと、そこには威厳に満ちた部屋があり、中央には一人の男が座っていた。

「土衛庁長官だ。敬意を持って接するように」

警備兵が小声で告げた。

長官は中年の男性で、砂漠の風に鍛えられたような浅黒い肌と鋭い目をしていた。彼の机の上には、砂時計のような装置が置かれている。

「さて、入口での騒動の主犯はお前たちだな?」

長官の声は低く、威厳に満ちていた。

「主犯などとは失礼な! わたくしたちは…」

「クラウディア」

レオが彼女の腕を軽く握り、制した。彼は一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。

「申し訳ありません。私たちは旅の途中で、テラドームを訪れました。しかし、入口で煉界教団の者たちと遭遇し、彼らが何か企んでいると判断して…」

「煉界教団?」

長官の表情が変わった。

「ああ、黒い装束に赤い螺旋の刺繍が入った連中です」

レオの説明に、長官は深く考え込んだ。

「彼らは『砂の器』と呼ばれる古代の遺物を探しているという情報がある。お前たちもそれを狙っているのか?」

「砂の器…?」

エルナが小さな声で繰り返した。

「それは『土の断片』のことでしょうか?」

エルナの質問に、長官は鋭い視線を向けた。

「お前たちは一体何者だ?」

長官の問いに、クラウディアは抑えきれずに前に出た。

「わたくしは七英雄の一人『雷王』ザゴラス・イグニスの末裔、クラウディア・ヴァル=ザ=イグニスですわ! そしてこちらはレオ・グラント、そしてエルナ・セフィリア。わたくしたちは『神兵アポクリュファ』の断片を集め、煉界教団の野望を阻止しようとしているのですわ!」

長官はクラウディアをじっと見つめた後、突然立ち上がった。

「警備兵たちは下がれ」

驚きの表情を浮かべながらも、警備兵たちは部屋を出ていった。扉が閉まると、長官は声を低くした。

「『雷王』の末裔…そして『神兵アポクリュファ』…」

長官は砂時計のような装置に手を置いた。

「実は私も…」

彼の言葉が途切れた。突然、部屋が揺れ始めたのだ。

「何ですの? 地震?」

クラウディアが身構える。

「いや、これは…」

長官の表情が緊張に満ちた。彼は窓へと駆け寄り、外を見た。

「煉界教団の襲撃だ!」


テラドームの上空に、複数の飛行船が現れていた。黒い船体に赤い螺旋の紋章が描かれている。煉界教団の襲撃部隊だ。

「なんてタイミングなの…」

エルナが震える声で言った。

「武器を返せ! わたくしたちも戦います!」

クラウディアの要求に、長官は一瞬ためらったが、すぐに隠し扉を開けた。そこには彼らの武器が置かれていた。

「実は私は七英雄の一人『地王』ガイア・テラの末裔だ。私たちは同じ側にいる」

長官の告白に、三人は驚きの表情を浮かべた。

「そういうことでしたの! だからあなたは『土の断片』を守っているのですね!」

クラウディアが剣を手に取りながら言った。

「その通りだ。だが今は『砂の器』が危ない。煉界教団の目的は明らかにそれだ」

長官は急いで説明した。

「『砂の器』はテラドームの中心、『永久の砂時計』の下に封印されている。今すぐそこへ向かわねばならない」

「わかりました。私たちも行きます」

レオが頷いた。クラウディアも意気込んだ様子で剣を構えた。

「ホーーーッホッホッホ! 二人の英雄の末裔が力を合わせれば、煉界教団など恐るるに足りませんわ!」

彼女の高笑いに、長官は思わず苦笑した。

「確かに君は『雷王』の血を引いているようだな…あの豪快さは正に彼そのものだ」

「ご存知だったのですか?」

「伝説として聞いているだけだよ。さあ、急ごう」

長官は別の隠し扉を開け、彼らをテラドームの中心部へと案内し始めた。


彼らがテラドームの中心部へ近づくにつれ、混乱の声が聞こえてきた。市民たちは恐怖に駆られ、あちこちに逃げ惑っている。

「教団の者たちが既に侵入している!」

長官の警告通り、黒装束の男たちが何人も中央広場に集まっていた。彼らは市民たちを恐怖に陥れながら、中央に位置する巨大な砂時計へと向かっていた。

「『永久の砂時計』だ…彼らはそこから『砂の器』を取り出そうとしている」

長官の声に緊張が走る。

「でも、どうやって? 封印は簡単には解けないはずでは?」

エルナが不安げに尋ねた。

「彼らには『鍵』があるのかもしれない…」

レオが状況を分析する。

「鍵なんて必要ありませんわ! 力ずくで奪いましょう!」

クラウディアは既に前へ飛び出していた。

「おい、クラウディア! 作戦を…!」

レオの声も届かず、彼女は中央広場へと駆け込んだ。黒装束の男たちは彼女の姿に気づき、一斉に警戒の態勢を取った。

「ホーーーッホッホッホ! お久しぶりですわね、煉界教団の皆様!」

クラウディアの高笑いが広場に響き渡った。市民たちは驚きの表情で彼女を見つめている。

「またお前か…『雷鳴の覇姫』!」

黒装束の男たちの中から、一人が前に出た。彼の腕には赤い刺青が入っている。

「赤き腕のレイゼル!」

クラウディアが声を上げた。彼は煉界教団の『紅蓮の七賢』の一人で、クラウディア達とは何度か戦闘になったことがある。

「よく覚えていたな、クラウディア」

レイゼルは冷たい笑みを浮かべた。彼の赤い刺青が光を放ち始める。

「わたくしに忘れられるような取るに足らない存在ではなかったということですわね!」

クラウディアの挑発的な言葉に、レイゼルの表情が歪んだ。

「今日こそお前を仕留める! そして『砂の器』を手に入れる!」

レイゼルの赤い刺青から炎が噴き出した。彼は炎を纏った拳をクラウディアに向けて突き出した。

「来なさい! 雷鳴剣・玖の型『天帝結界』!」

クラウディアの剣から青い電光が放射状に広がり、彼女を覆う半球状の盾を形成した。レイゼルの炎がその盾に当たり、激しい光と熱を放って弾かれた。

「私たちも行くぞ!」

レオとエルナ、そして長官も戦闘に加わった。レオは剣を抜き、黒装束の男たちに斬りかかる。エルナは後方から魔法の詠唱を始め、長官は腕に嵌めた特殊な武具から土の塊を操作し、敵を攻撃していた。

「『永久の砂時計』を守れ!」

長官の指示に、レオとエルナは砂時計の周りに陣取った。クラウディアはレイゼルと一対一の戦いを続けている。

炎と雷の衝突が広場を明るく照らし出す。クラウディアの剣技は鮮やかで、彼女の動きには無駄がなかった。レイゼルも負けじと炎の攻撃を繰り出す。

「これでどうだ!」

レイゼルは両手を合わせ、巨大な炎の渦を生み出した。それはクラウディアに向かって猛烈な勢いで迫る。

「雷鳴剣・参の型『天雷落衝』!」

クラウディアは剣を高く掲げ、雷を呼び寄せた。テラドームの天井から青白い稲妻が降り注ぎ、彼女の剣に集中する。その雷撃は炎の渦に向かって放たれ、二つの力がぶつかり合った。

爆発的な衝撃波が広場を揺るがし、周囲の建物のガラスが割れ、露店が吹き飛ばされた。市民たちはさらに混乱し、悲鳴を上げて逃げ惑う。

「あらら、少し派手になりすぎましたわね」

クラウディアは軽く肩をすくめた。炎と雷の衝突で生じた煙が晴れると、レイゼルの姿が見えた。彼は膝をついていたが、まだ戦意を失っていない。

「なかなかやるじゃないか…だが、これはまだ始まりに過ぎない!」

レイゼルが叫ぶと、背後の黒装束の男たちが一斉に動き出した。彼らは『永久の砂時計』を取り囲み、何かの儀式を始めようとしている。

「やめろ!」

長官が大地を揺らす魔法を放ち、黒装束の男たちを攻撃した。だが、その中から新たな敵が現れた。紫の霧を纏った細身の男性。

「紫影のベリアル!」

エルナが恐怖に満ちた声で叫んだ。煉界教団の『紅蓮の七賢』のもう一人だ。ベリアルは不敵な笑みを浮かべ、軽やかに宙に浮かび上がった。

「久しぶりだな、巫女よ」

ベリアルの声は柔らかく、しかし底知れぬ威圧感を持っていた。エルナは震えながらも、勇気を振り絞って前に出た。

「あなたたちの野望は決して叶わない! 神の力を復活させても、世界は救われない!」

「それは我々が決めることだ」

ベリアルは紫の霧を操り、エルナに向かって放った。霧は生き物のように蠢き、彼女を取り囲もうとする。

「エルナ!」

レオが駆け寄り、剣で霧を払おうとした。だが、霧は剣を通り抜け、二人を包み込んでいく。

「レオ! エルナ!」

クラウディアが叫ぶが、レイゼルが彼女の行く手を阻んだ。

「お前の相手はこの私だ!」

レイゼルの炎がさらに強まり、クラウディアを押し戻す。

「くっ…邪魔ですわね!」

クラウディアは剣を構え直し、レイゼルと向き合った。一方、長官はベリアルを追いかけ、土の魔法を次々と放っていた。

「ベリアル! 『砂の器』に触れるな!」

長官の警告も空しく、ベリアルは紫の霧で長官の攻撃を避けながら、『永久の砂時計』に近づいていく。黒装束の男たちは既に砂時計の周りに魔法陣を描き始めていた。

「地に眠る古の力よ、目覚めよ…」

彼らの呪文が響き始める。砂時計の中の砂が不自然な動きを見せ始めた。

「まずい! 封印が解かれようとしている!」

長官の声が広場に響いた。その時、エルナの悲鳴が聞こえた。

「やめて!」

紫の霧に包まれたエルナの体が浮き上がり、砂時計へと引き寄せられていく。

「エルナ!」

レオは必死に彼女に手を伸ばすが、霧の壁に阻まれて届かない。

「そうだ…彼女が鍵なのだ。『封印の巫女』の血が『砂の器』の封印を解く」

ベリアルの声が満足げに響いた。エルナは抵抗するが、彼女の力では紫の霧を振り払うことができない。

「やめなさい! エルナを放しなさい!」

クラウディアはレイゼルを一時的に押し返し、エルナの方へ向かおうとした。だが、彼女の足が地面に埋まり始めた。砂が彼女の足首を捕らえ、動きを封じる。

「これは…!」

「土の力だよ、クラウディア。この『テラドーム』は土の力が支配する場所なのだ」

レイゼルが勝ち誇った声で言った。クラウディアは必死に足を引き抜こうとするが、砂はどんどん彼女の体を覆っていく。

「くっ…このくらいで、わたくしが止まるとでも!」

クラウディアの体から青い雷光が放射され、砂を弾き飛ばした。彼女は再び自由に動けるようになったが、時すでに遅し。エルナは既に砂時計の前に連れて行かれ、彼女の手が強制的に砂時計に触れさせられていた。

「エルナ!」

レオの叫びが虚しく響く中、砂時計が激しく光り始めた。エルナの体から赤い光が放たれ、砂時計の中の砂が渦を巻き始める。

「封印が解かれる…!」

長官の声には絶望が滲んでいた。砂時計の底が開き、黄金の光を放つ小さな壺が現れた。それが『砂の器』―『土の断片』だった。

「手に入れたぞ!」

ベリアルが勝ち誇った声を上げる。彼は紫の霧で『砂の器』を包み込み、自分の方へ引き寄せようとした。

「させません!」

クラウディアは渾身の力を込めて跳躍し、『砂の器』に向かって飛んだ。彼女の剣が青い光を放ち、紫の霧を切り裂く。

「なに!?」

ベリアルの驚きの声が上がった。クラウディアの剣が『砂の器』に触れた瞬間、強烈な光が広場を包み込んだ。


まばゆい光が収まると、広場は静寂に包まれていた。クラウディアは『砂の器』を手に、中央に立っていた。彼女の体は黄金の輝きを放っている。

「クラウディア…?」

レオが恐る恐る声をかけた。クラウディアはゆっくりと振り向き、彼を見た。彼女の目には普段とは違う、古代の知恵が宿ったような深い輝きがあった。

「レオ…大丈夫ですわ。わたくしは…わたくしのままです」

彼女の声は穏やかだった。そして、エルナの方へと歩み寄り、彼女を抱き起こした。

「エルナ、しっかりなさい」

エルナは弱々しく目を開き、微笑んだ。

「クラウディア様…『土の断片』は…」

「無事ですわ。わたくしが預かっています」

クラウディアは『砂の器』を示した。それは小さな砂時計の形をした壺で、内部には黄金の砂が詰まっていた。

「な、なぜだ…」

ベリアルの声が震えていた。彼は傷ついた体で立ち上がり、クラウディアを睨んでいた。

「なぜ『砂の器』がお前に反応する…?」

「七英雄の血が通っているからですわ。『雷王』の血は『砂の器』を認めたのです」

クラウディアは得意げに言った。

「そうか…」

長官が理解したように頷いた。

「七英雄は互いに力を補い合うために、各々の力を共有できるよう『断片』を作った。『雷王』と『地王』の力は繋がっているのだ」

「そういうことでしたの!」

クラウディアは『砂の器』を握り締めた。その時、砂時計の残骸からさらに強い光が放たれた。

「何!?」

全員が驚きの声を上げる中、砂時計の中から古い羊皮紙が現れた。それは空中に浮かび、ゆっくりと広がった。

「これは…地図?」

レオが言った。羊皮紙には大陸の地図が描かれ、特定の場所が光っていた。

「『雷の断片』の在処を示しているのですわ!」

クラウディアが興奮した声で言った。彼女の直感は正しかった。地図には浮遊大陸アルメイダの北部に位置する山が示されていた。

「『雷鳴峰』…!」

長官が言った。

「『雷の断片』は『雷鳴峰』の頂上にある『雷神の祠』に眠っているという伝説があった。この地図がそれを確かめるものだ」

「やはり! 次の目的地は決まりましたわね!」

クラウディアは高らかに宣言した。だが、その時、驚きの声が上がった。

「砂の器」が消えていく!?」

エルナが指差した。クラウディアの手の中の『砂の器』が、ゆっくりと砂となって彼女の体に吸収されていった。

「わたくしの…体に…」

クラウディアは驚きの表情を浮かべたが、すぐに理解したように頷いた。

「七英雄の力は一つとなる…そういうことだったのですわね」

彼女の体は一瞬、砂の色に輝いた後、通常の姿に戻った。

「くそっ…」

ベリアルは悔しそうに唇を噛んだ。彼の隣では、レイゼルも立ち上がれずにいた。

「次は貴様らの番だ!」

長官が二人に迫った。だが、突然、黒い煙が広場を覆い、視界が奪われた。

「逃げるぞ、レイゼル!」

ベリアルの声がした。煙が晴れると、二人の姿は消えていた。飛行船も既に去っていくのが見えた。

「逃げましたわね…」

クラウディアは少し残念そうだったが、すぐに笑顔を取り戻した。

「でも、大切なものは手に入れましたわ! 『土の断片』と『雷の断片』の在処!」

彼女は喜びを爆発させた。

「ホーーーッホッホッホ! わたくしの勝利ですわ!」

彼女の高笑いがテラドームに響き渡った。だが、その笑いは途中で止まった。周囲を見回すと、テラドームの内部は荒れ果て、多くの建物が崩れ、広場は大きな穴であふれていた。

「あら…」

クラウディアは少し気まずそうに笑った。

「こうなってしまったのは…申し訳ありませんわ」

長官は深いため息をついた。

「修復には時間がかかるが…『砂の器』を守ることができたのは幸いだ。お前たちには感謝しよう」

レオとエルナはほっとした表情を浮かべた。

「ただ」

長官は厳しい表情を見せた。

「お前たちの、特にクラウディアの…派手すぎる行動は問題だ。もう少し慎重に行動してほしい」

「わかりましたわ…次からは気をつけます」

クラウディアは反省の色も見せずに答えた。レオはまたため息をついた。

「さて、これから『雷鳴峰』へ向かうんだな?」

長官が尋ねた。

「はい。『雷の断片』を探しに行きます」

レオが答えた。

「それはクラウディアにとって大切な場所になるだろう。『雷王』の力が最も強く宿る地だ」

「わたくしの力の源…行くのが楽しみですわ!」

クラウディアの目は期待に輝いていた。

「テラドームの北門から出れば、最短ルートで『雷鳴峰』へ向かえる。休息と補給を終えたら、案内させよう」

長官の申し出に、三人は感謝の意を示した。


テラドームの修復作業は既に始まっていた。市民たちは混乱から立ち直り、協力して街の再建に取り組んでいる。クラウディア達は長官から提供された宿で休息を取っていた。

「『雷鳴峰』か…」

レオは窓から見える北の山々を眺めながら呟いた。

「クラウディアの力の源である『雷の断片』…手に入れることができれば、彼女の力はさらに増すだろう」

彼は複雑な表情を浮かべていた。クラウディアの力が強くなることは心強い。だが、それは彼女が背負う危険も増すことを意味する。

「心配ですか?」

エルナが静かに近づいてきた。彼女は休息を取って体力を回復しつつあった。

「ああ…彼女の力が強くなるほど、煉界教団も本気で彼女を狙ってくる」

「でも、クラウディア様は強いです。そして…」

エルナは少し恥ずかしそうに笑った。

「私たちがいますから」

レオも微笑んだ。

「そうだな。俺たちがいる」

部屋の奥から、高らかな笑い声が聞こえてきた。クラウディアが戻ってきたのだ。

「ホーーーッホッホッホ! 見てください! テラドームの特産品ですわ!」

彼女の手には、砂漠の果実と肉が豪快に盛られた料理が持たれていた。

「どこで手に入れたんだ?」

「あら、長官からの感謝の印ですわ。『砂の器』を守ったお礼だそうです」

クラウディアは誇らしげに言った。彼女の表情には、少しも疲れが見えない。

「さあ、明日からはいよいよ『雷鳴峰』へ! 『雷の断片』を手に入れて、わたくしの力をさらに強くしますわ!」

彼女の目は冒険への期待に燃えていた。

「なんだか、クラウディア様のテンションが高いですね」

エルナが小さく笑った。

「当然ですわ! わたくしの先祖『雷王』の力が眠る場所なのですから!」

クラウディアは窓の外を見た。彼女の目は『雷鳴峰』の方向を捉えていた。

「あの山の頂で…わたくしの運命が決まるのですわね」

彼女の声には珍しく、静かな決意が滲んでいた。

「どんな運命であろうと、わたくしはそれを受け入れ、そして…」

彼女は一瞬、真剣な表情を見せた後、いつもの明るい笑顔に戻った。

「笑い飛ばしてみせますわ! ホーーーッホッホッホ!」

その高笑いは、明日への確かな自信に満ちていた。


一方、テラドームから離れた飛行船の中、レイゼルとベリアルは静かに向き合っていた。

「失敗だ…」

レイゼルは悔しそうに拳を握りしめた。

「いや、全てが失敗だったわけではない」

ベリアルは穏やかな微笑みを浮かべた。

「あの『雷鳴の覇姫』…予想以上に興味深い存在だ。彼女の体に『土の断片』が吸収されたということは…」

「彼女自身が『器』になるということか」

レイゼルが理解を示した。

「その通り。彼女は『七つの断片』を全て集めることで、『神兵アポクリュファ』の真の姿を現すだろう」

ベリアルは窓の外を見つめた。

「我々がすべきことは、彼女が全ての断片を集めるのを見守ることだ。そして、時が満ちれば…彼女自身を『器』として、神の力を復活させる」

「それが教団の目的か…」

「そうだ。『砂の器』を失ったのは残念だが、我々の計画は進んでいる」

ベリアルは不敵な笑みを浮かべた。

「『雷鳴峰』…次はあの山で会おう、クラウディア・ヴァル=ザ=イグニス」

飛行船は静かに北へと進路を取った。新たな戦いの場へ向かって。


テラドームの夜は冷たく、星が美しく輝いていた。クラウディアは一人、宿の屋上に立ち、星空を見上げていた。

「わたくしの体に『土の断片』が吸収された…これはどういう意味なのでしょう」

彼女は自分の手のひらを見つめた。そこには何も変わった様子はない。だが、体の奥底に、新たな力が宿っているのを感じることができた。

「『七英雄』の力…『神兵アポクリュファ』…」

彼女は星空に向かって手を伸ばした。

「すべてが明らかになる時が近づいている…わたくしの運命も、この世界の運命も」

彼女は深く息を吸い、決意の表情を浮かべた。

「どんな困難が待ち受けていようと、わたくしはただ前に進みますわ!」

クラウディアの宣言に応えるように、夜空に一筋の流れ星が走った。

「見ていなさい、煉界教団も、神も、全ての者たちよ! このクラウディア・ヴァル=ザ=イグニスが、世界最強の女王になって見せますわ!」

彼女の高らかな宣言が、星空に響き渡った。明日からの旅に向けて、彼女の心は既に『雷鳴峰』へと向かっていた。

そして、この旅の先に何が待ち受けているのか。それは、彼女自身も知らない。だが、どんな運命であろうと、彼女はきっと笑い飛ばして立ち向かうだろう。

それが、『雷鳴の覇姫』クラウディア・ヴァル=ザ=イグニスの生き方なのだから。



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